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第6話「例外枠の例外的育成」

今回の投稿は某所で開催したその無限の先へリスタートプロジェクト第二弾の「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたkuroさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




 それはどう贔屓目に見ても地獄とか蹂躙とか拷問と呼ばれる類の体験だった。

 全身を満遍なく襲う痛み、皮膚が爆散しそうな衝撃、原型を留めているのか不思議なほどに強烈な体験だ。


「現代社会において、通称焼き付けと呼ばれる情報の外部入力システムは極当たり前に活用されているが、その活用度合いは業界ごとに大きく異なる」


 情報の外部入力は現代に生きる者なら極普通に利用するサービスだ。年代を追うごとに膨張・拡大し、一分野のみでも習得するのは困難となった知識・技術の習得の基盤となっている。使われる場所で名称も通称もバラバラ、やっている事と根本的なシステムは共通だ。

 専門職・研究職に就くために必須とされる知識を得るだけで一生涯かかるような肥大化し過ぎた情報化社会において、旧来の学習方法では更なる発展は望めない。なら、可能な限り定型化した教科書を直接脳にブチ込んでしまえという、よくよく考えてみれば強引かつ安直で乱暴な手段である。

 冷凍みかんを驚愕させた圧縮教育課程の下地になっているのもコレで、現代人は基礎教育校の時点で多かれ少なかれ脳に直接情報を焼き付け、最低限の知識は脳に刻まれている。

 あまりに一般的になり過ぎて実感が湧かないが、普及した年代的にコレもセルヴァ由来の技術によるモノだったのだろうと思う。


「とにかく知識量が絶対視される学生や研究施設は別として、社会でコレが多く活用されるのは専門化された技術職……特に情報技術、医療、軍事に大きく偏っている。それは何故か」


 殴る蹶るの打撃技、投げ技に絞め技、関節技、ありとあらゆる攻撃を一身に受けつつ、立ち上がる。

 単純に立ち上がってはいけない。それはただの的にしかならない。

 単純に倒れてもいけない。それもただの的にしかならない。

 転がるなり、タイミングを見るなり、牽制するなり、対峙する相手がいる事を忘れずに行動する事が求められている。特にそうしろと言われたわけではないが、そうする事が正しいと感じたから。理想はその状態からの反撃だろうが、こうしてダウンさせられると如何にとれる手段が少ないかが良く分かる。マウントをとられる気配はないが、それをされれば尚更だ。


「偏りの答えは脳にかかる負担と、それに習熟するまでの期間の問題だ。これらが必要性と釣り合わなければ意味がない。もちろん多額の費用という問題もあるが、金だけでどうにもならない前提が存在するわけだ」


 直前まで学生だった自分だが、そうらしいという事は知っている。いくら生涯学習などと言われても、大多数の人間は専門性の高い膨大な知識を常に焼き付る必要性などない。できないわけではないが、高価で補助金もなくブランクが発生し、使い物になるまで時間もかかるとなれば手は出し難い。社会人はそんなに暇ではない。


「焼き付けは、それだけではただ脳に百科事典をインストールしたようなもので、使いこなせない。本来、経験で補う知識一つ一つの連結が存在しないからだ」


 身を以て知っている。焼き付けられた情報はラベルなし取手なしの引き出しのようなモノで、活用するには相応の訓練が必要となる。本来、勉強するため、知識を得るために行う際に得ている情報連結が一切存在しないのだから。

 コレは特に膨大な情報を焼き付けた時ほど顕著で、情報同士の関連付けに苦労する。棚一つの蔵書と図書館、手当たり次第に情報を探すにしてもどちらが容易かは明白な上に、情報量以外の点で見ても最適な情報量は変化する。どの程度の間隔と情報量で焼き付けるのが最適なのかは一分野として専門の研究が続けられているくらいだ。

 無差別に情報を焼き付ける事、ましてや一括で焼き付ける事は教育において害悪でしかなく、段階的な活用が望ましいというのは常識である。


「知識だけで社会は成立しない。それは特に活用に動作が伴うモノほど強く影響を受ける事になる。体の動かし方を知識として覚えても、すぐに達人になれるわけではないという事だね。事実、焼き付けを多用する軍では頭でっかちが多い」


 既知、未知問わず、数え切れない技を使い、現在進行形で俺を痛めつけている人が何か言っている。


「そんな中で尚達人と呼ばれる者はいる。私もその一人なわけだが、ここまでくると知識の関連化や肉体への連動以外にも別の問題が生まれる。要求される精度が高過ぎて実践の機会が得られないという事だ」


 単なる軍から出向したお兄さんとは思ってなかったが、目の前の男は相当にレアな存在らしい。単純な希少性でいうなら、俺のほうが高いのかもしれないが。


「立ちたまえ。まだ動ける事は分かっている。そういう風に痛めつけてるからな」


 どこか遠くに聞こえる声を聞きながら、その声に言われるまま立ち上がる。しかし、次の瞬間宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。

 何故、こんな事をしているのか。その答えは明白で、滝沢から訓練として提案されたからだ。しかし、それはきっかけであって、継続している理由にはならない。

 ならば何故ここまでされて根を上げないのか。続行を強要されているわけではなく、倒れたまま立ち上がらなければそれで終わりだと言われてるのに。

 すでに自分の中に漠然とした答えはあった。だから、こうして人体の耐久限界に挑むような訓練に耐え続けている。


「私は実践と実験の機会を求めて志願し、この場にいる。存在として格上のシンと戦う機会が得られるのは国内でまずここだけだからね。……しかしだ」


 目の前の男は一見隙だらけだ。それはほとんどド素人の俺でも分かるほどで、おそらくわざとやっていると思われる。

 どこにどう攻撃しても当たりそうで、その実どこに攻撃しても当たらない。それでも観察を続ける。強化された眼で、視覚よりも遠く感じる場所から。


「それは私のメリットであって、シンのメリットとはなり得ない」


 すでにどういう手で行われたのかも分からないが、とにかく地面に叩きつけられ、続く胴体への攻撃で内臓のどれかをピンポイントで殴打された。声にならない声で絶叫を上げる。

 立てるか? 指は動く。神経はまだ末端まで仕事をしている。反応は鈍いものの無理やり筋肉を連動させれば動かせない事はない。そういう風に痛めつけられているのだから、立つ事は可能だ。

 バランスはとれない。非常に不格好な立ち姿は失笑モノだろう。ガードどころかファイティングポーズ、いや、腕を上げる事すら困難。だけど、視線で戦う意思を伝える。

 すでに戦う事はできなくても、まだ俺の体は構造上稼働可能だと。


「シンは存在としての格が違い過ぎて、人間の達人程度では訓練にならないからだ。どれだけ人間の叡智を結集しようが、シンは容易にその差を広げる事ができる。知識や技術、経験では絶対に覆せない、生物としての強化によって」


 俺も一応シンなんだけど。それをここまでコテンパンにしておいて何言ってんだって感じだが、言いたい事は分かる。

 普通、人間は猛獣に太刀打ちできない。極まった達人は虎に勝てるかもしれないが、シンは虎から恐竜に、更なる怪物へと変わる。

 ちなみに今の俺は、たとえるならハムスターくらいだ。


「シンは技術を習熟するよりも早く、より強い力を得る。より圧倒的な暴力で、多少の技量差など無視できてしまう」


 さすがに体が動かない。意識はまだかろうじて保っているが、それは保たさせてもらっているだけだ。やろうと思えばいつでも気絶させられただろう。

 そこから一時的にこの訓練は中断。数十分の休憩を挟み、再開される。何度も、何度も、俺の気力が続くまで。

 治療は最低限。人間社会で使われるモノの中では最上位だが、俺が地下で使い始めたポッドとは比べるべくもない。とはいえ、アレはあくまでシン用かつ俺専用であって人間には劇薬にしかならないらしいが。


「だから、こうした格闘訓練など無駄だ……無意味とはまでは言わないが、より強い力を得るほうが有意義でお手軽というのは否定できない」


 レベルを上げて物理で殴れが成立してしまうのがシンだ。小細工を覚えるより、そんなモノが必要ないくらいに強くなればいい。

 それができる環境も、実践する場も相手も事欠かない。いくらでも上がいる。基礎が大切という言葉が一概に通用しない。人間の中で切磋琢磨を続ける達人とは違う。


「実際、私もそう思う。人間相手にのみ効果的な技術に意味があるのかって問題もあるしね」


 今は対戦相手が人型ばっかりだが、上に進むほどに姿形が掛け離れていくのは承知している。当たり前だが、骨がない相手に関節技など効かないのだ。

 レトロなイメージとして知られるタコ型火星人に関節技が効くと思う人間は稀だろう。いや、普通に軟体生物でもいいが。


「ところが、我が国最強のシンたる滝沢君は別の意見を持ったらしい。彼のような超人相手では無意味だが、新人や下位のシンであれば私程度の訓練でも意味があると、少なくとも試す価値があると判断し、提案された」


 そうしてこの拷問じみた訓練に繋がるのか。シンの権限なら無視もできるが、約束した通り滝沢に協力するスタンスを貫くなら受けるべきだろう。

 疑念はある。意味があるのか、他の強化手段に比べてあえて行うほど効果的なのか、先ほどから柳さんが言っているのに近い内容だ。

 説明を受ければ納得できる理由が出てくるかもしれないが、当の本人は絶賛遅刻中ときた。……だから、自分の中で出した朧げな答えに従っている。

 この訓練に意味はあると。


「というわけで、そろそろ限界だ。普通の人間なら大怪我も大怪我。放っておければ死ぬような重症患者が出来上がったわけだ」

「あ、りがとう、ございました……」

「良く喋れるね、君」


 かろうじて保っているだけの意識の向こうから、呆れるような声が聞こえた。自分でも、こんな状態で良く発声できるなと思う。


「このまま地下に搬送してもらうから、しばらくは耐えてね」


 やたら高機能らしいストレッチャーに載せられて運ばれるが、搬送中は暴行を受けている最中よりも地獄だった。脳内物質の量の問題か、リソースの問題か、自分のボロボロ具合がはっきりと分かってしまうためだ。そしてそのまま自分の拠点へと搬送され、待ち構えていたりんごの手によってポッドに運ばれた。


『全身の負傷を治療しつつ、データを採取します。確かに細かい強化ポイントの切り分けはし易いですね。より細分化された強化のフローチャートが作成できます』


 そりゃ良かった……と素直に喜べるほど人間できちゃいない。

 いつの間に話がついてたのかとか、そんな準備してたんだとか、聞きたい事は色々ある。ただ、文句を言える状態でないのも確かだった。


 通信越しにりんごが言うそれはただの副産物で、今回の拷問じみた訓練の狙いは別なところにある。だから受ける気になったし、絶妙な手加減有りとはいえ耐える事ができたのだ。肝心の滝沢がいなかったから正確な答えなど聞いていないが、その答え合わせは明日以降にするとしよう。




-2-




「……君、すごいね。あれだけボロボロにされて、なんで昨日の今日で来る気になれるの?」


 翌日、予定通り地上に出て柳さんのところに行ったら化け物を見るような目をされた。ボロボロにしたのはあなたなんですが。

 俺としてはスケジュールを入れていたから来ただけなんだが、柳さんがそんな反応をする理由も分からないではない。普通なら逃げ出して当然の仕打ちを受けた自覚もある。


「怪我が全快するのはともかく、普通は心が折れると思うんだけど」

「それはまあ、そうだと思うんですが……」


 人生経験上、あんな痛みを経験した覚えはない。瞬間的なダメージだけなら、つい先日試合で受けたモノが最大だが、総ダメージ量では比較にならないだろう。


「やっている最中に、なんとなく滝沢の意図が理解できてしまったので」

「あーっていやいや、それでも嫌になるでしょ普通。あんなの軍でやったら即脱走コースだよ」

「俺はともかく、軍から脱走なんて可能なんですか?」

「無理に決まってるでしょ」


 なんだその意味のない仮定は。大体、軍人なんて入団時点で最低限の処理が行われてる事は一般人でも知っている。どこに逃げようがすぐに捕捉されて終わりだ。

 埋め込まれたチップを通して遠隔で気絶させたりできるとか、そんな噂さえ立っているのだ。事実は知らないし、そこまで興味もないが。


「で、何をあの拷問の中で理解したと? そりゃ私だって想像は付くが、個人的にはそれだけで耐えられるかって思うんだけど」


 やった本人が拷問とか言わないでほしい。


「色々技を喰らって痛みに耐えていると、それが客観的に感じられるようになってきたんですよね。痛いししんどいけど、他人事みたいな」

「…………」


 柳さんは何言ってんだこいつ、みたいな目をこちらに向けた。……まさか、不正解なのか?


「……だそうだけど、そんな意図があったの? 滝沢君」

「ねーよ」

「あれ?」


 なんかいつの間に近くにいた滝沢に否定されてしまった。

 ……え、マジで違うの? あんなに必死になって耐えたのに?


「アレはダメージを受けても動けるようにするのが第一の目的だ。次に各種格闘技を見て受ける事で、体の動作を潜在的に刷り込むのが第二」

「私が考えていたのは強化部分の確認だね。一応レポートも用意している。気付いてるかどうか分からないけど、相当なものだったよ。何、あの骨の硬さ」

「それもないではないな」


 そうだったのか。……なんか思っていたより普通だった。大体、始める前の段階で想像していた内容に近い。


「じゃあ、俺が感じたダメージの客観視は?」

「そんなもん想定してねーよ。……客観視って言われてもイメージ的にどんなんか分からないんだが、あんた、ドMか何かだったのか?」

「いや、痛いのは痛いし普通に嫌なんだが」


 俺にとって意味があるだろうから耐えられただけで、ただの拷問ならすぐに根を上げている。重要な情報や仲間の居場所だって吐いちゃうだろう。

 しかし、あるラインを超えたあたりで、ダメージを受ける度に痛みは鮮明になるのと同時に遠く感じるようになっていった。たとえるのは難しいが、幽体離脱して体の外からダメージを受けているのを見ているような感じで、痛みが情報に変換される。

 そんな風に客観視して分析までできるから、強化された動体視力で柳さんの技を観察するのと合わせて、身体機能が徐々に制限が増えていく中で少しずつでも対応方法を模索するのが楽しくなり始めてもいた。何か試す度にそれを上回る動きを見せられたので、ただの浅知恵でしかなかったみたいだけど。

 どれだけダメージを受けようが治ると分かっているのも大きい。後遺症が残るのはもちろん、完治まで時間がかかるというだけでも早々に諦めていたはずだ。


「軍の中にもそういう体質の奴もいるにはいるね。技術だけでそれをできる奴もいる」

「あ、割と一般的なんですね」

「間違っても一般的ではないな」


 そうなのか。なら、そういう才能があったって事でいいんだろうか。喧嘩一つした事ない俺だが、これが戦闘の役に立つのは分かるし。


「それで、今日も続きをやるつもりだったんですが」

「それは構わんが、平然と言われるとちょっと自信をなくすな」

「必要あるって分かってる状況ですからね」


 強化した骨だけ残して腕が爆散したのは記憶に新しい。鎮痛剤の自動投与があったからなんとかなったが、素の状態なら耐えられなかっただろう。そして、今後ずっと万全の装備でいられるとは思えない。戦闘中にスーツをオシャカにされるかもしれないし、機能が動かないって事もあり得る。無効化される技術だってどこかにはあるはずだ。

 さすがにあのダメージを受けて、昨日と同じような客観視ができる自信はない。……というか、多分無理だ。だけど、徐々に慣らしていけばあの状態でも平然と対処できるように……なるのかな? それは人間として色々間違ってないかと思わないでもないが。


「滝沢君、シンってのはこんな覚悟が当たり前の環境なのか?」

「日本の平均レベルならそんなわけないけど、俺としてはありがたいな。普通に格上と戦う事も多いし」

「君の格上とかどんな人外魔境なんだろうな。詳細を知る権限はないけど」

「実際人間とは言い難いから人外魔境で正しいと思うぞ。少なくとも地球人じゃねーし」

「言葉通りにとられてもね」


 今戦ってるのが普通に人間と変わらないから、俺の意見は柳さんよりだ。目標として設定しているとはいえ、本当にそんな領域に立てるのか不安になる。

 ひょっとしたら、普通にやっているだけではそこに至れないと思っているからこそ、この訓練に挑んでいるのかもしれない。


 そして結局二日目の訓練を始める事になったのだが、それで実感するのが柳さんの達人っぷりだ。

 全身を襲う行動不能にならないギリギリを攻めた痛みに耐えつつ、ダメージを軽減させるよう色々と模索してみるが、一切上手くいかない。どれだけやっても調整したように似たようなダメージだけを受けるのだ。実に人体の壊し方を心得ている。

 実を結んではいないが、そういった模索がまったく無意味とは思わない。根本的な姿勢としては絶対に必要だろうし、俺が何かしようとする度に柳さんから楽しそうな印象が伝わってくる。別に彼を楽しませる事は目的ではないが、その反応は俺にとって意味がある事ができている証拠だと判断する。さすがに本当に無意味だったら止めるだろうし。




「さて、戻りがてら俺からの授業といこう。ああ、返事はいらないから」


 昨日と同じく担架に載せられて移動する最中、同行する滝沢が話し始めた。

 返事をするのも億劫になる状況だが、会話があるだけでも気が紛れるので助かる。


「予想外の収穫はあったが、あくまで予想外。言っちゃなんだが、今回の訓練がシンにとって意味があるのか分からないってのが本音で、今もそれは変わらない。ただ、メニューにしても、体感として俺が新人の頃にやっていたら効果があったろうなって内容を形にして体験してもらってるから、暗中模索ってほどでもない。どの程度って確約はできないが、一定の効果はあるはずだ」


 さんざん検証され、定型化、簡略化されたモノではなくあくまで試行錯誤だと。


「一方で、シンの強さに直結するような効果がないのも保証する。体の動かし方ならともかく、組み技なんてまず使う機会はないし、通用する相手のほうが少ない。ランクが上がるほどそれは顕著になっていく。痛みを緩和したりカットする方法だって山ほどあるから、自前で鍛え上げなくてもどうにかなる。優先度の高い情報が多いから、格闘技の焼き付けするにしてもほとんど趣味みたいなもんだ」


 だろうなと思う。実際にポイントで購入できるショップのラインナップは、小手先の技術など無視できてしまうような強力なものばかりだろう。俺はまだその一端しか見てないから断言できないが、傾向だけでもそれは分かる。シンが試合で戦う相手は全員がそれを利用できるのだ。

 もし、なんらかの問題が起きて地球上で戦う事になったとしてもそれは同じだ。シン相手なら普通にそんな領域にないだろうし、それ以外じゃそれこそ必要ない。


「だから、俺がこの訓練で最低限望んだのはダメージを受けた際の慣れだ。怯まない事、その中で適切な行動をとれる事、そういう心構えは今のほうが鍛えやすいからな。あんたはそれにプラスして収穫があったわけだが、現時点ですでに目的は達成していると言ってもいい」


 それには同意する。副産物をないものと考えるなら、滝沢が最低限想定していた領域に届いている気はしないが。


「それを踏まえて今後どうするか。元々数ヶ月単位で想定していた訓練だから、他に用意してたメニューを前倒しにしてもいいし、意味があると思うならこの訓練を継続してもいい。別の方向性だってあるかもしれない。ああ、別に今答える必要はないぞ」


 どの道喋れる状態じゃない。

 とはいえ、どうだろうか。俺としては二日目の今日を含めても収穫の多い訓練じゃないかと思っている。いや、むしろ今日のほうが収穫は多かったような気さえする。

 痛いし、キツイし、正直しんどい……が耐えられるし、それ以上に自分の成長を楽しんでいる感が強い。……成長していると感じる内は続けてみるか。


「まあ、こんなの自分の裁量が認められてなきゃできないけどな。俺が増やした枠で、政府と本人に同意もとってるからできる事で、毎年四月に補充されてくるシンには提案すらできない。日本から初のリタイヤが出るかもしれないからな」


 声色から微妙に申し訳なさそうな印象が伝わってくる。実験のような行為をさせている事への後ろめたさのようなものだろう。

 俺のためになると判断してやっている事だから別に構わないのだが、どうせ口はきけない状態なので放置しておく。調子にノリそうな性格だし。

 ただ、日本において、滝沢が特別なのは当然だろうとは思う。ただでさえ別格の扱いを受けるシンの中で一番となれば尚更だ。

 ……俺は最低でもそれに並ぶ事を要求されている。




『しばらくは続ける事を推奨します』


 拠点に戻り、ポッドで治療を受けつつりんごに相談したら、そんな答えが返ってきた。多分、俺の自由意思に任せる的な回答だろうと思っていたから意外である。


「何か理由があるのか?」

『この訓練の結果に合わせて次回以降の強化計画を選定していますが、想定以上に興味深い結果が出ています』


 遠隔で表示されたモニターを見てみると、そこにはやたら細かい強化案が提示されていた。全身の骨格を一括で強化した初回はおろか、動体視力を強化した時よりもはるかに詳細だ。全体の筋肉や骨、神経単位での強化。それも通常の強化ではなく、細分化された多数の値がそれぞれに割り振られている。そのパラメーターが示す意味どころか、部位の細かい名称すら理解できない。

 そりゃ大雑把に全体を強化するよりも、細かく適切な強化を行ったほうがいいのは分かるが。


「宇宙外知性体たるセルヴァ様なら、それくらいの最適解は把握してたりしないんですかね」

『人間が微生物を強化する最適解を知らないのと似たようなものです』


 負け惜しみなのか皮肉なのか、単なる事実を挙げただけなのか判断に困る返答だった。少なくとも声色はまったく変わらない。

 ……痛みで八つ当たりしてるようなモノだし、意味がない事を突き付けられた感じだ。あんまり俺らしくないし、反省。


「今の強化施設だと、こんな細かい強化はできないんじゃないか?」

『指摘の通り、実施する場合はポイントによる施設の強化は必須です。細分化の施設強化を最低二段階行えば可能かと。また、強化自体も多少高額になります』


 それに必要なポイントを見てみれば、施設強化だけで見事にカツカツとなる料金である。しかも、細分化しての強化は通常のそれよりも消費ポイントが割増しになっているのだ。

 ただ、更なる施設強化をしようとすると一段階ごとに桁の違うポイントが要求されるので、今の稼ぎでは到底足りない。提示されたのが施設強化の限界だ。ひょっとしたら、これでもりんごにとっては妥協なのかもしない。

 シンの一般的なセオリー……そんなモノがあるかどうかは知らないが、それからは外れた強化案。極めて効率の悪い事をしようとしているのだが……。


「じゃあ、それで。全部やるにはポイント足りないから、稼ぎつつ順次になるが」

『よろしいのですか?』

「構わない」


 強化で差別化できるなら、多少ポイント効率が悪かろうがその方がいい。

 ノウハウが蓄積され、鉄板とされる強化案が決まっているわけでもないのだ。それをするには絶対数が少なく、情報共有もされていない。

 シンが統治しているような国では別だろうが、日本のように基本的にはシンの裁量に任された環境ならば試行錯誤の余地は大きいだろう。

 また、いくら割増とはいっても、それは今の俺が出せる程度の差でしかない。少し上にいけば誤差程度だろうというのも理由の一つだ。それくらいなら必要経費と判断する。


『シンのその姿勢は私にとっても望ましいモノです』

「りんごの望みって何よ」


 彼女……と言っていいのかは分からないが、りんごがどんな目的で管理官などしているかは分からない。日本から義体の提供こそ受けているものの、給与は払われていないし、ポイントから差し引かれてもいないのだから。

 これがたとえば滝沢担当だった穀潰しさんなら、刑期の代わりとして強制的にやらされているという理由も分かるが、自由意志となると皆目見当がつかない。

 だって、無理やり例えるならミジンコとミジンコが戦う試合のサポートをするためにわざわざプランクトンサイズにスケールダウンしているようなものだ。たとえそのミジンコが意思疎通可能な相手だとしても、なんのためにという疑問は湧く。まったく想像が付かない。


『今のところは開示できません。……そうですね、地球でいうところのRXランクに到達したら開示しましょう』

「そーかい」




-3-




 そんな感じで短期的な成長計画に見直しがされ、柳さんとの訓練にも微調整が入った。

 格闘訓練については、毎日やる理由はすでになく、強化反映と慣熟訓練、ポイント稼ぎを見越して週イチくらいが良いと判断。その上で、多様な訓練メニューでスケジュールを組み、無駄のないように効率化させていく。

 スケジュールもそうだが、実質的に給料ともいえるポイント消費も強化にのみ使うという極めてストイックな生活が始まる。……まあ、ポイントを見るのみならそう感じるというだけで、実際にはかなり贅沢な暮らしなのだが。

 栄養管理されているはずなのに、食事もこれまで経験した事がないほどに美味だし。これだけでも元の生活に戻れるか不安になる。


「うん、こっちのほうがいいな」


 実際にやってみて気付いたのだが、りんごの提示してきた細かい強化のほうが要求される慣熟訓練期間は短く、体感的にもそのほうが望ましいと感じた。

 一気に強化するのではなく、都度様子を見て微調整を繰り返しつつ段階的に強化を加える。それでも普通の人間から見れば超成長もいいところだろうが、一般的なシンのそれに比べれば緩やかだろう。投入したポイント分を通常に強化に割り振った場合、単純な数値では三割くらいの差が出ているのは確かなのだ。

 ポイントの割増分を考慮しても、個人的にはこっちのほうがいいし、ぶっちゃけ全員この方式のほうがいいんじゃねーかというくらいの実感があるのだが……。


『そもそも、その管理をしてくれる担当官がいねーよ』

「そうなのか?」

『シンに医師クラスの知識があれば初期くらいなら自分で調整できるかもしれないが、一括強化の利便性が高過ぎて面倒になりそう。かといって、にわか知識で手を出したら目も当てられない事になるだろうな』


 滝沢とそんな話をしたら、一般的に適用できる手法ではなさそうだった。少なくとも、現在の日本の支援体制では無理があるだろうと。

 確かに、なんの予備知識もなしにやったら、筋力だけを強化して骨が耐えられずに爆散とか有り得そうだ。そこまで大げさでなくとも、そういう事態はいくらでも思い付く。通常の大雑把な強化でもそうなのだから、細分化されたら余計に問題が発生しやすいはずだ。


『大体、俺の担当だったセルヴァなんて穀潰しだぞ。やるわきゃない』


 そりゃそうだと思うセリフだった。というか、そんな呼ばれ方をしている奴に、体に手を入れる強化の管理を任せたくない。

 という事は、滝沢の言う通りりんごはかなり当たりの部類なのだろうか。単純に答えを出していい気はしないし、比較対象が滝沢担当だった穀潰ししかいないという時点で相対的にマシという結果しか出ない。かといって、他のシンに話を聞くようなラインはなく、古参の滝沢でもそのあたりの情報はほとんどないらしい。滝沢自身が他人の担当官に興味がなかったらしい事もあるだろうが。

 社交的でないのは既定路線として、他のシンに仲間意識があるのかすら分からないし、何度か面談依頼を出しても反応はなかった。


『他のシンと関係を築きたいなら、狙い目は正規任命時期の四月だな。相手は新人限定だが』

「その場合は滝沢も噛む?」

『面倒だが、望むなら一考する。こっちも付き合わせてる自覚はあるしな』


 どっちかというと話を聞きたいのは先輩のシンなのだが、それはそれで試してみるのもいいかもしれない。とはいえ、まだ半年以上はかかるわけだが。

 俺の立場に当てはめるなら、任命直後にこうして滝沢とコミュニケーションがとれている時点で相当に助かっているのだから。


「ちなみに人数は?」

『最小はゼロ。政府が用意している空き枠的には……最大三人かな? 多分。知りたいなら上に確認したほうがいいと思うが』


 という事は、後輩が入ってこない可能性もあるのか。急いで確認するようなものでもないが、次回の面談時に聞いてもいいだろう。メールでもいいが。



 そんな地味でその実苛烈な日々が続き、わずかに時は流れ十月。

 訓練のために地上に出ると、残暑も和らいできた気がする。季節感の薄い島ではあるが、そろそろ秋が近付いてきている。

 学校では以前と変わらない時間が流れているのだろうか。カバーストーリー上の俺は早期卒業扱いの特別処置ですでに就職、海外支社に赴任している事になっている。少し調べれば超法規的処置でその処理が行われた事までは掴めるはずだが、そこで限界。

 さすがに不自然に感じる生徒はいるだろうが、大して社交的でもないし、そこら辺のフォローはされてるんだろうな。


「というか、冷凍みかんにはどう説明すれば納得するんだ?」


 アレが簡単に納得する気がしない。調べたところで何が分かるはずもないのだが、何かの間違いで俺に直接連絡がきたらどうしよう。




-4-




 ランクアップしてちょうど十戦目の試合に挑む。

 装備はほとんど変わっていないが、メイン武器はショットガンからアサルトライフルに変更した。これは一時的なもので、強化過程の実験の意味合いが大きい。

 コンディションは良好。さすがに装備も慣れてきて、今ならある程度不測の事態にも対応できる自信がある。あくまである程度だが。

 今回の対戦相手はといえば、戦意こそ高そうだがこれといって特徴のなさそうな成年男性。装備もある程度は整えてあるものの、地球でいう中世前後のモノで、ポイント使用の気配は見られない。警戒するとすれば一応でも金属製装備、武器が大型のポールウエポンという点くらいだ。

 というか、これまでポイントで強化したり装備を買ったりしてそうな対戦相手に当たった事がない。搾取されているのか、別の事……たとえば生活の充実や贅沢に使っているのかは分からないが、それでも一定以上は勝てるのがこのランクなのだろう。

 実際、最低ランクの次……便宜上RI-2と呼ばれているこのランクでは敗北数は評価対象にならないから、上を目指すにしても影響はないという事なのかもしれない。ただ数をこなせば勝ちを積む事ができるのだから。


 興奮気味な対戦相手に対し、俺のほうはかなり余裕があった。試合開始直後から肉薄してくる敵にも冷静に対処できる。強化した動体視力以上に、慣れの影響が大きい。

 何より、これまでの試合、柳さんとの訓練で培った経験から、その攻撃を受ければどんなダメージになるのか、どんな痛みが待っているのかがある程度想像できる。

 それはある意味恐怖を呼び起こす諸刃の剣にもなるだろうが、発現した俺の特性があればある程度までは無視できる。少なくともイメージ可能な範囲においては。

 その点で見ると眼の前の男の攻撃はそう怖いモノではない。確かに強力で、直撃を受ければいつかのように肉が弾け飛ぶくらいのダメージを受けるだろうが、多少でも打点をズラせば行動に支障の出ない程度のダメージでしかないだろう。そうイメージできていれば冷静さを欠く事はないし、冷静でさえあればまず当たる事のない大振りだ。


 大きく余裕を持ってその攻撃を避け、追撃が届かないところまで距離をとる。そのままアサルトライフルで腕を狙った。……命中。小手は着けていたが、その上からでも十分過ぎるほどのダメージを叩き出した事を確認できた。

 セオリー通りなら命中し易い胴体か、致命傷となる部位を狙うところだが、今回の試合は実験的な意味合いが強いので、これで正解。

 しかし、我ながら良く当たるものだと思う。つい先日までは銃を撃った事もなかったのに。ほとんどは強化の恩恵だが、これまでの経験や訓練の影響も大きいだろう。

 腕を損傷した相手は、両手で支えていた巨大な鈍器を片手で保持できず、重量に振り回されて地に下ろしてしまった。苦悶の表情を見せつつも戦意は萎えていないようだが、もうその武器は使いモノにならない。俺もこのまま終わらせる気はない。

 そのまま動きつつ、残った四肢と急所を断続的に狙い撃つ。……すまないがお前は練習台だ。

 動けない相手を的にする事に罪悪感は覚えないのか。無抵抗な相手ならともかく、明確な敵性存在なら別になんとも思わない。理由さえあれば、俺は一般的に非人道的行為と呼ばれるような行為も行える。そう確信できる一戦だった。

 三十発の装弾数の内、発射した弾丸は十五発。完全に外したのは三発。それ以外はほぼ狙った箇所に撃ち込む事ができた。もちろん寸分違わずとはいかないが、動き回る相手に対してこの命中率なら上々……いや、それどころでないか。訓練でも動体相手に全弾命中などほとんどないのだから、実戦でこれなら想定以上と言ってもいい。

 この練習が目的なら、オプション化されているバースト機構は外したほうがいいんだろうか? 要検討だな。


 試合終了のブザーが鳴った。

 これで、RI-2と呼ばれる今のランクに上がって十勝。R0からRIに昇格する際に申請の猶予期間が設けられていたのに対して、RI-1以降、しばらくは特に申請の必要もなく勝利を重ねるだけでRI-2からRI-3、RI-4とランクアップできる。多少の処理期間はあるものの、それだって数日だ。

 次に申請猶予が設けられているのはRI-10からRII-1への昇格と結構遠い。急ぐ気はないが、滝沢に追いつくにはあまり時間をかけるわけにもいかないから助かる。

 ……なんか、日本の最低ランクもまだまだ上らしいし。今年四月の着任者がゼロでなければ、そろそろ抜いてるはずなのに。


『想定通り、訓練と実戦で負荷を受ける箇所に差が見られます』


 試合後、りんごが行っていたリアルタイムのメディカル情報を確認する。その内容が意味するのは、やはり細かい強化方針を決めるには実戦での確認が必要という事。

 どれだけ実戦を想定したものでも訓練は訓練でしかなく、負荷も効果的な強化ポイントも変わってくる。それは、通常想定される強化プランでは誤差でしかないが、俺に無視できない差となってしまう。

 ……やっぱり、にわかにしかならないとしても多少は人体の勉強をしたほうがいいんだろうか。正直、焼き付けするほどに優先度は高くないと思うんだが。


『とりあえずは人体の部位……骨、筋肉、神経、臓器について名称が一致する程度の知識で良いかと』

「それくらいなら本読んで覚えればいいか」


 注文してもいいが、どうせだし東堂さんとこの本屋に買いに行くのもアリかもしれない。

 実をいえば、ここ最近は東堂さんと顔を合わす事を避けていた自覚がある。意識的な変化が大き過ぎて、別人のような印象を受けるかもしれない。それで避けられたらショックだなと。




「おー、印象変わりましたね。なんか引き締まったというか……戦士って言われるくらいだから、やっぱり鍛えたりするんです? あんまり時間経ってないのに、全体的にがっちりしましたよね」

「あ、ああ、うん。拍子抜けした」

「拍子抜け?」


 しかし、恐る恐る足を運んだ本屋で遭遇した東堂さんの反応は、予想以上に呑気なものだった。

 確かに肉体的にもかなり変わっているが、俺が気にしていたのはもっと内面から滲み出そうな部分だったから。具体的には人殺しのそれ。


「それで、ここに来たって事は何か本でも? 前みたいに古本ですか?」

「いや、医学書」

「い……がく書? あーいえ、イメージが合わないとかじゃなく、ただびっくりしただけで……」

「何も言ってないんだが」


 何故、弁明されているのか、釈然としない。俺、一部の化け物たちを除けば一応エリートって呼ばれてもおかしくない部類なのに。


「といっても専門書じゃなくて、欲しいのは人体構造について詳しく書かれた本なんだけど、案内できたりする?」

「ああ、そういう方向ですか。オススメとかは紹介できないですけど、どのコーナーかは把握してます」


 東堂さんの案内でフロアを移動する。その間、雑談して感じるのは以前と変わらぬノリだ。

 期間が空いた事は久しぶり程度で済ませ、こちらの事情も一切聞いてこない。まるで関心がないかと思えば、そういうわけでもない。他人との距離を一定に保つ演技というわけでもない。人体改造や雰囲気に対する反応が独特なのは本人の性格だろうが、この妙な距離感はなんだ?


「ここら辺が医療関連の本ですね。官公庁のお偉いさん方も来る事があるからなのか、一応専門的なモノもありますが、ほとんどは家庭の医学的なやつかと。当然、本の良し悪しについても良く分かりません。定期的に入れ替えたりはしてるんで、古くはないはず?」


 思ったよりは広くスペースがとられているといった感じか。もちろん専門店のそれとは比べものにならないし、通販とは雲泥の差だろう。

 ただ、そもそもこの手のジャンルは昨今紙の本で出版される事は少ない。事情は良く知らないが、ほとんど儀礼みたいな意味で製本化されてるんじゃないかとも思う。

 今の俺にはそこら辺の事情は関係なく、必要なのも半ば図鑑的なソレだ。手軽……とは言い難いジャンルだが、常に棚の一部を占拠し続けるようなモノだから多分あるだろう。なければ普通に適当に通販で頼むなり、依頼するなりすればいい。なんなら柳さんならオススメとかもあるかもしれない。

 結局、適当にパラパラと中身を見て、三冊の分厚い本を値段も見ずに購入。会計時、東堂さんの顔が少し引き攣っていたのを見るに、本来気軽に買う類のモノではないだろうなと思ったりもした。……というか、物理的にも重くて一般的じゃないな。

 また、違う本棚にあった心理学関連……特にサイコパスについての本も気になったりしたが、さすがにここで手にとるのはやめておいた。


 さすがに今となっては自分がサイコパス気味なのは自覚している。

 これは島に来てからの経験で変質したわけではなく、おそらく元々内部に存在していた性質で殻が剥がれただけだろうという事も。自分に対するダメージの客観視だって多分その一面だ。

 反社会的ではないと思うし、暴力的かっていうとそんな衝動もない。過剰に利己的ではないと思うし、自己中心的でもないはずだ。ひいき目ではないと思う。

 一方で人並みだと思っていた共感性は、今となってはちょっと自信がない。他人へのというか、むしろ自己への共感性が足りないような気さえしている。

 その他は……あえて言うなら、成果主義的の傾向が強い事がそれっぽいだろうか。元からその傾向があるが、物事に意味を求める傾向が強い。

 軽く自己分析する限り、サイコパスとして軽度……。いや、どちらかといえば、一部分が極端に突出した別物っていうのが正解じゃないかと思う。その突出部がどの程度のものかは評価しかねるが。


「確かにちょっと変わってますよね」

「ちょっとか? ……ちょっとか」


 核心的な部分は避けてそれとなく東堂さんにそんな話を振ってみたら、かなり軽い言葉が返ってきた。ただ、なんとなくだが適当なその言葉が真理な気もした。


「自慢じゃないですが、あたしもかなり変わってる自覚ありますよ。ふつー、こんな境遇に置かれたら精神病みそう」

「病んでないの?」

「病んでませんっ! いや、そうじゃないほうが普通って話なんですが」


 まあ、そうだな。確かに東堂さんもかなり変わり者って気がする。断片的な情報だけ見ても、まともな精神状態でいるには厳しい境遇だ。

 生活に不自由はしなくとも、基本一人ぼっち。同世代の人間はすでに故人で、遥か未来に置き去りにされたようなモノ。時々は環境省の人間と会う事があっても、住人はアンドロイドだけ。子孫は結構な金持ちっぽいが、こんなところに押し込めている時点で金以外の面倒を見る気はないだろう。

 冷凍みかんがアレだったから心境は測り難いが、普通なら孤独そのものといってもいい環境だろう。しかも、かなり若いと来た。


「ひょっとしたら、あまりに元の境遇と違い過ぎて、未だに夢を見ているような気分なのかも……」

「それについては俺も似たようなもんなんだが」

「面接行ったらここに直行させられたとか言ってましたっけ? そっちのほうが大概な気が」


 否定できないのが辛い。発端も、シンになった事についても。方向性が違うから比較するようなもんでもない気がするけど。


「まー、見方を変えればこの生活も悪いものじゃないですよ。色々娯楽も多いし」

「娯楽って言ってもな」

「映画とか漫画とかアニメとか消化し切れないくらいあるし。毎週楽しみにしてた作品が、完け……ずーと先まで続いてるんですよ」

「何故言い直すのかね?」

「だってー、結構な割合で完結してないんですよー! この時代じゃ作者さん死んでてもう望みもないし」


 あるある過ぎて非常に共感を覚える。セルヴァ技術によって発展した現代でも、そこら辺は特に変わってないし。

 俺の趣味からは外れるが、アメコミとかは古典と呼ばれるような作品でも未だ続いていたりするらしい。元々個人の関与する部分が小さい手法故だろうが、どちらがいいかといわれれば判断に困るところだ。それは本当に同じシリーズなのかって作品も結構あるし。


「俺の友達のスリーパーも同じ事言ってたよ。東堂さんと話合いそう」

「えーと、たしか解凍りんごさんとか」

「果物違いだ。みかんだな。冷凍みかん」


 りんごはこの島の地下にいる宇宙外知性体である。


「スリーパーだからってそのあだ名はひどいような」

「名前が伊藤美柑なんだよ。スリープ前はそのまま蜜柑だったらしいが、果物そのものなのは嫌らしくて字を変えたらしい」

「『れ』を足しただけだったんですね」


 実はフルネーム知る前からあだ名は冷凍みかんだったんだが、言う必要はないな。


 その後、東堂さんと冷凍みかんの話題で盛り上がった。奇妙な共通点の多い友人ではあるが、話題に事欠かない奴だから話し易いのだ。

 会うのに不安を覚えていたのに、こうして話してみればなかなかいい静養になったんじゃないかと思う。


 あとになってから考えると、この時話題にした事で何か言霊でも働いたのかと思わないでもない。




-4-




 それから更に少し経って、十月中旬の事。面談の担当でもないので最初に会ったきりになっていた胡散臭い面接官、山岸道から連絡があった。

 一体何事かと思ったが、映像通信で顔を合わせても深刻そうな雰囲気は見られなかったので、そこまで悪い話ではなさそうだ。


『ここまで君の関係者に対しては用意したバックストーリーを使って上手く説明していたんだが、一件話をしないと納得しない人がいてね、その相談なんだけど』

「ウチの実家って、完全に音信不通にでもならない限りはほとんど不干渉なんですが……」


 なんなら冠婚葬祭に無断欠席しても何も言われない。一応連絡だけは来るが、事務的なものばかりだ。もちろん、盆正月にも帰ってない。


『いや、ご実家のほうじゃなく、君の旧友なんだが』

「……嫌な予感がするんですが、れ……伊藤ですか?」

『そう、伊藤美柑さん。随分親しいらしいね』


 そりゃまあ、基礎教育校からの腐れ縁だし、異性ながら一番の友人と言ってもいい。友人関係が浅く広かった中の数少ない例外だ。

 突然いなくなれば気にするだろうとは思っていたが、ドライなところもあるので就職関係の事情なら納得するとも思っていた。

 ……いや、結構楽観的に捉えて考えないようにしていたのかもしれない。だって、説明が面倒ってレベルじゃない。


『今年でなんとか卒業できないかと小笠原の長期合宿に出ていたようだね。で、戻ってきたら、君の部屋はもぬけの殻と』

「就職活動考えると素直にもう一年通ったほうがいいって言ったんですけどね」

『ストレートで卒業って結構なハードルだけど、無視できない肩書きでもあるから、できればっていうのは分からないでもない。……まあ、結局単位は足りなかったらしいが』


 マジかよ。厳しいとは聞いていたが、あいつが脱落するのか、あの合宿。地獄の小笠原とは良く言ったもんだ。


『そんな彼女が探りを入れてるらしい。説明だけでは納得しそうもないので、変に嗅ぎ回られるよりは君に出陣願いたいわけだ』

「はあ……。仕方ないといえば仕方ないですけど、あいつが嗅ぎ回ったところで多少でも足跡を追えるようなものなんですか?」

『絶対ムリだね。それは断言できる』


 そりゃそうだ。その手の知識をちょっとかじった事があるだけの奴が、国家規模で隠蔽・捏造された秘密を暴けるとは思えない。それが、いくら不自然極まりないものだったとしてもだ。


『どうしてもというなら口封じの手段はいくらでもあるけど、穏便なほうがいいだろう?』

「そうですね。手荒な事をしたら、つい山岸さんになりふり構わない嫌がらせをするくらいには友人やってるつもりなので」

『それは怖いな。冗談って言ってくれないと、数日中に掃除されそうだ』

「もちろん冗談ですよ」


 実際、今なら本当にどうにでもできてしまうから、こんな冗談はこの人くらいにしか言えない。いくら力関係が逆転するにしても、ほどがあるだろうに。


『基本的にはコレと同じ映像通信になると思う。通信は監視されるけど、逆にフォローが利くと思って飲んで欲しい』

「とりあえず事情は分かりました。とはいえ、応対内容の把握や確認のために何日かは欲しいところですけど」

『親しい相手らしいし、事前の口裏合わせは必須だね。出向先の通信環境の都合と言えば、そこら辺はなんとかなるはずだ。アフリカの奥地だし』


 捏造設定だが、設定的に不自然ではないだろう。実際、カバーとして用意された支社は機密の関係で海外との通信……特に社外の相手とは特別な手続きが必要となっている。

 わざわざそういう部署へ配属された設定にしてもらったわけだが、情報漏えいに厳しい昨今では大企業なら普通にあり得るから不自然というわけでもない。


『近々でそちらに行く用事があるから、食事がてら打ち合わせしてもいいかもね』

「何か企んでそうで怖いんですが」

『そんな意図はないよ。正直に言うと、君が想定されてた以上にポイント稼いでるから、近況確認? レポートは上がってるし、そもそも大した情報伝達もできないのに上がうるさいんだよね。定例外の着任っていう前提も関係しているかも』

「それならいいですけど」


 わざわざ微妙に印象の悪いおっさん相手に会食の予定とか……。俺の面談担当になってもらった十和田さんとだったら、多少は話も弾むんだけどな。


 しかし、冷凍みかんか。バレたらまずいから全力で誤魔化すしかないが、上手くできるかな。




同作品を選択した人は二人なので、あと一回続きます。(*´∀`*)

いちお、来週末の予定。


一応連絡事項ですが、その無限の先へ第二巻の支援者向けアンケートがそろそろ開始予定です。

投票権持ちの人はご参加お願いします。(*´∀`*)

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどいとうみかん。 というか解凍りんごがじわじわくる。すごいしなっしなしてそう。
[一言] 客観視とか言ったらサージェスさんに怒られそう 勿体無いって
[良い点] 伊藤蜜柑というキャラ名の設定は、創作物としては面白い。 ま、リアルネームで存在したら、不憫と言うしかないですが。 [一言] RXとな!? ロボとかバイオとかに変身できて、「もう全部あいつ一…
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