第8話「解凍みかん」
今回の投稿は某所で開催した
【第6回二ツ樹五輪プロジェクト】 引き籠もりヒーロー 第4巻出版(*■∀■*)
「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたkuroさんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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本人的にはほんのわずかな時間の長い長い眠り。そこから起こされたのは、二十二世紀間近の未来だった。
冷凍されはしたものの、解凍できるとは露ほどにも思っていなかったので、しばらくは死後の世界と思い込んでいたくらい非現実的な展開だ。
私の受けた冷凍睡眠処置は半ば以上に実験のようなモノで、再覚醒はまず不可能と言われていた。だって、当時の技術では覚醒処置が行えない一方通行の、あまりにも不完全な技術だったのだ。
そんな危険な処置にすがる事になったのは、ひとえに私が不治の病に侵されてどうしようもなかった事、そして未知の実験的技術を利用できるくらいの資産と発言力を親が保有していたという条件が揃ってしまっていたからだ。このままなら近い内に死ぬしかないが、たまたま掴まれるかもしれない藁が手の届く距離にあった。それだけの事でしかない。
私としては、ほとんど永眠するつもりだった。苦しい延命治療よりも手軽な安楽死を選ぶくらいの認識でしかなかったのだ。
ネット漬けの影響か、周りが医療関係者や大人ばかりだった影響か、幼いながらも達観していた自覚はあったし、自分の存在が如何にお荷物か理解できてしまっていたから余計に。……何より、私を見る両親の目があまりに苦しかったからというのが一番の理由だろう。
「いいですか、落ち着いて聞いてください。あなたが眠っていたのは……」
「まさか、ネットミームで起こされるなんて……」
しかし、何故だか再覚醒処置は成功してしまったらしい。そりゃ、何かしらの技術的ブレイクスルーがいくつかあれば可能とは評価されていたし、未来には何があるか分からないわけで、おそらく未来のお医者さんや科学者さんたちが頑張った結果なのだろう。
いくら耳年増で老成していると言われていても、小学生に何がどうなった結果なのかを理解できるはずはないのだ。そう考えていた。
「いや、おかしいでしょ。なんでいきなり健康体なの」
目覚めた当初から感じていた違和感は、時間経過に合わせて大きくなっていった。調べれば調べるほどに不自然に感じてしまう。
科学的進歩で覚醒処置が可能になったのは理解できなくもない。医学的進歩で私の体を蝕んでいた病気が綺麗さっぱり治っていたのも分かる。
だけど、ほとんどリハビリすら必要なく、ほぼ完全ともいえる健康体で目覚めるなんて事、たかだか半世紀程度の技術差で可能なのか。
この手の技術って、高度になればなるほど鈍化するモノって認識してたんだけど。漠然とした素人の見解でしかないが、さすがに進歩し過ぎじゃないだろうか。
気になったところで、小学生の私に技術的な事など理解できるはずがない。年齢的にはすでにお婆ちゃんみたいなモノだけど、それは置いておく。
小学生が不自然に感じる事だから、大人なら当然のように把握している程度の事でしかないと思うのだけど、どうしても気になってしまった。
幸い、周りにその手の知見の持ち主は多かったし、別に秘匿されるような情報でもなかったので簡単に聞いてみたけど、ある時期から急に技術が進歩した事だけは分かった。ただ、あまりに当たり前になり過ぎていて、誰も疑問を抱かない。そんな巨大な歴史的分岐点
その起点になったと言われるのが、脳に直接情報を焼き付ける技術の誕生と普及だという。他にもいくつかあるけど、私的にインパクトが強いのはコレだ。
何それ、怖っと思ったけど、この近未来……現代では小学生ですらその焼き付け前提の教育制度をとっていて、よほど適正値が低くない限りほぼ100%に近い人間が利用するモノなのだとか。必須ではないけど、受けないとまず成人すらできないと言われて困惑する。
「研究が進んだ結果、負荷なんてあってないようなモノだしね。君の時代にもあった予防注射みたいなモノさ」
そう言ったのは、ネットミームで私を起こしたお医者さんだった。
同じように起こされた患者のほとんどは気付かなかったみたいで、それがネットミームと気付いてしまった私は苦笑するしかなかった。
さて、そんなアレコレを調べられるくらい近未来に慣れた頃、解凍直後という事もあって制限されていた情報も解除され、社会復帰へ向けたアレコレを始める事になった。
そこで情報解禁された結果知ったのは、私にまつわる色々とショッキングな事実だった。
まず、冷凍睡眠から目覚めた患者は他にもいたのだけど、私と同時期に処置された者はほとんど現在に至るまでで死亡、あるいは蘇生不可能な状態に至っていたという事。黎明期と言っていい未熟な技術で蘇生を果たせた私は奇跡に近い存在らしい。当たり前といえば当たり前だけど、時期があとになるほど蘇生の成功率は上がっていたらしい。
お仲間に知り合いらしい知り合いがいたわけでもないけど、同時期の人間が死んだという事実に漠然とショックは受けた。
そしてもう一つ、私はこの時代で一人ぼっちだった事が判明した。年齢的に両親が亡くなっていたのはある意味仕方ないとはいえ、親戚の一人すら残っていない。音信不通とかではなく全員が亡くなっていたのである。子供も含めてだ。
加えて、両親は結構な資産を持っていたはずなのに、現代に至るまででそれが綺麗さっぱりなくなっていた。少なくとも相続できる財産のようなモノはない。なんか、両親が死んだあとに親戚連中がアレコレやらかした結果らしいと報告書までもらったけど、むしろ知りたくない情報だった。
ある程度は覚悟していたけど、頼れる人がいないという事実は結構な精神的重圧と孤独をもたらした。
当時の同級生で生きている人はいるけど、そんな浅い関係の相手に対してどうこうする気はないし、そんな権利もない。
孫もいるような世代の人の前に、小学生の時話した事あると自称するクラスメイトが現れても困惑するしかないだろう。確実に迷惑だ。
自分だったらどうするかって考えると、案外面白がって面倒見るかもしれないなどと思ったりもしたけど、実行する勇気はない。
つまり、私は近未来で健康体で目覚めたわけだけど、頼る者は一人もなく、蘇生処置にかかった費用を背負った状態で放り出される事になったわけだ。
「いや、さすがに放り出したりしないだろ」
そんな悲観的な未来を否定したのは、冷凍睡眠から目覚めた患者向けのケアとしてやってきた同世代の少年だった。
私から見ても妙に達観していて、様々な事に精通している彼は基礎教育校の点数稼ぎのボランティアとして来たのだという。
「でも、こんなお金を返すあてなんてないし……」
「いきなり返せなんて言われないよ。奨学金みたいな扱いになるみたいだし」
この時代の物価や一般的な収入など知らないけど、蘇生代と元々の病気や悪かったところを軒並み治した費用はちょっとやそっとで返せる気がしない。
比較のためにお菓子の値段で例えられたりもしたけど、なおさらだ。
それらの費用は大人になるまで待ってもらえるとしても、今後の生活への不安が残る。小学生に生活能力などあるはずがないのだ。
「昔は知らないけど、今は色々支援制度も充実してるし。俺も一人暮らしだぞ」
「えっと……小学生なんだよね?」
「基礎教育校生だな。まあ、俺の場合はちょっと特殊な環境だから、参考にしないほうがいいけど」
「じゃあ、誰を参考にしろと?」
「しょうがないな。なら、費用の件も含めてそういうのを調べてやるから」
「あ、ありがと……本当に同い年?」
同い年なのに大変そうだなと、社会復帰後の生活に更なる不安を覚えたりもしたけど、妙に達観した性格は彼固有のモノで、もっと子供っぽい子もいる……というか、それが普通と言われてホッとした。
「大人びてるのはそっちもだろ。俺に関してはまあ……クラスメイトが年上ばっかりだから、余計に老成して見えるのかもね」
「クラスメイトなら同い年じゃないの?」
「バラバラ。むしろ同い年のほうが少ないな」
状況は分からないけど、それなら私と似たようなモノかもしれない。
詳しく聞いてみれば、彼は全国規模でもそれなりに優秀で、私の認識でいうところの飛び級のようなモノをしているらしい。あくまでそれなりで、それより上は異次元の魔境らしい事も聞かされたけど、少なくとも有名私学でクラス一くらいの成績ではあるんじゃないだろうか。
年が離れた人とクラスメイトとかまったく想像できないけど、未来日本としては当たり前の光景なのだろう。
「昔の事は良く分からんけど、同い年で固まって、学習ペース合わせるのってむしろ大変なんじゃないか?」
「そんな事言われても、私にとってはそれが普通だったし」
とはいえ、ほとんど行ってなかったから、本当に普通かって言われると分からない。アメリカでは飛び級制度があるって聞いた事あるし。
「まあ、焼き付けすらなかった頃なら常識だって違うか。どうせなら当時の事色々教えてよ」
「それは構わないけど……私もそんなに詳しくないというか」
「知ってる事だけでいいよ。間違ってたっていいし、雑学なんてそんなもんだろ」
「そういうもの?」
「少なくとも俺はそうだな」
それが、私にとってはその世界で初めて得た、頼りにしてもいい存在だった。
だからと言っていいのか分からないけど、半ば自覚しつつも依存に近い感情を抱くまでに時間はかからなかった。
小学生の癖に、我ながら重い感情だと思う。未だにそれを引き摺っているのだからなおさらだ。
「ひょっとして、学校に通えるようになっても君とは違う学年?」
「そりゃそうだろうな。あんまり詳しくないけど、スリーパー向けの補助制度もあるはずだし、飛び級繰り返せば一応可能? まあ、あんまり無理する必要はないと思うよ」
「ふーん」
そんな話を聞いて、すでに重い存在になっていた私はある種の決意を固めていた。……可能な限り彼に追いつけるように頑張ろうと。
この時代にただ一人放り出された私が生きる意味を求めていたというのもあるけど、半分以上は依存だ。
目標としては至極まっとうで、むしろ推奨されるようなモノだったから、周りはむしろ応援してくれた。色々と調べた結果、学業である程度の結果を出す事で解凍処置への補助金が出ると分かった事も大きい。
そんな感じで奮起し、基礎教育校時点では無理にしても更に上の学校に行くまでには追いついてみせると目標に定めたわけだ。
「いくら適性高いからって無理し過ぎじゃね?」
「む、無理なんてしてないから」
はっきり言って無理しまくりだったけど、情報焼き付けに対する適性が高かった事もあり、基礎教育校在学中に追いつけてしまった。
元々勉強が得意というわけではなかったけど、時代が変われば評価のされ方も違うというわけだ。
あくまで内容が義務教育の範疇だからできた事ではあるけど、それはそれである。
結果として、余計に依存を拗らせる事になったわけだけど、他に何もない私の視界にはそれしか映っていなかった。
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それからは勉強漬けの数年だったけど、年齢制限で進級できる最高学年に達した事である程度の精神的、時間的余裕ができた。
余裕ができると、それまで気にならなくなってきた事が急に目に止まるようになる。具体的に言えば、覚醒した直後から感じていた違和感が再度気になるようになってきたのだ。
はっきりと言ってしまえば、私にはそこが本当に日本とは思えなかった。そう思えなかったのは世界全体だったのかもしれないけど、とにかく元の時代とは別物にしか感じられないのだ。
コールドスリープに入る前後では社会の仕組みが根本から違う。半世紀という期間を経て変化したモノと言い切れなくもないけど、とてもあの社会の延長線にあるようには思えない。たとえそれっぽい理由があろうとも、元を知っている人間は確実に違和感を抱くだろうと思うくらいには。
ガワだけ見るなら良く似ているが、表面上そう見せかけているようで、たとえるなら異世界のソレと言われたほうが納得できる。未来にやってきた事で感じたのは、SFではなくファンタジーに近い何かだった。
生きていくのに別段問題ないけど、私はそういう違和感が気になってしまうタチらしい。
知らなくてもいい事に気付いてしまったなと言って謎のエージェントが口封じに来たりしないから、単に疑問に思うだけではあるのだけど。
世界規模で絡み合った情勢は、複雑さに相当する強固さを持つはずだ。一度積み上げた土台に手を加えるのは容易ではない。
もしも、これが私が眠りについた直後に世界規模の戦争などがあって、文明が半ばリセットされたのならば逆に分からなくもない。それに伴う労力や実行の困難さを別にする前提で、文明を一に近い状態から立て直すなら手を加える余地はあるからだ。家を建て替えるのに一度サラ地にするように、それなら基礎工事から手を加えられる。
しかし、歴史を読み解く限り、そんな出来事は存在しない。小規模な紛争に内戦、それなりに大きな戦争だってあったようだけど、世界の基盤に罅を入れる規模とは思えないのだ。世界はこれまでの延長線上にあったはずなのに、私が眠っていた間に突然変異を起こしている。
特に、現代のあまりにも理路整然としていて実利の伴った社会構造は、私の知っている既存の社会の上から人の手で築けるモノとは思えなかった。
もちろん、効率化された世界にだって社会問題は多く存在するようだけど、それらがとってつけた問題のようにしか見えない。
「だから、やっぱりこの教育制度はおかしいと思うんだよね」
「はいはい」
自分の知っているモノとは異なる、遥かに高い密度の……もはや異次元と言ってもいい教育制度に振り回されつつ、何度目か分からない愚痴をこぼす。
最初の内は彼も真剣に聞いてくれていたが、何度か繰り返す内に飽きてきたのか反応がおざなりだ。
きっと、勉強が嫌になった言い訳にしか聞こえていないのだろう。……その要素がないとは言わないけど。いや、半分くらいはあるけど。
学業自体はまだ余裕があるのだ。だけど、その先の中学、高校で置いていかれないように予習していると、あまりの難易度に愚痴だって溢れるというモノだろう。
いくら焼き付けの適性が高いといっても、それは引き出し方が上手いだけで、頭の回転とはまた別なのだ。その点において、やはり私は凡人の域に収まっている。学年が追いつき、一緒に勉強するようになって出来の違いを突き付けられた気分だ。
同学年で同い年の連中は大体そんな感じっていうのが、自分がいてはいけない場所にいるようで悩ませる。
「俺としては、お前の時代の制度に違和感を感じるけどな。年齢だけで成人扱いされるとか、社会不安招きそう。選挙が成立しなくね?」
「いやまあ、制度として今のほうが高度なのに異論はないんだけどね。私としてはなんでこうなるのか分からなくてさ」
そりゃ、社会を構築する上で今のほうが遥かにいいに決まっている。
ちゃんと理解していないと卒業できない義務教育と、それに付随した成人資格。有権者が三権の構造や仕組みを理解した上で政治家に投票する、人気取りでない民主主義は理想だろう。
実際に実現されているのを見ても、それが非現実的としか思えない自分の認識を無視できるなら。
「といっても、事実そうなってるからな」
「決して少なくない数の成人できない人間が出てくるんじゃ、マスコミや人権屋が騒ぎ立てると思うんだけどね……」
「でもお前、政治家にも法律家にもなる気はないんだろ? なになら、その人権屋とかも」
「それはそうなんだけど」
確かに、違和感を感じているからといって、それを覆そうとは思わない。その意義も感じないし、それで食っていく気もない。
それ以前に、基礎教育校の義務教育で四苦八苦している私が、高度極まるその手の専門職に就ける気もしない。政治家を志している卵とか、現時点でも化け物だぞ。
「というか、そんなに勉強が辛いなら無理にストレート狙う必要ないんじゃないか? いくら特例で調整してもらってるからって、その分密度が上がってるのは変わらないわけだし」
「う……」
それを言われると厳しい。……言っている事は至極まっとうで反論の余地もなく、なんならそっちのほうが遥かに楽なのだ。それは分かっている。
最短期間で教育課程を駆け抜けるストレートは、言ってみればエリートだ。高度極まる専門職以外の、いわゆる普通の職業に就く前提なら最上位にも近い肩書きである。
冷凍睡眠から解凍処理された時点で教育課程のど真ん中、同い年のほとんどは教育を積み重ねている状態で無理に追いつこうとする事が、本来手を出すようなモノではないというのは身を以て知っている。いくら、焼き付けの適性が高いといっても限界はあるのだ。
それでもしがみつくようにストレートに固執しているのは、当然の如く理由があるからである。……その理由が眼の前にいるせいで口には出せないのだけど。
「じゃあ、君はなんでストレート狙ってるの? できるからってやるモノじゃないでしょ?」
「俺は……まあ、早く独り立ちしたいんだよ。実家に頼りたくない」
まだ十歳ちょっとの子供が言う言葉ではない。私が昔の常識を引き摺っているからだけでなく、この時代の基準でも老成していると判断されるはずだ。
これが中二病的ななんでもできる全能感からくるものではなく、極めて現実に則した将来設計なのだから困る。いくら点数稼ぎとはいえ、ボランティアで私のような古代人の面倒を見るだけの事はあるって事だ。
……おかしいな。私も昔は相当大人びているって言われたものだけど、それが子供にしてはっていう修飾が付く程度のモノでしかないって思い知らされる。
「寮で一人暮らししてるのも、ひょっとして家族と仲悪いとか?」
「あー、冷凍ミカンには言った事なかったっけ」
「もう解凍済だし」
「じゃあ、解凍ミカン」
親しくなれたのはいいけど、何度言っても冷凍みかん呼びをやめようとしない。冷凍睡眠してた伊藤蜜柑なんて名前の奴なら、そりゃ言われるよねって思わなくはないけど。解凍後の不安定な時期からずっと、多大な恩があるからあまり強くも言えない。
呼び名に特別感があるのはいいんだけど、真似する人がいるんだよね……。
「ウチの兄妹、出来が良過ぎてさ。出来の悪い俺は、父親にいないモノ扱いされてんだよ」
なんだそれは。なんの冗談だ。コレが不出来とかどんな基準だっていうのと、私の恩人に何してんだって二重の意味で。
「別に仲が悪いわけじゃないし、虐待されてるわけでもない。だけど、いなくなっても気にされないようなポジション。なまじ自分でも理解できるから余計に家にいたくなくなる」
「でも、小学生なのに……」
「通うのが基礎教育校じゃなく、お前の知ってる小学校ならどうしようもないんだろうけどな。今の時代なら支援制度が充実してるし」
少子化の影響か、教育リソースの集中化か、この時代の学校は極端に数を減らしている。
地域ごとに設置された分校もあるけど、ちゃんとした教育を受けるなら各県庁所在地に設置された本校に通う事はほぼ必須になる。
ただ、生活支援込みの寮や、なんなら一家ごと近隣に住むための補助制度まで充実しているから、よほど土地に根ざした職業の家庭でもない限りは困る事はないらしい。本校はすべて駅近だから、都市住まいなら当然通いだって問題ない。
だから、寮で一人暮らしというのも不可能ではないが、やはり小学校高学年相当の子供がそんな生活をしているのは違和感しかない。
環境自体は私も同じだけど、家族、親族まとめていなくなってしまった解凍者固有の経緯があるからだ。自分からそうしたいと思ったわけじゃない。
「そういえば、お母さんは?」
「かなり前に事故で亡くなってる。……小さ過ぎて覚えてないけど、ウチの父親が家庭に興味になくしたのもそれが原因かもな」
「ご、ごめん……」
「いや、天涯孤独なお前のほうが過酷だと思うんだが」
表面上だけ見るならそうかもしれないけど、調査結果を見る限り、ウチの両親は普通に天寿をまっとうしてるっぽいしな。色々やらかしたらしい親戚連中はどうでもいいし。
「変な話になったけど、辛いなら無理はしないほうがいいと思うぞ。頑張る奴は報われる、頑張らなくても困るほどじゃないってのが現代の教育なわけだし」
「……頑張る」
「それも別にいいと思うけど、頑固だね。冷凍されてるからか?」
「頑固でいいもん」
頑張る理由が肩書き目当てじゃないのくらい分かりそうなモノだけど、私の気持ちは一向に気付いてもらえそうにない。
現代の価値観的には回りくどすぎるって事になるんだろうけど、恋愛経験値までアップデートできるわけじゃないのだ。
乾燥世代とかなんじゃそらって感じ。
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「そういえば、杉谷さんと佐藤さんって休み? 一昨日から揃っていないみたいけど」
「新婚旅行」
「……は?」
基礎教育校の卒業を目前に控えたとある日、いつものように二人で昼食を摂っていたら、そんな衝撃的な事実が告げられた。
ある程度知識がアップデートされようと、クラスメイトがいきなり結婚してるとか困惑するしかない。そりゃあの二人は年上でもう十五歳だけど、それでも十五歳なのだ。
「籍を入れるのは当然卒業後でも、卒業までの単位は取り終わったみたいだしな。事前に申請してれば、最大二週間くらいは休めるらしい」
「でも、十五歳なのに……」
「佐藤さんは、まだ十四歳だぞ」
「いや、そういう事ではなく……」
そもそも、十代で結婚っていうのも理解が追いつかないし、学生の身分というのも、特にそんな素振りを見せていなかったのにあっさりとっていうのも理解の範疇外だ。しかも、年齢が違うとはいえ、それが同じクラスメイトともなれば衝撃的である。
制度自体は知っているし、一般的にかなり早くなっているというも聞いていたけど、こうして目の前に具体例を突き付けられるとまた別だ。
「は、早くない? というか、そういう関係だったんだ、あの二人」
「関係は良く知らないが、別に珍しくもないだろ。確かに最近多く感じるが、卒業間際になると良くある光景らしいぞ」
「マジかー……」
「なんなら、知らん内に結婚決まってる奴も多いし。隣のクラスだけど、俺らと同じ年の高田がこの前結婚指輪買う話してた」
「マジかー……」
「あいつもストレート組なのに、良く時間あるよなー。専門に行くやつは、そこら辺も意識が違うのかも」
早熟とか手が早いとか、そんなチャチなもんじゃねえ。更に衝撃的な事実を突き付けられて、頭がおかしくなりそうだった。
……良く知らない相手とはいえ、同い年の子が既婚者とか。
「い、一応聞くけど……君も卒業に合わせていきなり結婚したりしない……よね?」
「古代人は知らんかもしれんが、結婚ってのは相手がいるんだぞ」
「知っとるわい」
相手もなしに結婚できる世の中が来たら、今以上にびっくりだよ。
「俺はその手の話に縁がないんだよな。そもそも、女子から敬遠されてる感じがするし」
そりゃ、四六時中私と一緒にいたら敬遠もされよう。割と牽制している自覚もあるし。
朴念仁でそこら辺の空気に気付かない事が、私にとってプラスなのかマイナスなのか分からない。こんだけ分かり易いアピールしているのに、なんで気付かないの? 乾燥世代の代表選手め。
「ウチの兄妹みたいな規格外は別にしても、一般的に見るなら、結構優良物件だとは思うんだけどな……」
「え、えーと、ひょっとしてお兄さんご結婚なされてる?」
少しでも話題を逸らさないと。こいつ、なんなら勢いで知り合った直後の相手と結婚しかねないし。
「それどころか子供も生まれたって連絡だけは来た。今どき珍しく結婚式までやったのに、俺は招待すらされずに事後報告のみ。超ウケる」
「そ、そう……」
自分で話題を逸らした結果だけど、どう反応すればいいか分からなかった。極めて希薄な関係については正直いまさらだけど、それ以上に価値観が削れる音にビビってる。
……話にしか聞いてないけど、そこまで年は違わなかったはずなのに、お兄さん。
「医療系ってガチで時間がとれないみたいだからな。学生の内にってのが特別多いのは理解できる」
「昔も忙しそうだったけど、変わらないんだ」
「あー、長期入院してれば色々話は聞いてるか。比較してどうだかは知らんけど、大変なのは今も昔も一緒じゃねーかな。あの超人でも主席とれないとか。聞いた話じゃ、アスリート並の体力まで必須らしい」
「大変そうなのは分かった」
脳に直接情報を焼き付けての学習基盤でなお地獄を見てる身としては、そんな人類の極限みたいな世界は想像もできない。
「まあ、一般的に見ても俺たちにはまだまだ早い話だけど、そろそろ意識しないといけないかもな、結婚」
「う、うん……」
「業種によっては、それだけで評価や扱いも変わってくるし」
「即物的過ぎる」
「恋愛的な意味で考えるには、あまりに未知過ぎてな」
その未知が既知になる前になんとか滑り込めないだろうか。……目が覚めてから、ずっとこんな事か勉強だけで頭使ってる気がする。
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進級するにつれ、急激に難しくなっていく勉強。昔と違って資格さえ取得すれば進学できるとはいえ、それで楽になるなんて事はない。受験はなくとも、常に受験しているようなモノなのだ。それでいて留年・浪人が当たり前の世界だから、高い意識を保つ事が如何に困難か。
一応、ゴールはある。高校卒業まで……かなり疑わしいけど、昔でいう大学卒業まで切り抜ければ、この学歴は完成だ。
……一応、高等教育の範囲とは言われているけど、過去に一般教育とされていたモノすべてを包括しているとか詐欺にしか思えない。
でも、妥協は負けだ。依存で支えられていた私の精神は脆くも崩れ去りかねない。
あるいは彼がどこかで一度でも留年すれば、妥協もできる……というかしたい。私の目的は学歴でも肩書でもなく、ただ一緒にいるだけなのだから。
……まあ、向こうは堅実で無難な感じで留年する兆しは一切なかったのだけど。
そんなぬるま湯に見えて熱湯風呂のような関係が進展する事はなく進級・進学を重ね、破綻が訪れたのは最後の一年。
リカバリー方法はいくつかあったけど、最大のリカバリー手段である留年が当たり前に存在する以上は、どれも緊急手段という以上の意味はない。
明確な資格ではなくともストレートの肩書に拘る者は多いのか、その対象者向けの合宿に参加する事にはなったけど、望みは薄い。
そもそもその合宿自体が地獄と言われるような難易度で、こんな教育環境が整備された今にあって物理的に隔離する必要があるような合宿だ。開催地が東京と記載されていて一瞬油断したけど、小笠原って文字を見た瞬間にフリーズしたわ。こんな未来でも、あそこはまだ東京なのか。
期限までに売上出さないとクビが確定しているサラリーマンの如く、死を覚悟したかのような追い詰められた顔が全国から集結する地獄、小笠原合宿。未来だからか別に環境そのものは地獄でもなく、むしろ整備されているのだけど、空気がやばい。
この時期の小笠原諸島を外から見たら、物理的に空気が澱んでいると表現される雰囲気は伊達じゃない。卒業資格を得るためのものだから競争も牽制も必要はないけど、初めて見たってくらい同学年しかいない現場なのに、一切仲良くなれる気がしない。どいつもこいつも決死の覚悟で他人に関わる余裕などないのだ。最短期間で高校まで卒業という肩書きはそれほどまでに魅力だというのか。
いや、情報としてはどんなメリットか知ってるけどね。これから社会に出る者としてはどうしても欲しいってのは分からないでもない。
ただ、ここに来て私の覚悟が問われているのも確かだった。
好きになった人に告白もできず、ただできたからというだけで傍にいるために勉強に逃避した者の覚悟なんて、本物の狂気の前には簡単に瓦解する。
どの道、ここで資格を得たところで就職先を合わせる事なんてできない。今、彼が面接に行っているところは結構な大企業で、かなり早い時期から新卒枠を固めるという。夫婦向けの特別枠も福利厚生も目立ったモノはなく、彼の頭にどうせなら卒業前に結婚なんて考えが一切存在しないのが良く分かる選択肢だ。
資格を得ようが得まいが卒業までは同じクラス。でも同じ就職先には行けない。だったらストレートで卒業なんて肩書は私には必要ない。そんな事は分かり切っていたのに、こうして地獄にやって来て、一人で過ごす二度目の高校生活を想像してようやくそれを自覚できてしまった。
さっさと告白しておけば……なんて後悔はずっとしてるけど、今回のそれは群を抜いて最大だ。関係が壊れてしまうとか、恥ずかしいとか、そんな逃避は、この地獄に見合う理由とはとても思えない。振られるにしても、どうせ道が分かたれるこのタイミングなら同じだと。
だいたい、薄々感じてはいたのだ。ここまでの長い期間、ボランティアで知り合ったからというだけの理由でずっと一緒にいられるはずはない。私はともかく、あちらだって普通の友人以上の感情は持っているはずで、それを感じてもいた。
あいつはただの朴念仁で、私の感情に気付いていないだけ。目の前に突き付ければ、『え、そうなんだ、じゃあ結婚するか?』くらいの気安い感覚で反応されそうな気さえする。気付いていて泳がされているなら悪趣味極まるけど、さすがにないと思う、多分。
原因が私にあるのは分かるけど、一発くらい殴っても許されるんじゃないだろうか。
そんな考えに至った時点で折れた。ええ、もう完全にポッキリと。むしろ、なんでここまで折れずに意地を張っていたのか分からなくなる。
異次元の雰囲気に飲まれる中、恋愛目的でここまで来てしまった私は合宿期間の半分も生き残れずに脱落した。ここは、デスゲームか何かなのか。
帰り支度をする中で見た、私に対する勝利宣言のような無数の目に対して思ったのは、こんな場違いなところに来てすいませんっていう謝罪の感情だ。
本当の意味で人生の岐路に立たされて苦しんでいる人たちの中で、私は明確に異物でしかなかったのだ。
しかし、怪我の功名と言えばいいのか、幸い覚悟は固まった。
帰ったら色々とぶちまけてしまおう。解凍されてからずっと続いていたこの感情を伝え、ついでにあの朴念仁をぶん殴ろうと。なんなら、その勢いで既成事実まで作ってしまえば奴の性格上逃げられない。
……なんて事を帰宅する中でずっと考えていたのだ。
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「あ……れ?」
しかし、そんな覚悟はものの見事に空振る事となった。
学校に戻り、最低限の帰還処理だけして、自分の部屋より先に彼の住む寮を訪れた私は不在を知る。
面接の過程で長期の研修でも入ったのかなと思いつつ、実は告白の覚悟がスカされてホッとしてもいた。
でも、さすがに何日も不在のままなら別だ。ここまででさんざん焦らされるのに慣れていた私でも耐えられなくなるくらいには。というか、翌日の時点ですでに状況確認に当たっていた。
「あー、卒業扱いになってますね。かなり稀なケースなんですが、部屋の私物も持ち出しされたあとです」
「は?」
翌日、寮の管理人に聞いたら、まったく想定していなかった事態に直面した。
なんだそれは。いくら私でも、すでに人生の半分以上はこの時代で過ごしているのだから、それが不自然な事くらいは分かる。そんな夜逃げのような事がそうそうあってたまるかと。
「そういえば、伊藤さん宛にメッセージが届いてましたね。いつ帰って来るか分からないからと。文明から隔絶された地獄に行ってたって聞いたんですが、どこ行ってんですか?」
「ちょ、ちょっと小笠原まで」
「なんで小笠原が地獄?」
直接関係ない人はその程度の認識だという事は分かっているが、わざわざ説明する気力はない。とにかく、あの島は地獄なのだ。
「というか、コレはあくまで予備で、あなた宛にもメッセージ送ってるって聞いてますけど、見てません?」
「…………」
確かに、まだ自分用の端末を返してもらってない。今持っている小笠原用の簡易端末じゃ、プライベートメッセージは確認できないのだ。
帰って来てからここと自分の部屋……というかベッドしか往復していない私は、どうせリタイヤだからと合宿からの帰還報告すらしていない。自室の固定端末なら確認できたけど、そっちも未確認だ。
とりあえず、渡されたメッセージを確認してみると、やけに堅苦しい公文書みたいな内容に軽い調子の文章が添付している。それによれば、国が絡んでいるプロジェクトに緊急配属される事になったから、アフリカ行ってくると……。
「……は?」
アフリカ? なんでアフリカ? 国家プロジェクトって、卒業前の新卒未満にそんな事あるものなの?
「え、ちょっと待って……さっき部屋の私物持ち出しとか言ってました?」
「ええ、直接業者が来て、慌ただしかったですけど退去願いも受理されてます。原状復帰はまだなので、空き部屋扱いではないんですが」
いや、原状復帰とかはどうでもいいんだけど。私に必要なのはその中身なわけだし。
……どういう事? 私が文明の隔絶した地獄で隔離されている間に何が起きたの? たかだか二週間で色々変わり過ぎでしょ。
とにかく、本人に直接確認……すぐにメッセージ確認できないって書いてあるな。私が言えた事じゃないけど、どんな僻地?
「ああ、伊藤さんお帰りなさい。小笠原はどうでした? 行かないほうが良かったでしょ?」
「あ、はい。って、今はそれよりも聞きたい事が……」
久しぶりに登校して、教室への道すがら副担任を捕まえたので話を聞く。担任よりは同性のこの人のほうが話し易い。
本人以外にはバレバレな私の気持ちだけど、それは彼女も例外ではなく、私が聞きたい事を察してくれた。彼女の中で、私は朴念仁に振り回される可愛そうな女なのだ。
「まあ、こちらも詳しい事は分からないんですけどね。何分いきなりだったので」
「いきなりだったんですか?」
「個別面接の予定は入ってましたが、直前までそんな話はありませんでしね。発行された文書は正式なモノだったんで、手続き上の問題はないんですが、さすがに事後報告のような形は困りました」
「学校への連絡とかは?」
「相手先の企業の方と、国のプロジェクト担当者が説明に来たみたいですが、本人はそのまま直行って話で……。まあ、向こうさんも申し訳ないと思っているのか、来年度の就職に関して便宜を図ってくれるって話ですけど、処理するのは私たちなんですよねえ」
……どうもやり難い。国に拉致されたとか、何かの陰謀に巻き込まれたとか、私の考え過ぎとは分かっていても、その手の考えが一切ない。
未だに違和感が強いのだけど、この時代の人って国への信頼が異様に高くて、国が拉致したとか何かやらかしたかもとか、そういう考えは一切至らない。そりゃ、ここまで高度な行政基盤を整えて、滞りなく運営し続けていればそういうモノなのかもしれないけど。
昔だったら不自然過ぎて、まず陰謀論が浮かびそうなモノなのに、そんな事あるはずないって刷り込まれてるみたいだ。多分、誰に聞いても似たような反応になりそう。
未だ存在する漫画などの創作物にもそれは顕著に現れていて、国が黒幕で~~なんて展開はかなり少ない。規制されているわけでもないらしいので、国民の意識が変わった結果だろう。実際、不祥事はかなり少なくなっているらしいので、間違ってはいないのかもしれない。『昔の政府ってやばいな』っていう、何度も聞いた感想が蘇るようだ。
今回の件も手続き自体に不備はない。大企業のプロジェクトな上に国家が絡んでいるなら当然かもしれないけど、そこら辺はきっちりしている。
国家に対する信頼性を考慮するなら、こうして表に出て来ている以上、外国に拉致されたのを隠しているとかそういう事はないはずだ。個人に対してわざわざっていうのもあるけど、国が体裁を整えている時点でそういう不穏な問題ではないと保証されているようなモノだ。……少なくとも現代人ならそう判断する。
なら、私は何に違和感を感じているのか。漠然としたイメージで国家に不信感を抱いているか、それとも置いていかれたような気がしているからか。
……多分、後者なんだろうなと思う。覚悟を決めた直後にハシゴを外されたような気分になっているのかもしれない。
だいたい、もし国家の陰謀だったとしてどうするというのか。……どうにもできるはずない。
「うおー、どうすればいいんだ……っ」
はっきり言って八方塞がりだった。とれる手が何もない。
既存の連絡手段は一切使えないし、連絡の申し込みをしても返事がいつになるのかさえ不明、一方的にメッセージを投げる事ができても届いているかすら不明ときた。国家プロジェクトって事で機密扱いになっていてロクな事が分からない。
借金を返済中とはいえ、蓄え自体はあるから探偵か何か雇えないかと探すものの本職はいないし、興信所も国家が絡んでる時点で手が出ないらしい。もっとグレーな存在なら対応してくれるかもしれないが、そんな知り合いはいないし対応できる気がしない。そもそも、反社が壊滅して一切目に入ってこないこの時代で生き残っている気がしなかった。ヤクザとか半グレとかどこいったんじゃ。
かといって、自力でどうにかできるわけもない。ネットで調べられる事は、誰でも分かる事くらいだ。
派遣されたのがアフリカのどこかも、該当しそうな国が多過ぎて絞り切れない。
留年の覚悟ができたから時間があるとはいえ、それを活かせる気がしなかった。
結局、映像通信の許可が降りるまで私は空回りしっぱなしだった。
「や、やあ……な、なんかすごく不機嫌っぽいんだけど、やっぱり迷惑だった? というか何その格好」
いざ連絡が繋がったら、あちらは何食わぬ顔でいつもの反応を見せてくる。
なんか妙に黒くなってたし、ダサいシャツやアクセサリーを着けていたけど、中身はそのままだ。超似合わない。
見た目のインパクトが強過ぎて色々言いたい事が吹き飛んでしまったけど、通信が繋がる以前から吹き飛んでいたので誤差。
「そ、それで、今後も連絡はほとんどとれない感じ? というかいつ帰ってくるの?」
『こういう映像通信は手続きがかなり面倒だし、推奨もされないな。メールなら届くが、国の検閲は入る』
「け、検閲されるんだ、ふーん……つまり、第三者に内容見られると」
恥ずかしい内容書いたら、本人だけでなく色んな人に見られてしまう。……おのれ、覚悟決めた途端にハードル上げやがって。
『当たり前だろ。で、いつ帰れるかだが……ちょっと分からんなー。そのまま別の国って可能性もあるらしいし。少なくとも数年は日本に戻れないっぽい?』
どこにいるかも分からないし、最低でも数年は帰って来ない。下手したらもっと。
ならどうすればいいのか。現時点で婚約どころか恋人関係ですらない、なんなら向こうは気付いてもいない状態で、ここから一歩踏み出す方法が見つからない。
同じ企業に就職すればいいのか? 来年、その枠が拡大されるって話だけど、それで距離が縮まる気がしない……どころか、会えもしない気がする。
まだ国家の陰謀論だったほうが可能性はあったのか。いやいや、そんなはずはないし、そんな事に巻き込まれて欲しいわけでもない。
家族ならって思ったけど、こんな状態ですら一切干渉していないっぽい。本人から聞いてはいたけど、あまりに希薄な関係だ。
本人含めて周辺の人間すべてが丸く収まっていて、空回っているのは私だけという異常事態。私はこんな時でも一人だった。
-6-
短期の休学届を出した。寮はそのまま使えるし、なんなら授業にも出れる、大して意味のない届だけど、一応のケジメとして。
どの道今年の卒業はアウトだったし、来年卒業を目指す分にはかなり余裕があったので、特に何も言われず受理される。
長い休みとはいって、特にしたい事、行きたいところがあったわけじゃないけど、フラリとどこかに行きたくなって旅に出る事にした。
いっそアフリカに殴り込んでやろうかとも思ったけど、結局どの国か分からないし、そもそも私はまだ海外渡航が制限されている。絶対無理じゃないけど、コールドスリープ補助金の返済が終わらないと審査が必要になるらしい。
「……どこ行こう?」
出かける当日になっても行き先が決まらず、何も考えずに駅まで着いた……隣だから考える暇もねえ。なんなら専用の連絡通路すら直結してるぜ。
ボーっと路線図を見て、線名や駅名を眺めている内に、なんとなく行こうと思い立ったのは故郷。この時代に目覚めて一度も帰っていない故郷に足を運んでみようと思ったのだ。
距離的には結構遠いはずなのに、体感的にはあっという間に到着する。私の心境がどうとか以前に、電車の速度が異様に速いのだ。小笠原に行くとかでもない限り、昔の新幹線みたいな速度で移動できる。支線や、各駅停車じゃないと止まらない駅でもない限りはすぐだ。
……昔ながらの電車好きとか、今は壊滅してそう。
そんな風にほぼ直行で到着できるような駅なので、故郷は別に田舎ってわけじゃない。ベッドタウンで特色のない街ではあったけど、昔の時点でもそれなりに栄えていたから意外でもなかった。
思い入れもほとんどない。私が知っているのは家や学校の周辺だけで、昔と同じ名前のこの駅も利用したのは初だ。疾患した病気が病気なので、病院はまったく別の場所である。
「う、うーん、別物」
訪れた我が故郷は一切の面影がなかった。鮮明な記憶が残っていたわけじゃないけど、実際に訪れたらまた別と思ったのに。
地形とかは変わってないのだろうけど、ここまででかい建物だらけだと全然分からない。そもそも記憶してないし。現代風の建物で、一見するとそこまで新しく感じないけど洗練の極致にあるようなアレだ。
そういえば、電柱がない。今更だけど、ここだけじゃなく今住んでいる場所も小笠原にもなかったのに気付く。費用や地震の問題があったと思うんだけど、そこら辺はクリアされたって事なんだろうか。
「というか、そういえば地震もないような?」
昔は当たり前にあった地震の記憶が、ここ直近に存在しない。気にしていなかったというのが大きいけど、まさか地震が起きていないのか?
地震大国の日本で? そんな馬鹿な。……ひょっとしたら、私がこの時代に感じている違和感の一端なのかもしれない。
「実家が……残ってるわきゃないか」
かろうじて残っていた記憶を頼りに自分の生家……が建っていた場所を訪れるが、巨大なマンションになっていた。周囲を見渡しても、風景に記憶と一致するところがない。
学校だってそうだ。敷地全体が基礎教育校の分校になっていたのはともかく、建物も全部別物である。入り口の場所さえ違った。
当たり前だけど私の籍も残っているはずなく、見学すらできない。場所は同じだし、良く調べれば残っているかもしれないけど、そこまでしてもらう気もなかった。
「不審者のお姉ちゃん、何してるの?」
「ふ、不審者……」
さて、本格的に行く場所がなくなったぞと途方に暮れていると、学校の生徒らしき女の子に声をかけられた。
見た目だけで判断するなら多分十二、三歳くらい。ストレートなら基礎教育校を卒業してるくらいの年齢だろう。といっても、この時代、見た目も中身も年齢にそぐわない存在は多いから、外れている可能性も高い。
不審者と言いつつ話しかけてくる、なかなかのツワモノである。
「ここの卒業生?」
「卒業はしてないけど、昔通ってたんだよ。君はここの生徒?」
「違うよ」
違うんかい。私の場合も、五十年以上の前身みたいなところを指して、通っていたと言ってもいいものか分からないけど。
「えーと、ここに来たのは……聞き取り調査かな? ここで働いてる教員の中に関係者がいて」
「なんか探偵みたい」
「探偵?」
探偵という存在を知らない世代だった。私も存在してないと知らずに探したけどさ。
合法的なスパイみたいなモノと言ったら、首を傾げつつも一応納得してくれた。
「それで、わざわざ不審者に話しかけてくるなんて、何か用?」
「用はないんだけどね……うーん、なんとなく?」
「何それ」
「茜ちゃんは猫みたいに気まぐれだねって良く言われます」
「茜ちゃんって言うんだ。あ、私、伊藤美柑」
「冷凍みかん?」
「もう解凍済だし」
「???」
不意にいつものやり取りをして困惑させてしまった。私がコールドスリーパーだって知らないと意味分からないでしょ、コレ。
「まいっか、じゃあ美柑ちゃん、色々気をつけて」
「色々って何に?」
「色々と言ったら色々だよ。わかんない」
なんだそれは。
良く分からない言葉を残し、茜ちゃんは学校の敷地内に入って行ってしまった。私は許可が出ていないから追いかけるわけにもいかない。捕まるし。
なんか良く分からない出会いがあったけども、私はそのまま駅まで戻る。食事を済ませ、なんとなくブラブラして時間を潰している内に夕方になっていた。
最後になんとなく高い場所から街を見れないかなと駅ビルの屋上に出ようとするが、当然の如く開いていない。なんか、昔よりこういうところへの立ち入りは厳しい感じだ。
街を一望してもどうせ昔と違う事を突き付けられるだけだろう。……そう諦めようとしたタイミングで工事中のビルが目に入ってしまった。
作業者はいないらしい。すでに建物はほぼ完成しているのか、それとも解体直前なのか分からないけど、とにかく階段で上には登れそうだった。
「……あれ?」
忍び込もうかと少し悩んだけど、わざわざ立入禁止のビルに入り込んでまでする事ではないなと思い直したところで、視界に人影が映る。
……見上げたビルの屋上に、ついさっき会った茜ちゃんの姿があったのだ。
「なんで?」
そのまま放置しても誰も咎めないだろう。だけど、どうしても気になってしまった私は、そのビルを昇ってしまった。
彼女を見かけた事が偶然なら、人がいなかったのも偶然、咎められる事なく入れたのも偶然、階段が使えたのも偶然。
途中、階段を昇るのに疲れてちょっと……いやかなり後悔したけど、今更戻るのもなと上へ向かう。
「おー……」
なんというか、絶景だった。大して高くもない標高、見つかったら怒られる事間違いなしの立入禁止ビルだったけど、頑張って昇ってきた分達成感がすごい。山登りはした事ないけど、なんとなく登山者の気持ちが理解できた気さえした。
「いや、そうじゃなくて……茜ちゃん」
「なんですか?」
「うわーーーーっ!!!!」
彼女の姿を探そうと思ったら、背後にいた。思わず、今まで上げた事のない声で叫んでしまう。
「な、なんでここに……?」
「私の名前を言ってたくらいだし、探しに来たんじゃないんですか?」
「い、いや、そうなんだけど、たまたまこのビルの上にいたのが見えたから」
「自殺しそうに見えた?」
「う、うん」
なんとなく誘導されたような気がして気分が悪い。
「死んだって構わないかなって思わなくもないですが、自殺なんてしませんよ」
「そ、それならいいんだけど」
いいのか? 死んだって構わないとか言わなかったか、この子。
「今から変な事を言いますけど、聞いてもらえます?」
「言いたい事があるなら聞くけど」
「実は、ここには死の気配を追ってきました」
「……死の気配?」
「なんとなく、あなたがここで死ぬんじゃないかって感じたんですよね」
「はい?」
何言ってるんだろう、この子。なんかの超能力? 未来とはいえ、そんな能力が存在するなんて聞いた事ないんだけど。
なんなら、創作の世界で現役なくらいだ。
「不思議ちゃんの戯言なので聞き流してくれていいんですけど、学校で接触したのもそれが理由。私、そういうのが分かるんですよね」
「は、はあ……分かるんですか」
「で、実際どうです? 死ぬ可能性ありました?」
「そんなの……」
あるわけ……いや、どうなんだろう。絶対にないなんて言い切れるか?
はっきり言って、今の私は情緒不安定だ。孤独な世界に放り出されて、そこで見つけた依存先がどこかに行ってしまって、自分の立ち位置が分からないでいる。
死ぬ気なんてなかったけど、もしそんな状態で……たとえばここに一人で来たとして……なんとなく夕焼けに飲まれるように身を投げて……別にいいやって諦めたり……しない……だろうか。
不意に、そのままの出来事を体験したような、奇妙な感覚に囚われた。
まるで、実際にそれが起きた事のような。そんな既視感にも似た感覚。
「……名前を聞いてもいい?」
「茜ですけど」
「そうじゃなくて、フルネーム。なんか聞いておいたほうがいい気がして」
なんとなく、私はコレが運命だと思った。だから、その中心にいるような子の名前を聞いておくべきだと思ったのだ。
「……ああ、先に自己紹介すると、私は伊藤美柑。半世紀前の日本からやって来た、孤独なスリーパーだよ」
「滝沢茜。今年基礎教育校を卒業する予定の不思議ちゃんです」
普通なら有り得ないはずの可能性が、その時繋がった気がした。
もう一回続くぞ。(*´∀`*)