22,人間と髪色
――辺りがどんどん暗くなる中、道の近くにあった林で俺たちは野宿の準備を進めていた。
いや、訂正する。俺は倒木を椅子の代わりにして、座っているだけだ。
今目の前にある焚火もその周りにある肉も、全部ミーニャが準備したものだ。
――ミーニャは俺を背中から降ろすと、ここでちょっと待っていてくださいね。と言って、何処かへ消えたかと思ったら、木の枝と干乾びた植物を持ってきた。
何処に持っていたのか火打石をと持っていたナイフを打ち付け、干乾びた植物に火を灯す。
それを火種にして、木の枝を薪に、あっという間に焚火ができる。
そのあとまたすぐどこかに姿を暗ましたかと思ったら、今度は笑顔で丸っこい四足獣をぶら下げて戻ってくる。
そして、俺の目の前で解体し始めた。
焚火づくりもそうだが、解体も随分と慣れた手つきで、その様子を見て俺は感心していた。
そして細かく一口大に薄く切った肉を細長い木の枝に刺し、焚火を利用して焼いている。
それを全部一つのナイフだけでこなしている。あのナイフは業物な気がする。
「――さあ、お肉が焼けましたよ!どうぞ!」
ミーニャは細枝の先に付いた肉をよく冷ましてから、俺の口に押し付けて食べさせようとしてきた。
「ミーニャ!?それくらいは自分でできるよ!」
それをそのまま口で受け取ると、恋人同士で互いに食べさせる構図ではないか。
いや、これは親が子供に食べさせる構図か…
「好き嫌いはダメですよ!はい口を開けて下さい!」
半ば強制的に食べさせられた。よく焼けていて筋張っている様子もない。
味の方は……まあ、正直に言うと微妙だった。それもそのはず、この場に味付けのための調味料など無いのだから。
「――どうですか?お口に合いますか?」
ミーニャが不安な表情でこちらを見てくる。
そんな潤む一歩手前の瞳で見つめられたら、微妙だ、なんて言えなかった。
「おいしいよ」
一言だけ、それだけ言うとミーニャは子供のように、はしゃいでに喜んでいる。
嘘でも、おいしいと言ってよかったなと思った。
そして、喜んだミーニャの手によって、残りの肉も全部俺の口に運ばれたのだった。
――お腹いっぱいになった後、一刻もすると極度の眠気が襲って来た。例の現象だ。
敷く布団も体に掛ける毛布も無いから倒木を枕代わりに、その辺でそのまま寝ることになる。
でも、一昨日とは違う。ミーニャが一緒に居てくれるだけで安心できた。
――そして朝が来る。
目覚めると、それが当然とばかりに、俺はもふもふに包まれている。
起きるとミーニャが傍に居る。これも見慣れてきた光景だった。
「――トピア様はー私がいないと夜寒がるんですからー」
ミーニャが目を閉じたまま寝言を言っている。
そういえばミーニャはそんなことをよく言っている。
でも俺は夜に寒いと感じたことは一度もない。
ここの夜は冷え込んでいるのかと思っていたが、そうでもなさそうだ。なぜなら俺が単身で一晩、なんともなく過ごせたからだ。
謎は深まるばかり…
――その後、俺たちは昨日の残りの肉を焼いて食べて、余った部分は持ちきれないので土に埋める。
――そして再び出発する。勿論俺はミーニャに背負われて、
道中は相変わらず田舎道のようだが、段々道幅が広がっている気がする。
途中に川があったり、山があったり、林があったり、それらはすべてどんどん後ろに流れていく。
――突然ミーニャが声をあげる。
「あ、ここです!見覚えがあります!」
それを聞いて俺はミーニャの向いている方向を見やる。
そこには周りに何もないのに一軒だけぽつんと家が建っていた。
周りには家庭菜園があり、時給自足しているようだ。
「トピア様、ここは私があの屋敷に行くときにお世話になったところです。きっと私たちを助けてくれます!」
そういうとミーニャは、玄関の扉をノックすると中から現れたのは、獣人だった。
白黒のミーニャとは違って、シェルティーみたいな感じの男性だった。
「オムさん!私です!この間はお世話になりました!」
そう言うとオムと呼ばれた男性は挨拶するでもなく、後ろに居たこちらをじろじろ見てくると――
「――とりあえず中に入りなさい。」
――部屋の中、ミーニャとあの獣人が部屋の奥まったところで何か話している。
ミーニャが何か言う度に、男の獣人は首を縦や横に振っている。
そのうち話がまとまったのか、男獣人は奥の扉の向こうへと消えていった。
ミーニャがこちらに戻ってくる。
「やりました!トピア様の替えの服を貰えて、あと馬を貸してくれるそうです!これで明日中には町に着けそうです!」
ミーニャは企みが成功したかのように、上機嫌になっていた。
しばらくすると、奥から男性が小さめの服を持ってきた。
白を基調とし、至る所に細かい装飾が施されたそれは、どこかの民族衣装のようだった。
「これは俺の息子の10歳の誕生日に送ろうとした儀式衣装だ。誕生日を迎える前に亡くなっちまったがな…」
男の獣人は暗い顔をしている。
「事故ですか?」
ミーニャが何気無くきいた。見えてた地雷だった。
「いや、殺されたんだよ、人間共に!それを目の当たりにして、俺も殺されると思って遠いこの地に逃げてきた」
声は震え、拳を握りしめたその様子は、どうしようもできない怒りと悲しみに満ち溢れていた。
「人間にも、いい奴が居ることは知っている。事実、ここいらの人間は俺を助けてくれた。それは感謝している、が俺は人間がどうしても好きになれん」
そう続ける男の顔は複雑になっていた。
人間への憎悪、それでも助けてくれた恩も感じているようだった。
「この服は持っていけ、形見のつもりで持っていたが、新品だし使ってくれた方が息子も喜ぶだろう」
オムは服をこちらに手渡してきた。俺は恭しく頭を下げてそれを受け取る。
正直、ここまで想いが詰まったものを着るのは、どこか尻込みしてしまう。
それでも俺のために譲ってくれた品を着ない、だなんて言えるわけがなかった。
俺は部屋の隅で、着ていた寝巻からその衣装に着替える。
ミーニャはその着替えの様子をまじまじと見ていた。着替えを見られてちょっと恥ずかしい。
新しい服に袖を通した俺を見て、ミーニャは歓声を揚げる。
「やっぱり私の見立て通り、この衣装はトピア様に似合っています!」
隣に居るオムさんも、腕を組んで首を縦に振り唸っている。
「“髪色”と相まって素敵ですよ!」
それを聞くとオムさんは、考え込むような表情をして部屋の奥へもう一度消えていった。
ちなみに、俺がもともと来ていた汚れた服は、ミーニャが預かってくれた。
しばらくすると、濃いベージュ色のフード付きのマントを持ってきて、俺に投げた。
「坊主、それを羽織っとけ、お前のその見た目は目立ちすぎる。」
言われた通りにマントを羽織る。
「頭も隠せ、人間でそんな髪をしていたら目立つに決まっている」
「え!?そうなんですか?綺麗な色だなぁと思っていたんですけど…」
ミーニャが驚くような声をあげた。
「少なくとも、俺は人間でそんな髪色を見たことがないそれに――」
「俺の髪色は何色なんですか?」
ミーニャへの返答に思わず聞いてしまう。
「あ、そうか、屋敷には鏡が無いから、トピア様は自分では確認のしようがないんでした」
正確に言うと一つだけあった。メイのあの書斎の机に手鏡が、でも特に気にすることも無く、自分の姿を確認することは無かった。
綺麗とミーニャが言うなら、悪くはない髪色であると思いつつ――
「――白だよ、真っ白さ」
――その後、色々話を聞いた後、家の裏に繋いであった馬を貸してくれた。
それは鞍と鐙を付けたそれは馬というには、色々見た目が違ったが、まあ馬だ。
ミーニャが跨り、フードを深々と被った俺はミーニャの前に座って、彼女の足に挟まれる形だ。
そして、いよいよ家を後にしようという時――
「――馬まで貸して頂いて…ありがとうございます!」
「良いってことよ、その馬は俺にべったりなんだ。町までなら帰り道が分かるから、乗り捨てたら俺のところに必ず帰ってくるぜ」
まあ、ここのおいしいエサが欲しいだけなんだろうけどな、とそのあとぼやいていた。
◇◆◇◆
そして、俺たちは今、町への道に就いている
「――ミーニャは人間が嫌い?」
馬に乗りながら後ろを振り返り、ふと怖くなって聞いてみた。
フードを被っているからミーニャの、その口元しか見えない
「うーん、少なくとも好きではありませんね。あ、勿論トピア様は別ですよ!?」
それを聞けて安心している俺が居た。ミーニャは続ける。
「彼らはみな自分のことしか頭にありません。自分たちさえよければ良いと思っています。まあ、そういう生き方を選択してきた種族なんでしょう。その生きてきた術を否定するつもりはありません」
ミーニャは、はっきりと主観と自分の意見を述べる。
「例えば我々のような有毛人種は互いに尊重し、協力し合って生きています。それが生きていくためにそうせざるを得ないくらい、弱い種族だったのかもしれません」
その様子は、どこか納得いかない様子だった。
「人間のように利己的な生き方は他種族には、あまり見られません。だから、時々対立することがあるみたいです」
そこまで言われると俺も人間に対して、偏見を持ってしまいそうだった。
――俺たちはそのまま、町へと急いだ。