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第4話「対話」

今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第3巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いたkuroさんへのリターンとなります。(*´∀`*)




-1-




「想定し得る限り、最悪の初戦だったな」


 試合が終わって再び自室のポッドへと帰還した俺を待っていたのは、滝沢のそんな反応だった。

 リアルタイムで中継されるという動画をそのまま閲覧していたはずなので、俺が幼女を撃ち殺す姿もバッチリ確認していただろう。

 試合中からなんとなく考えてはいたが、アレはやはり悪いケースであり、けれど想定の範囲内に含まれる程度の悪いケースだったというわけだ。


「……これは、良くある事なのか?」

「初戦ならなくはないってくらいだな。相手の情報がない中で、ああいう手駒をぶつけて様子を見るっていう国は割とある。見た目で手が鈍るなら儲けもので、次戦はそれを利用したシンを用意するわけだ」


 アレは普通に動揺する。ラリって意識があるかどうかも怪しい敵と違い、明確に助けを求めてくる弱者そのものだ。

 相手自身が望んで行った演技でなく、誰かに反応を確認するための的になってこいと強制された結果だと容易に想像がついてしまう。もちろん演技である可能性だってないわけじゃないが、俺には見分けがつきそうもなかった。


「見た目ってのは意外……でもないが、重要な要素だ。庇護欲をそそる外見なら殺す手は鈍るし、威圧感のある見た目に気圧されるのは普通だしな。そして筋肉隆々な体格の大男とひ弱な幼女、どちらが人材としてコストが安いかなんて明白だ。確保するのでも、一から育てるのでも」


 犯罪者の中からとか、志願者の中からとか、手段や背景、資格などを問わなければ、用意し易いのは当然後者だ。奴隷の中から探すのだって穏当なほうで、国家事業なら人さらいをやっても問題になどならない。自国ではなく敵国のって線もある。ついでに大男なら労働奴隷など、使い道は他にもあるだろう。俺の知る歴史の中で当てはめた考えが異世界の国家にどれだけ合致するかなど分からないが、そう遠くはないんじゃないだろうか。


「俺の対応はアレで正解だったのか?」

「採点方式によるが、基本的には上々だろう。アレを見てあんたをヌルいと相手は判断したりはしない。素人って事を加味すれば動作だって及第点だ」


 動作に関しては間違いなく素人のソレという事はバレただろう。そこを誤魔化せる気はしないし、する必要がないのも分かる。元々軍人で、最初から戦闘経験がある例だってあるのだろうが、それは必ずしも多数派ではないはずだ。

 本人に戦う意思と手段があるのなら、戦闘経験を積む場はいくらでも用意できるのがこの立場なのだから、それは初戦時点で素人という評価にしかならない。


「採点方式によるっていうのは?」

「相手にどう見せたいかによる。今回のケースなら、わざと動揺を見せてそういう手が効く相手と判断させる方法もあるわけだ。そこを弱点と判断してくれれば、再度対応が容易な相手をぶつけてきたところを逆にカモ扱いしてやればいい。残念ながら、コレに正解なんてない」


 ……なら、別に構わないか。無防備な幼女を撃ち殺せと言われるよりは、多少強かろうが普通の相手のほうがいい。


「初戦にしてはって言葉が頭にはつくものの、おそらく相手はあんたが油断のできない相手と判断した。だが、逆に考えるなら相手をするには美味しくない相手と判断されたって意味でもある」

「そこになんの問題が?」


 わざわざ口にするからには、明確な理由はあるのだろうが。


「今回、対戦した事でお互い相手国とシンの情報は割れた。つまり、その国に所属しているシンを指名して能動的に試合を組む事も可能になったわけだ」


 母数が膨大故に、エントリー情報を一件一件確認して対戦を挑むっていうのは現実的じゃない。だから、条件を絞って自動的にマッチングするのが基本らしく、その様子は事前に確認している。

 しかし相手が割れていれば話は別で、所属者、国を見て選ぶ事もできるわけだ。多少のポイントを支払って機能解除すればマッチング条件に登録する事すら可能なのだから。今回の相手についてもヌルい相手をターゲットするために、試合数ゼロの条件で絞ってマッチングするなどの手段をとってる事は明白である。


「だから、こういうやり方が気に入らない、ムカつくから粘着してリベンジしたるわって事になっても、そんな美味しくない相手は御免だって避けられる可能性が上がる」

「…………」


 そういう事か。試合の申し込みをしても、それを受理するかは相手主導なのだから、容易に回避できる。

 ムカつくから粘着してやろうって気は……ない事もないというか、相手国の代表をぶん殴りたいという気持ちがあるのは間違いない。しかし、自分を高く見せるとそういう風に避けられると。……ましてや最下級のランクならカモしか狙ってないってヤツは普通にいそうだ。

 一部を回避しようが、母数の多さを見れば対戦相手には事欠かない。狩りやすいカモは他にもたくさんいるし、増えるだろう。機能的に強制的にマッチングさせる仕組みがあったとしても、最低ランクでそれを使うほどのメリットは発生し難いはずだ。


「実にムカつく話だな」

「良くある事と割り切るのがいいだろうな。似たような戦略をとってくる国は普通にいるわけだし。地球上にもいるんじゃね?」


 戦略……戦略か。一兵士には関与しようも影響しようもない上層部の方針っていうなら、それはその通りなんだろう。実際、俺が嫌がらせするとしても大した事などできないし。


「あと、ちょっと考えたら分かる事だから言うが、即死させてやるだけでもかなりマシな部類だぞ」

「慰め……じゃないよな。まさか、死が慈悲だと? 別にそこで終わるわけじゃないんだろ」

「あのルールだと、死なない限り延々と嬲り続ける事も可能なんだ」

「…………」


 絶句した。そしてそれは滝沢の言う通り、冷静になって考えてみれば分かる事なのだ。容易に勝てる相手に対し、時間と労力をかけてまでわざわざ嬲る必要などない。必要はないが、確かに可能だ。

 そういった趣味を持つヤツは確実にいる。こんな仕事をしているならそれが目的というヤツだっているだろう。ある程度の数がいれば一定数はいるだろうし、これだけ母数が巨大なら尚更である。

 決して対岸の火事とは言い切れない。俺がその対象にされる可能性だってある。


「そういった輩は個人の趣味で動いている場合が多いから、マークされて情報も出回り易いって側面もある。だから余計に情報は大事。逆にそれを利用したりする手段もあるが、そういうのはまた別の話だな」

「滝沢がいる……いや、そこまででなくとも上のランクだと、そういう情報戦がより重要になってくると」

「ああ。情報分析して相手を選別するのは当然の戦術だ。実際に試合を組まなくても、必要経費としてポイントで情報を買うヤツだって普通に出てくる。試合を受ける側は特に」

「対戦相手を選別するなら、挑戦する側のほうが重要になりそうだが」

「どちらも重要は重要だが、挑戦側は対戦回避される場合があるからな。その点、受ける側なら申請があった時点で相手を調べる事ができる。ポイントのロスも少ない」

「……ああ、なるほど」


 挑戦してきた相手を調べて問題ないと判断するなら受諾すればいいし、危険なら回避できる。無差別に調べるよりはよほど効率的だ。

 何度か体験してみれば分かる事なんだろうが、今の段階だとなかなか認識し難い仕様だ。助かる。


「ちょっとでも名前が売れるとまた別なんだけどな。俺なんか、ケツの穴まで覗かれてるような丸裸の状況だぜ。そんな趣味はないから勘弁してほしいところだね」


 俺もそんな趣味はない。

 母数からすれば地球圏トップなど大した事はないだろうが、それでも一エリアの上澄みなのだ。近しいランクのヤツもそれ以下のヤツも当然大勢いるのだから、当然注目されるに決まっている。

 適当に言ってしまえば、全体の1%しか注目していなくとも、母数が百万人なら一万、百億なら一億人の注目だ。そして、想像するに実際の数はもっと多い。


「肝心の対策は? 何もなしって事はないだろ」

「可能な限り奥の手は隠し持っておく。相手が持っている情報よりも強くなるか、違う手を持つ。当然フェイクも込みだ。そして、相手がどれくらいこっちの事を把握しているか確認して選別する。相手次第なところもあるが、わざと情報量を増やして相手の処理能力をパンクさせるって手もあるにはある。どの道、いたちごっこになるのは避けられないな。ウチみたいに国の情報サポートが得られない国は個人の情報処理能力に依存してて不利って点もあるし」

「ん? 政府がシンの情報処理でサポートできないのは例の情報制限に関わってくる話だよな。それなら他の国も同じ条件なんじゃ」

「国の代表や中枢の人材が情報制限のかからないシンって事も有り得るんだ……というか、そっちの方が多い。そうなると、全体的な方針が立てられて総力で戦力計算する事も可能になるわけだ。シン同士で擬似的にチーム組んでるようなところだってある。撒き餌戦術はそういった環境によってこそ輝くわけだしな」

「……なるほど」


 それは、日本のような体制でやっている国には真似が難しい。抜本的な権力構造の改革まで必要になる。

 シンの能力を考慮して、やろうと思えば政府の現在の体制を破壊するところまではできるだろうが、その後の維持はまた別問題だ。最初からトップがシンの国を新しく作ったほうが早いかもしれない。

 少なくとも、日本所属のシンはそれをやっていないから現状があるわけだ。……そりゃ政府もシンのご機嫌をとるか。


「日本もだが、地球圏国家が所属してから短いってのもあるんだろうな。遥かに長い期間コレを続けてる国もあるだろうし」

「地球だと半世紀くらいだったか。長いのはどれくらい?」

「分かんね。でも多分地球人類の歴史より長いところもあるだろうし、下手したら数万年レベルってところも……」


 長過ぎて当たり前になってて、セルヴァに隷属しているって認識すらない国すらありそうだな。

 今の日本ですら怪しいが、基本にセルヴァ技術や態勢が組み込まれ過ぎてて、それ以外の国家を構築できなくなりそうだ。……隷属を依存と捉えるなら、実に真っ当でエゲツない管理方法でもある。


「それで無事初戦は終わったわけだが、どうだ? やっていけそうか?」

「やっていけそうも何も、強制なんじゃ」

「ノルマこなすだけなら楽勝って分かっただろ。ランクアップは資格こそ必要でも任意だ。やる気がないなら、最低ランクに留まって機械的にノルマこなして過ごすってのだってなくはない。それすらも嫌なら、引退して上で過ごすって手もある……よな? ちょっと忘れたけど」

「ここに来る前に見学してきたよ」

「そうだよな。あんたが対戦したような相手と違って、日本はかなり気を使ってるから、そういう人生設計だって用意されてる。それが充実した人生かは別として、待遇だけ見れば上々だろう」


 でも、その選択をしたヤツはいない。お前はどうなんだという話だ。


「まあ、腹の中で答えが出てても、それを口に出すのかはまた別問題だな。色々一人考えてもいいし、俺に相談してもいいし、運が良ければあのメイドの中身が相談に乗ってくれるかもしれない」

「敵性存在って事を忘れるなって話じゃなかったか?」

「それを忘れずにいれば、対応は好きにすればいい。俺の場合は中身がクソだったから表面を取り繕うまでもなかったが、話が通じる相手なら利用方法だってあるだろうさ。それを運がいいとするか悪いとするかは判断が分かれるけどな」


 あんまりそういう腹芸は得意じゃないんだが。


「というわけで、長居しちまったが俺は帰る。なんかあったら連絡くれ」

「飯くらい食っていかないのか? ……あれ、そういえば食事はどうするんだ?」

「あー、大した事じゃないが、それだけ説明していくか」


 結果から言えば、備え付けの巨大冷蔵庫には大量に食材が用意されていたし、保存食の類も大量にあった。


「確か加熱するだけでいい冷凍ランチプレートのセットもあったから、面倒な場合はそういうのでもいい。栄養剤の類も最初から完備されているはずだ」

「補充は?」

「上に申請すれば専用エレベーターを降ろしてくれる。通販なんかでモノ買っても一緒で、そこからの荷運びは自分でやる必要はあるな。ただし、一日単位で動いてるから出前とかはできないと思ったほうがいい。定期的に三食分運んでくれる給食サービスとかもあるから、利用するならそっちかな。内容は冷食のランチプレートと大差ないと思うけど」


 これじゃ、上には上がらないわけだな。遠い散歩がてらに移動するにしても、途中の長いエレベーターはどうしても気になる。

 と、最低限の説明だけして、一緒に食事をする素振りも見せず滝沢は去っていった。そういう相手を無理に引き止めるのもなんなので、俺はそのまま見送る。経歴から判断するに、そういう習慣すらないのかもしれない。




-2-




 ……さて、一人である。ここ最近は一人の事が多かったのに、あんなに喋るヤツがいなくなると急に静かになった気がしてしまう。

 滝沢が色々説明してくれた時間は長く感じたが、それでもせいぜい数時間だ。メイドのダウンロードだってまだほとんど進んでいない。

 とりあえず、空いた腹を満たすために冷蔵庫の中から食事を用意した。適当に手をかけずに食えるような軽食だ。料理をする気になれなかったというのもあるが、自分の空腹度合いも良く分かっていなかったというのも大きい。

 経過時間からして腹は減っているはずなのに、飲食に対する欲求が少ない。色んな事があり過ぎて感情が馬鹿になっているせいかもしれない。一食分は軽く平らげられたので、結構空腹だったはずなのだが。


 これからどうするか。といっても、本来数日かけて確認するはずだった職務の本質的な部分については説明を受けてしまったし、なんなら勢いで最初のノルマすら完了してしまった。

 荷物の整理といっても、手持ちは……ああいや、俺の寮にあった荷物が運ばれているから、それを片付ける必要があるな。配置そのままで送られてきた感じで、大して片付ける要素もないわけだが、逆に言えば普段通りのはずで掃除の必要はある。

 本来、着任直後のシンはそういった細かい作業をするのが普通なんだろうとは思う。あるいは寝てしまってもいいだろう。何も憚るような事はない。

 しかし、俺が足を向けたのは各種シン用の設備が設置されているメインルームだった。

 あんな精神ダメージを喰らっておいて、ノルマがあるわけでもないのに、俺は何故かお仕事をしようとしているわけだ。歴戦の企業戦士だって、着任初日からこれほど頑張ったりしないだろうに。大手なら普通は研修からだ。


 あらためて端末を立ち上げ、情報を確認していく。

 滝沢の説明とは異なり、端末に表示される情報は事務的なものが多く、無機質だ。また権限の問題なのかロックがかかっていて閲覧できないものも多い。

 そういったロックはポイントを使用して解除できるモノも多くあった。一つ一つの解除に必要なポイントは大したポイントではないのだろうが、一戦しかしていない今の俺には非常に高額に映る。

 シンが購入できるという商品群についてもあらためて確認してみたが、やはり高い。中には通販で買えるようなものもあって、それらは安いのだが、それをポイントで購入したいとは思えなかった。

 初戦などで振り込まれた日本円の額も確認できたが、そこには馬鹿らしくなるくらいの数字が並んでいる。最低ランクだけに勝利しても国家予算のような巨大な数字ではないが、予定されていた月収分はゆうに超えた。必要なものがあればこちらで頼むのがいいだろう。衣食住、生活用品などは特にだ。ある程度は支給される上に、どうせ使い切れない。


「こうして見ると、この一ポイントがどれだけ価値があるかって事なんだよな」


 それを考慮した上で商品リストを眺めると、これらがどれだけすごいものなのか気になってくる。

 それぞれの詳細も確認したいところだが、表示されているのは簡易な画像と商品名、簡素な説明文、あとはジャンルタグくらいで、個別に用意されているらしい詳細説明はロックがかかっている。ポイントを支払ってロックを解除するか、実際に購入するかしないとこれは確認できないと。本体の値段に比べれば誤差のような額とはいえ、リストは山のようにあるのだ。全部解除していくわけもいかない。

 ある程度は商品名で推測できるのだから、そこで俺に必要なモノを絞っていくのがいいだろう。


「……俺に必要なモノってなんだって事になるわけだが」


 滝沢はああ言っていたが、正直なところ俺の本心は自分でも測りかねていた。

 単に安定した生活を求めるならこのまま適当に最低ランクの試合をこなし続ければいい。言われたように引退するのもいいだろう。島に来る以前なら不安もあったが、安定した生活というだけなら極上もいいところだ。

 金や保証はあっても夢や成長のない生活。未来に期待を見れない、蓋をされたような閉塞感は、現代で誰も感じているだろうソレに似ているように見えてしまう。それは生まれた時点で勝者敗者が確定している現代において、社会で就職して普通に人生を送るのと何が違うのかと。

 少し前までならそれを理解し、納得しつつも甘んじようと思っていた。日本の社会に転がっている普通の人生とはそういうモノで、決して大きく逸脱できないようになっているからだ。破壊どころか傷を付ける事さえ考えられない強固な壁がある。

 しかし、目の前に転がっているモノはそういった壁を破壊するのに余りある力だ。コレを知った上で安定した生活を望むのか。

 ……無理だ、できない。そもそもこの欲求に抗える者がどれだけいるというのか。何かが成せるのなら何かをしたいと思うのは普通だろう。それとも、掌に守りたいモノがあるヤツは違うのか? 俺にそんなモノはない。


『これはそこに現れたチャンスです。戦士になれば、そのチャンスが得られる。あなたはそのチャンスを捕まえられる位置にいる』


 今なら、あの胡散臭い面接官が言っていた言葉を強く実感できる。これは閉塞した世界で誰もが求めて止まないチャンスそのものなのだ。

 他のシンがどう考えているかなど分からない。しかし、強制されていない中で未だ引退者ゼロという事は、それぞれ何かしらの理由があるはずなのだ。目的はなくとも、最低限理由は見つけていると俺は思う。

 もうはっきりと認めてしまおう。俺は何度か言われているような安寧とした生活を送る気などなくなっている。今更、普通の人生を送れると言われても手は出せない。

 目的も目標もない。理由だってない。この立場自体降って湧いたようなものだ。でも、漠然と上を目指そうという気だけがある。それが野心というのなら、なるほど、俺は野心家なのだろう。


「……もう一度、戦ってみるか」


 今更ノルマ云々は気にする気はない。多分勝てるんだろうが、それは支援と環境のおかげであって、それを自分の力と自惚れてもいない。傷などないし、体力的には万全そのものだ。

 しかし、疲れていないと感じるのはあくまで色々あって……特に初戦を経験してテンションが上がっているからで、実際には特に精神的に疲れているはずだ。こんなところに追加で試合を組み込むのは愚か者というものだろう。

 普通なら細かい雑事を適当に過ごし、あるいは無理にでも睡眠に入ってしまうのが良いのだろうが……。


「このまま眠って、あの初戦を体験したまま眠りにつきたくない」


 すべてではないが、そういう切実な理由もあった。

 あの苦い体現を、新しい記憶と感触で上書きしてしまいたい。あそこまで極端な例でなければいい。それが似たような体験になってもそれはそれで諦めがつくだろう。

 それに、そうする事で何かしら戦う理由が見えてくるかもしれないとも思うのだ。なんなら、この際負けでもいいのかもしれない。痛い目を見て、やっぱり安定した生活がいいと心変わりするかもしれないし、それが間違いと決まったわけでもない。


 少し、心を落ち着かせてから、試合の申請ページを表示させる。

 最初に目に映るのは俺自身の簡易戦歴だ。当然の如く初戦の情報しかなく、その一つは勝利の結果で表示されている。

 それを見てどうしても気になってしまったのが、対戦相手の情報だ。この画面では簡易的な、無機質なIDのみで記載された情報だが、ポイントを消費すればコレも詳細が確認できるのか。

 おそらく……いや、絶対に必要ない情報だろう。今後どんな人生を選択したとしても、この情報が必要となるビジョンが見えない。そして、見たところで不快な情報しか確認できないだろう。

 開示に必要となるポイントは正直安いものだ。深く確認しようとすれば大量に必要となるのだろうが、概要を見る程度ならば今の俺でも余裕で払える数ポイントでしかない。いや、その数ポイントだって日本円なら一体いくらになるんだよって気はするのだが、どうしても気持ちが情報解除する流れになってしまった。


「…………」


 自分の戸惑いの正体が掴めない。たった数ポイントが惜しいのか、それを日本円に換算した場合の金額にビビっているのか、単にどうせ表示されるだろう不快な情報が怖いもの見たさでしかない事か。

 ここまできたら見ないという選択肢はない。どうせもう一戦するのだからポイント的にも金額的にも大したものじゃないと誤魔化しつつ、ロックの解除申請をした。

 表示されたのは、予想通りのものだった。あまりに意外性のない、つまらない現実だけが表示されている。


 その世界は、地球でいうなら十八~十九世紀程度の文明で、一つの大国が周囲の国家を飲み込み一強状態にあるらしい。セルヴァへの隷属は国家単位で行われるものの、それで隔絶し過ぎた勢力関係が揺らぐ事はなく、更に格差が広がるだけだった。

 俺が戦ったのはその大国……ではなく、隷属する属国の一つ。その国が宗主国へ上納するモノの中にポイントや購入できる資源が含まれているらしい。

 要するにご機嫌取りのやっつけ仕事。そのどこにでもありそうな搾取構造の中で、そこら辺からさらわれてきてシンとして登録されたのが俺の撃ち殺した相手というわけだ。


 意外性も救いもない情報の羅列に感情が冷めるのを感じた。ある意味、見て正解だったとも言える。

 やはりこんな情報、知ったところでなんの意味もない。いや、むしろ害悪ですらあるだろう。こんな概要で対戦相手の研究になるはずもない。不快になるだけの、ただの自己満足だ。

 情報を買うなら、最初から意味を持つべきだ。相手の対策に結び付けたり、それ以外の理由でもいいが、とにかく興味半分でバックストーリーを追っても意味などない。

 これは本当の意味で異世界の出来事なのだ。別の惑星か、別の星系か、それとも宇宙自体が別の場所にあるという事さえ有り得る遠い遠い世界。姿形は似ていても、それは単に巨大な母数の中から近い生命体がマッチングされているというだけの事でしかなく、同族意識を持てるような相手でない事は明白なのだ。そんな遠い世界の小さな害悪に目を向けたところで一ミリの得もない。それを知る経験にはなったと納得しよう。


 横道に逸れた行動で次の試合申請をする心理的ハードルも下がった気がするから、そういう意味もあったのだと誤魔化す事に決めた。

 いくら可哀そうでも、遠い遠い、たまたまマッチングしただけの相手にいちいち同情できるほど俺は上等な存在じゃない。




-3-




 試合の申請は比較的単純だ。登録して挑戦してくる相手を待つか、すでに登録済の相手を探して挑戦するかの二択。

 相手を探す際のマッチング条件はかなり大雑把だが、これは制限がかかっているからで、ポイントで機能解除したりランクが上がれば増えていくものらしい。とはいえ、今の俺にそんな機能があっても持て余すだけだ。条件を絞ろうにも前提条件である情報が少な過ぎて絞りようがないという状況なのだから。大体、今俺が求めているものは最低ランクとしての普通の対戦相手である。

 というわけで、無難に[ 即対戦可 ]の条件だけつけて挑戦を待つ事にした。この条件は前回とほとんど同じモノだが、俺の戦歴に勝利:1が加わっているため、初戦の相手を狙ったマッチングは成立しない。戦績は公開情報なので誤魔化しようがない最もスタンダードな検索条件という事である。


「それでもこの早さか。どんだけ母数が多いんだ」


 初戦でない事を考慮すれば、マッチングの条件は前回よりも遥かに厳しい。ルーキーをカモにしてやろうと網を張っているヤツが根こそぎ除外されるからだ。ついでに言えば、一勝を拾えている事も検討材料になると思う。

 しかし、マッチングが成立するまでにかかった時間はわずか数秒と、ほとんど変わっていない。この程度の条件は無視できるほど母数が多く、とにかく試合を望んでいる相手が多いという事なのだろう。

 あらかじめ決まっている準備時間の間にポッドへと入り待機する。この時間中に対戦できる状態が整わない場合、試合は不成立となり、ペナルティが発生するらしい。内容は色々あるが、再登録までのインターバル追加が主だ。これは不戦勝でも発生するポイント目当ての対策という事だろう。

 今回は特に不成立という事もなく、試合はそのまま開始。転送が始まった。


 第二試合。少しばかり慣れたのか緊張は和らぎ、準備の際の動作のスムーズになったのが分かる。前回も最低限動けていた気はしていたのだが、客観的に見るとガチガチだったのだろう。

 前回同様、装備の動作確認と多少の射撃訓練をしてドアの前へ。初戦の苦い経験が蘇り足が止まりそうになるが、無理矢理前へ。この恐怖のような罪悪感のようなたとえようもない感情も、きっと時間を開けば開けるほど、こびりついた汚れのように消し難いモノとなっていたのだろうと想像がついた。だから、こうして早々に試合を組んで上書きしてしまうのは正解だったと思う。そう思い込む事にした。

 ……これで似たような展開だったら、余計にトラウマになるかもしれないな。などと考えつつ、試合場までの通路を歩く。

 不安は少しだけ的中といったところだろうか。対戦相手として現れたのはボロボロの衣服を纏った少年だった。およそ身を守る装備などなく、片手にはナイフのような刃物。こちらに威嚇するような視線を向けているが、恐怖で震えている。よく考えたら散弾銃を構えたフル装備の男が目の前に現れたら怖いだろう。想像したら俺だって怖い。

 捨て駒だと容易に判断できる相手だが、初戦に比べれば遥かにマシだ。こっちのほうが罪悪感や憎悪は抱かずに済む。

 試合開始の合図が鳴り、恐怖で動けないでいた相手に向かって発砲すると、少年はそのまま後ろへと倒れた。手放したナイフが硬質の床を跳ね高い音が鳴る。それで勝負は決しただろうが、用心のために少しだけ距離を詰めて再度発砲。……よし、撃てる。少なくともPTSDのような症状は感じない。


 当たり前のように勝利を拾った第二戦から間をおかずに再度試合申請をし、第三戦。今度の相手は汚いおっさんだった。

 ヨレヨレの服に、最低限身を守るためと分かる防具らしきもの。手にしているモノは槍のような何か。無理矢理たとえるなら落ち武者狩りだろうか。自分の意思か強制されてのものかは分からないが、戦闘の意思があった。

 いいな、すごくやりやすい。こういう相手が初戦だったら、俺も悩む必要などなかったのに。

 こちらの得物の正体が掴めないのか、戦意はあっても動けずにいた男に向かって発砲。せっかくなら相手の初動を見てから対処する経験としたかったが、わざわざそれを待つ気もない。

 いくら戦闘の意思があろうが、最低限戦える装備だろうが、こちらは最低限ではない。ド素人でも一定以上戦えるようにバックアップを受けた俺が負ける要因などなかった。彼我の装備差が認識できれば誰でも分かる理屈である。

 これが人に向かって引き金を引いた事のないヤツが挑んだ初戦なら万が一はあっただろうと思う。俺は多分引けるが、それが多数派でない事は知っている。普段まったく感じていなかった政府への感謝の念を抱いてしまうな。


 流れるように第四戦。今度も汚いおっさんが相手だった。ボサボサに伸びた髪が長過ぎて大凡の年齢も分からないが、まあおっさんだろう。

 彼は第三戦のおっさんと違い、戦意を持っていなかった。衣類こそ多少はまともで、中世の街にいそうな風貌だが、得物すら持たず棒立ちで、こちらを見てもいない。虚ろな瞳は以前的になった囚人のそれを感じさせる。

 とはいえ、いざ戦う段になったら人が変わったように襲ってくるという事も有り得なくはない。油断はせずに挑み、当然のように勝利した。


 当たり前といえば当たり前だが、順調そのものだった。これだけの装備が整って負けるようなら手のつけようがないと断言できるほどの環境で挑んでいるのだから。少なくとも俺は逆の立場で勝てる気はしない。

 そんな事を考えていたら、第五戦で痛い目を見る事になった。


「いって……」


 初めて手傷を負わせてきた相手を見下ろしつつ、勝利のコールが鳴るのを聞いていた。

 油断しているつもりはなかった。これだけの装備で身を包まないとロクに戦えもしないド素人が油断などできるはずもない。しかし、どこかで負けるはずがないと決めてかかっていたのも事実なのだろう。

 第五戦の相手は、まさしく戦士だった。ここの機能上当然のように傷は見当たらないが、使いこまれたのが一目で分かる筋肉の隆起。おそらくは、訓練を重ねた上で幾度も戦場を駆けた殺し合いの経験者だ。

 風体こそ蛮族そのものだったが、その動きは獣を連想させるもので、見た目と初めて攻められた事実に動揺した。

 瞬時に肉薄してくる相手に向かって発砲できたのは、ここまでの試合と訓練で培った経験の賜物だろう。しかし直撃ではない。俺が持つ得物を銃と知ってか知らずか、相手は射撃武器に対する回避動作を織り込んでいた。相当に警戒していたのか、その回避動作は大きく、散弾でなければ完全回避されていただろう。

 巨大なダメージを受けても怯む事になく距離を詰めてきた相手へ再度銃口を向けるが、間に合わない。気がつけばナタのような刃物で斬りつけられる衝撃に襲われていた。太刀筋どころか、どこをどう斬られたのかすら判断できないほどの混乱状態だ。

 詰められた距離に合わせてサブウエポンのナイフを取り出す余裕などない。そもそも混乱していてそんな考えが浮かばない。ナイフの存在自体忘れていたかもしれない。

 無茶苦茶に振り回した銃身が相手の体に当たったのは偶然だ。体勢を崩した間隙で、ロクに照準も合わせられずに発砲した弾が命中していなかったら、どうなっていたかは分からない。

 動かなくなった相手に向かって二度、三度と銃を撃ち込む。勝利のコールを聞くまで、自分が呼吸をしていない事にすら気付いていなかった。


 戦いが終わってみれば、ダメージらしいダメージなどない。実際に経験するのは初めてだが、スペック的にこのスーツの耐刃性を抜くのは容易ではない。インナーの下に打撲程度はできているだろうが、それくらいのダメージだ。

 だが、それでも初ダメージで受けた衝撃は大きい。興奮状態のせいか、鎮痛剤を使うまでもなく痛みはほとんど感じないが、それ以上に攻撃を受けた事実への衝撃が大きい。

 咄嗟にスムーズな行動がとれるとは思っていなかったが、予想以上に体が動かなかったのもショックだった。ある意味、これが初の実戦なのかもしれない。

 古代の蛮族のような相手と現代のフル装備の素人。この巨大なアドバンテージがあって尚手傷を負わせられる相手。勝利できたのは間違いなく装備の差だ。同じ条件なら勝負にすらならないと断言できる。アレが本物の戦士というやつなのだろう。鍛え抜かれた体躯はアスリートのそれとは別モノで、戦うための形をしていたように見えた。


 少しだけ前までよりも長い待機時間を経て意識がポッドへと戻ってくる。実感はないが、表示されてる時間はわずかに数秒程度長い。これが打撲の治療にかかった時間という事なのだろう。

 ポッドから出たばかりの俺は全裸だ。装備やインナーで隠れていない打撲箇所を見るが、そこには何もない。治療されたのだから当たり前だが、何故か痛みのない鈍痛がそこにある気がした。


「ここら辺がキリのいいところなんだろうな」


 ダメージを受けて臆したわけではない。むしろ、わずかでも痛みが伴った鮮明な体験で記憶が上書きされたような気がするから、これで良かったのだと思う。

 アレはきっと最下級ランクではまずマッチングしないようなレアな対戦相手だ。多分、俺は運がいい。強がりではなく、本気で助けられた気さえしていた。

 体験してみて実感したが、戦うのならやはりああいうのがいい。

 強敵と戦いたいとか、限界の闘争に身を投じたいという欲求はないが、戦い、糧とするなら、最低限戦う意思と力を持つ者がいい。ただ的や生贄になるために立つ相手に銃口を向けるよりは遥かにマシだ。負けたり痛いのは嫌だから、その上で勝てるくらいの相手がいいなとも思うが。


「よし」


 そうと決まれば、ランクを上げるために動き出すべきだろう。このまま下級にいるのは精神衛生上よろしくない。決めたならすぐだ。




-4-




「駄目じゃねーか」


 ランクアップに必要な条件を確認してみれば、それはすぐに達成できないものだった。試合数や勝利数に条件が決められているのはいいにしても、申請までにはある程度の期間経過……今回は大体一ヶ月が必要らしい。かなり細かく指定されているが、これは色んな世界や星で共通しているからだろう。星が違えば当然一日の時間も違うわけで……そこら辺の真偽は特に興味もないが、足踏みせざるを得ない現実には困った。要するに、今日のようなペースで試合を組む事は意味がない……とまでは言わずとも、過剰という事になってしまう。戦いを求めるバトルジャンキーじゃないからそれでもいいが、冷水をぶっかけられた気分は否めない。


『短期間でのランク間移動を避けるための処置らしい。具体的な数字は出せないが、上に行くほど長期間になる傾向があって、ランクダウンの際にもこの期間が適用される』


 滝沢にメールを送ったら、通信越しにそんな解説をしてくれた。ほとんどノータイムで困惑したほどだ。実に面倒見のいい先輩である。


「なるほど、そういうシステムか」


 一足飛びにランクアップはできないし、ランクダウンにも猶予はあると。ランクダウンなんてものがある事自体今知ったわけだが。

 ……これは成績不振による降格だけじゃなくて、自分から提示する降格申請なんかも含むんだろうな。勢いで申請を出したとしても、期間を置く事で心変わりする可能性は十分にある。いや、今の俺の事じゃなく。


「未来の相棒とやらがやる気になった件についての感想は?」

『予想より早い』


 極めてシンプルな反応である。それはつまり、ランクアップに向けて動く事自体は疑ってなかったわけだ。


『正直、ある程度の適性値があればここで引いたりしない。アレはそういうモノらしいからな』

「適性値高い筆頭みたいな滝沢には分かると」

『俺の適性値ってそこまででもないよ』


 あれ?


「……そうなのか?」

『一般的に見れば低いわけじゃないが、日本所属のシン全体で見れば多分下のほうだと思う。そもそもあの適性値ってやつはここ数年で計測が始まったモノだ。俺がシンになった時には導入されてない』

「それならなんで分かる?」

『詳細までは分からないが、着任者の動向はある程度追ってるからな。政府が出せる資料だけ見ても高適性者は意欲的な傾向がある。新たなシンを任命する際に政府が基準とする程度には信頼性のある数字だ』

「結局この適性値ってのはなんなんだ?」

『それは分かんね。計測器だって解析できたわけじゃなく、ただセルヴァ製の実物をそのまま使ってるだけらしいし』


 とりあえずテスト的に使ってみたら思いの外上手くいったから、詳細は分からずとも使ってみようって事か。

 必要以上に実験は続けただろうし、それだけに頼らない選考基準はあるだろうが、優先せざるを得ない程度には結果を出してしまったと。


『ただ、現時点で俺がトップにいるって事は、適性値がすべてじゃないって事だな。広い意味でシンに向いてるってくらいの緩い基準じゃねーかなとは思ってる』


 滝沢の言う事は納得できるものだが、それだけの気がしないのは気のせいだろうか。日本人限定とはいえ、適性値が高いと評価された本人としては奇妙な違和感を覚える。


「つまり、高適性値で最下級に留まっているヤツはいないと」

『そもそも日本所属のシンで最下級に留まってるヤツがいない。その中でも更にって話だな』


 いないのかよ。適性値基準で選考してないヤツが混じってるなら、延々と的当てしてる奴も一人くらいはいそうなもんだが。


『環境省的にも不思議らしいが、日本人らしく勤勉らしい』

「そんな結論でいいのか」

『民族的な傾向で見るくらいしか結論の出そうにない話なんだよな。昔からずっと偉い学者さんたちが研究を続けているはずだが、なんでその文化が生まれたのかなんて分かるはずもない』


 そりゃそうだ。ある程度理屈や傾向をつけられても、根本的なモノまでには辿り着けない分野の話だ。そもそもどこまで研究すればゴールなのかという話でもある。

 それは冷凍みかん曰く上を目指せばキリがないほど学力を要求される時代になっても変わらない。


『話を戻すが、こんな理由で上を目指す事自体は疑ってなかった。さすがに初日に五連戦は想定外だったが』

「悪夢見そうだったし」


 自分でも良い判断だと思ってるぞ。


『って事は、申請出すにはあと五戦か。成績のほうは余裕だな。メイドのダウンロード完了前に終わってそう』

「いや、明日は多分自主訓練入れるから」

『真面目過ぎね?』

「日本人は生真面目なんだよ」


 特別そんな実感などないが、さっきの今なのでそう返して通信を終了した。

 まあ、生真面目になる理由はあるのだ。先ほどの第五戦、あの試合で見た戦士のイメージが残っている。多少訓練したところで俺が追いつけるはずもないが、こちらのアドバンテージである装備を上手く使えないのは問題だ。イメージが強く残る今なら、そういう訓練も上手くいく気がするのである。


 翌日、シミュレーター機能を解放した俺はポッドに横たわり転送される。

 この機能はロック解除こそ必要になるものの、シンにとって基本的な機能だからか必要とされるポイントは微々たるものだ。日本基準なら、たとえ負けても一戦すれば解放できるくらい。とはいえ、リスト上にズラリと並ぶオプション機能はそれなりにお値段が張るので今回使えるのは最低限の機能のみである。

 実際に使ってみると、転送された先は試合の時とほとんど同じ構造の空間だった。準備室もそのままで、試合場もほぼ同じ。ただ、対戦相手側の通路が丸ごとなくなっている。

 訓練だからか、試合場から準備室へも帰還可能だ。事前登録していれば自由に装備を変更して訓練できるわけである。

 的も各種計器も政府が用意した持ち込み品。本番ならコストを圧迫するそれも、訓練なら自由に使える。というか、こういう目的で支給品のラインナップに含まれてるんだなと感心した。


 今日行う訓練は昨日の復習だ。強烈に残る第五戦の相手のイメージに描きつつ、スムーズに戦闘動作を行えるようにするのが目的である。一晩経ってイメージが劣化する事が心配だったが、地味に昨日の夢にも悪夢として登場してきたためにその心配はいらない。初戦を夢に見るよりは暴漢に襲われるが如き夢のほうが遥かにマシである。

 多少本職軍人のレクチャーを受けたとはいえ、ド素人の自主練だ。そこまで効率的なモノにならない事は分かり切っている。しかし、あの第五戦を経る前と後ではイメージトレーニングが持つ意味も違ってくる。

 的を正確に射抜く精密性など今はいらない。必要なのは、あの緊張とプレッシャーの中で最低限体を動かし、引き金を引き、もたつかずに武器の切り替えを行う事。それだけでいい。

 目の前にあの男が立つ姿をイメージしながら、繰り返し繰り返し、ランダムなタイミングでアラーム音を奏でる計器に合わせて動作を繰り返す。立ったままだけではなく、動きながらの動作も訓練が必要だ。

 こういった地道な訓練はいい。それ以外の事をすべて意識から切り離して、眼の前の事だけに集中できる。少しでも上手くなっている実感が伴えば、いくらでも続けられる気がする。以前から思っていたが、俺は多分こういった地味な作業が得意なのだろう。

 かつてないほどに集中していて、事前にアラームで設定していなければ延々と続けてしまいそうだったが、さすがにこれ以上はオーバーワークだろうと切り上げる事にした。


 更に翌日も同じく訓練に時間を費やし、翌々日はさすがに雑事を片付けたものの、それでもかなりの時間を訓練していた。

 試合も入れず、なのにロクに休息もせずに訓練ばかりしているのは、イメージトレーニングを続ける内に自分が如何に駄目だったのかが浮き彫りになって不安になったからである。多少訓練したとはいえ、戦場に立つべきではない一般人の枠から抜け出せていない。そんな状態で第五戦のような相手や更に強い相手とマッチングしたら負けるかもしれないと。アレがかなりのレア体験で、そうそう遭遇するモノではないと理解していても、もしもの場合を考えてしまうのは悪いクセだ。

 とはいえ、訓練を積む事自体は悪い事ではない。現状すぐに試合を組む必要もないのだからと、地力を上げるための訓練に勤しんだ。


 そんな日々を過ごし、ある意味で初めて事前にスケジューリングされた用事がようやく訪れた。数日間座ったまま放ったらかしていたメイドのデータダウンロードが終わりそうなのだ。

 直前に確認した時点で99%。いつ動き出してもおかしくない状況で、俺は向かいのソファに座り、その時を待つ事にした。


「ダウンロード完了しました。コア情報書き換えのため、再起動プロセスを実行します」


 その出力メッセージに終わっても更に待つ事になるのかと不安になったが、再起動とやらは数秒で終わったらしく、メイドの視線が宙を泳ぐのが分かった。

 ……違うな。ダウンロード前の、見分けが付かないほどに極限まで人間に近づけてはいてもどこか無機質だった雰囲気が消え、むしろ巨大な圧力さえ感じるほどの存在感を感じる。

 しばらく無言のままその様を眺めていると、やがて宙を泳いでいた視線が俺を認める。

 ……眼が合った。ここにはいない、遥か次元の違う場所から見下ろす存在と。


「はじめまして、シン。私はあなたの担当となりました管理官です。シンの活動に必要な各種サポートを提供させて頂きます」


 それはあまりにも普通の挨拶だった。無数に隷属存在を抱えている文字通りの超存在が口にするとは到底思えない、普通過ぎて違和感を感じるほどに極々当たり前の挨拶。

 もちろん俺がセルヴァの何を知っているのかという話だが、事前情報から想像できるイメージと乖離し過ぎていて理解が追いつかない。


「……えーと」

「現在、この人型端末は私の管理下に置かれ、あなた方がセルヴァと呼ぶ存在の一個体と意識を一部共有しています」


 なんだ、この違和感は。気持ちが悪い。


「それは、事前にある程度概要を聞いていますが」

「おや、日本所属のシンは相互の情報共有が希薄だと認識していましたが……失礼、認識を修正します」


 そうだ、これは畏怖だ。人工的に作り出されたAIなどより遥かに遠い存在と対話できてしまっている事に、本能が拒絶反応を示している。


「それではまず自己紹介から。とはいえ、私の名は情報制限の問題から、また発音も困難なため、好きにお呼び下さい。……私のシンよ、あなたの名は?」

「俺の個人情報はその筐体にデータとして存在しているはずだが」


 元々メイドの筐体には必要不必要を問わず、詰め込める情報を登録しているはずだ。流暢な日本語を喋っているのもそれが理由だろうし、その中には当然所有者である俺の情報も含まれる。一応ロックはかかっているだろうが、そんなモノがセルヴァに対して意味があるとは思えない。


「把握はしています。しかし、知性体同士の対話はお互いを知る事から始まるはず。名前はその一番最初の情報でしょう?」

「……対話?」

「はい。自らと異なる知性体には、敬意と礼節を以て対話をするのが望ましいと我々は認識しています」


 なんだコレは。一体どうなっている。セルヴァは地球を侵略する宇宙外知性体で、人類は為す術もなく隷属したんじゃないのか。そんなスケールの違う相手が対話を望む?


「隷属させていても? あなた方はこちらを塵か、せいぜい微生物のようなモノと認識していると思っていたんですが」

「スケールが異なるのは同意しますが、隷属とは知性体同士の対話の結果です。あなた方は我々に隷属している時点で一定以上の文明を持つ知性体と認識されている。たとえ本当に塵が相手でも、それが知性持つ者ならば我々は対話を望みます」


 まずいな。スケールの違いもそうだが、相手が理解できない。

 言っている事は理解できる。しかし、その言葉がそのままの意味で捉えていいものとは到底思えない。虚言というわけではなく、そもそもの認識が致命的なまでにズレているのだ。

 こうして直に話しているのに、会話が成立しているような気がしない。


「とはいえ、隷属という関係も我々とあなた方という文明レベルでの関係に過ぎない。私とあなたは個であり、また違った関係を築けるはずです。具体的には、活動するためのパートナーとして」


 国家のような枠組みと個人の関係性は別か。そりゃそうだが……。

 納得はできない。理解できているかも怪しい。肯定の言葉が口から出てこない。しかし、俺は黙って頷いた。


「では最初のやり取りに戻りましょう。……あなたのお名前をお聞かせ下さい。私のシンよ、返答は如何?」



 この日、俺は様々なモノを超越した存在と初めて直接の邂逅を果たした。スケールの違い故に異形にしか見えないそれに畏怖を感じながら。

 想像通りでも想像以下でも以上でもなく、まったく想像の埒外に在る存在。……これは、相手をするのは相当に厄介だな。





(意訳)いい加減名前言えや。(*´∀`*)


というわけで、引き籠もりヒーロー第3巻書籍化プロジェクトのリターンはひとまず完了になります。

少し書籍化作業で間を空けますが、その後は引き籠もりヒーローに戻る予定。


あと、多分12月下旬には「その無限の先へ」再出版プロジェクトのクラファンが始まります。(*´∀`*)

とりあえず第一章を一冊にまとめる形で再出版しようかなと。

その後も、できれば三冊で既刊分に追いつきたい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 続きが気になる!
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 親会社からいきなり秘書長として出向してきたような感じかな?
[一言] なんかこう、育成ゲーム扱いっぽい気がするなぁ このダウンロードって、実際何を何処までダウンロードしてるんだろう
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