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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
32/88

30,不完全で 一方的な

自傷描写があります。注意してください。

 


 ――部屋を出ると一本道の廊下が続いていた。


 そこは随分とぼろの平屋のようで、歩く度に床がきしむ。人の気配も感じることは無い。

 こんなところを拠点にしている理由は、なんとなく分かっていた。


 細長い廊下を越え、扉を開けると周りは見知らぬ森だった。辺りは夜明けとともに薄明るくなっている。

 そして見渡すと家のすぐ脇に小川が流れている。


 そして小川を視線で辿ると……その先に――いた。あの少女が――



 小川の畔で蹲り頭を抱えたまま、ぶつぶつと独り言を言っていた。

 ゆっくり近づいていくと、その声に漏れている内容がこちらに伝わってくる


「どうしよう、アルに嫌われちゃった。どうしよう、アルに嫌われちゃった。どうしよう、アルに嫌われちゃった……」


 聞こえるその内容は、先程の出来事について言っているようだった。


「なんで?何がいけなかったの?分からない。分からないよ!……なんで怖がらせちゃった?アルを傷つけちゃったから?今までずっとうまくやってきたのに……このまま、一生一緒に居られなくなったらどうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしよう……」


 それは、ギリギリ聞き取れるほどの早い喋り。

 自分の中でひたすらに考えを巡らせ整理しようとしているが、如何せん思考がまとまっていない。


「嫌われたくない、嫌われたくない、嫌われたくない、嫌われたくない、嫌われたくない、嫌われたくない、」


 早口でただただ同じフレーズを繰り返すだけの彼女は、周りから見れば明らかに異常に見える。

 頭やそれに添えられている手首が震え、痙攣しているようにも見える。

 その様子を俺は、ただ眺めることしかできなかった。


 やがて少女はいつの間にか、右手に小さなナイフを手に取り――




 ――自分の左手首を何度も突き刺していた……



 その様子に――俺はただひたすらに絶句し、頭が真っ白になった。


 腕を貫通するほどではないが、それでもナイフが何度も深々と刺さり、左腕の先が血まみれになっていく。


 俺は考えるより先に、体が動いていた。

 後ろから不意を突き、彼女からナイフを取り上げると、小川の下流へと投げ捨てた。


 ナイフが手元から無くなった彼女は、まるで玩具を取り上げられた子供の様に、暴れ喚いた。

 ナイフが捨てられた方向へ、何も顧みず真っ直ぐ進もうとしている。

 俺はそれを押さえるために、彼女を羽交い絞めにする。幸いなことに身長はこちらに理がある。


「やめて!自分に罰を、痛みを与えないと!!気が狂いそうで!!私が私でいられなくなるの!!」


 彼女は抑え込んでなお、興奮した状態で俺の拘束から逃れようとしている。

 その嘆願を聞き入れるわけにはいかない。一先ず落ち着かせないと、興奮で出血がひどくなる一方だ。


 これは、あまり使いたくなかった手だった。なるべく自分の言葉を使って誠心誠意、彼女に謝るべきだと思ったから。

 しかし、今そんな事を言っている余裕はない。ならば今使うしかあるまい――



「――“フィアル”!!いいからちょっと落ち着いて!!!」



「――あ、あれ?この声って……まさか…」


 俺の声を聞くや否や空色の少女、いや、フィアルの動きが止まった。

 反応から後ろに居るのが、誰なのか分かっていなかったようだ。



「あっ…………」


 フィアルは短く、そう発すると体中から力が抜けていく。

 やっと落ち着いてくれたみたいだ。俺はゆっくりとフィアルを下ろした。

 何よりまず、左手首の治療を――


 そう思っていたら、いきなり振り返って足元に縋りついてきた。

 足元にいきなり取り付かれ、バランスを崩した俺は後ろに倒れ込む。



「あの!アル!これは違うの!ただ自分に戒めを……とにかく違うの!!」


 フィアルは倒れ込んだ俺の足元から這いずるように、俺の顔を見てそう言った。

 何が違うのかよく分からないが、これではまた興奮で出血がひどくなってしまう。

 落ち着かせたいが、彼女に体の体重を乗せられ抑え込まれて身動きが取れない。



「――ごめんなさい!ごめんなさい!!許して!!許してください!!何でもするから!何でもします!!だからおねがい許して!!見捨てないで!!私を置いてかないで!!お願い!!お願いします!!!」



 フィアルが縋るように切願してくる。それはもう何かに取り憑かれでもしたように、

 その必死で、悲しみに引き裂かれたような形相は、俺の記憶にある、あの少女ではなかった。


「フィアル!落ち着いて、許すから!見捨てたりしないから!お願いだから落ち着いてくれ!」


 相手がこちらにお願いをしているのに、こっちも必死にお願いをするしかなかった。



「ほんと?」


 フィアルの顔が悲痛より引き戻される。


「ほんとだから、落ち着い――」

「――許してくれる?」


 フィアルのその顔は疑問の表情――


「許すよ――」


 半ば勢い任せに俺は続けてしまう。


「私のこと見捨てないでくれる?」


「見捨てないからっ、ちょっと離れ――」

「――置いていかない?」


「置いて行ったりしないからっ、落ち着いて、ね!?――」

「――私になんでもさせてくれる?」


「なんでもしていいよ」



 彼女の質問攻め、完全に流れに任せて口から回答が飛んでいる。落ち着かせることだけが頭に中にあった。

 段々とフィアルの顔は綻んでくる。あと一押しだった――


「――じゃあ私とけっこんしてくれる?」

「するから、落ち着いてくれ――」



「……絶対?」


 フィアルは破顔したかと思いきや突然、急に真剣な表情になった。

  『絶対』、その言葉の意図が俺は理解できなかった。

 でも彼女を疵つけてしまった罪悪感から、そして彼女をこれ以上悲しませまいと、そう行動する義務があった。だから言ってしまった。



「――絶対だから安心して、」


 そう言った瞬間、彼女は彼女史上最高の笑顔を見せてくれた。

 前にもこんなことがあった気がするが、俺は女性の笑顔に弱い気がする。

 何でも許せてしまうような気がする。そんな気がした。



「――アル、ありがとう!大好き!」


 フィアルはそのまま、仰向けの俺の上に覆いかぶさってきた。

 俺の顔の前にフィアルの顔が来る。くりっとした丸い目と、少しだけ突き出たその口、まだ幼さの残るその顔。


 それと同時に朝日が差し込んで、その髪が明るい色に染まっていく。

 そして何より、左目の淡い蒼と、右目の金色のような輝くような瞳に吸い込まれそうだった。



「んっ」


 やがてフィアルは目を瞑って、俺の前に顔を置いてそのまま動かなくなった。

 俺が訳も分からずに、しばらく放心していると――


「んん!!!」


 フィアルは呻くように強くそう発する。


 俺はフィアルの両肩を両手で掴み、そして――



 ――彼女の力が緩んだすきに、その体勢から抜け出した。



「フィアル、早くその手を治療しないと……!」


 俺はそのまま立ち上がりそう告げた。

 見ると彼女は、頬をいっぱいに膨らませて不機嫌そうな顔をしていた。


「さあ早く部屋に戻ろう、ね?」


 あやすようにそう言った。まったく、訳が分からない。



 ――その恨めしそうな瞳ににらまれながら、俺はなんとか彼女の手を引き部屋に連れ帰るのだった。




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