19,失ったもの
――あれから丸2日たった。
いくつか分かったことがある。
どうやらこの世界に魔法のようなものは一応あるようだ。
いくつか物語を読み進めていくと決まって、魔法のようなものが出てくる
なぜ“魔法のようなもの”と言っているかというと、少なくとも俺がイメージしていた“魔法”では無いからだ。
それはどうやら“魔石”と呼ばれるものを触媒にして起こる。人間が魔法を使っている描写はない。
魔石自体はかなり貴重で高価だが、大した効果はないらしい。水を出したり、火を熾したり、その程度だ。
亜人と呼ばれる一部の種族は“呪法”または“術法”と呼ばれる力を行使する、とあるがそれがどんな力なのかまでは書かれていない。
せいぜいこれくらいしか分からない。
屋敷のメイドたちは相変わらず不愛想どころか、近づくだけで嫌な顔をされるようになった。
前世の短い期間だったが、小学校に行っていた時を思い出した。勿論いい思い出ではない。いじめられただけの記憶だ。
でも、それは気の持ちようだ。嫌われている十数人相手を気にするくらいなら、好かれている一人に意識を向けた方が建設的だろう。
そういった意味で俺が好かれているのはミーニャだけだろう。
一人でいるときは静かなのに、俺と一緒の時は尻尾を振っていつも笑顔だ。
メイは俺のことを気にかけてくれているようではあるが、好かれているかと聞かれれば違う気がする。
そのミーニャなのだが、あれから毎日俺が起きるとベットの脇に居る…
理由を聞いても――
“トピア様が寒がっていて見てられなくて…”とか“ベットに近づいたら引き込まれました!”とか俺の記憶にないものだった。
その度に入って来ないでと言っているのだが、もう4回目ともなってくるとあきらめの色が出てくる。
ミーニャ曰く、夜に俺がベットの中で寒がっているらしい。
ここの気温は夜に急激に寒くなるらしい。ミーニャが伝える俺の様子から、毎夜冷え込んでいるということが分かる
そしてそう、俺は夜になると、謎の意識消失現象が毎日起こるのだ。
ミーニャがベットまで毎日運んでくれているが、この歳で介護が必要なのはかなりショックだ。
原因があって対処できるのなら、早急に対処しなければ…
そのせいで夜中に、こっそり正門前まで行こうと思っていたのだが、それもできていない。
◇◆◇◆
そんなこんなで、俺は屋敷からの脱出を考え倦ねていた。
――一体いつになったら外に出られるのだろう。
そんなことを考えてその次の夕方、当分の願いであったはずのそれはあっけなく、そして不本意に叶えられ俺は今、屋敷の正門前に居る。
――時間を巻き戻そう。
俺は中庭で寝転がってのんびりと読書を楽しんでいた。すると遠くからガラガラという騒々しい音が、こちらに近づいているのが分かった。
屋敷のメイドたちが慌ただしく通路を通って、正面玄関に向かっているのが見える。
メイが帰ってきたのかな?なんて思っていたら、大きい足音が聞こえてきて、俺の後ろでその足音は止まった――
――振り返るとそこに居たのはメイではなかった。
良い感じの髭を生やした初老のオッサンだった。
そしてそいつは俺を睨みつけ一言だけ――
「――こいつを屋敷からつまみ出せ!」
そうして俺はどこから現れたのか甲冑の衛兵二人に抱えられ、あの長い外庭の道ずっと抱えられたまま移動し、そして正門前の地面にほっぽり出された。
「いってぇー…いきなり何だったんだあの爺さんは…」
正門を振り返りながら、つい悪態をついてしまう。
それもそうだ突然現れ、何の事情も説明されずにこんな扱いを受けたんじゃ、誰だって文句を言いたくなる。
メイドたちがあの見知らぬオッサンに従ってたところを見ると、不届きものってわけでもなさそうだ
そして俺が目の前を振り向くとそこは――
――鬱蒼と生い茂る、あの屋敷の壁の手前にあった森と同じものが広がっていた。
しかも、ここから見える範囲ずっとだ。
―さてどうしたものか…
訳が分からずも、素早く状況を飲み込んだ俺は今後の展望を思案する。
そしてもう夕方だ。俺の夜の持病だけならまだしも、夜の冷え込みは鬼一口だろう。
俺は例によって、薄い寝巻しか着込んでいない。屋敷にこっそり戻ろうにも高い門は固く閉ざされ、周りの壁も聳え立っている状態で、侵入できる様子はない。
あの正面玄関にあった馬車が通ったであろう道はあるが、舗装はされていない。
高く伸びた木々は道の天井すら作りかけていた。
一か八かこの道を進んで今夜泊まれる場所を探すしかない……
俺は覚悟を決めて先の見えない土道の上を進むことにした。
――考えてみれば、あの屋敷は俺にとって最高の環境だったのかもしれない。
俺はとぼとぼと何もない道を歩きながら考えた。
屋敷に居た頃は仕事もしなくていい、食事も出てくる、ゲームはできないがあの本たちは意外と面白く、暇潰しにはなっていた。
メイドには嫌な顔されるが、衣食住が与えられた完璧なニート生活だった。
それに比べて今の俺はどうだ?
住むとこ追い出される、服も今着ているこれだけで金もない、今晩の食事すらままならない。
先行きの見えない不安に、“何で俺はあの屋敷から出たがってかなぁ?”と思うようになっていた。
まあ、理由は分からないが追い出されたということは、遅かれ早かれこうなっていたということだから、考えても仕方がなかった。
いくら歩いても道の脇は森しか続いていない。食料を探そうにも木の実が一つも生ってない。
そして日が落ち、段々気温が寒くなってくる――
――ああ、俺はここで死ぬかもしれない。
辺りはもう暗く足元の様子も覚束ない。
結局泊まれそうな場所は見つからなかった。
道の脇で木を背に、足を延ばして蹲り、虚空を眺めた。
――できればもう少し生きたかったなぁ
俺の意識はそこで途絶えた。