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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
25/88

24,町に着いてから

 


 ――俺は今、ベットに倒れ伏している。


 今まで無事でいられたのが、異常だったのだ。

 今まで屋敷で温室育ちのような環境から、一気に転落してずっと外で移動と野宿を繰り返した五日間だった。それが祟った

 その環境の変化で体がついて行けなかったか、足の傷から雑菌が入ったのか、町に着いて直ぐ、俺は高熱を出して倒れた。


 俺は異世界で初めての町を観光する間もなく、ミーニャの手によって町の診療所、兼宿屋に担ぎ込まれた。

 診てくれた医者は年老いた獣人の男だった。


「こりゃまあ、普通の風邪だわな、安静にして栄養取っとけば問題なかろう。よっぽど心配なら人間の医者にみせるこったぁな」


 医者はどこまでも冷静だった。

 それとは対称的に、その隣でまだミーニャは落ち着かない様子だった。


「大丈夫なんですよね!?死んだりしませんよね!?」


 安心する素振りも見せずミーニャが質問攻めをする。


「はっはっはっ、よっぽどこの人間にご執心のようだ。人間の子よ、体を冷やさんようにな、後は――」


 医者の獣人はミーニャを見てにやりとした。そして――


「――近くに毛むくじゃらが居ると衛生的に良くないぞ」


 笑いながら、そしてこちらを冷やかすように冗談を言いながら、部屋を出て行った。

 俺は、この爺さんは食えないなぁと思った。


 ミーニャは体毛の上からでも分かるくらい、顔を真っ赤にしながら言った。


「何なんですか!!?あの人は!?こっちの気も知らないで!!」


 ミーニャは子供のように駄々を捏ねているが、でもそれだけ俺を心配してくれているということなので、気持ちが安らぐ。


「トピア様、私は汚くないですよ!何なら今から水を被ってきます!」


 ミーニャは瞳を潤ませて感情を露わにしている。俺はミーニャを宥める。


「ミーニャを汚いだなんて一度も思ったことないよ。いつも自分で気を付けているのは知ってるよ」


 そう旅の途中、野宿地はなるべく近くに水場あるところを、ミーニャは好んで選んでいた。俺は水に濡らした布で体を拭く程度だったが、ミーニャは全身水浴びしていたようだ。


 そして、朝と夜にいつも自前の櫛で全身をブラッシングしていた。あの時俺の髪を梳かしたものと同じものだ。


「トピア様にそう言ってもらえて私は幸せです!」


 寝ながら俺の手を両手で握ってくるミーニャは、健気だった。




 ――その後、発熱はやや長引いたが、一日安静にしたおかげで次の日の午後には歩き回れるようになっていた。

 ミーニャが町の市場で調達してきてくれた栄養のある食材も、苦かったが一役買ってくれたようだった。

 足の傷は完全にとはいかないが一人で歩けるくらいには回復していた。全部が全部ミーニャのおかげだ。


 俺はこの町の探検に出たかったが、熱が下がったばかりなのでダメです!とミーニャに制止された。

 結局、町の探検に繰り出せたのは町に着いてから三日が経過してからだった。




 ――二日間も寝ていたので、体の動きがぎこちない。


 オムさんの話によれば、人間達の間でこの髪色は不吉なものと言われているらしい。

 だから俺は人間の前では、フードで髪を隠すことにした。

 森の出口の集落で俺に向けられたあの目はやはり、俺の髪色を見てのものだったらしい。

 それがなぜなのか分からないが、あの獣人の医者も俺の髪を見て興味深そうに目を細めていた。



 フードを深く被りいざ町に繰り出す。

 俺は初めての異世界の町を、心行くまで堪能するつもりでいた。


 この町はカロスというらしい、入り口の看板に書いてあった。

 町の景観は中世の石造りかと思いきや、どちらかというとほとんど木造で西部劇のような街並みだった。


 ここは人間の領域の国らしく、住んでいるのは人間の他ではミーニャのような犬の獣人しかいないらしい。しかも町全体の人口から見れば、ごく少数。


 俺が運び込まれたこの宿は、所謂獣人地区の宿だ。

 住む場所が別けられているのは、やはり種族間の違いから無用なトラブルを避けるためである。


 町を歩く俺の後ろにはミーニャが当たり前のように付いて来ていた。


「それで、俺はどこに行けばお金を稼げる?」


 後ろに振り返って唐突に聞いた。ミーニャは口をあんぐりと開けた。


「どど、どうしたんですか急に!?お金のことなら私に任せてくれる、って言ってくれたじゃないですか!?」


「いや、でも後々一人で生きていくことになったら、稼ぎ方くらい知っておいた方がいいかと思って…」


 仮にミーニャが俺に付いて来てくれることが、命を救った恩だというなら俺もとっくのとうに命を救われている。

 だから、ミーニャはもう俺に尽くす必要はもうないはずだ。


「トピア様は私からもう離れません。ずっとお傍にいると言ったではありませんか」


 俯いたその表情と、声色からは何も感情を感じ取ることができなかった。だがくみ取ることはできる。それは濁り切った黒い何かだ。


「我々一族は人間と違って約束は必ず守ります。私は全てが敵に回ろうが、貴方を裏切らないとも言いました。それなのに、トピア様は私を信頼してくださらないのですか…」


 もうその感情からは何も読み取れない。あるのは尋常を逸脱した混じりけの無い狂気


「分かった!分かったからもうそんな顔をしないで!」



 ――ミーニャは泣いていた。


 俺が彼女を泣かせたのはこれで何回目であろうか。

 自分の思う正しい方向へ進もうとする度、なにか悪いことが起こる。

 俺は、もう正しい方向に行かない方がいいのかもしれない。


 俺はミーニャに近づいて何も言わず抱きしめた。ミーニャも抱きしめ返してくる。

 その抱擁からは傍から見ていた通行人も、それが普通のものではないことを感じていた。



「――トピア様は何もしなくていいのです。ほしいものがあったら何でも買ってあげます。なんもしないことが罪悪感になるのでしたら、」



 ――私が仕事を与えましょう。




 ――その仕事内容を言うや否や、ミーニャはさっそく俺を抱えて、我々が泊っている宿屋に踵を向けるのだった。


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