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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
29/88

27,失意

 


 ――恐怖で相変わらず腰の抜けている俺の視界いっぱいに、旅の道中いつも隣に居たモフモフで塞がれる。


 少し前に俺の目の前に居た少女が、ミーニャに置き換わっていることに一瞬何が起きたのか理解できない。



 そして横に目をやると、かつて出店であった場所に瓦礫の山が出来上がっていた。

 その中央には空色の少女があった。


「トピア様!もう私の傍から離れるなんて!あんまりです!もしトピア様に何かあれば私…」


 その表情は俺に対する不安と心配でいっぱいいっぱいという顔だった。


「こんな顔に傷が…ひどい……

 トピア様、立てますか?もうこんな町、早く脱出しましょう!――」



「――おい…よくも不意を突いてくれたな!?」


 いきなり横から聞こえる、劈くような怒気の籠った声。

 あの切られた男に向けられたものと同じ、俺にとっては恐怖でしかないそれ。

 それが今、ミーニャに向けられている。


 ミーニャが声の方向に体を向ける。

 何とか立ち上がった俺も、ミーニャの後ろに無意識に隠れてしまった。

 女性の後ろに隠れるなど、男として情けない話だが、完全に無意識だったので許してほしい。


 気が付くと俺はミーニャの服を掴んでいて、その体は小刻みに震えていた。

 空色の少女は徐に瓦礫の中から起き上がると、ミーニャの後ろに隠れ、俺に前を向け――


「アル……っ、これはっ…、あなたを怖がるつもりじゃなかったのよ……!少しだけ嬉しすぎて興奮してしまっただけで…」


 俺が怯えていることに気づいたのか、追い求めるような姿勢で慌てて釈明する。


 しかし、俺がミーニャに縋るように隠れているのを見ると、また顔が顰められた。



「おい、そこの犬っころ、どういう了見でそこに居るんだ?」


「あなたの言ってる意味が私には理解できないんですが…っ」


 お互いの雰囲気から一触即発だと窺える。


「お前の後ろに隠れている人間は、記憶をほとんど欠落させている。それをお前は知っているはずだ。それなのに亜人の分際でそれに付け込みやがったな!?」


 再び声色が戻った。


「あなたの先程の独り言は遠くからでも聞こえていましたよ。探し人と髪色が違うのでしょう?人違いなのでは?…」


 彼の名前も違いますしね。と続けた。

 ミーニャはどうやら嘘でこの場を凌ぎ切りたいらしい。しかし、相手も一筋縄ではいかないらしい。

 それどころか虎の尾を踏み抜いてしまったらしい。



「――亜人風情が!私にそんな拙劣な嘘が通じると思うなよ!?」


 空色の少女はその言葉に激高した。その天を映し込んだような頭髪が逆立っているように見える。


「もしかしてお前か?お前がアルを拉致してこんなにしたのか!?私からアルを奪ったのか!!?亜人、身の程を弁えないにも程度がある!」


 さっきからこの少女の言動は、整合性、一貫性ともに欠けている。何がそこまで彼女を歪めているのか分からない。

 その様子にミーニャはこの場から逃れることには観念したようで、だから言ってやった。


「あなた私を亜人亜人言いますけどね。あなただってその亜人の血が入っているでしょう?左右の瞳の色と髪の色、その頭髪の総毛立ちを見れば誰だってわかりますよ。差し詰め有角人種のいずれかでしょうね?」


 ミーニャはもう相手を挑発するようにして顎を軽く上げた。

 確かに今まで見てきた人間で、そんな髪色は一人も見なかった。

 まだこの世界の全貌を知れていない俺にとっては、特に気にならないことだったが…


「せっかく気分が良かったから命だけは助けてやろうと思ったが……」


 ミーニャの発言が気に障ったのか空色の少女は、いよいよ腰にぶら下げた細い剣に手を掛ける。

 空色の少女は居合切りのような構えを見せる。ミーニャも、そして少女も突撃するような姿勢をとっているわけではない。そして間合いがまだ、かなりあるのに少女は目の前を切るかの如き姿勢をしている。


 またあの得体のしれない斬撃が来る、気がした。ミーニャはその技を見ていない。初見で対処できるものでもないはずだ。

 俺にできることと言えばもう“これ”しかなかった。


「――あの世で後悔しながら朽ちろ!―――――――…っ!!!?」




 ――俺はミーニャの前に立ち、眼を瞑ったまま両手を広げてミーニャを庇うような体勢を取った。


 ミーニャの前に居ようが後ろに居ようが、あの斬撃は免れない気がする。

 気休めかもしれない、それでもそうしない選択肢はなかった。

 ミーニャが死ぬのが嫌だった。ただそれだけ。



 ――一瞬の間があった。


 ふと右の脇腹が熱いことに気が付いた。

 痛みは無いが、今まで感じたことのない感覚が俺を襲った。

 徐にその箇所を手で押さえ、目を向けると真っ白な服とマントがぱっくりと切れている。

 そして、その周りの布を大量の赤い液体が染め上げていく。


 そしてそれを認識した瞬間にキリキリとした痛みが襲ってくる。

 激痛ではない、しかし出血量が夥しい。押さえてもあふれ出てくる血液。

 これは助からないだろうと直感した。俺はその場に倒れ込んだ。




 大量の出血で、間も無く意識が朦朧としてくる。

 視界の端でミーニャが大声で泣きながら、俺を抱きかかえている

 どうやら、あの斬撃はどうなったのかは分からないが、ミーニャを守ることはできたらしい。本望だった。


 これだけ、大声で騒げるなら大丈夫だろう。

 正直ミーニャには俺なんかという足手まといに構わず、自由に生きてほしかった。

 だからここで死ぬことに未練はない。




 ――俺の意識はそこで力尽きた。



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