17,脱出構想
「そういえばミーニャ、勉強の前にお風呂に入りたいのだけど…あと服も着替えたい」
俺はちょっと申し訳なさそうに言った。
思えば昨日からずっと、この寝巻のようなゆったりした白い服しか着てない。
そして、昨日の夜はそのまま寝てしまったようだから、ひと風呂浴びたかった。
「ああ、そういえばそうでしたね。実はこの屋敷、地下に体を洗える場所があるんですよ、
入浴は無理ですが、そこなら水浴びのようなものができるかと、体を洗っている間、服も代わりのものをその部屋の前に用意しておきますね!」
手際よく必要事項を伝えるミーニャはできるメイドのようだった。
では早速行きましょう!とミーニャに手を引かれて廊下に出る。
しかし、この屋敷に地下なんてあっただろうかと思い至り、鍵がかかっているいくつかの部屋を思い出した。
案の定、ミーニャは一階の俺が施錠されていて入れなかった部屋の前に来た。
ミーニャは鍵を持っているのかと思いきや、その扉はノブを回しただけで普通に開いた。
その扉の先は細い通路と下の階へ続く階段があり、地下室の存在を証明している。
扉の内側を見ると引っ掛けるタイプの内鍵があった、トイレの個室の鍵と同じような用途だろう。
つまりあの時は誰かがこの先で水浴びをしていたから扉が開かなかっただけで、今は誰もいないということだ。
ミーニャは俺の後ろに回り込み背中を手で押してきた。
「やはり、この時間なら誰も使ってませんね!ささ、トピア様、奥に脱衣所があるのでそこで服を脱いで、更に奥にある扉にお入りください!私は替えの服と体を拭く布を持ってきます!あと鍵を掛けるのをお忘れなく!」
ミーニャのその様子は慌ただしいが必要なことは全部言ってくれた。
彼女が部屋の扉からそそくさと撤収するのを見届けて、扉を施錠し階段を下りた先に向かう。
降りた先にある扉を開けると前室のような小さなスペースがある。
一人で使うことを想定されているので脱衣所と言っても広くはない、鏡のようなものも無くそして奥の部屋に足を踏み入れる無機質な部屋であった。
壁と床は石造りで、壁の上の方にある露天風呂の吹き出し口のようなものから、絶え間なく一定量の水が流れ出ている。
その着地地点は水によって穿たれ、小さい滝つぼのようになっていた。
地下なので外の景色を堪能する窓も無いわけで、まあ業務用の水浴び場なので室内に備えられているだけで十分と言えるだろう。
そこで俺は昨日の汗と今朝の騒動によって齎された冷や汗をまとめて洗い流した。
水温は冷水というほど冷たくもなく、中途半端に温いが程よい水温気持ちよかった
しばらく経ってから脱衣所に戻扉を開けると、目の前にでかい布があった。おそらくバスタオルだろう。
それと脱いだ服が置かれていた場所に、先程まで来ていた服とは違った服が置いてある。
相変わらず寝巻のようだが、いつの間にかミーニャが脱衣所に置いといてくれたようだ。
――んん?何か途轍もない違和感を感じるが何であろうか?
ミーニャが持ってきてくれたもの以外、辺りを見回しても変わったものは何もない。
その違和感の原因を探るもその時は結局分からず仕舞いだった。
特に実害が出ているわけでもないので、考えるだけ損な気がした。
今度の寝巻は俺の寝室のベットと同じ薄青だった。
先程の白い寝巻でも思ったことだが、これらはどちらかというと女性ものだ。
意識してしまうとそれを俺が着ているということが、なんか小恥ずかしくなってくる。
別にほぼ反応が返ってこないメイドにしか見られないので何とか我慢だ。
用意された服を着て階段を上り、ドアを開けるとミーニャが待っていた。
彼女は俺が部屋から出てくるのを見つけると、垂れていた尻尾が振り始めた。
「トピア様!もう時間的に朝食なのでもう直接食堂に行きましょう!」
え、まだ頭も完全に乾いてないのだが、そんな恰好でいいのだろうか。
そもそも、昨日も俺は寝巻で朝、夕ともに食事をしたのだがよかったのだろうが…
メイからも咎められなかったからいいのかな。
まあ何か粗相をして怒られても、誠心誠意あやまればきっとどんな人でも許してもらえるだろう。度合いに寄るだろうが――
さあさあ、とミーニャに手を引かれて三度目の食事に引きずられて行くのだった。
◇◆◇◆
その後、二回目の朝食を済ませ俺は部屋に戻ってまた文字の勉強の続きをする。
朝食の様子?昨日の夕食と全く同じで詰まんないから割愛、そういえばメイド長とは昨日の朝食の時以来一度も会ってない。
メイが屋敷を空けているので、それに付いて行ったのかもしれない。
部屋に戻るとミーニャが居た。これも昨日と同じ、異世界二日目なのになんか順応が早過ぎないか?
このままでは話すことが無くなってしまう。
だから今日は勉強の合間に気分転換と称して、昨日は二階からしか見られなかった外庭へ行くことにした。
ミーニャはなぜか俺にもっと勉強をさせたがっていたが、外庭に行きたいと伝えるとお供します!と言って俺の後ろに付いてきている。
正直ミーニャには付いて来てほしくなかった。俺がこの敷地から脱出するために、昨日二階から見えた森と壁を下見したかったからだ。
脱出できるようなら脱出してしまうという選択肢もとれるがそれは時期尚早だろう。
どういう意図であれ、外には危険があるとメイは言った。
壁の外は町があるのか、自然が広がっているのか、それすら分からない状況ではどちらにせよそれなりに準備が必要だった。知識面でも物資面でも。
然ば、可能ならここから出るときに武器なども携帯していたい。町があるならそこで武器を調達してもいいだろう――
――あれ?俺って無一文じゃね?
そこまでして気が付いた。
いやいや、それを何とかしようとして本を読もうとしてたんじゃないか。
どこかのRPGみたいに冒険者協会でもあって、簡単に金が稼げるならいいがそれはあまりにも楽観的過ぎる。
あまり取りたくは手段だが、前世の知識を生かしてこの世界にないものを作り出す。
そしてそれを売り払えば、一時的に金が作れる。
これは最悪の手段だ。なぜならこの世界に元々無かった物を作れば注目される。
それの出所が知れたら、なにかしらの面倒なことに巻き込まれる気がする。よくあるパターンだ。
そもそもそんな物、作れるのかどうか分からないが――
「――そっちには正門しかないですよ。トピア様」
突然声を掛けられ、現実に舞い戻る。
振り返るとミーニャが静かに佇んでいた。
その後ろには俺が先程まで居た屋敷が、随分と遠くに見えている。
前方に目をやるとあの鬱蒼とした森が茂っている。
遠くから見た通り手入れはされておらず、とうの昔に極相に至ったであろう植物群集、その低層は雑草が一つも生えていない。
相対的にあの外庭の手入れ行き届いた庭園と比べると月とすっぽんだった。
「どうしたんですか?トピア様?まさか!気分でもすぐれないのですか!?」
俺が声を掛けられてなおボーっとして考え事をしていると、ミーニャが心配したように詰め寄ってきた。
「いや、きれいな庭園だなと思っていただけだよ。」
無難な返事を返しておく。
ミーニャはメイのメイドだ。少なくとも主の意向には従うだろう。
だから俺が屋敷から出ようとしていることがミーニャに気づかれたら、止めようとするはず。
そのままメイにでも報告されようものなら、警備が強化され俺は二度とこの屋敷から出ることは叶わなくなる。
あの必死な姿のメイを見たらそれくらいはやりかねない。
だから今この先へ行くことは許されない。ミーニャに気取られてはならないのだ。
まさか彼女は俺にそれをさせないが為に、監視として付いてくると言ってきたのではあるまいか?
そんなことを考え俺は踵を返して、おとなしく外の庭園を堪能することにした。