42,告白
――目が覚めると、ミーニャがまだ俺の上で寝ていた。
あれからどれくらい時間が経ったのか分からないが、そこそこ長い間寝ていた気がする。
日の傾きを見ればある程度の時間が分かるのだが、この部屋に窓が無いので少なくとも部屋の外には出なければならない。
現在のおおよその時刻も知りたいし、外の空気を吸いたくもあった。
しかし、ミーニャが俺に纏わりつくようにして寝ているので、俺は身動きが取れない。
なんとなく、ぐっすり眠っているミーニャを起こすのは憚られた。
何とか、彼女を起こさないように努めながら、絡んだ腕をゆっくり引き離す。
寝ているからなのか、手の掴んでいる力が弱く簡単に引き剥せた。
そして、ゆっくりと覆いかぶされた俺の体をゆっくり、ゆっくりと引き抜く。
胴体が抜けて、脚が抜けて、最後につま先が抜けるかと思ったその時――!!
――突然!閉じていたミーニャの目が見開かれ、そしてぐったりしていた彼女の手が俺の足首を素早く、そしてがっちりと掴んだ。
「――ひっ!?」
あまりにも唐突で俺は短く悲鳴を上げた。
そして、こちらをじっと見開いたまま、こちらを見据えている。
なぜ寝起き一番でここまで動けるのか謎だった。
「――トピア様ー?どこに行こうとしてるんですかー?」
その声は俺に絡みつくような不快さを感じた。きっと単に寝起きだからであろう。
「いや、外に出て気分転換でもしようかと思って……」
俺は事実をただミーニャに伝えた。
「私を起こせばいいのにー、なんでそんなに、こそこそとしているんですかー?まさか一人だけで外に行こうとしていたんですかー?」
彼女の声だけを聞くと、とても愛らしいものなのだが、その俺を見るその瞳だけが酷く毒々しい。
俺は顔を引きつりながらも、笑顔で対応する。
「ミーニャがあまりにもぐっすりと寝ていたから、起こすのは悪い気がしたんだよ…」
言い訳というか、抗弁をする。
「トピア様、私たち番いなんですー。番いというのは、いつ何時も離れることなく一緒に居るものなんですー」
ミーニャが諭すように俺にその道理を告げてくる。
「それに、私はあなたに尽くすと言いましたー。私に気を使う必要なんか一切ないんですよー。だから一人だけでどこかに行ったりなんてしないでくださいねー」
そう言うと、ミーニャは俺の体を彼女の方に引き寄せ、再びミーニャが俺の上に覆いかぶさるように抱き着いてきた。
再び、ミーニャの顔が近くなる。すると俺の耳元でかすれ声で囁いてきた。
「分かりましたか?」
…どうしよう、突然のこと過ぎて放心していた俺は、ミーニャの話が頭に入っていなかった。
「――えーっと」
「分かりましたか!?」
俺がどうしたものかと言い淀んでいると、ミーニャが語気を強めて俺に詰めかける。
「…分かりました……」
ミーニャの目が怖い……それのせいで委縮してしまって無条件でそう返事をしてしまう。
するとミーニャは急に笑顔になり、瞳にも輝きが戻ってくる。
「分かってくれれば、いいんですよー」
急にいつもの調子でじゃれつくように俺に話しだす。
きっと寝起きで少し機嫌が悪かったりしたのだろう。そう思うことにした。
そのあと部屋の床で気絶しているフィアルを気に掛けながらも、ミーニャと一緒に外に出た。
先程までの悶着で気にする余裕が無かったが、俺はあの出来事を半裸状態で切り抜けていた。そしてミーニャと寝ていた時も…
さすがにそのままで外に出るわけにはいかず、ミーニャが洗って干していた白い服を持ってきた。
――外の森は、今朝と変わらず鬱蒼としている。日はもう傾き空がオレンジ色に染まっていた。
既に夕方になっているとは、やはり随分と寝ていたらしい。
まあ、外の空気は吸えたし現在の時間も分かったので、用が無くなった俺は部屋に戻って、これからの事を考えようとした。
踵を返し、屋内に戻ろうとすると――
――突然ミーニャが後ろから手をつないできた。そして俺に言った。
「トピア様…そのままでいいので、少し私の話を聞いてはくれませんか」
俺は後ろに振りむこうとしたのだが、頬にミーニャの手が添えられ阻まれる。
どうやら後ろを向いていてほしいようだ。
「私、自分に自信が持てなかったんです。故郷を出てから人間の世界に来て、ずっと虐げられてきたので……」
俺は黙ってミーニャの手を握ったまま話を聞いている。
「お世話係の仕事で初めてトピア様を見た時、記憶を失っていると聞いて、それにしても正直自信も無さげでパッとしないなと思ってしまったんです…」
ミーニャは申し訳なさそうに言うが、それはミーニャが悪いわけではない。正直自分でもそう思っていたから。
「もしかして私と同じく自身が持てずに生きてきた人なのかな、って初対面では思ったんです。でも、食堂から帰ってきたあなたを見たら、自信に満ち溢れていてなんで、こんなに人柄が切り替わったようにできるのかなと考えていました」
まあ、その、色々食堂内であったから……
「トピア様は私が亜人でも気にせずに、普通に接してくれました。だから、私もトピア様みたいに自分を切り替えて自信を持とう、と思えるようになったんです!」
辺りには小川の流れる音と、鳥の鳴き声、風で揺れる木々などの自然音しかしない。
だから俺はミーニャの話に存分に集中できていた。
「そんなきっかけを与えてくれたあなたが、なんだか輝いて見えて、でもあなたは子供のように知識も力もなくて……だから私があなたを守らないと、って思ったんです!私を変な目で見たりしないし、受け入れてもくれて私は今とても幸せです!」
そしてミーニャは俺とつないでいた手を離したかと思うと、背中側から俺に抱き着いてきた。
腕を俺の胴体に巻き付かせて、耳元で囁く。
「私がずっとあらゆる脅威からあなたを絶対守ります。だからどうか私に守らせてくださいね……」
ミーニャはどんどん俺を抱きしめる力が強くなってくる。
――そんな時だった。さっき俺たちが居た部屋から悲痛な声が聞こえてきたのは……
「――アル!!?どこにいるの!?何も見えないの!助けて!!」
――俺はミーニャを振り切って、建物の中に駆け込んだ。
俺はミーニャが俺に語りかけている時から、今に至るまでのミーニャの顔を一切見なかった。
――実際見なかった方が良かった。今のミーニャは信じられないくらい恐ろしく怖い表情をしていたのだから……




