40,決着
「――フィアル何で!?何でもいいから離して!!」
俺は後ろの手の拘束を解こうとする。しかし、がっちりとフィアルの右手によって力強く抑え込まれ、力では敵わない。
俺の首筋に当てられている剣は一見、刺突用の物なので刃は見えない。
しかし、それはあの広場では超常的な力を顕現させた。その仕組みはまるで分からないが、あの威力は尋常ではない。
そしてそれが首元にある。きっと俺の命なんて簡単に奪えるのだろう。
魔術具とかいう得体のしれないものだ。もしかしたら刃なんてなくても物を切断することなど容易いのかもしれない。
そして背中にはフィアルの体が密着してうまく後退もできない。
つまり俺はこの体勢から何も動けず、口を動かすしかない。
「――アル、おしゃべりしたいなら後でいくらでもしましょ?だから今は黙ってて」
こんな状況だというのに彼女は相変わらず、冷静だった。
しかし、俺はそれと対比するように冷静ではいられない。
当たり前だ。こんな人質にされるみたいな状況、パニックにならなかっただけマシな状況だった。
フィアルに助けを乞うても無駄だと理解した俺は、フィアルのお願いを無視して、後ろではなく前に向かって言った。
「ミーニャ!亜人同士は争わないんじゃなかったの!?なんでこんなことになってるの!?」
俺の必死な主張だった。これはミーニャ自身が言ったことだ。
その通り先程まであんなに息ぴったりで意見がそろっていたのに、今は互いに宿敵かのように相対している。
「トピア様、私はこうも言いましたよ。亜人と言えど、どうしても譲れないものがあると。そしてそれが運悪く合致した時には、亜人同士でも争いが起こることもあります。
今がまさにその状況なんです!」
ミーニャはナイフを持って臨戦態勢のまま説明を続ける。
「事実、私の故郷でもごく僅かですが亜人同士の諍いが全く無かったわけではありません。それでも大抵は話し合いで済みますが……」
「そうか!じゃあフィアル!とりあえず話し合おう!!だからお互いに物騒なものはしまって!!」
俺はフィアルを宥めた。あわよくばこの体勢から脱出したい。段々姿勢が辛くなってきている。
「そうですよ!こっちの意見を少しは聞いてくれてもいいじゃないですか!?そんな一方的なのはあんまりです!」
ミーニャは少し落ち着いて、いつもの口調に戻ってきていた。しかしフィアルの方は――
「あなたがそれを言うの?どうやったのか知らないけど、アルを誑し込んで自分の物にしようとしたくせに!?」
俺はフィアルがなぜこんなことをしたのか、分からなかった。
だから、フィアルの言葉に耳を傾ける。
「あたしが何のためにアルをこんなに追い続けていたのか分かる!?
――私はただアルと結ばれたかったの!!なのに、あの金髪の女が邪魔をしてきて!やっと引き離せたと思ったら今度は別の邪魔が入って!!こんな私の一つしかない願いなのに、なんでみんな邪魔ばかりするの!!?」
――それはフィアルの心からの叫びで、同時に好意の告白でもあった。
涙ぐんで言うのはそれが本心なのだろう。
それはつまりは――俺のことが好きってこと?
それを聞いてミーニャは、ナイフを構える姿勢はやめずにフィアルに問うた。
「あなたがトピア様と結ばれたいと願うなら、なぜ彼を人質に……殺すような真似をしているのですか」
それは俺も疑問になった。
おそらくフィアルは前から俺に好意を寄せていて、だからこそ俺が居なくなっても必死に探していてくれていたのだろう。
でも、好きな人が取られそうになるからといって、その人を人質に取るようなことは理解が及びつかない。
その理由をフィアルは口から吐き出した。
「ミーニャ、結ばれるっていうのはね何も方法が一つだけじゃないの…
一緒にこの大地に還るのだってそのうちの一つよ……」
――俺は一気に顔が青くなる。
それはつまり、フィアルは俺を殺して、フィアル自身も自らの手によって死ぬというのだ。
俺は死に物狂いで暴れた。まさか殺すことが前提の人質だとは思ってもみなかった。
そして彼女がそんなことをするはずがないと思っていたが、さすがにこれは楽観できない。
「アル、安心して!一緒に死ねばまた一緒に生まれ変わるの!だから暴れないで!!」
それはますます安心できないというものだ。人を安心させるためのその宥め方は最悪だ。
このままでは俺の命が危ない。
かつての頃は死すら受け入れられたというのに、この世界に来てからというもの、俺は死ぬということに対してかなり消極的になった。
きっと異世界の冒険というものに憧れて、生きようとする気持ちが出てきたのかもしれない。
俺はここで死ぬわけにはいかない。どこから湧いてくるその気持ちだけが俺をそうさせた。
――俺は後ろに向かって言った。
「フィアル!俺は君を愛している!!」
「「――えっ?」」
その発言は前後から聞こえた。
しかし、俺の奇策は見事にことを成し、俺は脱出に成功する。
俺の言葉に動揺したフィアルが両手の力を緩めたのだ。
右手の掴む力を緩め、左手に持っていた剣をその場に落とす。
そして俺はその隙を見逃さずフィアルの拘束から脱する。
その場から一目散に走りだした俺は、目の前ミーニャに抱き着く。
ミーニャも何も言わず抱きしめ返してきてくれた。その感触に俺は心の底から安堵する。
「…………言って………」
ふと後ろから声がした。俺は再びミーニャの後ろに急いで隠れる。
「………もう一度言って…………」
その声はどこか渇望の念を抱いたものだった。俺はミーニャの体の裏からその声の方向を見る。
見るとその方向には、フィアルが両手をこちらに伸ばしながらゆっくりと近づいてくる。
彼女の目からは涙が零れ落ち、その表情は恍惚としたもの彼女何かを手に入れて、再びそれを望んでいた。
「アル!!もう一度今の言葉を私に言って!!もう一度!!もう一度だけ!!」
フィアルは俺の事しか見えていない。その証拠にミーニャが高速で彼女の後ろに回ったのにも拘わらず、フィアルは俺だけを見つめている。
そしてミーニャのナイフがフィアルの首元に吸い込まれる………
「――殺さないで!!!」
その俺の叫びにミーニャは武器をナイフから手刀に切り替えて、その首の後ろから一撃をかました。
フィアルが気絶して、その場に前のめりで倒れる。
――辺りには静寂だけが残った。




