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夜明けのまにまに  作者: AL Keltom
本編
11/88

11,"メイ"との情

 


 メイスザーディア様はそれからミーニャの毛を俺の頭から一つ一つ丁寧に取り、その毛束はメイドに回収させていた。

 全ての毛が回収できたようだったので主は口を開く。


「はい、これできれいになったわ。まあ、色々あったけどとりあえず朝食にしましょう。」


 俺と彼女は二人そろって机に向かって机に浅く腰掛ける。

 料理はもうすでに机の上にある緑のランチョンマットからはみ出るほど所狭しと並べられていた。

 俺のこの体はそこそこガタイよく筋肉もそれなりにあるようだったが、どう考えてもこの体が食べきれる量には見えない。


 料理を運び終えたメイドたちは既に部屋から退去し終えていた。


「いただきます」


 合掌も礼も無く、彼女はそれだけ言うと直ぐに手に匙をもって食べ始める。

 食前の祈りとかは別に無いようだ。


「いただきます」


 俺もそれを真似るように続き、同じく匙をもって食べ始める。

 机の上にある料理は彩り濃くヨーロッパの家庭料理のような見た目だった。

 材料はこの世界特有のものなのか、不思議な触感そして、味付けは見た目ほど濃くない、むしろ質素なくらいだ。

 でも決してまずいわけではない、空腹感はなかったがこの体は食物を求めているようだった。


 二人だけの部屋で会話もなく、どこかぎこちない空気が流れている。


 俺は食事を取りながら隣の席に座っている主をこそこそ眺める。

 実は俺は彼女の姿がよく頭に入っていなかった。

 寝室で会ったときは初対面かつ寝起きだったし、俺の意識はその左隣りに居たミーニャに吸い込まれていたからだ。


 改めてよく見る彼女は一言でいえば、そう西洋絵画に描かれる美女だった。

 下ろされた髪は腰上まで伸びたどこまでもさらさらで繊細な金髪、それに加えて新緑色の瞳に整った顔立ち、容姿だけを見ると彼女は神に二物以上のものを与えられていた。傾国の美女とはおそらく彼女のようなものを指すのだろう。

 そして彼女が袖を通すベージュのブレザーのような衣装は彼女の髪色と合っていた。


 しかし、彼女のその表情はどこか不機嫌だ。

 先程見た光景が尾を引いているのだろうか?

 その様子は何かを思案しているようだった。


 正直言うとこの会話もなにも無いこの空間がひどく居心地が悪かった

 俺は彼女から何か言葉を掛けてくれたら、どれほど心が軽やかになったことであろう。

 しかし、そうした俺の祈りも空しく黙々と食べ続ける音しか部屋には響かない。

 黙食がこの世界の文化なのだろうか?


 寝室と同じ装飾の部屋の壁を見やりながら黙ったまま食べ続けた。

 食べきれないと思っていたが、机の上にあった料理はすべて俺の腹の中に納まった。


 隣を見ると彼女も食べ終わっているようで、眼を瞑って何をするでもなくそこに座って俺を待っているかのようだった。

 先程まで不機嫌だった表情は無情のものになり、その様子は気高さと儚さが両立していた。

 彼女は俺よりもずっと小食のようで、机の上の皿にはまだ料理が多く残っていた。


「ごちそうさまでした」


 俺がそう口に出すと隣の彼女の瞳が開かれる。


「ごちそうさま」


 最初とは順序が逆に彼女は続く、やはり何の動作もなく。


「あんだけあった料理を全部食べちゃったの!?」


 俺の目の前の机に目をやった彼女は驚いているようだった。

 緑色の眼が見開かれている。


「もしかして、足んなかった?」


 彼女は雲がかかった顔で申し訳なさそうにいった。


「いえ、十分すぎるほどいただきました。とてもおいしかったですよ。」

「そう、なら良かったわ!」


 俺は事実を言うと彼女は晴れ渡ったようになった。



 ◇◆◇◆




「ところで俺はこれから何をすればいいのでしょう?」


 俺は今、メイスザーディア様の私室に居る。

 食後、彼女に部屋についてくるように言われたからだ。

 

 屋敷の廊下を主の後ろを引っ付く傍仕えのように一定の距離を保ちつつ歩く。

 彼女の足取りはいつも優雅で軽やかだ。

 窓からは庭園のような中庭が見える。しばらくこの屋敷に滞在しても探索にはなんら困ら無さそうであった。


 彼女の私室は書斎のようで、部屋に入ると壁一面に本がびっしりと並べられていた。この建物の天井が高いのでそれも相まって本の多さに圧巻される。


 俺と彼女は今、書斎机を挟んで互いに座っている。まるで執事が屋敷に使用人として雇ってもらうために面接に来たかのようだった。

 彼女はやはり優雅に席に着き、俺も用意された席に着くと開口一番に彼女にそう問う。

 彼女はその問いに表情変えず、言葉を返す。それは俺の問いに対する回答ではなかった。


「その前に私の質問にいくつか答えてもらうわ」


 その姿は屋敷の主足り得る威厳があった。

 背後のすでに上った朝日は、後光となって彼女の威厳を後押ししていた。

 陽光が反射し彼女の金色の髪は天使の髪の如くあった


「私に答えられる範囲でならいくらでも」


 俺は神の僕にでもなった気分で、従順な使用人のように言葉を繕う。


「さっきのあれは何?」

「さっきのあれとは、何でございましょう」


 俺の口から出た言葉は気持ちが悪くなるほど恭しくなっている。

 彼女のあの姿を見たら誰だってこんな口調になるというものだ。


「誤魔化せるわけないでしょ、あの言動の理由を説明して頂戴」

「メイスザーディア様の御前で、緊張してしまっていただけでございます。

 二度と同じ失態は繰り返しませぬ故、何卒ご容赦くださいませ」


 即座に彼女の問いに返答する。俺は答える気が無いと暗に言っている。

 それを聞いて彼女の表情は露骨に不機嫌になっていく。

 その明け透けた態度は、もはやどこか親近感すら湧いてきそうだ。


「答えたくないなら今は別に答えなくていいわ、でもいつかは私に教えて頂戴」


 しかし、彼女はそれ以上言及することなく引き下がってくれた。

 俺は内心ほっとしつつ表情を取り繕う。

『いつかは』というには、俺は彼女としばらく居場所をともにするということだろうか。


 俺の記憶を彼女に話すのはリスクが高すぎる。

 別の世界の記憶、これはこの世界の常識を書き換えかねない。

 しかし、そんなことよりも重要なことがあった。


 詳しい事情や経緯は知らないが俺は今、目の前に彼女に保護されているということ。

 こんなあどけない中坊の中身がオッサンだと知ったら、追い出されてしまうかもしれない。

 彼女は俺に恩があると言っていたからそんなことはしない気もするが、なるべく可能性は排除して無用なリスクは避けるべきだろう。


「仰せのままに」

「あとその気持ち悪い喋り方やめてくれない?」


 さすがに俺のこの口調はへりくだりすぎたらしい。

 彼女は相変わらず不機嫌さを隠しもしない様子で言った。


「ごめんなさい…」


 俺もちょっと遊び半分で調子に乗って喋っていた節があるので、反省の意を示すように謝罪した。


「…あとさっきも気になったけど何で私をメイスザーディア様と呼ぶの?私はメイと呼ぶようにあなたに言ったはずよ」


 俺の謝罪に一瞬の逡巡があったが、気にせず彼女は問答を続けた。

 それは、俺が彼女に初めて会ったとき一方的に言いつけられたものについてだった。

 俺は自分自身に、彼女の矛先が向かないように慎重に言葉を選ぶ。


「それは平民である俺が貴族であるメイスザーディア様に、呼び捨てなどしたらリングハルトの家名が貶められるのでしょう?」


 俺がそう答えた瞬間、彼女の顔は今までの人生で見たことが無いくらい怒りの形相になっっていた。

 彼女の体は激昂のために震え、その震えは空気をも振動させるかのようであった。


「どいつよ!?あなたにそんなことを吹き込んだ痴れ者は!!」


 俺はその怒声に反射的に手が身を護っていた。

 それが俺に対しての怒りではないことは分かっていても、体の本能は正直だった。


 この本能は過去を振り返らないと誓った俺を、どこまでもどこまでも邪魔してくる。

 怒声がこの耳に入ってくるたびに俺は過去に引き戻されるのか。

 まったくいやになる。自嘲しながらそしてその声に体を震わせながら俺は答える。


「リデルにそう言われたのです」


 彼女の血走った眼と声色は彼女の怒りを適切に表現している。

 俺は正直に答えるしかなかった。

 彼女は俺の言動を見てハッと我に返ったようだ。


「ごめんなさい!?あなたにそんな顔をさせるためにいったんじゃないのよ…」

「もちろん分かっていますよ。僕のことはお気になさらないでください。メイスザーディア様」


 慌てて彼女が取り繕う。それに俺は優しい言葉で返す。

 ニーニャがあれほど怯えていた原因は、おそらくこの彼女の癇癪によるものなのだろう。

 先程食堂で俺に向けられたものの比ではない。あんなものとは比べ物にならなかった。

 今の怒りが俺に向いていたら、俺はショック死している自信がある。


「いいトピア?平民か貴族かなんて関係ない。私のことは最初に言った通り“メイ”と呼びなさい!誰になんと言われようと変える必要はないわ!」

「わかりました、メイ様」

「様付けも要らない!丁寧な言葉遣いも私に対して絶対しないで!私があなたに向けるような喋り方でいいの!」


 彼女は声を張りながらもその喋り方はとても気さくで、信頼している仲間に向けられるものようだった。

 俺は今までの喋り方が癖になっていて、その言葉を言うのがとても気恥ずかしくて仕方なかった。


 俺は自分のその口調に新鮮さを感じることなく、スッと口から言葉が出ていた。

 なぜなら、かつて同じようなことがあった気がするから。


「わかったよ、メイ」


 この時、俺と彼女の間にまだ小さいものの確かな新しい感情が生まれていたのだった。


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