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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
13/88

13,文字

 


 ――これであいわかった。

 メイはどうやら俺をこの屋敷から外に出したくないらしい。

 あの言葉詰まりで必死なもの言いは誰だって不審だと思うだろう。

 ついでにいうと若干メイの目が泳いでいたというのもある。


 俺が外に出ようとしたり興味を持つそぶりをすると、彼女は必死に止めようとしてくるのだろう。

 それは、本心から俺の身を案じているようでもあったが、同時に別の意図があるようにかんじられた。

 そして、俺がメイに従順で居れば彼女はいつまでもその笑顔を俺に向けてくるのだろう。


 別に笑顔を見られることが良いか悪いかは置いといて、今後の俺の指針は決まった。

 それは――


 ――外に出ることだ。



 これは俺の人間としての欲求でもある。

 メイは“いつまでも”と言っていた。俺が一生ここで過ごすことを前提としているような物言いだ。

 折角異世界に来れたというのに、外は危険だと言われ安全な場所に軟禁されたのであっては、それはあまりにも人生というには常住すぎではあるまいか。


 メイは外が危険だと言うがそこに人々が住んでいるということであれば、生きる術やこの世界の文化を理解すれば俺でも溶け込んで生きていけるはずだ。

 そのために必要なのはまずは情報収集である。

 知識は力なり、とゲームの攻略本でもあった。然らば今この部屋に大量に貯蓄された本を読み漁り、知識を蓄えるべきだ。


 これ以外にもメイに直接聞けば良い気もするが、おそらく、いや間違いなく俺の意図を知ったら、引き留めようとするだろう。

 メイには悪いと思っているが、俺はそれ以上にこの世界を冒険してみたい欲求に駆られている。

 それは、かつての世界で俺は平凡以下の人生を歩んできたからこそ思うことでもあった。

 だから俺は彼女が放った言葉の後にこう言った。


「この部屋の本を何冊かかしてくれない?」

「本なんか何に使うのよ?」


 彼女はこの部屋に置かれている本を見やりながら俺に聞いてきた。

 やはり聞いてきた。どうすれば彼女に勘ぐられずに済むのか俺は思案を巡らせる。


「部屋で読もうと思った。ずっとこの屋敷に居ると暇になってくるから」


 まあ、悪くない理由だろう。彼女が俺をここに縛り付けるからには相応の暇を潰すものが必要になるのだから。


「あなた文字が読めないって言っていたじゃない!?」


 メイはその顔に驚愕という表情を浮かべながらこちらを見る。

 それはちょっと予想外の反応だった。何だとこのやろう、と頭の中で悪態をついた。

 確かに人との会話や運動は苦手だったが、日本語まで読めなかったというわけではない。

 そういえば、いつも人との会話に抱いていた突っ張りがここに来てからは感じられない。


 ——とそこまで考えた俺だったが一つ失念していたことを思い出した。

 俺たちが使っている言語は日本語ではないことを、そしてそれはかつて世界のどこの言語でもなさそうだ。

 その聞いたこともないような言語を、俺の頭の中で勝手に日本語に通訳されているというだけで。


 いや、でも異世界の言語を聞いて理解できるのならば、その同一言語の文字が読めてもいいのではないか?

 それなのに目の前の彼女は、なぜ驚いた表情をするのか。


 ――言っていた?


 俺が目覚めてからそんなことは一度も口に出していない。

 それが意味するところは一つ。俺の記憶の前の俺なのだろう。


 ここで一つ、新たな疑問が俺の中で生まれた。

 メイは俺の名前が分からないほど短い期間しか付き合いが無いのであろう。

 だっていうのにそんな人間にわざわざ文字が読めないだなんてこと伝えるものか?

 まあ、そういうこともあるのかもしれないな、とその時の俺はその疑問を飲み込んだ。

 会話に戻ろう。


「分からないものもあるかもしれないけど、頑張って読んでみる。」


 俺がそう告げるとメイはため息をついたかと思うと、席から立ち上がり左に向かって歩き出した。

 そして辞書のような分厚い本を一冊棚から取り出して、俺に手渡してきた。


「ほら、読み上げてみなさいよ――」




 ――結論から言うと全く読めなかった。そこに書かれていたのはミミズ文字というやつだ。流石異世界。

 俺はそのメイの要求には答えられず、両手で本を広げて何も言わずに座っていることしかできなかった。


 この本はおそらくこの世界の地理に関する本なのだろう。

 挿絵の歪な図形の集まりは文字を読めなくともなんとか地形だと理解できたが、それはかつての世界で見たことが無いものだった。


 そして俺の立てた計画は第一段階で頓挫したのだった。

 しかし、メイに勘ぐられずに外へ出る、という目標が潰えたと思った俺は些か早計だったようだ。


「確かに屋敷で過ごすのに何もしないでっていうのは耐え難いわよね」


 彼女は思いふけるような立ち振る舞いで続ける。


「本が読みたいなら私があんたに文字を教えてあげる!あ、でも私はこう見えて結構忙しいから付きっ切りとはいかないのよ…

 うーん、そうだ!もし学びたいんだったらあの世話係の犬に教わりなさい」


 メイは喜んだかと思うと、次の瞬間には困りはて、そしてしまいには閃いたかのような表情三連発を繰り出した。表情筋が鍛えられそうだ。

 これは僥倖、渡りに船とはまさにこのことだ。

 メイは俺の胸の内など知る由もない、それを知られてしまったらどうなるかわかったものじゃない。絶対に知られてはいけない。


 犬というのは言うまでもなくミーニャのことだろう。

 メイは普段からミーニャをクソ犬呼ばわりしているのかと思ったが、そうでなくて内心ほっとしている。

 怯ええきったミーニャを見てからというもの俺は彼女に同情というか、シンパシーのようなものを抱いていた。

 その怯えの原因は今もはっきり分かっているとは言いづらいのだが…


 ミーニャから教わるというのであれば俺も特に異存無い。

 メイド長のリデルに教われ!と言われたらちょっと嫌かもしれない。

 あの人は色々厳しそうだし…


「じゃあ、そうするよ。」

「あんた随分とうれしそうね、そんなに本が読みたかったの?」


 俺がそう告げると顔に出てしまっていたのか、メイは微笑ましいものを見るかのように笑って俺の心中を言い当てた。

 俺はこの彼女のこの笑顔を裏切ることになるのだ。

 純粋無垢で屈託のないこの笑顔を――


 ――やっぱり外に出ようとするのはやめようかな……



 俺の心は彼女の笑顔に揺さぶられていたのだった――







 まあ、やめないんだけどね


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