第3話「初戦」
今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第3巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いた月神さんへのリターンとなります。(*´∀`*)
年一ペースがついに崩れたぞ。
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いきなり相棒とか言われても反応しようがない。……ないが、相手が何かしらのアクションを求めているのは分かった。この場合、無言や無反応というのも答えの一つになるだろう。
さて、そういった前提を踏まえた上で、俺がすべき回答はなんだろうかと考えてみる。といっても、回答は明確だ。
「オーケー。一切理解してないが、とりあえず納得はした」
唐突な相棒扱いに対してそう回答した俺に、滝沢君は面白そうに値踏みする表情を向けた。
「……なんですかね」
「いや、そういうタイプの人間なんだなと思ってさ」
どういうタイプだよ、とは思うが、なんとなく言いたい事は分かる。普通なら唐突で意味不明な言動を即座に受け入れるという奴はまずしない。こんな意味不明な世界に飛び込んだ直後なら尚更だ。
しかし、俺の回答はそれを分かっていてのもので、滝沢君にはその意図も伝わっているのだろう。意表を突く目的がないとはいわないが、理由はもっと分かり易く明確なものだ。
「悪くない。いや、いいと思うぜ。少ない情報から状況を理解しようという意思と、折り合いをつける決断力を感じる。虚勢を張れないわけじゃなく、張る場面を知っている」
そんな事を考えていたわけだが、滝沢君の口調は浅はかな考えはお見通しばかりと言わんばかりのものに感じられた。解説されると恥ずかしいからやめてほしいところだが、口に出すのは憚られる。
「定期的に受ける性格診断でも、そんな分析をされた事はないが」
「合ってるだろ?」
「…………」
一応そんな切り返しをしてはみるものの、ただの苦し紛れである事は明白で、彼も当然お見通しだろう。
ただ、実際合ってる……んだろうか? 自覚があって明確な部分はさておき、彼の即興分析には自己分析に含まれていない部分も含まれている。
……あまりしっくりとはこないが、彼の言っていることは多分正解で、少なくとも大きくは間違ってはいない気がする。俺が認識していない部分があるが故に、余計にそう感じているのかもしれないが。
「今必要なのは納得だ。理解なんざする必要はないし、どうせ後からついてくる。ここでは特に」
「妥協は得意なんで」
「あんたのそれは妥協じゃないだろ」
確かにそうだ。そこは自己分析できている。
俺は決断が必要な状況に立った時、自分の中に判断のラインを引く。重要な選択ほど、そこを越えるか否かではっきりとON/OFFを切り替えるのだ。この島に来るという決断にしてもそうだ。
先日の訓練ではっきりしたが、これまで自覚していた以上にこの傾向は極端なのだろう。俺は納得さえすれば一切躊躇わずに引き金を引ける男という確信がある。
そして、感情的なものを無視するなら、この状況で選択肢など最初からないに等しい。完全に近い主導権を持つ滝沢君の用意した流れに逆らう必要性など皆無、というのが現状判断である。全肯定だ。
「とりあえずでも納得してくれたなら、こっちはそれで良し。利用してやろうって気持ちもあるが、別に騙すつもりもないしな。深く詮索する気もないし」
正直助かる。自己分析が終わってないから、詮索されても答えようがない。
「それで、差し当たってする事は?」
「今日のところは挨拶だけのつもりだったし、緊急性のある事は少ないんだが……」
そう言うと滝沢君はソファの隅で動かなくなっているメイドロボに視線を向ける。
「一つ重要な事を言っておくなら、ソレを信用するなって事かな」
「……政府を信用するなって意味ですか?」
まさか機械の信頼性ではないだろう。制度として組み込まれている以上、役に立たないというのも考え難い。となると、対象は用意した政府や企業になりそうだが。
「いや、別に政府や環境省は信用してもいいと思うぜ。過度の信用や依存は必要ないし、俺たちには不要なんだが、組織的にも個人的にも騙す意思はないはずだ。この環境が確立される以前……俺が生まれてもいない時期は信用できない輩も結構いたらしいが、そんなのはとっくに排除されている」
「……この話を聞いてからずっと懸念してたんですが、政府に裏はないと?」
「まったくとは言わないが、気にする類じゃないってところだな。多少隠している事はあっても、基本的に言ってる事はそのまま。全面的に信用する必要はないが、俺たちを騙す意味なんてない政府を警戒なんかしてもしょうがない。疲れるだけだよ」
あの面接官がいまいち信用できないから納得はし難いのだが、確かにそうなのだ。ここまで聞いた事を信用するなら、政府に俺たちを騙す理由などない。半ば放置しても莫大な利益があるのだから締め付ける必要もない。また、実際に締め付ける場合でも隠す必要などない。国家権力を盾にされれば、一国民でしかない俺に選択肢などなかったからだ。ただの人間と変わりない現時点では腕力で逆らう事だって不可能だ。
この島は隔離されていて外に出る事はできない。しかし、それは考え得る限り最低限ともいえる制限で、見ようによっては楽園そのものなのだ。警戒しているというシンの危険性に関してはまだ未知数なところも多いが、分かっているだけでも放置していい対象ではないのは明白なのだから。為政者からすれば、自由に歩き回る核弾頭など放置できるはずがないのは理解できる。
「なんせ、表向きは存在してない事になっていても、ここは国にとって最も重要と言えるような事業や基礎技術、資源の獲得に直結している。それが一歩間違えば……最悪一人の機嫌を損ねるだけで揺らぐような話で優先度を間違えるような国でもない。それができない奴はたとえ選挙に通ろうが排除される。そういう仕組みが出来上がって、ガチガチに固まっている」
冷凍みかんの話によれば、昔は結構ガバガバなところがあったって話だが、今は違うんだろうな。
「というか、制度や待遇なんかで判断するなら日本は相当マシな部類だと思うぞ。地球圏だけでも他の国の管理態勢を見て移籍したいなんて思う国はないし」
「滝沢さんは他の国がどういう環境なのか知ってると?」
「ある程度は。具体的に例が欲しければあとでいくらでもヤベぇ例を出してもいいが、とりあえず今は話を戻そう。あと、俺を呼ぶ時に敬称も敬語もいらない」
「あ、ああ。しばらくはぎこちなくても勘弁してほしいが」
「そりゃそうだ」
他所の事については大凡想像はつくし、今必要な事でないのは分かる。名前の呼び方についてもそういうスタンスなのだろう。相棒云々は関係なく、誰にでもそうかもしれないが。
という事は、求めているのはかなり対等に近しい相棒像かな。選択肢がなさそうとはいえ、ハードル高いんだが。
「えーと、滝沢? 元々は確か信用するなって話だったが……ソレが何を指しているのか分からないんだが。メイドなのは合ってるよな?」
「そのガワについてはどうでもいいんだが、問題は中身だ。といっても政府がスパイウェアを仕込んでいるとかじゃなく、今インストールされているモノに問題がある」
このエリアに来て突然ダウンロードを始めたデータの事だろうか。ちょっと確認しても、まだダウンロードはほとんど進んでいない。
これ自体は事前に告知されていたが、確かに正体は不明だ。普通に考えるならシンとして必要な各種データや機能なんだろうが……この分だと違うわけだ。
「ひょっとして、今ダウンロードしているのはセルヴァが用意した監視ソフトとか、そういう話なのか?」
「いや、もっと悪い。今ダウンロードされているのはセルヴァの個体だ。俺たちに対する監視端末として、わざわざ宇宙外知性を一体放り込んで来ているってわけだな」
「は?」
それはあまりに想像の外にある内容だった。宇宙外知性体がこの中にダウンロードされてきている?
それならこのクソ長いダウンロード時間に納得もできるが……わざわざそんな埒外の存在が監視要員として介入してくるというのか。必要あるのか?
「セルヴァは別に統一された一つの意思ではなく、むしろ俺たちに近い個別の意思を持つ存在だ。その中で何かしらの理由で下位世界に接触しようとしている者もいる。今ダウンロードされているのはそんなモノなわけだ」
「そんな圧倒的上位存在がわざわざってのもそうだが、意思を別個体に移動するとか、にわかには理解し難いんだが」
「多人数参加型コンピューターゲームのプレイヤーみたいなのものって考えるのが近いと思う。そこに本体があるわけじゃなく、間接的に接触してるって事だ。俺たちの試合に使われるシステムだって類似している点は多い」
ああ、それなら分からないでもない。一時期フルダイブ形式のゲームが流行ったりしたが、それみたいなモノって事なんだろう。
「とはいえ、表向きの役目はシンのサポート役。多分本質的な意味でも似たようなもので、中に入ってる奴の認識も大して変わらないかもしれない。だから余計に面倒なんだ」
「そんな上位存在が素直にサポート役をしてくる気がしないんだが」
「色々理由があるんだろうな。何かのペナルティとかゲーム感覚とか、そこはインストールされる個体次第みたいなところがあるから分からん。中には、課題で虫の飼育日記をつける気分で接している奴だっているだろう」
実に嫌なたとえだが、上位存在からすればそういう認識かもしれないとも思う。俺たちをペットのようなものと考えるなら、世話するのも主人の役目と考える奴がいても不思議ではないか。
巣箱の中で虫が一匹暴れたり逃げ出そうとした程度で、本気になって怒る奴はいない。それと同じ距離感なんだろう。
「ただ、中身がどんな奴だろうと、表面的にどういう態度だろうと、確実にセルヴァに繋がっている。その認識は捨てちゃいけないと思うし、今一番重要な事だと思う。人類は敗北したらしいが、俺は負けたつもりはないし」
そりゃ、いきなり負けてましたなんて言われても納得できないのは俺も同じだ。そこにどう折り合いをつけるかの違いがあるだけである。
「何か対応方法とか」
「それは俺にも分からん。する必要があるのか、そもそも可能なのかも分からない。俺も無闇に反抗する気はないし。迂闊な事をしなければとりあえずは大丈夫だろう……とは思う」
どう扱えばいいのか正解は分からないが、敵性存在の手先という事は確実だから信用はするなと。
「まあ、俺の端末にインストールされた奴がろくでもないやつだったから、余計に警戒しているってのはあるかもしれない」
「良く分からないんだが、そこまで格の違う相手にろくでもないとかそういう評価ができるものなのか?」
「人間の価値観で測っていい相手じゃないのは間違いないが、向こうもこちらに合わせてるのか、一見して人間と変わりないようには見えるはずだ。もちろん理由はあるし、それなりに考察もしてるが、そういう認識で間違いない」
この場で説明するには不確かな情報か、あるいは複雑なのか。いずれにしても安易に判断していい話ではないな。
「その意識さえ捨てなければ、サポーターとしては優秀なはずだ。シンがやるべき事、やれる事、細かい制度なんかの話も含めてその中に詰まっている」
「家事なんかを代行してくれるって話も?」
「それは中に入ったセルヴァによる。俺の担当は一切働く気はないクソ野郎だった」
警戒の必要性は別にしても、当たり外れの大きそうな話だな。最悪、家事は自分でやればいいと思うが、面倒を見る奴が増えるのは気分が良くない。元々の用途を考慮すれば、相互不干渉ってわけにもいかないだろうし。
「それ以外は差し当たって必要な話はない。適当にダウンロードが終わるまでダラダラしてても問題はないはずだ」
「相棒云々の話は?」
「しばらくは気にしなくていい。正式な返事も、実際に試合を体験してある程度感触を掴めてからのほうが望ましいかな」
「最初の一ヶ月はともかく二週間ごとに試合に入れるって話は?」
「あー、そんな話もあったな。なんだ、結構真面目なんだな」
何かしてないと不安になるだけなんだが。
「なら、適当にその辺の話もするか。別に試合だって組んじゃいけないわけでもなし」
かといって、いきなり戦いたいわけでもない。
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「部屋の主に言うのもなんだが、試合申請なんかのスケジュール管理は基本的にこの部屋で行う事になる。閲覧や簡単な設定変更だけなら、アンドロイド経由や携帯端末でもできるけどな」
リビングから移動した先の部屋は、映画か企業のサーバールームでしか見られそうにないほどサイバーな部屋だった。
今どき、個人でこういった大型設備を揃えている人は相当な趣味人か専門家くらいのものだろう。それくらい昨今の携帯端末は縮小、高機能化していて汎用性に富んでいる。個別に入力・出力機器を用意する事があっても本体が大型化する事はまずないのだ。多くはないが、生体に埋め込んでいる人だっているくらいだ。
「この設備も一応理由があってこういう形になってんだが、その手の話は後回しにするとして……」
家主にも関わらずキョロキョロと部屋を見渡していた俺に滝沢が言う。
早速壁面設置されている画面を映し、説明が始まったので、俺は備え付けのソファに腰掛けて耳を傾ける。
「シンのやる事、やれる事を順に説明しよう」
そこから滝沢君は映像を多用して分かり易く説明してくれた。これまでの数日、地上で受けた講習とは比較にならない密度でシンの仕事についての情報が伝えられる。
経緯を考えて自分が用意したはずもないのだが、どこになんの資料があるかも把握していて操作に淀みは見られない。
「一番気になっているだろう試合についてだが、これは仮想体を作り出しての遠隔で行われる。実際に試合する際は、そこの専用ポッドに入った状態で意識だけが転送される仕組みだ」
「まず死にはしないって話は聞いてるが、そういう仕組みか。フルダイブのゲームみたいなもんかな」
「説明をする上では同じようなもんだが、利用する感覚としては転移に近いな。実際の体と変わらず動かせて、実体以上の動きはできない。体調もそのままだし、疲労もするし、痛みだってそのまま感じる。移動の手間はないが、実際にそこにいて試合をしているのと同じって考えたほうがいい」
市販されているゲームに限らず、フルダイブ形式の仮想体験では実体と同じ感覚を得る事はできない。セルヴァの存在やこうした設備がある以上、技術的な問題があるという意見は言葉半分だとしても、実際に運用されているのはどれも感覚に制限のかかったものばかりだ。それは医療や軍用のものでも同じと聞く。痛覚など、あえて制限している箇所もあるだろう。
「加えて、肉体の損傷も完全再現だ。ダメージに合わせてポッド内の肉体も損傷する。仮想体だからといって、実体に戻ったら元通りってわけにはいかない」
「それだと傷によっては普通に死ぬんじゃ……治療するにしても、その期間でノルマをこなせないって事もありそうだし」
格闘技の選手だって、試合の間隔は数ヶ月単位で空く事は珍しくない。スポーツですらそんなスパンなのに、殺し合いともなれば更にリスクは大きいだろう。それを考慮するなら二週間に一度のノルマは相当なハイペースだ。
大体、妄想でさえ死ぬ事があるのが人間なのだ。実際に同じ痛みがあり、損傷までするとなれば事故死……と言っていいのかも分からないが、とにかく普通に死ぬだろう。普通に考えるならリスクがでか過ぎる。
「そこはセルヴァ謹製の超技術だな。死ぬより手前でちゃんと安全装置は働く。それに、そのポッドは治療装置も兼ねているんだ。受けた傷は高速で修復されるし、治療が完了するまで目覚めないって設定もできる。死ぬような大怪我だろうが数日も経たずに治るはずだ」
「治るといわれても、痛いのは極力避けたい小市民なんだが」
「ダメージを最小限に抑えるのは理想だよな」
そんな話をしているわけではない。
ダメージ再現に関してはそういうものだと納得しても、それでは離職率0%の説明に疑問が出てくる。単純に痛いのは嫌だという人だっていると思うぞ。
「まあ、慣れるとそんな事は気しなくなるもんだ。というか、試合ノルマを気にするような最低ランクの試合なら、よっぽどの事がない限りは負傷なんてしない。あってもせいぜい切り傷程度かな。鎮静剤でも飲めば無視できるはずだ」
「……なんでそうなるんだ? 殺し合いって条件は相手だって同じ認識なんだろうし……それとも、前提からして間違ってるとか?」
まさか殺し合いをしてるのはこちら側だけの認識で、相手はデータ上にしか存在しないゲームのモンスターのようなものってケース……って、これだと国を代表しての殺し合いって表現にはならないか。
「いや、それで合ってる。合ってるが、大多数の参加者と俺たちは、スタートラインからして相当な差があるんだ。ここは政府様々ってところだな」
「何か、政府のバックアップがある事で多大なメリットがあると? そりゃ訓練は受けたが……」
「制限はあるが、試合には装備の持ち込みができる。火器を持ち込めば支援のない世界の選手なんて無傷で勝てるさ。多少のフィジカル差で覆せるものじゃない」
「そうなのか……というか、そこまで差があるものなのか?」
「あるな。そもそも銃火器かそれに準ずる武器を開発・運用できている文明は少ない。存在していたとしても、それをシンに持たせるかはまた別問題だ」
そういえば、日本……というか地球を基準に考えていたが、どこも文明レベルが近しいわけはないって事か。いや、地球に限ったって、満足にサポートを受けられる国ばかりとは断言できない。
「だが、それだと逆もあるんじゃないか? ……地球より発展した世界とか。いや、セルヴァの支援で発展した国だって……」
そういう世界は当然あるはずだし、自力でそこに至れなくともセルヴァから受け取る利益で開発だってできるだろう。セルヴァから何かしらのサポート……ファイトマネーのような利益を受け取れる事は確実だし、日本を含む国家群の発展の裏にそれが関与しているのはほぼ間違いないのだから。文明レベルで発展せずとも、ポイントを使って個人でセルヴァから武器を購入する手段だってあるはずだし。
「いない事もないが、そういう手段が確保できている奴はさっさと上のランクに上がる。最低ランクに残っているのは、勝つ手段がない奴かランクを上げる気のない奴だけだ。対戦相手の情報は事前に確認できるから、それを見てリタイヤしたっていいわけだしな」
「こっちの情報を見て避けられたりは?」
「するかもしれないが、不戦勝でもノルマは満たされるし、ポイントも発生する。戦績上も勝利扱いだ」
ああ、そうなのか。それなら問題はない……かな?
具体的な事は分からないが、そのローテーションを続けてるだけで優雅な生活が保証されるなら辞める気は起きないだろう。
「それに、多分マッチングでそんな心配をする必要はない。無数にある加盟国の中には勝ち目がないって分かってても試合を組むところが山ほどある」
「なんでそうなるのか分からない」
「そもそもの母数が桁外れっていうのが第一の理由。それに加えて、負けてもポイントは発生する。リタイヤするならペナルティもあるが、出場して殺されるならそのペナルティも発生しない。その上、戦闘の内容次第で発生するボーナスもあるんだ。そりゃ、別に勝つ必要はないから殺されてこいって連中はいるだろうさ。俺たちみたいに試合を組む裁量を任されている国ばっかりじゃないんだぜ」
「…………」
参加するだけでメリットがあるなら、その最低限だけでも利益を得られればいいってなる奴はいる。それが自分の事でないとなるなら余計に。
……深く考えると感情的になってしまいそうだな。
「それに、自国のシンに勝たせたくないっていう国だってある。出場はさせたいし枠は無駄にしたくないが、反乱の芽となり得る存在は極力潰したいとかな」
「それなら……いや、いい。確かにそうだ」
いくつか反論は思いつくが、それが表面上だけのもので、少し考えれば否定の材料が山ほど出てくるものだと気づく。
なまじ今の環境を基準にしているから困惑するが、地球上だけ見てもそれが成立するだろう事は明白なのだ。俺たちが得る報酬の法外さを鑑みるに、個人や少人数が贅沢をするために弱者を繰り返し殺させるだけで済むのだから。他者の、それもまったく別の世界の国の事を考えてどうこうするような正義感は持ち合わせていないが、胸糞悪い話ではある。しかも、その仕組みによって俺は安全を確保できそうだという事実がまた苛立たせる。
「オーケー、それについては納得した。だが、君が俺に求めてるのはまた別物なんだろ?」
「その通り。最底辺でチマチマ戦うような奴は求めてない。俺が求めてるのはそこで満足できない奴だからな」
「一度も戦った事のない身としては実感が湧かないんだが、上のランクを目指す理由ってなんだ? そりゃ報酬は増えるんだろうが、君の場合はそんな次元じゃないだろ」
「人それぞれだろうが、俺は明確な理由があるわけじゃないな。眼の前にハードルがあるから超えたいだけだし。……ゲーム感覚?」
「……登山家?」
「ああ、近いかもしれない」
……マジかよ、こいつ。言っている事の真意を捉えられないだけかもしれないが、言葉通りならあまりに価値観が違い過ぎて理解できないぞ。セルヴァが気に入らないから反抗するための力を得るって話ですらないのか。
「俺の場合、過去に一切の執着がないからってのもあるのかもな。後ろを見たくないから前を見るしかない」
「そりゃ、日常には戻れないだろうが」
「いやそうじゃなくて……上手く言えないんだが、俺は人間でいたくないんだよ、多分」
正しく理解できない価値観だった。それとも、この世界で生きていればいつか理解できる日が来るのだろうか。想像もつかない。
タブーらしい彼の家庭環境とやらにその正体が隠れているのだろうか。元々聞く気などなかったが、ますます踏み込みたくなくなった。
「俺の場合はちょっと特殊だが、適性持ちが野心家っていうのはそこら辺の意味も含んでる。戦っているウチに何かしらの理由を見つけるもんさ。俺が求めてる相棒は無理強いしてなってもらうようなもんでもないし」
「心には留めておくよ」
「まー、大丈夫だと思うけどな。こういう勘は冴えてるんだ、俺」
一体どんな勘だよ、まったく。
-3-
「次に、試合で使う装備について。そこのポッドは見ての通り装備を持って入るようなものじゃない。基本的に全裸かせいぜい耐水性の下着だけ着用して利用するものだ」
「見た目だけならフルダイブゲームのサービスセンターにあるやつと似てるな」
人が一人利用するには十分過ぎるスペースだが、大型の装備を持ち込むような余裕はない。今は空だが、専用の液体が満たされる仕組みだろう。本格的な全感覚型のサービスを提供しているセンターはみんなコレだ。
「俺はそっちを使った事ないんだが、性能以外は大体同じらしい。ただ、利用手順は一人で動かせるようにかなり簡略化・自動化されている。専任の技術者も必要ない」
「つまり、コレの機能限定版がレジャーや医療目的で設置されているって事か」
「こっちもシン用にチューンされたものらしいから単純比較はできないと思うぞ。性能だけみたら圧倒的格上らしいけど」
やるつもりはなかったが、コレでゲームはできないと。
目の前にゲーム感覚で試合してる奴もいるが、これは殺し合いのための擬似体感マシンだ。そう考えると重厚な筐体が恐ろしいものに思えてくる。
「そして、装備は別に登録する設備がある。隣の部屋なんだが、そこで持ち込む装備をスキャンすれば、向こうでも同じものが用意されているって仕組みだ」
隣の部屋を覗いてみれば、部屋全体が装置になっているようだった。中央に巨大な台座があって、ここに置いたものをまとめてスキャンし、その後個別に持ち込むモノを端末から選択するらしい。
それらを装備した状態で転送されるのかと思っていたら、ロッカールームのような場所が別にあって、そこで着替えるのだという。通常の装備なら問題ないが、極端に複雑な装備の場合、準備時間中に装備が終わらないなんて事もあるらしい。事前練習も必要だな。
「ちなみに装備は肉体と違って損傷はフィードバックされない仕様だ。試合中に壊れても元通りだから使い潰しても問題は……一時的に武器を失うわけだから問題はあるが、戦闘後の事を考える必要はない」
それは実に助かる。事前の訓練で銃や刃物のメンテナンス方法は聞いているが、実戦に使ったものを万全に管理できる自信はない。
「そして、持ち込める装備には制限がかかる。それぞれにコストが設定され、キャパシティー以上の装備は持ち込めない仕組みだ」
「強力な装備は禁止って事か。だが、銃は持ち込めるって話だったよな?」
「ああ、制限自体はかなり緩い。どうも複雑さが基準らしくて、コンピューター制御が組み込まれていないようなモノなら問題なく持ち込める」
ああ、だから訓練の時に使用した銃は骨董品ばかりだったのか。
「日本ではそれを基準にしてわざわざ古い規格のモノを生産している。とはいえ、素材も工作精度もダンチだから、古く見えても信頼性は高くて余計な機能はオミットされている別物だけどな。その結果、コンパウンドボウと変わらないコストで銃を持ち込めるわけだ。今ではコストまで計算された新任向けのセット一式が支給されるから悩む必要もほとんどない。正しく先人が蓄積したノウハウの賜物」
コンパウンドボウは確かに強力だろうが、比較するならそりゃ銃を持ち込むな。
日本に用意してもらってるのは正しく初心者用の装備なわけか。そのサポートがなければナイフ片手に初戦を迎えるなんて事態も有り得たわけだから、素直にありがたいな。
「ただし、銃弾や薬品なんかの消耗品も同様にコストが設定されるから、持ち込む量には注意が必要だ。武器本体ほどじゃないが、矢弾や薬はどうしても数が必要になるから馬鹿にならない」
確かにどれくらい消耗品を持ち込むかは重要だ。コスト計算されるなら無制限とはいかない。
ただ、おそらくだがコスト上限を計算し、調整が必要っていうのは贅沢な悩みなんじゃないかと思う。いくら俺が素人でも、この装備の差を埋めるのにはどれくらいの身体能力や経験が必要になるのか想像もつかない。あえて懸念があるとするなら引き金を引く事への抵抗感だが、幸い俺の引き金は軽い。
「滝沢もそういった装備を?」
「いや、こういう装備が通用するのは下位のランクだけだ。基本はポイントで購入したセルヴァ謹製の装備で戦う事になる。こっちはコストもかなり低く設定されているしな」
「シンの間でそういう装備を融通し合う事は?」
「できない。あくまで自分のポイントで購入する必要がある。試合以外でも本人以外は使えないようにロックされてる」
そういった不正はアウトだと。というか、普通にこちらでも使えるのか。
「一応聞くが、ポイントそのものの融通は? 政府の取り分として三割は引かれるわけだよな。いや、貸してくれって話じゃなく」
「それもできない。所属国への配分は予め設定されたもので、後から譲渡する事も不可能だ。購入したものなら譲渡できるが、装備品は譲渡しても使えない」
なるほど。安易に思いつきそうな抜け穴は防がれてるわけか。
「薬品や弾薬なんかの消耗品の譲渡は問題ないみたいだけどな。ただ、欲しけりゃやるし政府にも渡してるけど、強力過ぎて使い物にはならないはずだ。というか、政府が用意してくれる薬品でも十分強力だぞ」
「えーと、滝沢のモノに限らず、薬物の後遺症や中毒は……」
「試合中なら本来の効果そのままに発生するが、試合が終わればまっさらな状態に戻る。コレの注意点としては効果時間だな。試合中に薬が切れてスペックガタ落ちなんて目も当てられない。再度投薬できるチャンスがあるかどうかは分からないしな」
「つまり、試合中の取り扱いに注意するだけで、後遺症は気にする必要はないと」
「基本的にはだがな。依存性のある薬物を使って禁断症状が出るやつもいるが、そこは自己責任だ。生身のほうで服用する場合も自己責任」
実に恐ろしい話である。とはいえ、他人事ではないんだよな。戦闘になる以上は鎮静剤なんかは使う機会も多そうだし。
依存性がなかろうが、元に戻るからって乱用すれば、それなしでいられなくなりそうで怖い。それだって一種の後遺症だ。
「ちなみに、コストが設定されるのはこういった装備や消耗品だけじゃない。ポイントで肉体を強化したり改造すれば、その分も上乗せだ。まあ、強化しようが生身の範疇ならゼロに等しいけど」
「ポイントで強化できるって事はトレーニングは必要ないと?」
「いや、慣熟訓練は必要だろうな。だからあまり一気に強化するのも望ましくない。サイボーグ化して制御をコンピューター任せにするなら別だが、それだって多少の訓練は必要だ」
必要に迫られてもいないのにサイボーグ化する気はないな。今の体のまま強化できるならそれがいい。
とはいえ、明らかに人体には不可能な膂力を持った肉体になって、それを自分の体だと言えるかどうかは自信ないが。
「肉体強化の話も出たし、お次の説明はポイントを使った購入についてにするか」
滝沢の指示に従い、再び元の部屋に戻る。どうやら購入はこの部屋で行うものらしい。
本人の認証が必要だったので俺が専用の端末を立ち上げ、そこからポイントを使った物品購入の説明が始まった。
「所持ポイントがないから今はグレイアウトしているが、基本的にここに羅列されているものはすべて購入できると考えていい」
「購入できるのはモノだけじゃないんだな」
「俺たちが購入するのは装備品や消耗品といった物品や設備だが、技術情報や他のシンの情報なんかも取り扱い対象だ。政府が購入しているのはこういった情報や研究用の資材が多いらしい。あとは、商品ラインナップを増やす権利なんてものもあるな。ランクが上がるだけでもラインナップは増えるんだが、それとは別に個別の権利が必要なモノもあるんだ」
一覧を見ているとあまりに膨大でなんでも買えるんだなと思ってしまうが、これでもかなり制限された状態らしい。
あと、気になるのは購入するモノの詳細は確認できても使い勝手などは分からないという点。通販のように他の購入者のレビューや評価は当然の如く存在せず、自分で確かめるしかないそうだ。
その点、ロクに情報共有していない他のシンに聞くという方法はとれない。滝沢なら答えてくれるだろうが、彼一人が購入したものなど全体から見れば誤差にもならないレベルだ。
とりあえず買って試すって形になると。実に無駄遣いが増えそうな仕組みである。
「ここで注意が必要なのは基本的に俺たちシンの情報は公開情報って事だ。買おうと思えばプライベートなものを含めてすべての情報を購入できる」
「相手のスケジュールや体調を確認して試合の申請をするとかできるって事か? あとは装備の情報とか」
「それくらいなら実に健全な使い道だな」
……健全でない使い道の説明はないのか。かなり怖いんだが。
「基本的にポイントに糸目をつけなればどんな情報でも買えるが、例外として同一エリア……ウチの場合は地球圏内の情報は購入できないって制限はある」
「アメリカとかそういう別の国の情報は見れないと。……あれ、でもパンフレットには色々書いてたぞ。君の順位もそうだし」
「個別に裏付けはとってるだろうが、そういうのは自分で発信するか独自調査したものだな。俺の順位に関しては順位表に載ってるから別だが、それくらい?」
ああ、なるほど。少し考えてみれば分かるが、確かに手の届く範囲の情報が容易に手に入れられるのは問題だな。
俺たちは隔離されているから実感が湧かないが、もし戦争が発生するなら最も重要な情報はシンの戦力だ。この制限がある事で戦争の抑止力にも繋がるわけか。
「ポイントで直接購入できないだけで諜報システムは購入できるから、水面下では相当に熾烈な情報戦が繰り広げられてるんだろうなとは思う。俺たちにはあまり関係ない話だけど」
そう考えると滝沢の地球圏一位って公開情報は大きいな。これだけで相当な抑止力が生まれているのは想像に難くない。
「そういう直接関係ない話は置いておくとして、今重要なのは対戦の可能性がある相手に情報が筒抜けになるって点だ」
「健全でない使い道とやらの説明か」
「えげつない使い方をしてくる奴は腐るほどいるんだよ。分かり易い例を上げるなら、戦力分析のために捨て駒を当てるとか」
「……戦力分析なら、それこそ購入すればいいのでは?」
「関連情報が手に入ると購入価格が下がるんだ。相手の事を良く知っているほど情報は安くなる。その中で対戦実績ってのはかなり大きい。あるとなしじゃ雲泥の価格差だ」
ああ、だから捨て駒なのか。使い潰したり、最低限の報酬を得る事だけが目的でなく、そういう使い道もあると。常に勝てそうなカモを探して網を張っている奴らもいるわけだ。
……だけど、強力なバックアップがあるウチのような国の場合、カモ認定はされ難いんじゃないだろうか。
「残念ながら俺のせいでウチは結構目立っているからな。全体として見れば大した事ないとはいえ、同ランク帯の連中からしてみれば脅威だ。情報だって欲しくなる」
カモ認定はされないが、違う意味で注視される対象になるって事か。何か付け入る隙がないかと観察され続けるわけだな。
「新人でも……いや、だからこそ注視されてると思ったほうがいい」
「対策は?」
「根本的な対策はないな。ただ、ポイントを無尽蔵に使えるわけでもない以上、観察される部分は自ずと決まってくる」
「……ああ、試合か」
「そうだ。特に対戦国は無条件でその映像が手に入る。そこで弱みになるようなところを極力出さないのが重要だな。隠してる手札は使わず、すでに公開されてる手札のみで切り抜けるのが理想だ」
どうしろっていうんだとも思うが、ある程度の対策は思いつく。この場合、日本から支給される装備品は割れているだろうから使っても構わないのだ。その内訳や使用用途は別にするとしても。
特に俺が気をつけるべきは個人的な情報の流出。行動パターンや傾向、感情を表に出すのはリスクがある。……ようは試合開始したらスタスタ歩いてってパンと一発撃ち込んで『お疲れっしたー』ってのがいい。
……できるかな?
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『重要なのは躊躇わない事だ。情報対策もそうだが、それで結果はついてくる。下級なら尚更だ』
そんな滝沢の言葉を思い返しつつ通路を進む。この場はすでに戦場に向かう一本道だ。手前には準備室があるものの、その先は戦場に繋がっている。
俺はあの後すぐに試合の登録を行った。ノルマに悩まされたくなかった小市民的な感情が一番の理由だが、とりあえずやってみるのが一番いいという滝沢の勧めも大きい。
淡々とこなせるように事前練習するという手もあるが、それはそれで慎重という印象を与える。何をしたところで分析対象の情報が流出するなら別にいいかという感じだ。
事前に対戦相手の簡易情報が確認できたというのも大きい。それによれば相手の装備はないに等しく、所属国も俺たち地球人とほとんど変わらない特徴のいわゆる人間と呼ぶに差し支えないような種族のみで構成された国家だそうだ。
どう足掻いても負ける事はなく、傷を受ける事すら困難というレベルの相手。今の段階で相手の意図までは掴めないが、要するに捨て駒の類だとはっきりした。
滝沢の判断でも、むしろこれ以下にマッチングするのは逆に難しいと言うような相手である。わずかなポイントを使えば手に入るという詳細情報だって必要ないと断言されてしまう有様だ。今の俺にはそのポイントすらないんだが、それはさておき。
この試合に勝つ事はノルマを達成する事だけでなく、莫大な報酬を得る事をも意味する。こんな、作業のような試合で。
「……思ったより緊張してるな」
ノルマや報酬の事を理由にしないと平静を保っていられない。今から行うのは明確な殺人だ。死なない保証があっても、やっている事は変わらない。
すでに死刑囚を的にして殺人はこなしているのだが、それでもやはり別種の緊張感が纏わりついてくる。……もしも事前訓練がなかったらもっとひどい状態になる事が予想できた。あの事前訓練考えた奴に感謝だな。
「さて」
準備室についた。自動開閉するロッカーが備え付けられていて、その中には登録済の装備が入っている。
強力な防刃、防弾能力を持つインナーやジャケット、各関節を保護するプロテクターや視界を極力遮らずに耐久性を維持したゴーグル。武器は近接用のナイフとショットガンだ。試し撃ちができるスペースもあったので練習してみたが、動作に支障はない。ついでに俺の手際も素人にしては及第点だろう。
即座に使えるよう無芯注射型になっている鎮静剤のセットも持っておく。好戦性などを維持するためのドラッグもあるがこちらは服用はしない。まだ必要ないと判断した。
事前に提示された対戦相手の情報を踏まえるなら明らかに過剰スペックである。
準備は終わったが、一旦深呼吸。今の俺が緊張状態にある事は明らかだ。自身でも感じているし、傍から見れば多分それ以上だろう。
「しかし、本当にただ移動しただけとしか思えないな」
周りに映る光景はデザインも素材も簡素なもので、馴染みの薄い、ある意味現実味のない場所なのに、それを見ている俺にまったく違和感がない。そこまで良いとはいえない視力もそのまま再現されているのか、見え方まで一緒だ。
着替える時に確認した自分の体もそうだ。身長などの基本的な部分はもちろん、負荷の少ない日常に慣れきった薄い筋肉、全体的にだらしない贅肉だってそのまま。頭髪の長さや空に近い胃の中の状況まで同じである。
どれだけ高リアリティを売りにしているゲームだって再現しないような細かい部分まで同じ。良く見れば医者が目印に残すという治療痕すら再現されている。
動いてみた感じ、皮膚や骨格の感覚もそのままで、おそらく切り裂けばまったく同じモノが露出するに違いない。骨や臓器が同じモノかどうかなんて自分じゃ分かるはずもないが。
明らかなオーバーテクノロジー。無駄の極み。完全なる道楽とも呼べるような再現性である。技術に疎い俺でも、今の人類には絶対実現できないだろうなと思うほどの。
現実の自分と比べて多少でも違和感があるなら感覚の微調整が必要だなと思っていたのに、普通の準備運動で済んでしまうほどだ。
そんな事をしていたら、長いとはいえない準備時間が終わりに近づいていた。
戦場に向かうドアを前にあらためて一呼吸。精神を落ち着かせ、死刑囚を撃ち殺した時の精神状態を思い出し、それに近づけていく。……大丈夫だ。今の俺は躊躇わずに引き金を引ける。
ただ一つの事をまっとうするのに集中する。不測の事態に対処できる気はしないが、今は必要ない。こちとら素人だ。そもそもそんな状況になったら負けと腹を括る。サブウエポンのナイフだってただの保険。
扉が開いた。その先には短い通路が続き、試合場らしき広めの空間が開けている。滝沢曰く、最低ランクの試合はとても簡素で遮蔽物も何もないただの広場らしい。戦術も何も必要ないと。
いつでも武器を放てるようショットガンを構えながら進む。いくら落ち着こうとしてもどうにもできない緊張感が身を包んでいる。体温が高い。やけに喉が乾いている。声だって上手く出せる気がしない。
訓練の際……死刑囚を的にした時も一切感じなかった未知の緊張感。どれだけ相手が弱いと分かっていても、こればかりは実戦経験を積む事でしか解消できそうにないな。
そんな、実戦に向けて高まる緊張感に悪戦苦闘を続ける俺だったが、いざ試合場に入り、向かいの通路から出てきた対戦相手の姿を見た途端、そんな感情が消え失せた。
上昇を続けていた体温が急速に冷え込むのを感じる。感情さえも凍てつくような、背骨を氷柱にでも入れ替えられたような感覚だ。
俺の対戦相手は、見窄らしい格好をした幼い少女だった。手錠などの拘束は見当たらないが、奴隷でももう少しマシな格好をしているだろう。
庇護欲を掻き立てる不安そうな表情にはこれ以上ないほどの怯えが混じり、化け物でも見るような視線を俺に向けている。
その姿は人間そのもので、地球上のどこかから連れ去ってきたと言われても一切違和感がない。
パッと見、汚い貫頭衣以外の装備はなく武器は持っているように見えない。……ああ、これが捨て駒かと一瞬で理解できてしまうような、そんな無害な存在。
庇護欲を誘う見た目は偽装で、近づいたら武器を取り出して襲いかかってくる……あるいは化け物に変身するような可能性が頭を過ぎったが、その方が遥かに良かった。
……確信がある。そんな危険、あるいはだだ甘な妄想とも呼べる展開などないと。彼女の怯える姿は本物で、見た目そのままの弱者だ。
きっと今の俺は恐ろしい目をしている。
これはただの捨て駒ではない。ましてや俺に対する生け贄でもない。……これは、未知の新人に対する情報収集の役割が多分に含まれている。彼女の背後の感じるはずのない視線からそれが伝わってきた。
俺がどれだけヌルい相手なのかの見極め。見た目や上辺……だけでないとしても境遇に同情してくれるような奴ならカモにし易い。付け込む隙はいくらでもあるのだ。それを確かめにきていると。
そんな弱みを見せる気はまったくなかった。
ここに至り、俺の意識の境界線が、想像していたよりも遥かに明確に、くっきりとしたものだと自覚した。俺はこんな可哀そうな相手でもまったく問題なく引き金を引けると。
ましてや、こちらを値踏みするような馬鹿にしてるともいえる試しに怒りすら感じている今なら余計に。
凍てついた感情で、銃を構えた。
可哀そうな少女はこちらには分からない言葉で何かを訴えようとしている。悲痛な叫びは懇願か罵倒か。
それらの行動の一切を無視して引き金を引いた。こんな距離で外すはずもない。照準は合わせたが、散弾ならそれすらも不要だっただろう。
確実にトドメを刺したいう手応えを感じつつ、数歩近付いて更に発砲。そのまま照準を合わせたままでいると、視界の端に俺の勝利を示すメッセージが表示されたのが見えた。
……これが俺のシンとしての初戦。苦く、しつこく心にこびりつくような体験だった。
実は本作品を指定した一人はもう一人いるので、連続更新となります。(*´∀`*)
次回もコレよ。