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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
43/88

41,欲望のままに

 


「――トピア様…、何で殺させてくれなかったんですか?」



 ミーニャが不満そうな顔で俺に聞いてきた。


「ミーニャに……、人殺しなんてさせたくなかったから……」


 それはミーニャを納得させるための方便だった。でもその考えも全く無かったわけではない。




 フィアルはどういう理由であれ、俺を殺そうとした。

 しかし、いやだからこそ――


 俺はフィアルのあの異常な様子。なぜ俺の言葉なんかを求めて、他のことが一切目に入らないくらいになったのか、気になったのだ。


 そして、フィアルのあの発言は間違いなく本心を吐露したものだ。

 話を聞いてやることくらいはしなければいけないと思った。

 問答無用では彼女らと一緒になってしまう。



「――トピア様、私はあなたの為なら何でもできる自信があります。そのために人殺しなんて容易いですよ。なんなら今からでも――」


「ミーニャ!そんな事言わないで!!」


 俺は手を握りしめ、叫ぶように言い放った。



 実際のところ、俺は本当にどうしたらいいのか分からなかった。

 ミーニャは俺のことが好きだ。だから屋敷でといい、この部屋でといい、あんな発言をしたのだろう。

 そして彼女は間違いなく俺のために人を殺せるのだろう。


 フィアルも、俺のことを好いている。それは間違いない。俺を殺そうとしたからといって、そんな人が目の前で無残に殺されるのは寝覚めが悪かった。




「……分かりました…でも、さすがに危険なので彼女は動けないように拘束しておきますね」


 ミーニャは何も言わず俺の意図を察してくれた。

 フィアルから武器を取り上げ、どこから取り出したのかロープで彼女の手足を二組に縛った。


 驚いたのが手と手、足と足同士で縛るのではなく、右手と右足、左手と左足、をそれぞれで纏めて縛っていた。

 ミーニャが雑にフィアルを床に置く。縛られて床に額を付けたその様子は、蹲っているようにも土下座しているようにも見える。

 そして、最後に布をはちまきのように巻いて、フィアルから視界を奪った。





「――トピア様…」



 一通りの事を済ましたら、ミーニャが疲れたように話しかけてきた。

 フィアルは手足を縛ったまま壁にもたれ掛けさせている。

 俺はベットの淵に再び腰かけ、立ってこちらに語り掛けるミーニャを見上げる。



「間違っても私以外の女性に対して“愛している”なんて言葉使わないでほしいです……」


 ミーニャはとても悲しそうな表情で俺に告げる。その感情は、ただただ悲しみだった。



「ミーニャ、あれはただフィアルを動揺させたかっただけで、本心でもないし、あの窮地から逃れるには、これしか手が浮かばなかっただけで…」


「――分かってます!勿論分かっていますよ!!でも、でもそれは、あの女に対して言った言葉ですよね!?私ではなく、あの女に!!」


 俺が何とか宥めようとするも、ミーニャは何に気が触れたのか逆に興奮してしまった。

 今の今までの悲しみが怒りに近しいものに変わる。

 ミーニャがこちらに近づいて、目の前でしゃがんだ。



 ――俺と彼女の目線の高さが揃う。


「もしかしたら、記憶喪失で常識が欠落しているのかもしれませんが、あの言葉は絶対に軽はずみに使っていいものではないんです!!しかも、他人相手になんかは特に!!」


 ミーニャが俺の両肩を掴み、顔を近づけて言う。

 彼女が今まで、こんなに感情を露わにして説教してきたことは一度も無かった。

 ここまで感情的になるその原因は、おそらく俺が言った言葉にあるのだろう。


 フィアルがなぜ最後、全てにおいて隙だらけの状態になったのか分かった気がする。



「ミーニャ、ごめん、俺が悪かったよ。次からはよく考えて、絶対に軽率には使わない」


 あの状況ならやむを得なかったと思いつつも、俺はミーニャに謝罪をする。



「――じゃあ謝罪の証に、私にその言葉を沢山言ってください…」


 ミーニャは恍惚とした表情で述べる。その言葉に俺は一瞬戸惑った。

 彼女はたった今、軽はずみには使わないで、と俺に向かって言ったばかりなのだが……

 それに自分自身は含まれないのかもしれない。


「私たちはもう他人なんかじゃない。そうですよね?

 だから私に対してはいくらでも言っていいんですよ…いや言ってください!!」



 ミーニャの顔がますます近づいてくる。そしてついには俺の鼻と彼女の鼻が接触するまでには近づく。

 その黒い両目は俺をじっと見つめていた。


 俺はというと、その顔が近いことになんだか恥ずかしくなってしまって、はにかんだ。

 そして、それに耐え切れず身を引くと俯いてミーニャに言った。


「ごめん、今はまだ気持ちの整理がついていなくて、その、少し休みたいんだ。だから――」



 それはただの時間稼ぎのつもりだった。


 ミーニャに言わされたのか、自分でそれを受け入れたのかは分からない。

 しかし、少なくともミーニャ目線では俺たちは婚姻しているということなのだろう。

 でも、一度は受け入れた事だとしても、それにしては実感があまりにも伴っていなかった。


 つい先程までは、とても頼りになる仲間だと思っていた。自分を卑下せざるを得ないくらい。

 でもミーニャは、俺に対してそれ以上の関係を前から求めていたのだろう。


 他人から行為を向けられるという事は、例えそれがどんな人からだったとしても、うれしいものだ。前世でもそんなことは無かったのだから。



 ――でも、それでも犬の姿に近い彼女を恋愛対象として見るには時間がかかりそうだった。

 フィアルの事に関してもそうだ。今日の一日、いや半日だけで急展開なことが多すぎた。

 だから気持ちの整理をつけるためにも、精神的な休息を得るためにも、時間が欲しかったのだ。



「――…一言、一言だけでいいんです。私に“愛している”と言ってくれればいいのに、それすら言ってくれないんですか……?」



 急に寒気がした。部屋の温度が、いや俺とミーニャの周りだけが急に怖気づくように、ひんやりとした。

 俺が顔を上げミーニャの顔を見るとその表情は真剣そのものだ。

 しかし、その俺を見る瞳だけが虚ろに、そして見るに堪えないようなものになっていた。


 その瞳はかつてどこかで……いや今さっき見たものだ。ミーニャに拘束されていた時、フィアルがこちらを見ていた。その時と同じ瞳だ。

 俺がそのまま押し黙っていると、ミーニャが段々怖い形相で再び顔を近づけてくる。



「何であなたと他人であるあの女には言ったのに、一緒になった私には言ってくれないんですか!?」


 その声色は何処か危機迫るものであるかのように、必死さが滲み出ている。

 それは明らかにいつものミーニャからは逸脱している。たった一言のために人はこれだけ豹変できるものだろうか。

 俺はそのミーニャの異常な様子に恐怖を覚えながらも、彼女をなんとか落ち着かせようとした。


「ミーニャ、一旦落ち着いて!今のミーニャは何か怖いよ!お願いだからいつものミーニャに戻って!!」


 俺はミーニャに縋るように懇願した。しかし彼女も一筋縄ではいかなかった。


「――だったら一言、何か私に掛けるべき言葉があるんじゃないですか?」



 フィアルに対して言ったのは本心ではないと、説明したのにミーニャは謎にこだわりを持っているようだった。

 俺が、数秒言い淀んでいただけで、ミーニャが次の言葉を素早く告げる。


「何で黙るんですか?別にやましい事があるわけでもないですよね?トピア様からみて私の方があの女よりずっと一緒に居ましたよね?今までも尽くしましたよね?これからも私あなたに心身ともに尽くすと誓いました。それでも愛しているとすらも言ってくれないんですか?」


 強迫観念というやつなのだろうか、もはや何かに憑りつかれたとしか説明がつかないその有様に、俺は何もできなかった。


「さあ、言ってください。誰でもなく私に向かって!私の一番のお願いです。さあ!」


 そこまで捲し立てられて俺は思考が持って行かれる。しかし何がこの場で最善かなど分かり切っていた。




「――愛している…」


 一言ぽつりとつぶやく。



「誰が誰をですか?」


 ミーニャはこの一言では納得してくれなかった。


「俺がミーニャを……」


「……続けて言ってください」




「俺はミーニャを愛している――」


「もう一回心の底から言ってください!」


「――俺はミーニャを心の底から愛している!」





 ミーニャはさっき一言だけでいいと言ったのに、その後も何度も執拗に俺の言葉を求める。

 やがて、何回言ったのか分からなくなるほどの回数、言葉を重ねるとミーニャはどうやら満足ようだ。


 そして俺に抱き着いて来て、不意に体を預けられた俺はベットに倒れた。

 

 ――そのまま倒れた俺に覆いかぶさるように体を密着させると――



「私もトピア様を愛しています……大好きです。…ふふっ」


 そう無邪気に笑って、――その数秒後には目を閉じて俺の胸の中で眠ってしまった。


 ……とても奇妙な体勢だが、俺も一日だけのことで疲れていたので眠くなってしまっていた。

 ちょうどいいので、そしてそのまま俺も眠ってしまう。




 ――傍らにいる気絶したままのフィアルを放って……


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