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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
17/88

 閑話 生い立ち

 


 ――同日、時刻は昼前

 ここはトピアの住まう屋敷から少し離れた都市の裏通りにある、とある酒場



 そこに一人の女性が入ってくる。

 その金色の髪と新緑の瞳を持った少女は酒場に入ってくるなり、脇目も振らずに一人の人物のもとに駆け寄る。


 貴族である彼女がこんなところに居るのが見られたら、品位を疑われる。だからこそここを選んでいるというもあるのだが…

 酒場の店主である大男はその入ってきた少女を一瞥すると、声をかけるでもなく再び仕事に戻る。



 こんな昼間から酒を飲もうという客はまずいない。そもそもこの世界での酒は一般的に堕落の象徴で飲むものは少ない。しかも、昼間ともなれば酒場は当たり前だとばかりに、閑古鳥が鳴くものだ。

 だからその人物はすぐに見つかった――



「――なにか手掛かりはあった?」


 ――下ろされた金髪を持つ少女がカウンターに座ったままうつ伏せている少女に声をかけた。

 カウンターにうつ伏せる少女、その髪は透き通るようなグレー、いや空色というべきか、その髪を短く後ろに一房に纏めている。

 軽装の防具をその身にまとった空色の少女は、酒に象徴通りの堕落に飲まれ既に酔いつぶれていた。

 声の存在に気付いて返す。


「いいや一つも、何一つも、だ」


 そう覇気も無く話す少女の目も髪と同じく透き通った空色、だが今はくすんでしまっている。

 そのひどく虚ろな目は、この世のどん底を今まさに体験しているかのように。


「……………」


 金髪の少女は何も語らない。その表情は全くの虚無。

 暫しの沈黙しかし、けっして静謐ではない時間が流れる。

 やがてその森閑に耐え切れず空色の少女が口を開く。

 瞬間、一瞬だけ辺りが喧騒に染まる。


「一週間、一週間だぞ!!“アル”が何も言わずに私の前から姿を消して一週間も…

 あいつは一日たりとも私から離れたことはなかった。それが何の連絡もなくこんなに姿をくらませるなんて、確実に彼の身に何かあったんだ!」


 彼女は金髪の少女に掴みかかりそうな狂瀾の勢いで、がなり立てた。


「案外、依頼に追われていただけで、明日にでもあっさりと顔を出すかもしれないわよ」


 それはうつ伏せて絶望の表情を見せる少女に憐憫を掛け、元気づけようとしたのかも知れない。しかし、金髪の少女はその自分の発言に後悔することになる。


「まだ貴様はそんなことを言っているのか!?冗談は大概にしろ!あいつがそんなことするわけないと言ってるだろう!!」


 その発言を聞いた空色の少女は次の瞬間、本当に金髪の少女の胸倉に掴みかかってきた。

 金髪の少女は露骨に嫌な顔をしたが、あきらめたように言った。


「分かった、分かったわよ、だから落ち着きなさい。こっちでも情報網を使って探しているわ、手掛かりが見つかり次第すぐにでもあなたに伝えると約束するわ」


 そういった彼女は自分の胸に付いた手を払いのけるとさっさと出口に向かって歩いていく。

 その後ろで空色の少女が――


「――なあ知ってるか?メイスザーディア、手掛かりが全く無いことも手掛かりになるんだということを…」



 空色の少女の虚ろな目は金髪の後ろ姿を見据え、ぽつりと口から出る。

 その声は金髪の少女の耳には届かない。


 ◇◆◇◆



 リングハルト・メイスザーディアはリングハルト家の一人娘で、彼女の人となりはその美貌も相まって貴族の中でも一目を置かれている。


 リングハルト家には爵位が無い。いや貴族というもの自体に爵位は存在しない。

 貴族と平民というものの間には身分の差はあるが、貴族内では表立った身分の権力構造は存在しない。


 しかし、それぞれの貴族家の序列というものは確実に存在する。それは、その家の功績や人々からの評判、失態を冒すなどで上下する。

 その階級を、爵位という形ではっきりとさせないのは、そんな自分の家の立ち位置すら客観的に理解できない者は、貴族としての意識も品性も無いからだ。


 まあ、入れ替わりの激しい全家の立ち位置を一々覚えなおすのは、無意味な労力となるのでそこまで細かく序列をはっきりはさせないのだが…

 せいぜいその家が上位、中位、下位のいずれなのかということを覚えとけばいい。


 上位貴族だとしても社交界の場で卑屈な態度を取る者は、周囲からは痴者と疎まれ、あまりにも見苦しい場合は貴族という称号すら剥奪される。下位貴族の場合など論外である。



 以上のことを踏まえて言うならリングハルト家は間違いなく“下位”だ。

 かつては爵位でいうと大公ほどの家であったのにもかかわらず、今では見る影もない。

 そうなった原因が誰なのかと聞かれて強いて言えば、間違えなく彼女の祖父と答えるだろう。


 彼女の祖父は、身分や権力などというものに興味は無く、それどころか煙たがってすらいた。

 故に社交界などには度々欠席し、あまつさえ王の誕生パーティーにすらも参上しなくなった。

 怒り狂った王はリングハルト家から貴族の称号を剥奪しようとしたが、それを取りやめるよう懇願したのは彼の息子、つまりメイの父である。



 彼女の父は祖父とは油と水の関係、性格は正反対で決して相容れることは無かった。

 父は誰に影響されたのか、自分の家の由緒に対して揺るぎない誇りと野心を持っていた。

 王を怒らせた一件でリングハルト家は下位まで降格、父は祖父をリングハルト家から除名し、自ら当主となり再び上位貴族に返り咲こうとしていた。


 その父の娘、つまりメイは今まで祖父の家で預けられていたが、祖父が除名された事をきっかけに父に引き取られその厳格な指導のもと育てられることとなった。


 祖父の家で甘やかされて育ってきたメイの日常は一変した。

 貴族としての基本的知識はもちろん、政経、薬学や芸術や武道なども特別な講師を雇って彼女に叩き込まれた。

 そんな彼女は14の時に家出をした。どんどん厳しさを増す家の方針についていけなくなったのだ。


 彼女の父はそのことに憤慨したが娘を勘当まではしなかった。今まで育てた苦労もあったが、娘がいつか自分の気持ちを理解してくれると思ったからだ。

 それはひどく高慢な態度だと言わざるを得ないが、しかし三年の期間を得て父の期待通り、彼女は家に戻ってきた。


 それを父はやっと私の気持ちを汲んでくれたかと喜んだが、その傍らで眠る見知らぬ男を父は見逃さなかった。

 おそらく、家にから出ていた三年間で従者でも作ったのだろう、と彼は思ったので特に気にしなかったが、当主を目の前に呑気に寝ている姿は腹が立つ。

 その当主は娘に、また貴族として研鑽を積むようにと命令を下した。


 世間知らずであった彼女が家を離れて三年も生きていけたのは、あらゆる武芸や知識をその身に叩き込まれていたからであるが、それは彼女自身にも自覚は無かった。



 ――そして、父は彼女が家に戻ってきた本当の理由を知らない。


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