37,関係
ミーニャは俺のその言葉を聞くと、突然プツリと糸が切れたように俺を締め付けから解放した。
俺はこの状況でどうしてミーニャがそうしたのか分からなかった。でもこれはチャンスだ。
俺は降ろされたその場から、フィアルを止めに行こうと走り出そうとした――
――しかし、ミーニャが再び俺を抱きかかえる。
今度は先程の拘束の比ではなく、通常とは違った、縦向きのお姫様抱っこのような体勢で抱きかかえる。
手足を折りたたまれ、完全に身動きが取れない状態で、せいぜい動かせるのはつま先程度だ。
そうまでしてミーニャはやっと口を開く。
「トピア様…!それだけは…ダメです……」
真後ろにミーニャの顔がある体勢なのでその顔は見えないが、どうやら彼女はすすり泣いているようだった。
それは俺が放った直前の言葉がかなり聞いているようだった。
「ミーニャ!離して!!」
「いいえ、絶対ダメです!どうしてもと言うならさっきの発言を完全に撤回してください!」
ミーニャはあの発言に対して、ひどく固執しているようだった。これは現状、唯一の抜け道だと思った。
「ミーニャが人殺しに関わろうとするなら、絶対に撤回しない!!」
だからこそ俺は後には引けない。
「――ならば、一生このままです……」
「ミーニャ!!」
はっきり言ってしまえば、ここで“撤回する”と言えば拘束も解かれ、ミーニャの油断も誘えただろう。
しかし、俺にそんなことを考える余裕はなかった。
何とかあの言葉を利用することを考えるあまり、一歩引くという選択肢が頭の中に浮かばなかった。
その一連のやり取りをただ一人、傍ら見ていた少女が口を挟む。
「――ねえ、ミーニャ?あなたとアルはどういった関係なのかしら?」
その声は、今まで彼女と会話した中で一番大人びたものだった。どこまでも冷たく、メイのような気品すら感じる。
そしてその声は、いつもの彼女の声の調子では全くなかった。
表面上は平常と、そう聞こえなくもないが、誰しもが声色の異変に気付くだろう。
俺とミーニャは二人してその変異した声の方向を、ゆっくりと、ゆっくりと向く。
彼女の方向を見ると、その顔には笑みを浮かべていた。妖艶で、艶やかで、艶めかしいそれ。
しかしその表情をそのままの意味で受け取るのは、あまりにも憚られる。
彼女は作業を止め、立ち上がる。その嫋々として、しかし芯のある四肢が俺の網膜に映しだされる。
そのあまりに優雅すぎる身のこなしは、俺の目に映るそれ以外の景色を盲目にする。
――そう、俺は見惚れていた。何故かはわからない。こんな状況なのに…
硬直している俺の代わりにミーニャがその問いに答弁する。
「どういった関係?とはどういう意味なんでしょう?」
それは本当に彼女の問いの意味が分からないと言った様子だった。
その顔は相変わらず見えないが、きっと相当困惑している表情をしているのだろう。
「一緒に寝る?撫でる?なにそれ?
それって明らかに、普通の他人との付き合いの範疇を超えているわよね?」
彼女は何かの感情を持っている。表面には出さないが確実にその内側には、はち切れんばかりの情念が渦巻いている。
その様子に今、まさに見惚れていた俺の体の挙動がおかしくなるほどに、
隠れている感情、それが何かは分からないが、今の彼女は火薬の塊だということだけは分かる。
何かきっかけさえあれば、その行動は予測不能に陥るだろう。
答えるその内容、いや答え方すら間違えては許されない気がした。
「何であなたがそんなことを知る必要があるんですか?」
一旦緩衝材を挟む。
ミーニャもフィアルの豹変ぶりには気が付いているはずだ。しかしなぜこんなことになっているのかは彼女も分かるまい。
「いいから、答えてみなさいよ」
――俺とミーニャの関係……?今まで一度もそんなこと考えたことなかった。
正直俺は『仲間』というのが至極妥当だと思う。
でもこの関係は何が繋いでいるんだ?当たり前だが金の関係ではない。
俺にとっては、もしミーニャが一緒に居てくれなかったら、この世界で何もできないで野たれ死んでいただろう。そしてこれからも何もできない可能性が極めて高い。
だから、俺にとってミーニャと一緒に居ることは利がある。
でもミーニャには何の得があって、俺と行動を共にしてくれているのか?
むしろミーニャには迷惑の方が多く掛けている気が…、いや間違いなく掛けている。
明らかに一緒に居て、損しかない者と行動を共にする意味とは?
考えるのは後だ、一先ず彼女の問いに正しく答えねばならない。
この際、俺が答えても何も問題ないだろう。
「――フィアル、俺たちは変な関係じゃなくて、ただ行動を共にする旅の仲――」
「『番い』です…」
――んん?今彼女はなんて言った?
ミーニャは一瞬の逡巡はあったものの、次の瞬間その躊躇いを捨て去りフィアルに告げた。
「私とトピア様の関係は!片時も離れることのなく、一生を添い遂げる『番い』です!!」
――ミーニャは今まで類を見ない、最高潮に声を張り上げて『番い』だと、そう宣言した。
呆気にとられる俺を尻目に、ミーニャのその目はひたむきに一途だ。
――そしてその場はいよいよ修羅場と化した。




