36,自分だけの――
――しばらく答えが出ないままで気まずい、そして穏やかでない静寂が流れる。
ミーニャとフィアル二人からの視線が、痛く俺に刺さる。
俺はそれを受けて冷や汗が出る。そしてその視線を受けたくないがために焦って思考がまとまらない。悪循環だった。
「逆に聞きたいの、アルは何であの女を庇うの?」
フィアルのその質問は俺にとってある意味救いだった。
しかし、ここでしっかり反論できないとメイの命が危ない。
「何でって……それはこっちが何か勘違いをしているだけなんじゃないの!?俺はメイに直接何かされたわけじゃないし、むしろ俺視点だと匿ってくれた恩人なんだよ!?」
これだったらそこまでひどい弁護ではなかった気がする。しかしあちらにはまだ言い分があるようだった。
「その恩人が、実はあなたの人生をめちゃくちゃにしたとしても?しかも自らの私欲のためだけに……」
「……それはどういう事?」
フィアルが俺の問いに、後ろに束ねた髪を靡かせながら続ける。
「私が最後にあなたに会った時、あなたはいつも通りだった。私の事も勿論覚えていたし、髪も今みたいに白くなかった!!絶対あの女があなたに何かしたからよ!!忘れたの!?あの広場であなたを見る目を!!その仕打ちを!!」
彼女は雄弁に俺を説得する。
その圧に気圧されたわけではない。ただ反論する気概が削がれていた。
思い出したくもない、この世界唯一の事件。
そもそも何故あんなことになったのだか、呪い子がどうとか言われたが……
「あの女が何もしなければ、私たちは今日もいつも通り日常を過ごせていたのに……」
それはあり得るものだと思ったが、考えたくない可能性だった。メイが、あの少女がそんなことをするはずがない。
彼女は決して愛想が良いとは言えないが、それでも悪人にも見えない。何より俺を気遣ってくれるあの様子が、どうやっても演技などには見えない。
「……それでも、そうだとしても……、少なくともメイとは一回話し合うべきだと思う」
「なんで!?アル!聞いて!?あの女はあなたが思っているより何倍も腹黒くて卑劣な女なのよ!?それこそ今すぐ死んだとしても、むしろ喜ぶ人がたくさんいるわ!!話し合いで済む時期はとっくに過ぎてるの!!」
俺は自分の率直な意見を告げる。しかしフィアルは俺の考えが根本的に変わらないことに、不機嫌になった。
フィアルはメイの事を俺よりも知っているだろう。彼女の発言から二年は一緒に居たことが先程の発言から分かる。
半日しか会っていない俺なんかよりも、彼女のことを知っているはずだ。
しかし、いやだからこそ、それだけ傍に居た人間を、そこまで悪く言うのはどこか呑み込めなかった。
「フィアル、僕は実際メイがどんなに大悪人だったとしても、いきなり問答無用で殺すのはあまりにばかげていると思う」
「分かったわ」
フィアルは短くただそれだけ言うと――
――彼女は俺を無視して自分の荷物をまとめ始めた。
「何してるの?」
「アル、あなたにも譲れないものがあるように、私も譲れないものがあるの。大丈夫そんなことであなたに失望したりしないわ」
俺との口論にも近しい議論で、頭に血が上っているのか。フィアルは俺の制止を無視して、勝手に一人でことを成しに行く気だった。
俺は支度をしている彼女の前に立ち、同じ言葉を返した。
「フィアル、君にも譲れないものがあるように、俺も譲れないものがある。だから、俺は自分の全力を尽くしてでも、フィアルを止める」
フィアルは床に膝を突いて、目の前に立ちはだかる俺を見上げると、ぽつりと一言。
「何であの女なんかに全力なんかを尽くせるのよ……?」
静かに、それこそ自分にしか聞こえないほど小さい声でそう呟いた。
俺はそれでも彼女の前から退きはしない。
フィアルは進行方向をちょくちょく変えて俺の妨害からすり抜けようとする。
しかし、俺も機敏にそれを察知し、その先に立ちはだかる。何回かのやり取りの後フィアルは――
「――ミーニャ!」
フィアルは、その名を唐突に呼ぶ。
すると、いつの間にか背後に構えていたミーニャに、胴体を腕ごと抱きかかえられる。
俺は全身を真っ直ぐに伸ばした状態で、宙に浮く。
あまりに突然で、一瞬だけ何が起こったのか分からなかったがすぐに理解し、俺はその拘束から逃れようとする。
「ミーニャ!?お願いやめて!今はそんなことしている暇がないの!!」
俺は僅かに動く腕先や、足をバタつかせる。
脛に踵で蹴りを入れるが、彼女の体が頑丈なのかミーニャはびくともしない。女性に暴力なんて…などとはさすがに言っていられまい。
「…………」
ミーニャは何も言わずしかし、ただ俺をしっかりと抱いている。
それにしても何でこの二人はこんなに、意思疎通が取れているのだろう。
それはやはり人間の俺には分かりえない亜人の血なのか?それとも共通の敵への団結心なのか。
どちらにせよ二対一では、勝ち目はないどころか身体能力でもおそらく二人に劣る。
藻掻き続けるのは得策ではないと判断した俺は別の手段を投じる――
「――ミーニャ!これは裏切りだよね!?ミーニャは俺を裏切ったんだよね!?」
半分情に訴えるような作戦だった。彼女の性格を考えればこれはある程度効果があると思った。
しかしミーニャは冷静に、冷徹に返す。
「いいえ、トピア様。私はトピア様の幸せを第一に考えています。これは後々のために今必要な事なんです」
「そのために必要だからって人を殺すの!?」
「そうです。あれはトピア様に間違いなく害を及ぼします。だからこれは必要悪なんです」
それでも頑なにミーニャは意見を変えてはくれない。だからってそれはあんまりじゃないか……
その間にもフィアルは黙々と何か作業を続けている。
俺はメイが殺されるということも恐ろしいが、それ以上にフィアルもミーニャもメイ
とは見知っている仲だろう。
そんな人どうしで命を奪いあう、ということに俺はどうしても我慢できなかった。
目の前で計画が、しかも全くの無関係の人間でもない。そんな人の殺害が実行されようとしているのに、俺はどこまでも無力で止める術を持たない。
そのあまりにも情けない自分を見て、涙が滲み出る。
あの時誓ったのに……!過去の憂いを断ち、この世界で自信を持って生きていくと、なのに今の俺はなんだ?
不甲斐ないのは俺の元来の性質だ、それはいい。でも自信もなく、どこか諦観しているこの現状はなんだ?
はっきり言って最低最悪の気分だ。自分で誓ったことすらまともに実行できないのか。
もし俺が物語の主人公なら、きっとこういう場面で何かの力が覚醒して、二人を止められたのだろう。
しかし、実際そんなことは無い。俺はどこまでも凡人なのだろう。
俺は全てに疲れ、もうやけくそ半分で言った――
「―――もうミーニャとは一緒に寝ない!撫でたり、マッサージしたり、ブラッシングもしてあげない!!」
子供が駄々を捏ねる至極みっともない。平常時では見るに堪えない、それこそ黒歴史にでもなるような発言だった。
――――しかし、それは会心の言葉になった。
――ミーニャだけでなくフィアルの体もピクリと、いやそんな些細な動きではなく、大きく体躯が反応した。
――そして、その場は膠着から動き出す。




