第7話「画面の向こうの冷凍みかん」
今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクト第二弾の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いた月神さんへのリターンとなります。(*´∀`*)
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軽量級にしか見えない体から繰り出される、物理法則を無視したような超重量級の打撃音。シンならともかく、どうすれば生身の人間のままコレが実現できるのか。
受ける度に強化の足りない皮膚が毟れ、肉が弾ける。このまま受け続けていたら肉どころか骨まで露出するのではないか。いや、そんな懸念以前に同一方向からの攻撃が続くわけもない。変幻自在という言葉は正にコレの事かといわんばかりに多彩な方向、角度、速度で拳が、脚が飛んでくる。
そんな極限の戦いがただの訓練という事実自体が非現実的。普段戦っている異なる宇宙の敵よりも理解し難い領域にあるように思えてならない。
俺はこのはるか上を目指さなければならないという事実に気が遠くなる。
「改めて、君がシンなんだなって実感するよ」
こちらはそんな事を考えているのに、相変わらず攻め手に移る隙さえ見せない相手が何か言っている。俺はあなたが化け物だと実感してる。
観察し、動きを読み、回避し、避けられない攻撃は可能な限りダメージの少ない受け方で防御する。無数に繰り出される打撃の一つ一つに対し、最適な防御を選択しつつ。
合間に組み込まれる組技をはじめとして避けられない攻撃は多いが、打撃にしろ組技にしろ、今の目的は如何に少ない代償で切り抜けられるかの修練だ。避けられるモノは避けても喰らう事は大前提に近い。
しかし、良くもまあ、こうも多彩な攻撃ができるものだと思う。初日の拷問じみた訓練など児戯に過ぎないといわんばかりに、強化と訓練を重ねるほど達人という呼び名の頂の高さが思い知らされる。これが人間の可能性ってやつなのか。
とはいえ、この数週間で訓練時間と内容は格段に向上したのも確かだ。未だド素人に過ぎない俺が反撃には移れないまでも、比較にならない量の攻撃を捌き、ダメージを抑えられる程度には。柳さんの技術もそうだが、それに防御だけでも対応できているあたり、すでに自分も人間じゃねーなとは思う。彼の言葉は間違っていない。
「まあ、本来のシンの成長速度なんて知らないんだけどね。時々でも相手してくれる滝沢君は、会った当初から強かったし。君も普通とは違うんだろ?」
「自分の事ながら、人間として見れば異様なのは分かります。……手も足も出ないわけですが」
どれだけ成長速度が早い……たとえ格闘漫画の主人公だって、こんな急成長はしないだろう。あっという間に物語が終わる読切か打ち切りのどちらかだ。
「すでに怪物みたいなモノと戦ってる気分だよ。それで関連技術の焼き付けは何もしてないんだろ? ……確かに、武術を知らない人の動きではあるけど」
「脳の負担が追いつかないので」
もっと長い目で見るなら焼き付けしたっていいのだが、どちらにしても優先度は低い。専用のポッドなら細分化・最適化された焼き付けが可能だが、それでもだ。
この訓練だって滝沢が言っていたように格闘というよりは防御と回避、そして心構えの訓練という意味合いが強くなっている。こちらが攻撃する事など想定していない。だからこうして一回の訓練時間だけが長くなっていくわけだ。
観察していると参考になるなという動きは多いのだが、それはあくまで人間としての動作でしかないという滝沢の意見も分かってしまう。
人間としての最高峰でありながら物理限界に囚われたそれは、基本的にプラスであっても、場合によってはマイナスの場面もあり得ると。
「というわけで、終了……と。すっかり転倒させられなくなったね」
「ありがとうございました」
そっちの訓練も必要なのだが、無理に転倒させられてもあまり意味はない。訓練というなら、あくまで自然な流れの中で対応しないと身につかないだろう。
そういった目的に合わせて柳さんの手は極端に制限されている。もし、制限なしに対戦したら瞬殺されるのは目に見える。多分、脳震盪あたりで気絶させられて終了だ。
転倒にしろ気絶にしろ、個別の対策はまた別の話。今は物理ダメージに適応するのが最優先である。
「相変わらず、ダメージはえらい事になってるんですが」
特にガードの中心だった腕は皮膚が裂け、覗き込めば骨が見えそうだ。血管は強化したから失血死は免れているものの、それだけ。指が動くので神経は繋がっていると思うのだが、見た目だけだとそうは見えない。
ぶっちゃけ超痛い。極論、脳内物質で誤魔化せる範囲なら行動阻害されずにすむだろうが、痛みがなくなっているわけではないのだ。
「シンとはいえ、強化してない部分なら当然そうなるさ。それ以前に、こうして一時間経ってるのに立ってられる時点ですでに同じ人間とは思えない」
それはこっちも同感なんですが。いつの間にやら超人バトルモノの登場キャラクターになった気分である。
「要所要所で反撃しようとはしてるんですけど。初動以前に潰されるか、手を出して止められるか、そもそも餌かって事がほとんど……というか全部なんですよね」
「それが分かる時点ですでに普通じゃないんだよね。更に言うなら実行しようって時点でもっとだ。それがたかだか数週間程度の結果っていうんだから嫌になるよ」
それがシンで、用意された強化システムだ。……まあ、人間の目線なら化け物だよな、コレ。否定しようがない。
「もっとも、君がダメージ度外視で反撃してきたら、それだけで話は変わるんだけどね」
「それはそれで潰されるんじゃ」
確かにできない事はないだろうが、それはちょっと目的に反するからな……。というか、それでも攻撃が通る気はまったくしないのが怖い。本当にどうなってんだ、この人。
「そりゃそうだ。そこから先はまた別の技術が必要になるよ」
だからやらないってわけじゃないが、今はその段階じゃない。そして、それが必要になる段階がこない可能性もあるのだ。
「そこは必要になったらですね。実際、滝沢とかはまた違う対処をするんでしょ?」
「滝沢君は根本から違うんだけど、あえて似たようなケースになった場合を想定するなら……技術の上から圧殺されるね、やっぱり」
多分だが、それは滝沢に限らない。シンならおおよそ似たような対処が最適解になるのではって感じだ。つくづくシンってやつはまともじゃないなと思う。
あれからちょっとおかしい密度で訓練と試合を繰り返し、りんごの指示に合わせて異様に細かい強化を施し続けた。
筋力の強化は神経を補助する部位の最低限に留まっているが、各種神経系についてはかなり強化されている。でないとド素人がここまでの訓練には耐えられない。多分、反応速度はすでに人間の限界を超えているだろう。それでようやくガードが間に合うって事実が普通に怖い。人間の上澄み怖い。
滝沢の予定ではあくまでサブプランでしかないが、刃物を使った訓練も取り入れるか段階に入っているかもしれない。でも、治療の問題があるんだよな。
「それで、次のラウンド行くかい?」
「いえ、この後ちょっと用事があるので」
「良く分からないけど、シンの試合ってやつかな?」
「環境省の人と打ち合わせです。柳さんが知ってるかは分かりませんが、山岸っていう胡散臭い感じの」
「ああ、彼ね。直接接点はないけど、軍に出向してた事もあるらしいよ」
どんな経歴なんだ、それ。官僚の出世コースなんて知らないけど、普通とは思えないんだが。
「詳細は聞かないけど、妙にハードスケジュールっぽいね。話に聞いてるシンとはまったく違う」
「今日のはシンとしての活動じゃないです。ちょっとカバーの偽装工作が必要で」
「本気で聞かないほうがいい話題みたいだな」
別にそんな事はないんだが、あえて話すような事でもないので話題を終わらせる事にした。
その後、地上の設備で表面上の傷が目立たなくなる程度に治療をして、予定していた待ち合わせ場所……以前利用したファミレスに移動する事にした。
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「前にここに来た時、外と質が違うって言われたんだけど、具体的には何が違うんですか?」
「主に素材のグレードですね。メニューのラインナップ自体はほとんどそのままですが、使われている材料は最上級品ばかりとなっています。もちろん、高いだけの食材をただ使うだけでなく相性の問題もありますので……」
「お待たせしました」
少し早く着いてしまったので、なんとなくアンドロイドの店員に話を聞いていたら、かなり早く例の面接官……山岸道がやってきた。予定より三十分は早い。
「あれ、早くないですか?」
「ウチで戦士相手に遅刻するのはかなり致命的ですからね。関係各所でも厳命されてます。場合によっては一発アウトですよ」
そう言って手刀で首を切る仕草を見せるが、どっちの意味だか分からない。
そういえば、なんとなく時間にルーズなイメージがあったが、別に遅刻された事などない。胡散臭いイメージだけで想像してたみたいだ。
「あー、滝沢が時間にルーズなんで、最近は待たされたりすっぽかされたりが普通ってイメージになってました」
「戦士同士はともかく、こっちがそんな事するわけにはいきません。というか、十和田君だってそのあたり同じなんですが」
シンが定期的に行う面談相手は十和田さんにお願いしているので顔を合わせる機会は多い。といっても、目の前のこの男かまったく知らない相手か、それともって話ならそりゃ物腰や人当たりが柔らかい十和田さんを選択するというものだ。コレで滝沢をはじめとしてこの山岸道を指名しているシンがいるという現実が信じられない。
「十和田さんは遅刻するイメージないですね」
普通に考えるなら懐柔用のイメージ操作だと思うんだが、十和田さんはあまりそんなイメージを持ち難い。そういう性格だからここに置かれているって可能性もあるけど。
というか、十和田さんと目の前の人物が同じ人種に見えないから別枠で考えてしまっているな。いや、もちろん所属的には同じなんたが、つくづくイメージって大事だ。
「それで、着任されてから少し経ちましたが、調子はどうですか?」
「忙し過ぎてあっという間でしたね。本気で暇を持て余してたのって地下に行く前くらいで」
早速、適当に食事を頼んで会話が始まる。
味はそれなり。といっても、前回のような良く分からなくて評価できないという意味ではなく、妙に舌が肥えてしまった結果である。あの地下で支給される食事は、実のところ定期的に送られてくる配食サービスですら超高級品で、なんなら冷凍食品ですら正気とは思えない品質なのだ。
そんな無機質なサービスですら別次元なのに、最近はりんごの料理テクに餌付けされかかっている感があって怖いくらいだ。なので、いくら美味かろうが高級食材で作られたファミレスのメニューはそれなりになってしまうのである。
まあ、時折インスタントやジャンクフードも食べるし、それはそれで美味いと思ったりするので、環境次第で慣れてしまう気もしているが。
「そんなスケジュール組んでるのはあなたくらいです。戦士といえば普通はもっとのんびりした方が多いですよ。慣れる前も慣れた後も」
「実はこれでも、高校の時よりは余裕があるんで」
というか、肩書上はまだ高校生のはずだ。形式的に内定してるとはいえ、卒業は来年三月である。
「そういえば、ストレートでしたね。結構前なんで忘れてましたが、高校の頃は大変そうだなーと思って見てました」
「総合大学に行く人って大体十八歳で卒業する人ばかりなのでは?」
「それは逆に偏見ですね。むしろ、進学準備や研究室や企業への事前所属などのためにあえて留年する人もいるくらいで……というか、私もその類ですし。半分くらいですかね?」
進学組のスケジュールに関しては把握していなかったが、そういうモノなのか。
聞いてみれば、就職には絶大なステータスとなるストレート……高校までの最短卒業だが、進学する場合は気にしない者も多いらしい。一方でできる奴は当たり前のようにストレートだったりするので、そんなところにこだわっても……という感じだそうだ。やはり異次元の世界である。
専門大学は逆にそれまでに何をしたかの経歴がモノをいうらしいので、それはそれで別世界である。システム的な補助が確立されているシンよりもよほど修羅の道のように見えてしまうのは俺だけだろうか。
「そういえば、高校卒業に合わせてシンになった方はいますが、ストレートの方はいませんでしたね。あなたが初です」
結構どうでもいい初である。シンに学歴などまったく関係ないのは現在進行形で実感しているのだ。滝沢なんて基礎教育校すら卒業していない……どころか、そもそも通ってすらいないって話だし。
「無駄になる感じが強いんで、勧誘するならもっと早いほうがいいと思いますけどね」
「普通はもっと影響の少ない条件で見て候補を挙げてますよ。適性値だけではなく経歴や環境が着任後のモチベーションに関わるのは明白なので。あなたは滝沢さんの選んだ例外なので、事情はかなり異なります」
「あーはい」
自分のポイントで枠を増やして、適性値の上位ランクリストから勘で選んだらしいからな。迷惑なのか幸運なのか良く分からない。こんな世界、知らないなら知らないで幸せな人生は送れるだろうし、そう生きれるように努力は積み重ねてきたのだから。
でも、今となっては一概にどちらがいいとは言えない。人生の幸福という尺度で見れば一長一短だろう。宇宙人相手でも人を殺して幸せなんて……って人も多いはず。
いや、別に殺してはいないのか? でも、認識上は明らかに殺してるしな……。
「なんか、四月が通常の着任時期らしいですね」
「はい。といっても現時点ではまだ候補者の選定中ですが。最近はゼロって事も多いので、国で用意している枠が遊んでいる状態なんですよ。もったいない」
「候補がいないなら、増やさなければいいんじゃ」
「国家予算のようなもので、枠として決まってるんですよね。一度外して再度組み込むのはかなり手間なので、そのままになってます」
なんというか、お役所仕事って感じだ。直接関係ない話だから言えるのかもしれないが、面倒臭い話である。
特にポイントの使い道は国としてもかなり重要なので動かし辛い面も強いらしい。特に資源や技術なんてキリがないに決まっているから当然ともいえる。
「候補に関しても単純に増やすだけならいくらでも増やせますが、先ほども言った条件に合致するとなると途端に難しくなるわけでして。元々の環境もそうですが、着任後の影響も無視できません」
「影響といっても、シンは基本的に相互不干渉でしょう?」
俺なんて、未だに滝沢以外のシンと会ってないし、名前すら覚えてないぞ。それでまったく不都合はないくらいだ。
そんな中にガラの悪い奴が一人二人入ってきたところで、どんな影響があるというのか。
「たとえばですが、現在外部で最高適性値の方は精神分析でもかなり問題のある囚人です。そんな人をここに連れてきて、地上で傲慢に振る舞われたら気分を害する戦士も出てくる。そうすると、せっかく整えたこの島の基盤も崩壊しかねない。コレでも割と気を使ってるんですよ」
あー、確かに。俺くらい地上に関わっている例は稀だろうが、たまに地上に出てきたら他のシンによって支配された世紀末シティでした、なんて事になったら気分は良くない。
そして実際、それはできるのだ。以前、東堂さんと話したように王様にだってなれるだろう。しかし、できるだけでやらないのはシンの人格的な部分に依存するところが大きいからだ。そう考えると、国は上手くシンをコントロールしてるなとも思う。この辺りの塩梅もさすがに偶然ではないはずだ。
「とはいえ、隔離して個別に活動させればいい……って話にもならないんですよね、これが」
「何故です?」
「国のポリシーに合わないって事になってます」
良く分からないが、言っている事そのままの意味じゃないよな。国家転覆される事でも警戒してるのか? 人格や待遇によってはあり得ない話じゃないが。
「この島が今の形になる以前はもっとおおらかだったんですけどね。実際、現役の中にも何人かは元囚人の方がいらっしゃいますし。もっとも、こちらは精神分析した上で問題ないと判断された方ばかりですが」
ちょっと考えただけでも、服役囚なら情報工作しやすいというのは分かる。最悪、獄中死を偽装して死んだ事にだってできるだろう。案外、初期はそういう人材ばかりだったのかもしれない。
「ひょっとして海外では問題になった例が?」
「推測と状況証拠だけですが、あります。それで実際に国家転覆した例もあるので、最大級に警戒してるんですよ。文字通り世界規模で」
そりゃあるよなって感じだ。ここの条件だと想像もつかないが、対戦相手の中には奴隷扱いな連中は普通にいるのだ。地球上の国家で似たような例がないなんて事はないだろう。
「ちなみにそういう時ってどう対処するんです?」
「先ほどの例だと、周囲の国家がシンを動員しました。それは稀有な例ですが、表面上統一国家でセルヴァ登録上内部分裂してるところでは割と良くあるという話も聞きます」
「お隣とか?」
「実はお隣は少ないですね。分裂しているといっても、個々で国家の体裁を整えられるような規模だったりするので。多いのは小さい国家ですよ」
色々情報を得た上で想像すると、確かにそうなるかもなとは思う。国家としての基盤が整っていなければサポート体勢なんて整えられないのだから。
かといって、セルヴァの存在が漏れるような事態を招けば地球上の国家から袋叩きは間違いない。地球規模の同調圧力が働いているわけだ。
「まあ、あなた方が外で力をふるうような事はまずないですよ。というよりも、日本の方針として絶対にさせません。例外があるとすれば……」
「あるとすれば?」
「戦争になって攻められた場合くらいですかね。もちろん、単なる国家間の戦争って意味じゃないですよ」
シンが主導する国家が誕生してしまって、それを止められず、更にはここに攻め込まれた場合って事だよな? ……確かにちょっと無理があるな。
誰も止められないような強力な力を持つシンがいて暴走するって前提ならなくはないが、地球圏最強は滝沢だ。あいつ自身がそんな野望を抱かない限りは強力無比な抑止力と化す。そして、あいつ自身はそんな事に興味がない事は明らかだ。本人が抑止力になる気がなくとも、外部からは分からないし。
追いつこうと努力を始めた最近になって一層思うが、マジでダントツなんだよな、あいつ。本気で桁が違う。人間やめたいとか言っていたけど、果たして人間の部分がどれくらいあるのか。
「山岸さん的には、多少世界が荒れたほうが立身出世を狙えて良かったり?」
「そんなわけないじゃないですか。野心や向上心がある事は否定しませんが、瓦礫の山で出世なんてごめんですよ、私は。適性があるなら戦士……シンにはなりたいですが」
「俺の直近のスケジュールを見ても?」
「あー正直なところ、今のあなたのスケジュールを基準にすると、着任を躊躇う方も出てきそうですね。私も迷うかもしれません」
本職軍人相手に拷問みたいな特訓すると着任前から言われれば、躊躇う人も出てくるだろうな。
ただ、それでもこの面接官の場合は、適性さえあればシンになっているんじゃないかと思う。いつか高適性値の人は野心家の傾向が強いとか言っていたが、別に適性値が足りない人でも野心家でないなんて保証はない。むしろ、冷静になった今観察してみると、目の前の男はシンの基準以上の野心家なのではと思えてならない。
格差社会が当然になった現代では珍しいと言われる類の人間だろう。
「実際のところ、もし私が戦士になってやっていけると思いますか?」
「俺、まだ日本所属の中でもダントツに最下位なんですが。そんな相手に聞いて参考になります?」
「じゃあ、あなたの基準で判断できる範囲で」
「そりゃ……」
できるだろ……と言いかけたが、口を噤んでしまった。
……実際どうだ? 別に俺のようなハードスケジュールにする必要はない。分かる範囲で、シンとしての活動がこなせるかどうか。
やれるかやれないかと言うならやれるだろう。日本のバックアップは強力だし、問題ないように思える……物理的には。
ただ、精神的にはどうだろう。俺は今の試合は何百と繰り返そうが問題ない自信はあるが、普通ならどこかでイカれるんじゃないか?
野心で誤魔化しても限界はある。積み重なった精神的負担をセルヴァ技術でどうにかできない事はないが……それは根本的な解決になるのだろうか。
やはり、続けられる奴は特殊な適性持ちなのだろうと実感する。それが適性値であり、それを基準にした選定は間違っていないのだろう。
「ぶっちゃけ、精神を壊して引退する前提なら誰でもできそうとは思います。山岸さんみたいな人はそれよりも上は狙えるとも。だけど、その先は……」
「……なるほど。やはり適性値は正しいって事ですかね。基準の良く分からない数値なのに大したモノだ」
特殊な適性は必要。しかし、人を殺してもなんとも思わないサイコパスならいいってわけでもないんだろう。
今になって実感するが、シンとしての適性なんて影響のある要素が多過ぎる上に相互で干渉し合って、値として出すには相当難しいんじゃないかと思う。
一方で、ある程度人となりか分かってれば、直感的に向いてるか分かるような気もするから不思議だ。
「この質問、実は着任済の戦士の方は皆してるんですよ。本来は月次の面談で一年経過後にって感じですが、今回はオフレコって事で」
「別に構いませんが、じゃあ何故このタイミングで?」
「単に私の好奇心です。他の方と随分違うスケジュールで動いてるあなたはどういう回答になるのかなと。結果は同じだったみたいですが」
そうか。やっぱり似たような回答にはなるんだなという感じだ。
「情報規制で地下の詳細は話せないって前提だと、探るにしてもこれくらいが限度のようで。もどかしいものです」
探りを入れられるのは別に構わないし、なんならレポートにもなってるような気はするんだが、シン以外に伝わらない。この情報制限もどんな基準なのかは気になるところだ。
セルヴァの情報が表に出ないように設けられたのは見当がつくものの、誰がそのルールを策定した? セルヴァか? 日本か? それとも、地球国家の統一意思なのか?
……どうせ、この面接官は情報を持っていないだろうから、りんごに確認してみるか。開示できないならできないでもいいし。
「というわけで、食事も終わったところで本題に移りましょう」
「ここまでの会話は結構ヘヴィーだった気はするんですが」
「私の趣味で、雑談のようなものと思って頂ければ」
なるほど、趣味か。どこまで信じていいかは判断に困るが、別にどっちでもいいな。影響はなさそうだし、本気で趣味って線もありそうだ。
「伊藤美柑さんとの連絡ですが、こちらでプランを用意しました」
そういって差し出されたのは数枚の資料だ。カバーストーリーに関しての設定類は別にあるので、本当に連絡に関してだけのものと思われる。
軽く目を通すつもりで見てみれば、内容は流し読みでも十分な程度でしかなかった。
「なるほど、基本的には映像通信で、背景は合成、会話の内容は予め用意された禁則事項準拠だけども、ボロが出そうなら自己裁量で国家プロジェクトだから言えないって扱いにしても良いと」
「はい。あとは二ページにもありますが、特殊メイクをして頂きます。数ヶ月程度では説明がつかないほど雰囲気が変わってますし、誤魔化すために日焼けメイクと服装で誤魔化そうかと。幸いカバー用の支社があるのはアフリカですし」
確かに、今の俺は着任以前と比べて相当に鍛え上げられた見た目をしている。映像通信で映る胸部から上はもちろん、顔だけだって誤魔化すのは難しいほどに締まっているはずだ。面接をした時の写真も用意していたようなので見比べてみれば、誰だお前ってレベルで雰囲気が違う。
これは確かに日焼けとかで誤魔化したほうがいいな。アフリカならそういう事もあるだろうと言い切れない事もないし。……実際のところは海外に出た事もないから知らんが。
また、通信をする場所はこの建物の一室に用意されるらしく、元々似たような案件での実績もある設備らしい。
単に合成映像ってだけでも素人には判別が付くはずのないレベルではあるのだが、その上軍用でしか使われていないセルヴァ技術を駆使したモノだから、いくら冷凍みかんの勘が優れていてもバレる気はしない。というか、あいつそういう部分はかなりザルだし。
「すごいですね、まったく違和感がない」
実際にリハーサルをして、俺が通話した映像を見せてもらったりもしたが、こんなもん映像からはバレようがないというレベルだ。やたら色黒で派手なシャツを着た俺に違和感を感じるのは別としても。
あとは会話内容だが、事前練習はするにしてもカバーストーリーを頑張って頭に叩き込むしかない。ただ、緊急で出向になった関係から社員教育も併せて受けているって設定なので、多少は言葉に詰まっても違和感はないだろうとの事。むしろ、詰まったほうが自然かもしれない。
なお、簡単なカバーストーリーの設定としてはこうだ。
俺は予定していた企業に就職が決まったものの、国家規模のプロジェクトでどうしても日本国籍の人員が必要になったために出向を打診された。
本来であれば通るはずもない話だが、俺がすでに卒業までの単位を取得済な事、就職後の待遇にかなりのプラスが付くという事で学校の許可も得て早期卒業扱いにしてもらった。
現在は遠くアフリカの地でお勉強しつつ謎の国家プロジェクトに従事していると、まあそういう話だ。
もちろん、こんな簡単な概要だけでなく、細かい……そんな事まで設定する必要はあるのかというレベルのカバーストーリーまで決まっている。加えて、このプロジェクト自体は本当に存在していて、詳細な設定はそこからの流用という強みもある。国家機密が二重にかかった結果、超便利な隠蔽・捏造が可能になったというわけだ。
こんなもの、一般人じゃ口出しできないししたくもならない。
ちなみに、いたずら心で日焼けメイクのまま一日行動したりもしたが、滝沢には会えず、柳さんはそういう事もあるかという感じで、りんごに至っては完全スルーだった。
まともな反応を返してくれたのは東堂さんだけだ。
「あ、あんまり似合わないような……ちょっとガラ悪い感じですし、極道の人っぽい」
言われてみれば、確かに古い本に良く出てくるやくざに似てるような気もしてきた。超心外である。
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『や、やあ……な、なんかすごく不機嫌っぽいんだけど、やっぱり迷惑だった? というか何その格好』
そんな見た目だが、偽装通信には役に立ったらしい。開始早々美柑が目を白黒させるくらいにはインパクト大だ。
別にそんな目的だったわけではないが、注意が逸れたというなら、それはそれで好都合。尚、あれから色々と試行錯誤を繰り返した結果、俺的にはちょっといい感じのイメチェンになった思っていたのでショックなのは本当だ。
「日焼けしたのに合わせて色々変えてみたんだが、評判悪くてな。お前相手にもあまり披露したくなかったというか」
『そ、そうなんだ。私としては、突然いなくなった君を心配して色々聞こうと思ってた内容が吹っ飛んだというか……』
「心配してくれるのは嬉しいが、どの道あんまり話せる事ないぞ」
程度の差こそあれ、話せないって事実はどちらにせよ変わりない。リアルでもカバーでもだ。
「ま、簡単に言うなら、就職後のキャリアに直結する話だったから断る理由はなかったというか、国絡んでるんで下手に断るわけにもいかなくてさ」
『それは聞いてるんだけど……。何やってるのかも言えないんだよね?』
「詳細は言えないが、基本デスクワークだぞ」
『え、それで?』
「アフリカなめんなよ。これでも周りの同僚に比べたら超白い扱いなんだからな。もしくは真っ赤になって悶絶しているかどっちかだ」
『ひえー』
カバーストーリーに使われている施設の写真を見ると、実際みんな強烈に日焼けしている。というのも、どうも環境問題の影響が強いらしく、俺の知っているよりも現地の日差しが強烈らしい。オフィスと社宅扱いの家を車で往復するだけでこれくらいの日焼け具合になるというのも計算の上なのである。
セルヴァ所属国としては同盟を締結しているので、ポイントでその辺の環境問題をどうにかするべく鋭意努力中という、特に興味ない話まで聞いてしまった。
「つまり、お前の心配とは裏腹にこっちは順調そのものってわけだ。……というか、お前、なんか合宿失敗したらしいじゃねーか」
『え、なんで知ってるの?』
「俺にコンタクトとろうとした時点で調査入ってるぞ。色々調べられてるから気をつけるんだな」
『そっか……そうなんだよね。今年卒業できればコールドスリープ補助金の面でかなり楽になったんだけど』
「ぶっちゃけ、お前の経歴でストレートとか、すごいを通り越してやばいからな。人間っぽい面があってむしろ安心する」
冷凍みかん……伊藤美柑という女は頭がいい。元々そうだったのだろうが、現在の焼き付け教育でもその才能は適合したのか、ただでさえ教育期間に不利な条件を抱えていたのにも関わらず、俺と同じ十八歳での高校卒業が射程圏内だったのだ。各種試験の出来で言うなら俺よりも数割は上の点数を叩き出している。
その癖、学業以外の趣味も幅広く、雑学も豊富と、人によっては嫉妬に狂うレベルの才女だから、特に同性には敬遠されていた節がある。別に俺は張り合う気がないので普通に付き合っていたが。
『そ、それで、今後も連絡はほとんどとれない感じ? というかいつ帰ってくるの?』
「こういう映像通信は手続きがかなり面倒だし、推奨もされないな。メールなら届くが、国の検閲は入る」
『け、検閲されるんだ、ふーん……つまり、第三者に内容見られると』
カバーの立場でも検閲されるのは間違いないが、本当の立場はそれどころじゃないぞ。見られる人数だって比較にならない。
「当たり前だろ。で、いつ帰れるかだが……ちょっと分からんなー。そのまま別の国って可能性もあるらしいし。少なくとも数年は日本に戻れないっぽい?」
『ま、マジかー……そっかー』
「来年でも卒業が決まったら、なんかお祝いでも送ってやろうか? 実は金ならあるぞ。ここ、ロクに使い道がないし」
自分が留年の瀬戸際にも関わらず、俺の卒業が確定した時もお祝いしてもらったし。
『それはどうでも……いや、いるけどね。そっか……どうしよう』
「何がどうしよう?」
『……こっちの話かな、うん』
その後、特に取り留めもない話題で雑談をして、思っていたよりも無難な感じで冷凍みかんとの通信は終了した。かなり気合いれて工作したのに拍子抜けな感じだ。
「お疲れ様です」
「あ、どうも」
通信終了後、隣の部屋に控えていた十和田さんがタオルとメイク落としの道具を持って入ってきた。
実はこのメイクをしてもらったのも十和田さんである。俺にはその方面の知識はないので評価は難しいのだが、何故か専門の資格も持っているらしい。
「思ったよりはツッコミが弱かったんでホッとしましたよ。いくら詳細な設定決めててもやっぱり不安でしたし」
「はあ……あ、メイク落としちゃいますね」
「……なんか十和田さん機嫌悪いですか?」
「そういうわけでは……」
そのままメイク落としが始まったのでジッとせざるを得ないのだが、さきほどから妙に十和田さんの雰囲気が怖い。ジト目というかなんというか。
「うーん……おせっかいなのかな……でも、割とどうしようもないような」
「あ、あの……ゴツい特殊メイク用の機材使いながら上の空でいられると怖いんですが」
「慣れてるんで」
と言われても怖いものは怖い。いや、手がすべったところで柳さんの一発のダメージにもはるかに及ばないだろうけど。
「えーとですね、事情が事情なんで私から言いますね。このままだと後味悪い事になりそうですし」
「は、はい、なんでしょう? ……後味?」
ようやくメイク落としが終わったと思いきや、十和田さんは改まって向かい合うように座り込んだ。
「通信中の態度を見る限り、伊藤さん、あなたの事が好きなんじゃないかって思うんですが」
「……は?」
「というか、普通の好きではなく人生決めてるレベルで」
「はぁっ!?」
突然、何言ってるんだこの人。
「事前の調査では交際の気配なしって事になってましたが、それって単に一方的な認識で、向こうはそう捉えてなかったんじゃ……」
それは当然だろう。なんせ俺本人がそんな認識をしていないのだから。
「いやいやいや、そんな馬鹿な。あいつとは結構な期間の付き合いですが、一切そんな話になりませんでしたよ?」
「それは単に極端な奥手なのか、演技が上手かっただけでは?」
「ええ……」
それはどうなんだ? あらためて記憶を呼び覚ましても、あいつとのやり取りでそんな様子は一切……いや、そういう前提で見るとそんな気も……って、それは単に俺が意識しているからそう感じるだけじゃないのか? 判断が難しいぞ。
「その証拠にさっきの通信だとバレバレでしたよ? というか、そもそもこんな面倒臭い通信の手続きを進める時点で、ただの友人とは言い難いような……」
「そりゃ、あいつは親友と呼んでも差し支えないような相手ではありますが……」
お互い、他に友人らしい友人がいない中続いた関係は伊達じゃない。何かパートナーが必要な行事などがあれば、クラスが違った時でも真っ先に選択肢に挙がるくらいなのだ。
それが恋愛感情? ……実際どうなんだ? いきなりそんな事実突き付けられても頭回らない。
「十和田さんの勘違いって事は?」
「そりゃ官僚なのにこの年まで未婚ってのは女捨ててるとか良く言われますけど」
「いや、そんな十和田さんを下げる意図はまったくないんですが」
普通にキャリアウーマンって感じで格好いいし、美人だし、物腰は柔らかいし、なんか抜けてる感じのところも人によってはプラスだろう。今はまったく関係ないが。
「それでも女性目線で見れば分からないほうがおかしいくらいでしたよ。賭けてもいいです」
「俺の今月の円収入とか賭けてみます?」
「勝ってもクビになるんで、それは駄目ですが」
法律上は問題なさそうなのに駄目なのか。環境省のその辺りのルールは良く知らないんだよな。俺としては別に放り投げても構わないんだけど。どうせ使い道ないし。
「とにかく、伊藤さんの件については間違いないです。こちらから強制する事はありませんが、その上でどうするかは良く考えたほうがいいと思いますけど」
「どうするかって言われても……」
「一応言っておくと、向こうが無自覚って事はないと思いますよ。ちゃんと自覚してるかと」
「それじゃ、俺がとんでもない鈍感男みたいな……」
「実際そうなんじゃないですかね」
状況を整理しよう。冷凍みかんは仲の良い、ついでに数少ない友人ではあるが、恋人ではないし、これまでにそんな意識をした事はない。
これが十和田さんの言うように俺を好きで、ひょっとしたら結婚まで考えているとかそういう前提だとしよう。……問題、山積みじゃないか?
いや、俺としては結婚したって構わないのだ。なんなら、高校卒業時にそんな話を切り出されたとしても『じゃあ結婚するか』ってくらいの気持ちで返事できる。それくらいの関係ではある。あいつを女性として見た事はあんまりないが、そんな認識は気の持ち方一つですぐに変わるだろう。見合いみたいなもんで、そこに不安はない。
しかしだ、今の俺の状況は特殊過ぎる。良し結婚するかってこの島に呼んで、そんなつもりはなかったのにとか言われたら取り返しがつかない。島に来た時点で普通じゃない制限が色々付くのは避けられないのだ。
留年確定したとはいえあいつはそれなりにエリートで、人生の行く先なんてそれこそ山のように選択肢が用意されているのに、その芽を潰す事になりかねない。
「あの、やっぱり十和田さんの冗談とか勘違いとか……」
「ないですから。そりゃ乾燥時代なんて言われるくらい昨今の恋愛・結婚事情はドライですけど、人の心の仕組みなんてそう変わるものじゃありませんし」
そう、そうなのだ。俺の周りにいた既婚者やカップルなんて、それが当たり前のようにサバサバしていて打算前提の関係だった。それが珍しくもなく、ましてや悪いわけでもないのが現代で、本人たちはそれなりに幸せそうだったのだ。物心ついた時からそんな価値観で生きてきた俺に気付けというほうが無理……いや、それじゃただの責任転嫁だ。
しかし、美柑がもし奥手ってだけでこれまで隠し通してきたとするなら、この現代において相当な……いや、あいつスリーパーじゃねーか。いくら子供だったとはいえ、二千年代前半の価値観引き摺っててもおかしくはない。となると、気付けなかった俺が悪いのか? そんな馬鹿な。
「私見ですが、あの手のタイプは失恋を引き摺りますね」
「ひょっとして楽しんでません?」
「確かに否定できませんね」
そこは否定しろよって言いたいところだが……。
「個人的な価値観からくるモノも大いにありますが、そういう色恋沙汰をなあなあで済ませるのはあまり好ましくありません。世の中には愛人と庶子を作って認知せずに放置したあげく、忘れた頃になって父親ヅラしてくる異常性癖な外道もいるくらいなので」
十和田さんがそんな感じの環境に置かれていた事は大体想像付くが、超個人的な事情である。
俺にも美柑にもそんな事情は俺にはまったく関係ないんだが、そんな話とは別に問題が存在するのは確かなわけで……。
「責任はとれと?」
「まあ、あなたの立場だと確かにどうしろって話ではありますよね。下手をうてば勘違いで他人の人生壊す事になりますし」
「正直、過去に例がないレベルで混乱してます」
今すぐだろうが、あとで冷静になってだろうが、考えても答えが出そうにない。せめて、もう少し身動きがとれる段階で発覚しててほしかった。
「な、なんかいい案とかあったりしません?」
「私に恋愛相談は愚策もいいところですが……」
「どっちかというと、進退的な問題のほうの相談なんですが」
この問題に心情的な障害は特にないと思っている。しいていうなら、冷凍みかん本人の真意が不明瞭って事くらいだ。これがはっきりしてるなら、まだやりようはあるのに。
「一応、ここの責任者として解決策を挙げる事はできますが、基本的には思いつくような事かと」
そりゃそうですよねって感じだ。今の立場で俺がとれる手はかなり限られる。
大まかに分けるなら、気付かなかった事にして風化するまで放置コースと、この島に呼び出して住人にするコースだ。今回の通信がなければ前者一択だったんだが、可能性として突き付けられた時点で無視し難くなっている。
実際のところ、国家権力まで使える状況ならいくらでも放置はできるが、今となっては個人的な感情がそれを良しとしない。
くそ、俺はサイコパスじゃなかったのか。なんでこんな事で頭抱えてるんだ?
「一応、判断材料になりそうな情報があるにはあるんですが……」
「……ですが?」
「聞かないほうが良かったって事になるかもしれません」
すでに聞かなきゃ良かった的な状況に陥ってるんだけど。……毒を食らわば皿まで精神で前進するか?
「聞かせて下さい」
「ええとですね。ちょっと、どこまで言っていいのか整理するので……」
なんだ、そんな機密事項に関わる情報が関わってくるのか? 想像つかないんだが。
それからうんうん唸る十和田さんを眺めていると、俺のほうは少しだけ落ち着いてきた気がした。
「実は、伊藤美柑さんはかなり高い適性値が計測されています」
「…………」
なのに、十和田さんの口から出てきたのは想像も付かなかった爆弾だった。
「即時に候補に挙がるような数値ではありませんが、準候補と言える程度には高い適性です。加えて、環境的な条件まで考慮すると優先度は高くなります」
「マジで言ってます?」
美柑個人の環境は確かにシン向きではある。コールドスリープからの覚醒者で天涯孤独、国から補助金が出ているから学生生活を送るのに不自由はしていないが、よほど結果を出さない限りは返済前提の奨学金のようなもので無視はできない。だからほぼ無条件で満額免除となるストレートの卒業を狙っていたという経緯もある。
そして、あいつがシンに向いているかと言われれば……俺が知る限り、確かに向いているような気もする。山岸道よりはよほど納得ができる。
だからといって、この道に引き摺り込むのは違うだろう。さすがにそろそろ慣れてきてしまったが、やってる事は殺し合いなのだから。
「また、年次の候補に挙がるほどではありませんが、現役シンの推薦があれば即リスト入りする可能性は高いでしょう」
「……俺が推薦しろと?」
「いえ、先ほども言ったように、コレは選択肢を広げるための情報提供です。それをどうするかはあなた次第って事で」
その情報を前提とすれば選択肢は広がるのは分かる。ただ、それはこの島に来て一般社会から隔離される場合の選択肢だ。その手前にある巨大な分かれ道の数は変わってない。
「あとは、今すぐ答えを出す必要はないという事でしょうか。伊藤さんの留年は確定したようですし、あなたの推薦で候補入りできるかも確定じゃありません」
「なんか、どれくらいのランクなら推薦通り易いとかあるんですか?」
「さすがに基準はないです。前例もないので。あえて言うなら滝沢君とあなたの関係が近いですかね?」
問題の先送り? それはそれでアリなのか? この先数ヶ月でもシンとしての活動を続ければ、俺の意識が変わる可能性は高い。人間をやめるようなモノなのだから当然だ。
つくづく、この島の存在を知られた時点で人生の選択肢が狭まる事が致命的だ。記憶処理されても危険がつきまとうなら本人の意思が確認し難い。
というか、シンとして強化され続けた俺は美柑の知ってる俺と言えるのかって問題もある。……それは言い訳なのか?
「駄目だ、脳が正常に機能しません。少し頭冷やします」
「伊藤さんの身辺調査をして適宜報告する事は可能ですが、必要ですか?」
「俺の一番親しい友人って時点でその手の調査は入ってますよね? なら、一応定期的に情報を下さい」
「了解しました」
くそ、まったく想定すらしてなかったところから爆弾が投げつけられた感じだ。さすがにあいつの進退に絡む問題だと無視できない。元の社会に残してきたほぼ唯一と言ってもいい懸念ではあったのだから。
-4-
「セルヴァの世界で恋愛とか結婚とかあるもんなのか?」
「は?」
地下に戻ってりんごに意見を求めたら、珍しく間の抜けた声を引き出す事ができた。
「以前も言いましたが、スケールの違いこそあれど、我々の社会構造は人間のそれと酷似した部分が多く存在します。詳細は口にできませんが、その質問に対する回答も同様と言えるかと」
「実は人間みたいな制度や社会問題とかもあったりする?」
「あります」
禁則事項に含まれると思ったのだが、普通に回答が返ってきた。
……そうか、似ているとは聞いていたが、思っていた以上にセルヴァは人間の社会構造に酷似しているらしい。少なくとも雌雄の差はあって制度やそれに伴う問題もあると。
どれだけ技術や力が発展しても、社会を構成する以上は問題も生まれるという例のようなものか。りんごの口から出た言葉が真実であるかどうかの保証はないが。
「ちなみに俺が結婚するとか言ったらどう思う?」
「え、すれば良いのでは? 何か問題でも?」
極めて淡白な回答だが、それもそうだろう。セルヴァから見ればミジンコが如き存在が結婚するとか言い出してもどう反応するのか困るはずだ。
別に止めてほしいとかそういう願望があったわけでもないのに何を言っているのだろうか。
「もちろん、ここに住まわせるのでしたら、シンに準拠した生活環境を整えるようサポートいたします。シンの懸念はそこでしょうか?」
「いや……確かにその問題もあるな」
結婚するにしても、地上に住ませる前提で考えてたわ。……そうか、ここに連れてくるって選択肢もあるにはあるか。
「たとえばだけど、それがシンだったら?」
「状況が掴めませんが、やはり問題はないかと。日本国のルール上で許されるなら良いのでは?」
「あー、りんごはここのルールをすべて把握しているわけじゃないか」
「基本的に明文化されているルールならこの義体にインストールされていますが、政治的な判断を必要とする問題への回答はなく、私もその判断は難しいですね」
そりゃそうだって感じだな。相手がりんごじゃなければ、それくらい言う前に理解しろと言われかねない内容だ。
「単に環境的な問題でしたら、ここの拠点を拡張してシン二人で使う事も、私が二人サポートする事も問題はありません」
「あ、そうなんだ」
「日本のシンで前例がないだけで、前例としてならいくらでもある話ですから」
意図しないところで参考になりそうな情報が手に入った。
拠点の基本的な機能や制限についてロクに知らない俺が活かすには早過ぎる情報な気がしなくもないけど。
「どうもシンの精神状態に混乱が見られるようですね。何か問題を抱えているなら対処を検討しますが、いかが致しましょう?」
「いや、いい」
セルヴァ視点で見たら、何言ってんだってくらいちっぽけな話なのだ。次の試合でどんな立ち回りをするかの相談のほうがよっぽと重要だろう。
情報を整理しよう。美柑の件について俺にできる事は、この島へ呼ぶ事、あるいはシン候補の推薦を出す事、または放置して不干渉を貫く事。
ただし、答えは今すぐ出す必要はなく、それによって問題が発生する事もなさそうだ。実際、国が情報収集してくれるのを待つのはアリだ。
俺が許容できないのは美柑が不幸になる事くらいで、その一線を守れればこだわりはない。俺の手で、なんて願望はなかったし、今も似たようなものだ。
となると、今俺がやるべき事は選択肢を増やす事くらいだろう。この件についてのそれは発言力の強化であり、すなわちシンとしての成績に直結する。今の段階でも推薦すれば通るかもしれないが、発言力があるにこした事はない。
……なんだ、シンプルじゃないか。俺はシンとして上を目指して活動するのに変わりなく、ただその理由ができただけとも言える。
「本格的にランク上げを頑張ってみるか」
「今でも日本所属内では相当なペースのはずですが」
「俺的にはまだ余裕はある」
もちろん、今までだって手を抜いていたわけじゃないが、かなりの割合で余裕を持ったスケジュールにしていたのも事実なのだ。
学校時代、教師から特に指導を受けた点として休暇の取り方が挙げられるが、今の俺は意図的にその間隔を広げている。
肉体的、精神的な面を考慮しても、先日までの高校時代のスケジュールに照らし合わせるなら詰める要素はいくらでもある。
「日本所属のシンでボーダーになってるのは主にRIIIだったな? 少なくともそこまでは近々で到達しよう」
「そこまででしたらなんとか……。どの道RII、RIIIメジャーランク昇格の際にそのランクでの所属期間が一定以上必要となるので、最低限の休暇も作れます」
ある程度の強化前提だが、日本から支給された装備で無理なく到達できると言われているのもそのあたりのはず。
「よし、じゃあスケジュールの組み直しを頼む」
「訓練や強化もですか?」
「それも込みで。問題は慣熟訓練だろうが、その影響も加味してくれ」
「了解しました」
日本所属のシンのほとんどはRIIIというランクに留まっている。現在の俺はRIで、その中のマイナーランクを駆け上がっている最中だ。
りんごが言ったように、RIからRIIへのメジャーランク昇格はどうしても同ランクでの所属期間が必要になるものの、マイナーランクにその制限はない。各メジャーランクで細かい条件は異なるものの、とにかく勝利数を重ねれば勝手に昇格するのである。
そして、試合ごとの間隔に制限はなく、対戦相手も無数に存在する。
美柑の件について色々考えると暴走しそうだからという理由もあるのは否定しないが、ここは現実逃避も兼ねて一心不乱に、少しガチ目に頑張ってみよう。
これで今回の選定枠は終了。(*´∀`*)
次回から引き籠もりに戻ります。