12,疑心
「質問はこれで全部?」
「じゃあ、最後にもう一つ聞いてもいい?」
そう俺がこの一連の問答を終わらせようとすると、屋敷の主ことメイは何かを含ませるように俺に告げた。
「あなたの名前は?」
「?…“トピア”じゃないのか?君がつけてくれただろ?」
メイは俺の返答を聞くと、分かってればいいのよと続け、満足したように妖艶な微笑を浮かべて頷いた。
先程の怒りはどこかへ行ってしまったようだ。
そのやり取りは傍から知らぬ者が見れば、この二人は相識をとう超え昵懇の仲であると確信してしまうものだった。
最後と言うからにはまたとんでもない質問が飛んでくるかと思ったが、全くと言っていいほど意図が理解できない質問だった。
メイが何か充足したかのような顔をしているから、別に構いやしないのだけれど。
あれ?名前?そういえば名前……
全てを思い出したとか言いつつ、結局俺の前世の名前は思い出せていなかった。
過去はもう顧みないと決めた俺にとっては、至極どうでもいいことのはずなのに、何か引っかかる気がする。
「私があんたをここに呼んだ要件は以上よ!あんたからは何かある?」
その張り上げた声で俺の思考は現実に戻される。
「じゃあ、さっき僕がした質問に答えてほしい」
「何をすればいいか?だったっけ?敷地外に出ないのであれば部屋で寛ぐなり、屋敷を探索するなり好きにすればいいわ」
腕を組みながら不遜な態度で、先程の質問に答えた。
しかし、それは俺が聞きたかったこととは、少しベクトルがずれたものだった。
「いや、そういうことじゃなくて僕はいつまでこの屋敷にいればいいの?」
「?、いつまででもいればいいじゃない?」
俺が本来聞きたかった内容を聞き出すために訂正すると、彼女には似合わない調子はずれした顔でこちらを丸くした瞳で見つめた。
俺とは何か認識に齟齬があるようだ。
「え!?いやいや君は僕に恩があるのだとしても、いつまでもここに居るわけにはいかないでしょう!?」
「そんなことないわ、あなたにそれだけの恩があるというだけよ。だからいつまでもここに居ればいいわ、つうかここに居なさい!」
俺が認識を改めようとするとメイからは俺の予想外の反応が返ってきた。
再び彼女の声色は特有の気品ある張ったものに戻る。
ずっと屋敷で食っちゃ寝させてもらえるほどの恩とは何なのだろうか?
メイとは会って間もないが、これだけ親しげに話せるのだからもう遠慮は無用だろう。
「その恩とはどんなものだったの?」
「…今の状態のあなたに言ってもどうせ理解されないから言いたくないわ、ただ私は貴方に救われた。それだけは言える」
メイの新緑の眼に信念が灯ったようにこちらを見定めた。
俺の疑問を聞いた彼女は、俺が理解できないといってうまいことはぐらかした。
俺が思うにメイは何かを隠している、気がする
俺の行いで出来た恩にもかかわらず、本人が理解し得ないから言いたくないというのは、さすがに理解が及ばない。
つまり、メイは何故だかは分からないが、ただ自分の都合で言いたくないだけなのだ。
それを俺が知ることで何かしらの不都合が生じるものなのか、それとも事情があるのかはあずかり知るところではない。
恩というもの自体が嘘という可能性も無くは無いが、彼女のあの瞳を見たら俺はそんなことを考える気が失せていた。
俺も彼女に過去のことを話したくないので、おあいこというやつだ。
「じゃあ質問を変える。なんで外に出てはいけないの?」
「外はあなたにとって危険がいっぱいなの、生きていく術の無いあんたなんかすぐにのたれ死ぬだけよ」
メイはこちらを嘲るように語気を強めて言う。
そういわれてしまっては自分でもその通りだと言わざるを負えない。
この世界の文化どころか、情報一つまともに手に入ってない俺なんかでは彼女の言う通りのたれ死ぬということもあり得るだろう。
「具体的にその危険とはどんなもの?」
彼女の回答には必ずと言っていいほど、毎回重要な点をうやむやにされている。
ここまで親しげに話せるようになったのだからできれば、俺は彼女を信頼したいと思っている。
でも、ここまではぐらかされると、いくら匿ってくれていると言っても懐疑の念が浮かんできてしまう。
このままで彼女の目的も意図も掴めない。
だから俺はその疑念の雲を晴らすために一歩踏み込んだ質問をした。
「危険っていうのはあれよ、例えばそう、都市の他の人間はみんな利己的で、周りの人間を食い物にしか思ってないわ」
彼女はやや早口になって続ける、その眼は震えていた。
「それに都市から一歩でも出れば、狡猾で強かな野生の動植物がウヨウヨいるもの、そんな中で一人で生きてみなさい!今のあなたは四半時もしないうちにあなたは絶命するでしょうね!」
「わ、分かりました、外へは出ようとしませんから!」
メイはまるで、悪役令嬢にでも取りつかれたみたいに意地悪な口調で俺に向かって捲し立てる。
彼女の鋭い眼光と切った張ったかような口調に気圧され、俺はそう答えるしかなかった。
「ならこれ以上は何も言わないわ、この屋敷で好きなように過ごすといいわ!」
彼女は屈託のない笑顔を浮かべて満足げにそう言うのだった。