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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
22/88

21,目的

 


 ――今俺はミーニャに背負われながら、森の道を高速で通過している。


 ミーニャは俺を背負っているというのに、一定の速度を維持したまま走っている。

 屋敷内でも垣間見えたあの身体能力は、俺の比じゃない。


 獣人という種族がそういうものなのか、ミーニャがすごいのか、はたまた俺が貧弱すぎるのか、まあおいおい分かるだろう。



 そしてついに――!


 ――森の出口見えた!


 一気に明るい所に出て目が眩む。



 ――次にこの眼がとらえたのは、欧州あたりの田舎の風景だった。

 農地が段々畑に広がり、作物が所々に実っている。

 木造に漆喰の民家のようなものもちらほら見え、人影も見える。



 森の出口でミーニャは立ち止まり、一旦休憩させてくださいーと言うと近くの森に面した木陰に俺をそっと降ろした。


 日輪を見るに時刻は昼前、俺が一日かけてやっとの距離を、ミーニャは俺という荷物を持ちながら半日もかからずに踏破してしまった。

 それだけで彼女の身体能力の高さが窺える。


 ふと後ろを振り返ると俺たちが来た道とその左右に広がる森があった。


「――どれだけ長い道だったんだ…」


 それを聞いたミーニャが、傍らで伸びをしながら口挟んだ。


「私が馬車で来たときは、半日以上はかかりましたかね?道も悪くて、お尻が痛くなっちゃって…。まあ侵入者を防ぐ目的もあるんでしょうが…」


 まあ、ここまでのものは貴族屋敷でもそうそうありませんがねー!と呆れたように続ける。


「そういえば、トピア様はこれから何処へ行かれる予定なんですか?」


 ミーニャは突然改まったように聞いてきた。

 そこまで聞いて俺は何もプランが無いことに気が付いたので、正直に話す。


「実は何の予定も無いどころか、この辺の地理すらわかってない状態なんだ…」

「あー、そういえば記憶喪失とか、言っていましたね」


 ミーニャは思い出したように続ける。


「でしたら、私の故郷に行きませんか?ここの田舎みたいにのんびりと時間が流れていて、食べ物もおいしいですよ!」


 手を広げながら彼女は笑顔で言った。尻尾も揺れている。


 俺は脳内で思考を巡らせる。これからどうするべきか…

 ミーニャの提案を受け入れるのはありだ。寧ろ好ましいものにも思える。


 しかしそれと同時に俺は、この体に何があったのかを知りたいとも思う。

 記憶を失う前の俺は何をしていたのか?なぜ記憶を消した?

 俺に身内や知り合いはいなかったのか?もし居るなら、心配しているだろうから、顔を出しておきたい。


「とりあえず近くのおおきな町に行って、それからどうするか考えたい。お金も必要かもだし…」


 とりあえず無難なものにしておいた。町に行けば俺を知っている奴に会えるかも、そして俺の知りたい情報も分かるかもしれない。淡い期待だった。


「そうですかー、そうですよねー」


 ミーニャはどこか残念そうだった。別に故郷に行かないとは言ってないのに…


「ああ、あとお金なら私が何とかしますよ、護衛任務の頭金をもらいましたから私今、小金持ちなんです!」


 彼女は懐から小袋を取り出して自慢げに言う。

 頭金とは、依頼を成功させることが大前提の報酬のはずなんだが…、それをミーニャは堂々着服してしまっている。

 初めて会ったあの自信の無さげようは一体何だったのであろうか。


 あと、お金は何とかするって、俺は今こんなにしてもらっている。そんな状態でお金まで恵んでもらったらのなら、俺は罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。だから言った。


「お金は自分で稼ぐ。これ以上ミーニャに迷惑は掛けられないから」



「――トピア様はお金の稼ぎ方を知っているんですか?」


「それは…知らないけど、これから知って――」

「――時には他の“人”に頼ることも必要な事ですよ」


 俺の宣誓を見透かされ、取り繕うとするも更に言葉を重ねられ諭される。

 ミーニャのその瞳は、まるで救いを与える者のように微笑んでいた。

 そこまで恵む側に言われてしまったら、こう言うしかないじゃないか…


「――それじゃあ、お言葉に甘えさせてミーニャさんに頼らさせていただきます…」


 思わず、丁寧な口調になってしまった。

 正直、こんなヒモみたいな事は嫌だが、もういっそ開き直ってしまおう。


「はい!私が好きでやっていることなので、トピア様は一切気にすることはないんですからね!」


 嬉しそうな笑顔でミーニャは言った。

 その言葉は俺に気を遣わせまいとしているようで、ありがたくもあるがやはり良心が咎められた。


「さて、一通り目的も決まりましたし、ぼちぼちまた移動しましょうかー」


 そう言い、ミーニャはまた俺を持ち上げ背負う。また走ると思ったので、振り落とされぬように咄嗟にしがみつく。

 しかし、気が付くとミーニャは走るのではなく、ゆっくりと歩いていた。


「あれ?トピア様ー?そんなにしっかり私に抱き着くなんてー//」


 なんか知らないが茶化された。


「――さすがにあの森の中と同じペースで行くと、体力が持たないということが分かりました!ここは景色もいいですし、風景でも眺めながらゆっくり進みましょう!」




 ――俺とミーニャは畦道のようなところを進む。この後ろにあの貴族の屋敷があるとは、誰もが思い付かないくらいの田舎道だ。

 森の出口で見えていた人影はやはり農家の人間らしく、畑作業をしながらこちらをチラチラと見てくる。


 初めて屋敷の外で見た人間からは、どうやら俺たちが物珍しいようだ。

 どいつもこいつも挨拶も無しに、こっちの様子を窺っている。


 初めはみんな、獣人が珍しくて見ているのかと思っていた。

 しかし、一人一人の視線をよく観察すると、それはミーニャではなく負ぶられている俺に向いている気がした。


 なぜ故か?


 服装か?裸足だから?それともこんな歳で女性に背負われているからか?

 俺はトラウマ持ちで、あまり人に注目されるのは好きではない。

 その好奇の視線を嫌い、気づくと俺は背負われたまま俯いていた。


 風景は確かにきれいだったが、俺はあまり楽しめなかった。


 一昨日の夜からまともに寝られなかったせいで疲れていた。

 そのこともあり、俺はミーニャの背中で眠ってしまっていた。


 気がついたときには、俺の周囲に農地も民家も人影もいなくなっていた。

 空を見ると日は傾き、茜色に染まっていた。


「あ、起きました?よく眠れましたか?」


 首を後ろに回して気さくに話しかけてきてくれたミーニャ。

 だが、何か彼女に申し訳ない気がした。


「ご、ごめん、ミーニャ、起きて運んでくれているのに寝ちゃって…」


「仕方がないですよ、あの森で丸一日過ごしていたんですから、疲れていて当然です」


 謝るとミーニャは慰めてくれた。


「まあ、そろそろ私も疲れて来たので、日没までは時間がありますが、明日に備えて早めに寝支度をしましょうか」


「この辺りに泊まれそうな所はなかったの?」


 周囲に何も見えないので少し不安になって聞く。


「最後に見た家屋は随分と後ろでしたし、近くに有ったとしても泊まりません。私はどうしてもあいつらのトピア様を見る目が気に入りませんでしたので」


 ミーニャもあの視線に気づいていたようだ。


 泊まらないというならそれはそれでありだった。

 体を休めるにはいいがそれでも人と関わるのは、まだ不慣れだったからだ。




 ――そして俺たちは、いやミーニャは野宿の準備を始めたのだった。


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