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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
40/88

38,術数再び

 


 ――俺は今、ミーニャに抱き抱えられながら、同時に手足を拘束されている。


 ――もう一度言う。

 ミーニャの両腕が俺の桎梏となって、俺は今身動きが取れない状態だ。



 それなのに、目の前に居るフィアルが静かに殺気をまき散らしている。

 彼女が先程まで隠していた感情は“怒り”だったのだ。

 それがたった今、ミーニャが放った言葉によって、怒りが“殺意”に転化した。


 そしてその殺気を一身に受けるのは、ミーニャの目の前に居る俺だった。

 先程までは剣呑な話をしていたのだが、今はこの現場自体が剣呑な雰囲気になっている。



「――ミーニャ!!いいから離して!?あれは本当にまずい!!まず間違いなく俺から殺される!!」


 先程のミーニャの発言を気にしている余裕は、俺にはもう無い。

 俺は何とか首を捻ってミーニャの顔を見る。するとミーニャのその顔は――


 ――目じりを下げてその瞳は俺を見て笑っていた。

 ――そして俺になまやさしい声で、にこやかに告げる。



「――では先ほどの私に対しての言葉は、撤回していただけますか?」


「する!!撤回するからもう離して!!」



 ――――彼女はもっとたくさんの笑みを浮かべて続ける。


「もっといっぱい撫でてくれますか?」


「もう何でもするから!!!速く!!!」




「――約束ですよ……」



 ミーニャの笑みの表情とその囁く声は俺に寒気を走らせた。

 全身に鳥肌が立って、頭から手足の先に向かって電撃が走るような感覚が俺を襲う。



 俺は、フィアルの時と同じように墓穴を掘っていた。

 どんな状況においても、たとえどんなに信頼のおける人物だとしても、“何でもする”なんて言葉は絶対に言ってはいけない。


 焦りというのは、つくづく正常な思考というものを俺の脳内から奪っていく。

 冷静になって考えれば分かるはずなのに、これは目先の欲というやつなのだろうか。そのための刹那的な選択しかできなくなる。


 いや、この状況で冷静になれという方が無理な話だった。

 だから俺はきっと正しい選択をした。そう思うことにしよう。



 ミーニャはそう言うと俺の願い通り、俺を地面に降ろしてくれた。

 地に足付けた俺は、慌ててミーニャの後ろに隠れた。


 その立ち位置というかその構図は、つい先日見たことがある気がする。



「私がアルにたいして敵愾心なんて覚えるわけないじゃない」


 俺はミーニャの体を壁にして、恐る恐るフィアルを見る。

 フィアルの口から出る声はひどく朗らかだが、その顔には一切の笑いが無い。



「だって“番い”だなんて戯言、その獣女が勝手に言ってることでしょ?」


 それに真っ先に反応したのはミーニャだった。


「いいえ!私は、トピア様に私の誓いの詞を口にしました。そしてトピア様はその誓いを受け入れてくださいました。だからこの関係に後ろめたいことなど一切ありません!!」


 ミーニャは特に恥じらう様子もなく、真剣な声色でそう言い放った。



「アル?それは本当なの?」


 フィアルは不気味に首を横に傾けながら、こちらに視線を向ける。その瞳からは光が消え、毒々しいものが蠢いている。

 彼女は危害を加えないとは言ったが俺の返答次第では、その約束は簡単に反故にされそうだった。

 自分と体格は大差ないはずなのに、なぜあそこまでの存在感が出せるのか俺は不思議だった。


 俺にはそんなことを了承したどころか、そんな誓いの詞とやらも、ミーニャが言っていた覚えはない。


 俺は正直に首を横に振る。


「ほら、アルは否定しているわよ?やっぱりあなたの妄言じゃない」


 俺の仕草を見て、フィアルは急に余裕を持って落ち着いた様子になった。



「あなたがトピア様を恐怖で威圧して、本当のことを言えなくさせてしまっているんでしょ!?」


 ミーニャは後ろに居る俺に向き返り、そしてしゃがんで俺の両肩を両手で持つと――


「トピア様は忘れてなどいませんよね!?屋敷で一緒に居た時、言いましたよね?『一生お傍に付いて行く』と!!」



 ――確かにその言葉を言われたことは覚えている。そして、特に考えなしに頷いたことも…

 でもそれが誓いの詞というものなのか?俺が知らないだけでこの世界ではそう言うのか?

 だとしたら、ミーニャには申し訳ないがそれは無効だと言いたい……




「ミーニャ……もしかしてそれプロポーズの言葉とかなんかだと思ってるの?」


 フィアルがそう言った。それは怒りがある程度収まり、呆れたような様子だった。

 若干の嘲笑を感じる。


「当たり前です!!これは強き者へ自らの忠誠を誓う正式な――」


「そんなの人間相手には全く通用しないわよ。人間にはそんな婚姻の申し込みの言葉を言う文化なんて存在しない!だからそんなの無効よ!無効!」


 ミーニャがフィアルに向き直りした発言を彼女が遮り、そのまま破竹の勢いで捲し立てる。

 正直俺もフィアルと同意見だった。


 ミーニャはそれに気圧されそのまましばらく押し黙っていた。

 その拳を握りしめ、口を固く閉じ、俯きかける。

 この議論はフィアルの勝利かと思いきや――



「いいえ……私の故郷では言霊という概念があります――」


 ミーニャが反論する姿勢に出た。


「だからそんなおかしな文化、人間の世界では通用しないって――」


 フィアルも言い返す、がミーニャは無理やり続ける。


「自分が発した言葉には、言葉以外でもそれをやることを肯定したのならば、それを成し遂げる義務が生じるのです」



 正直ミーニャの論理は無茶苦茶だと思う。

 あの時の出来事を鮮明に覚えているわけではないが、俺は口でミーニャの言を肯定したわけじゃない。

 そもそも契約というのは互いの正式な合意が必要なわけで……


 この体の年齢ならおそらくクーリングオフできるだろう。

 いや、そもそもこの世界にそんな制度も法律も無いか……

 ということはそんな法外な契約というのも成立しうるのか!?



 ミーニャは再び俺に向き返り、告げる。


「トピア様も私と結ばれたいと思っていますよね?決して裏切らないと約束もしました。今回のようにどうしてもあなたの意向に沿えない時もあります。ですがそれでも私はトピア様を間違えなく慕っています。生涯、身命を賭してあなたに尽くします。だから私を選んでくださいますよね?ね?トピア様は二枚舌なんか使いませんよね?」


 ミーニャはどこか確信を持っているようだった。

 その言葉をあまりに早口に言われ情報が処理できなくなってしまう。

 でも彼女が言いたいことは分かる。



 俺は今までミーニャを恋愛対象として見たことが無かった。

 女性なのは確かだ。でも耳や尻尾だけが獣ならまだしも、彼女は全身に犬としての特徴がある。

 その表皮は体毛で覆われ、これはブラッシングの時にうっかり見えてしまったものだが、副乳もあった。


 そこまで行くと人間というより、ペットとしての犬という意識の方がどうしても勝っていた。

 出なければ俺はミーニャと一緒に大胆に体を寄せて寝たり、肌身を接しさせて撫でるという行為ができなかっただろう。

 少なくとも俺は犬に欲情するようなことはできない。



 だから答えは決まっている――


「ごめんミーニャ、本当に申し訳ないんだけども――」


 そこまで俺が言うとミーニャは俺の言葉を遮り、最悪の条件をやさしい声で示した。



「――何でもするって言ってくれましたよね?」




 ――修羅場未だに潰えず哉


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