第2話「滝沢コウ」
今回の投稿は某所で開催した引き籠もりヒーロー第2巻書籍化プロジェクトの「二ツ樹五輪 次回Web投稿作品選定コース(限定5名)」に支援頂いた月神さんへのリターンとなります。(*´∀`*)
はい、見れば分かりますが年一更新になってます。これはテコ入れが必要ですね。
クラファン第三回は割と早めの予定なので、それに期待。
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拳銃の訓練のため、新たに用意された特別なターゲットは、椅子に括り付けられた人間だった。
首から袋のようなものが被せられているため顔は分からないが、おそらく中年男性だ。人種はちょっと分からないが、浅黒い肌をしている。
話をそのまま受け取るなら、この人間を撃ち殺せという話になるわけで、突然そんな状況に追い込まれた俺は当然の如く混乱した。というか、こんなもの誰だって混乱する。
「質問いいですか?」
「どうぞ。というか、その前に説明があるんだが」
「じゃあ、そちらからで」
実は特に情報もないまま自己の判断だけで対応できるのか、という評価基準がある事も考えていたので、少し安心した。きちんと説明はあるらしい。
撃ち殺してから、実はそこら辺にいたなんの罪もない人だったんだよとかタネ明かしされたら後味悪いし。まあ、多分死刑囚とかそういう類の人なんだろうが。
すでに着任が決定していて、その事前準備段階にある俺を現時点で評価する意味があるかなど分かりようもないが、そういった審査がないとは言い切れない以上は可能性を捨てるべきではないだろう。たとえなんのテストでないとしても、今の状況で石橋を叩くのは悪い事じゃない。すべての行動が監視されてると考えるべきだ。
「この対象はいわゆる重犯罪者だ。すでに死刑か非人道的人体実験の被験者になるのが確定していて、こうしてターゲットになるのも了承している」
非人道的と言い切ってしまうのもアレだし、更にはこんな扱いをされるのにも了承済とはまたびっくりな話だが、何かしら裏取引があったのだろう。
死ぬのに了承するような取引などあまり思いつかないが、その前の数日間はいいモノを食べさせてもらえるとか、その間は拷問を回避できるとか、そういう話なら受け入れてしまうのかもしれない。場合によってはトドメを刺して上げるのが温情という事さえあるだろう。
「名前や犯罪歴などの詳細もこの訓練のあとなら明かしても構わない。まあ、とにかく撃ち殺してもまったく問題ない人間という事だね」
「はあ」
もう少し詳しい説明があるかと思ったが、それだけらしい。
この場合、向こうから言ってこない内容は極力避けたいところだけど、質問する事自体が評価基準って線もあるから困る。単純に考えて、生き物……特に人型のそれを撃ち殺せるかどうかのテストなのだろうが、深い真意までは読み取れないからな。
ならば、そこら辺が正しいという前提で考えるなら……俺は撃てるかどうか。
「それで、質問は?」
聞きたい事は本当に殺していいのかの確認だったのだが、ついでなので気になった事を質問する事にした。
「どこを狙えばいいのかなと」
「…………じゃあ、頭が十点、心臓なら七点、致命傷と判断できる場所なら五点、どこでも当たれば一点って事で」
一体なんの得点か知らんが、彼なりのジョークなのだろうか。回答前の沈黙もあって、ちょっと判断が難しいところだ。
「一発で?」
「……そうだな。何発でもいいけど、そのカートリッジの装弾分って事で」
問いかける度に挟まる沈黙が気にかかるが、どうやら殺していいらしいので、そのまま両手で銃を構える。あんまり自信はないが、撃ち切っていいならなんとかなりそうだ。
……とても静かだった。
良く聞く話として、新兵という奴は銃を持たせても簡単に引き金を引けないものらしい。無駄弾を撃つなという言葉があるが、そもそもその無駄弾さえ一定数消費されないのが現実だとかなんとか。そして生身の敵がターゲットとなる場合、引き金を引けてもまず当たらない。技術の問題ではなく、そもそも当たるような照準に合わせられないという。
銃のターゲットが人型をしているのは、こういった際に意識せずに撃てるようにするための訓練という話も聞いた事がある。そういった訓練を経ても容易に撃てないのが大半という話だ。実際にどうかは知らんが、いきなりだと躊躇するのは確かだろう。
俺は冷凍みかんからその話を聞かされて、なるほどと思った。実体験が伴わないから推察でしかないが、確かに心理的な抵抗があるのは分かると。でなければ、世界はもっと殺人に満ちているに違いない。
銃を構えた段階で、俺は勢いに任せて連射すればそういったタガが外せるかもしれないと考えていた。しかし、そういった思考とは別に困惑があった。特に何も感じないのだ。
「すいません」
一旦銃を下ろす。
「ん? 厳しいかな?」
「いえ、ターゲットの……アレなんていうのか分かりませんが、顔を隠してる袋って、とってもらっても大丈夫ですか?」
「……大丈夫だけど」
暴れる事などは考慮していないのか、柳さんはそのままスタスタとターゲットの前まで歩いて行き首の部分にあった紐を解いた。隠していた袋が取り払われると、下から出たきたのはラリった表情の中年男の顔だ。別に知り合いではないし、見た事もない相手である。
起きてはいるようだが、銃のターゲットにされている事を認識していないのか、視線は宙を泳いでいる。案外、麻薬の使用がターゲットになる条件だったりするのかも。
「どうする? 戻そうか?」
「いえ、そのままで」
構えた時からちょっと気になっていたのだ。これはそれを確認するための作業に過ぎない。
……予想通りというかなんというか、こうして顔を見て、ターゲットが生きた人間という確信を得ても何も感じない。俺は自分の精神性に疑問を感じていた。
初めて銃を持った時よりも落ち着いた気分で引き金を引き、ターゲットの眉間に命中した。あまりに正確に当たり過ぎてびっくりしたほどだ。ビギナーズラックというやつかもしれない。
問題なさそうなのでマガジンに入っている分を撃ち尽くしたが、当たったのはほとんどが胴体で二発ほど外してしまった。やはりビギナーズラックか。
……さて、腕前はさておき、俺はこういう事に抵抗のない人間という事らしい。正直意外だ。
「気付いてはいるだろうけど、これは生物……特に人型の存在に対して明確な意思を持って攻撃できるかというテストだ。現代だと催眠療法を含む訓練メニューの充実で概ね克服されてるけど、撃てない新兵は多いんだよね」
「そうらしいですね。話だけなら聞いた事はあります」
「また、撃ててもその後に精神的な問題を抱える場合もある。……その点、君はまったく問題なさそうだ」
「うーん、自分でも良く分かりません」
サイコパス扱いされているようで気になるが、実際自分でも困惑している。何故、人を殺しておいてこんなにも落ち着いているのかと。
引き金を引くのも抵抗は感じなかったし、殺した後もなんとも思わない。あの死体を処理をするのは面倒臭そうだなとか、それをやらさられるのはちょっと嫌だなとか考えていた。
ターゲットが汚いおっさんだったからというのは理由になるだろうか。もしも麗しい美少女だったりしたら……鈍る気はするが、良心がどうとかじゃなく、もったいないって思うだけの気がしてきた。多分、必要なら撃てるな。
必要なければどうだろうか……殺す必要はないけど殺してもいい相手、あるいは直接命乞いしてくるような相手に向かって銃を撃てるか。……分からないな。正直答えに自信が持てない。
「シンになるためにここに来た者は撃てる者が大半だけどね」
「ああ、やっぱりそうなんですね」
やっている最中から、これがシンの適性というやつかもしれないとは感じていた。だから抵抗がなくなったという打算的な理由もある。
多分だが、初戦などの早い段階ならこういった訓練は有効なのだろう。慣れないウチは、わずかな躊躇が致命傷になるって事は十分に有り得る。
お互いが同じ条件ならまだしも、慣れてる相手じゃ更に致命的だ。
「でも、さすがに顔まで見た上で躊躇いもなく全弾撃つ人は初めてかな。俺でもちょっと躊躇う」
「適性の確認作業という事で一つ」
「そういう精神性もシンとしては重要なんだろうな。……本番でどんな意味があるのかは俺も知らないんだが、少なくとも戦闘をする上では重要だ」
とりあえずだが、俺は殺して構わないとお墨付きをもらった相手なら問題なく引き金は引けるらしいと分かった。銃以外や、相手が抵抗してきたりしたら分からないが。
これが一般人としてはちょっと問題のある適性というのは分かる。とはいえ、普通に暮らしてたら露見しなかった適性だろう。日本にいて銃を撃つ機会などない。ましてや人を撃つ機会など、軍に所属してもまずないだろう。
「一応、訓練メニューにはアレを使って死体解剖の実践なんてコースもあるんだが」
「ええ……。必須じゃなければ、ちょっと辞退したいですね」
「そりゃそうか。今のところ受けたシンもいないし」
グロいのも嫌だが、そんな臭いが付きそうなのは勘弁だ。この後東堂さんに会うのに硝煙臭そうって時点で抵抗あるのに。
でも、人体の構造を把握するための講座もあって、そちらは結構な人数が受講しているとか。理由は良く分からないが、対戦相手も地球人に似たような構造をしているとかそういう事なんだろうか。とりあえず、人体の急所となる箇所についてくらいは頭に叩き込んでおこうと思った。相手に使えなくても防御としては確実に有効だからだ。
その後、色々やりはしたものの、結局のところは戦闘における心構えや効率的なトレーニングの仕方などがほとんどだった。依頼すれば本格的な軍事訓練なども受講可能らしいが、そちらは他のシン……というか、地球圏トップの滝沢氏曰く重要ではないのだとか。講師の柳さんは理由を知らないし、どうせ面会が決まってるので気になるならその時に聞けばいいだろう。
「というわけで、これが君の撃ち殺したターゲットの資料だ。別に見なきゃいけないってわけじゃないが」
必須ではないとの事だったが、とりあえずという事で渡された資料に目を通す。丁寧なのか、そういう形式なのかは分からないが紙ベースの資料だ。
本名は不明だが、偽名は黄建平……重慶出身で日本に密入国してきた工作員。現在お隣さんは表面上統一国家ではあるものの、シンの登録上は重慶は独立しているらしい。上海もそうらしいが、他にもたくさん分裂してそうだ。
昨今、密入国なんてまず不可能だという話で、買い物すらできないから山中に隠れ住むのでもない限り不法滞在もままならない。そんなハードな条件だから入国できた時点で凄腕だったのだろう。案の定、体の大半が人工のものに置き換わったサイボーグのような体をしているらしい。いわゆる超人の類だ。
あんな状況なら想定自体無意味だが、確実に致命傷となるのは額のみだったと分析されている。心臓も重要ではあるが、致命傷にならない可能性もあると。……あの点数付けも一応意味はあったんだな。
そんな超人密入国者だから当然日本に入国実績はなく、祖国でも表向き存在しない扱いだ。裏では別国家扱いなら尚更だろう。だからどんな扱いをしてもいいわけで、その結果がこの有様である。
少し気になっていたターゲットになる前の取引は薬物の投与。そもそも、活動するためには定期的に専用の薬物を必要としていて、薬が切れると猛烈な倦怠感と激痛が伴う仕様らしい。後付けの理由だが、殺して上げたほうが楽になるような境遇である。
詳しく聞いてみれば、この手の工作員は結構な数がいて、大体似たような末路を辿るらしい。中には不要になったから廃棄目的で投入されたんじゃないかと疑うような者もいるのだとか。実に命の安い国である。冷凍みかんの話だと、昔はもう少しマシだったはずなのに。
この手の話は当然一般には出回らないが、ここにいる時点でそういう情報制限はないも同然らしい。今なら政府の裏事情とかいくらでも聞きたい放題だ。まったく興味ないが。
また、国として表向きは何もできなくとも、裏では報復の手段もあるという話だ。舐められたら殺す。温和に見えても表皮の下にいるのが鎌倉武士というのが、現代における真の日本人だというのか。
「練習したいなら事前に言ってくれれば的はいくらでも用意できる。あんまり数が多いようならコストもかかるが、シンなら問題ないだろう」
「いや、別にいいです」
撃ち殺して楽しいわけでもないし。やれと言われたからやっただけで、後は確認の意味がほとんどなのだ。わざわざ金をかけて用意してもらう必要などない。
わざわざ生身の人間を用意するよりアンドロイドを使ったほうがいいんじゃないかとも思ったが、そっちは遥かにコストがかかるのだとか。
……命の高過ぎる時代だと思っていたのに、いつの間にか激安セールをしていたらしい。
-2-
そんな気が滅入るような体験の後、少しばかりの癒やしを求めて東堂さんと会う時間になった。ほとんどデートのようなものだが、向こうがどう思っているかは分からない。
「へー、そういう人もいるんですね。軍人さんか」
もちろん人を撃ち殺した事など言わないし、内容も差し障りのなさそうなものを選んでの会話だ。具体的には、シンの訓練で柳さんという元軍人に会ったというだけの話である。
「今のところ、街で遭遇した人間って東堂さんだけなんだけど、こっちには来ないんだ?」
「あたしが会った事あるのって、血縁らしい人を除けば環境省の人ばっかりですね」
ちょっと豪華な感じのパフェを頬張りながら、東堂さんは島の深刻な過疎事情について語る。……血縁"らしい"ってなんだ?
「この島にもそれなりに人はいるって聞いてたんだが」
「何人かは会った事もあるけど、大体引き籠もってるらしいです。それか、生活空間が狭いか。まあ、この島で生活してて、街のほうに来る必要もないですし」
東堂さんのように小遣い稼ぎの労働をするのでもなければ、この島の生活は引き籠もってても成立してしまうらしい。何か趣味を持ってる人でも、その施設と自宅との往復で事足りてしまう。
今の俺たちのように飲食店に来ればアンドロイドが対応してくれるものの、それらは配達も対応しているし、多少金を積めば家で調理までしてくれる。島はそれなりに面積はあるが、それでもせいぜい街一つ分だから配達時間だってさほどではないと。運動不足になりそうな生活だが、自宅にトレーニング設備があればわざわざジムに通ったりはしないだろう。
「娯楽施設は街に大体揃ってますけど、あたしもほとんど利用した事ないです。というか、この喫茶店もはじめて」
「島に住んでると、そういう生活になるのか」
「主なき王の島とか、住人の一人は言ってましたね」
なんか格好良い感じの言葉にしているが、実態はひどい話である。この場合はシンが王様で、まるっきり統治どころか関与すらしない駄目な君主だ。その必要がないからって事なんだろうが、専用に用意された箱庭すらいらなくなる理由はまだ分からない。
「という事は俺が王様になってもいいって事か。東堂さんお妃様とか興味ある?」
「あはは。王様はともかく、あたしは止めておいたほうがいいと思いますよ」
振られてしまった。もちろん冗談ではあるが、探りを入れたつもりが暖簾どころか一切感触がない感じである。
「なんか事情があるからこの島にいるんだろうけど、シンならそういう問題も関係なさそうじゃない?」
「まーそうですよね、多分。王様は伊達じゃないですし。ただまー、あたしにそんな価値はないと思います。ほら、名前見れば分かるでしょうけど、小学校すら行ってないし」
「小学校?」
基礎教育校の事だよな。通じない事はないが、その言い方をするのは冷凍みかんに続いて二人目だ。
「あー、基礎教育校ですね。小中一貫教育的な」
「東堂さんってひょっとしてスリーパーかなんか?」
「あれ? なんでコレで分かります?」
どうやら当たってしまったらしい。絶対数からいって、そんなに遭遇するようなレアリティではないはずなんだが。
「俺の同級生にも解凍されたみかんがいてさ。2030年くらいから寝てたらしいんだけど、同じように小学校って言ってた」
「おー。意外なところでお仲間が。ご指摘の通り、冷凍睡眠から起こされた古代人ですね。実年齢でいうとそろそろお婆ちゃんです」
そりゃ確かに戸籍上はそうだろうが、今どきそんな事を言う奴はいないと思うが。見た目と実年齢が一致してない事なんてざらにある。芸能人とかだと特に顕著だ。政治家なんかは逆に老人に見せたりするらしい。
「あたしの面倒くさい環境もそこら辺が関与してるみたいで、甥だかその孫か曾孫か知りませんがそういう子孫の方がここにいろと。さすがに親も死んでるみたいですし」
「本土ではなんか偉い家の人だったりするのかね」
「調べたわけじゃないんでなんとも。でも、あたしがコールドスリープに入った小学生の頃だと、別に普通の家庭でしたよ?」
「コールドスリープできるだけで金持ちな気が」
「あー、なんか珍しい病気だったらしくて、その被験者枠で選ばれました。起きる前に治療したらしくて今は健康体ですが」
冷凍みかんは実家が金持ちだったから普通に入ったみたいだったが、そういう枠もあるのか。すでに親戚が全滅してたらしいあいつとは逆パターンだな。
「というか、スリーパーなら基礎教育校出てないのもおかしな話じゃないような。当時の人間からすると相当厳しいって話だし」
「卒業資格がないだけで、教育は受けてるんですけどね。確かに記憶にある小学校とは別モノでした」
なんだ、教育自体は受けてるのか。この島の特殊な環境故に成人資格がないって事かな。
「まあ、そんな昔の話は置いておいて、あたしの事は気にしなくていいですよ。多分、環境が変わった後に遭遇した珍種を保護するような感覚なんでしょうけど」
「ここ数日殺伐としてたから、潤いが欲しくて」
「じゃあ、シンになった後覚えてたら、妾にでもしてもらえば万々歳?」
「東堂さん的にはアリなの? というか妾なのか。資格ならそれこそどうにでもなりそうだけど」
「基本日陰の女なので。アリかどうかに関しては……出会い皆無なこの島で選択肢があるのがむしろ奇跡?」
「あー」
そりゃそうか。シンも住人も引き籠もりで、担当らしい環境省の人間は基本関わろうとはしないだろうし、人間関係については詰んでるな、この島。
「いやね、もう少しね、外出ろっちゅう話ですよ。あたしも大概ですが、それどころじゃない。ここ数ヶ月、アンドロイドとしか話してない。むしろアンドロイドに同情される有様で……」
「大変だな。まあ、会ったばかりだから結婚やら妾やらは別にしても、極力外に出るようにはするよ」
「別にしなくてもいいですけど、話相手は欲しいです。このままだと戸籍年齢だけじゃなく物理的に孤独なお婆ちゃんコースなので」
この環境だと、本当にシャレになってないから困る。
「専用のアンドロイド……いっそペット型のロボットでも用意してもらえばいいんですが、小遣いでどうにかなるような話でもないし」
「選択肢としてはアリなのか。本土だと、そもそも買うために資格が必要なんだけど」
「一応買えはするみたいで、実際買ってる人がいるとも聞いてます。購入費はともかく維持費とかどうしてるんでしょうね。カタログとか見てるとオプションだって付けたくなるでしょうし」
柳さん曰く、使い捨ての工作員とは比較にならない値段らしいしな。むしろ、そういう奴隷みたいな奴を連れてくれば……っていっても、そんな奴別にいらんだろうし。
「なんか、シンには無条件で最高スペックのモデルが一体つけられるらしいよ。あとで設定に行くらしい」
「ちょっとうらやましい。最高スペックなんて小遣いじゃ絶対ムリだー。いいんだ、いると更に引き籠もっちゃいそうだし」
というか、最高スペックモデルでなくとも普及した結果がこの島の惨状なのではと思わなくはない。街を行くアンドロイドも案外所持者登録されてるのがほとんどとか。
「訳アリな島の住人はともかく、シンが引き籠もりなのって何か理由でもあるのかね」
「どうなんでしょうね。案外シン同士は仲良かったりして」
「この前見せてもらった面会スケジュールを見る限り、それはないだろうな」
「ありゃ」
むしろ仲悪そうというのが俺の印象だ。そこら辺は会った時に聞いてみる気ではいるが。
……気になるのは、シンになる前後で意識の変化がないかという懸念。すでに怪しいが、大きく価値観が変わるような環境の変化があって、それ故に外への興味が失せたとしたら……ちょっと不安ではあるな。
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そんな感じで東堂さんとの貴重な日常成分を補給しつつ、準備期間が過ぎていく。
基本的には強制される事などほとんどなく、自分でスケジュールを決めてそれを実行するだけの日々だ。そのスケジュールでさえ、ドタキャンしても苦言を言われるくらいで強制力はない。
半ば強制的にスケジュールへと組み込まれたのはアンドロイドの選定と荷物の確認くらいである。非現実的な日々に突入してフワフワしていた認識が、送付されてきた自分の荷物を見て急に現実感を伴ったものになった感は否めない。ここに荷物があるという事は学校の寮はすでに空になっているというわけで、そこはすでに俺の居場所ではないのだと。元々卒業したら出ていく部屋ではあったのだが。
小市民な俺は、謎の焦燥感に駆られて無駄にスケジュールを詰め込んだりもした。大抵は国が推薦する投資の講習だったり、軍事訓練のマネごとだったりするのだが、何かやってれば気が紛れるだろうと。冷静に見ると紹介された投資案件のほとんどがほとんどキックバックのない寄付のようなものである事にげんなりさせられる。
シンのために用意されたという邸宅の見学もしてみた。事前に言われた通りガチのゴーストタウンで、アンドロイドすら地域全体で数体の管理人しかいなかったが、邸宅そのものは無駄に豪華だった。これを自由にしていいと言われても逆に持て余すだろう。最初から最低限の家具が備え付けてあるのも、他人の家のような感じがして認識のハードルが上がってしまう。……同じ理由かは知らないが、他のシンが利用していないのも理解できるというものだ。俺も多分利用しない。まだ今の高級ホテルのほうがマシだろう。
そんな社会性がガリガリと削られていく感覚の中、なんとなくで組み込んでしまった動物解体の訓練でメンタルをやられたりもしたけれど、私は元気ですと虚勢を張る。日に日に、非現実が現実に近づいていくのが分かる。背後から未知の現実が迫ってきている。それに抗う術を俺は知らなかった。
着任直前になって事の発端である面接官……山岸道と再会したりもしたが、あの胡散臭い顔ですら安心感を覚えてしまうほどに俺は追い詰められていた。
そして、着任当日を迎えた。
「だ、大丈夫ですか? 体調悪いなら着任スケジュールをずらす事もできますけど」
「いえ、さっさと着任したほうが精神的にマシな気がしてきたので、そのままで」
担当官の十和田さんに心配されたりもしたが、結局のところ未知の現実が未知のままだから不安なのだ。どうせ踏み込むしかないのなら、さっさと済ませてしまったほうがいい。ある程度でもシンの実態が分かれば不安も紛れるだろう。
「というか、このエレベーターどれだけ続いてるんですか。もう十分以上乗ってるような」
シン着任のために地下へ向かうエレベーターに乗ったのはいいが、延々と目的地に着かない。階層表示もないので体感時間でしか判断できないが、これはちょっと異常だろう。
乗り込む時に備え付けられたソファにびっくりもしたが、これだけ長いと何もおかしな設備じゃないと思った。
「しばらくはこのままです。深度もありますが、セキュリティ的な問題もあってあまり移動速度は出せない設計なので」
「ああ、そういう意味が。……シンが地上に出てこない理由って、まさかコレじゃないですよね?」
「ち、違うと思いますが、完全に否定はできないですね」
地上に出るのに時間かかるなら、外出意欲が失せたっておかしくはない。今でさえ長いと感じているのに、この先には乗り換えもあるのだ。十和田さんが同行できるのはそこまでで、その先はシンのみが踏み込める領域という事らしい。
「再確認になりますが、この後中継地点でアンドロイドと合流、申請を行った後に再度専用のエレベーターで移動する事になります。地上に出る場合は逆ですね」
「その先は不明と」
「はい。私たちとの定期面談もほとんどがこの先の中継地点で実施されます」
単なる乗り換え用のフロアというだけでなく、それなりの設備も充実しているらしく、簡単な飲食も可能だそうだ。本来の手順なら地上まで上がってもらうけど、ここでも問題ないというか、あとからそういう設備を追加した形らしい。
「ここまで聞いた感じ、シンとの面談で地下の事もある程度分かりそうなもんですけど」
「多少なら推測もできますが、肝心な事は良く分からない力で記録できないというか……具体的に言うと、このエレベーターに乗って地上に出る間にメモや記憶などが消えるというか」
「何それ、怖いんですけど」
宇宙外知性体の超技術というやつか。記憶いじれるくらいだから、おかしくもないか。
「ただ、まるっきり謎ってわけでもなくて、多少の情報は伝わってます。話に聞く限りでは地下にはシン個々人のプライベートエリアが用意されているとか」
「シンはそこで生活していると」
「おそらくは。あと、内部に入った段階でアンドロイドのシステムがアップデートされるとも聞いています。実際、シンのサポート用に空けておいた記憶領域はそのためのもので、わざわざ規格を合わせている形になりますね」
「セルヴァからの指示もその中に含まれてるとか?」
「そうかもしれませんが、実際のところは不明です」
俺専任アンドロイドの選定、及び設定に関わった際、異常に余裕のあるスペックだと思ったが、そういう理由があるらしい。カタログスペックを信じるなら、既存部分だけで軍用のそれを遥かに凌駕するスペックだ。高性能過ぎてサポート対象が置物になるレベルである。むしろ、そんな空き容量に何を詰め込むのか分からない。
「滝沢君との面会もその後……シン専用フロアに移動してからになる予定ですが、おそらく内部にあるという共用エリアを使う事になるかと。多分、アンドロイドを通じて連絡があるでしょう」
「どういう感じで接したらいいかとかありますかね? 正直、今更ですがシンって普通の感性とは程遠い気がするんですが」
俺ですらサイコパスの疑いがあるのだ。地球圏最強なんて、まともである気がしない。
「シンが浮世離れしているのは確かですが、その中でも滝沢君はかなり普通寄りなはずですよ。少なくとも表面上で分かる範囲では」
「本当ですかね」
「演技かもしれませんけど、取り繕ってはくれるという事で」
「それならまあ……問題ないか」
ここ数日で実感できたシンの普通は一般常識から離れたところにありそうなんだが、本当に大丈夫だろうか。俺の枠を用意した当人らしいし、先輩かつ実力者である事は確実だから色々アドバイスをもらうためにも面会しないって選択肢はない。
ただ、最悪そこを乗り切ってしまえば他のシンと接触せずに活動する事はできるはずで、ある意味この後の面談が最大の難所ともいえる。
「あー、ただ家庭環境の話題に関してはタブーですね。踏み込んだからといって怒りはしないでしょうが、いい感情は持たないと思います」
「ウチも大概ですが、それ以上……って事ですよね?」
「かなり壮絶なので、知ったらむしろ踏み込めないと思います」
どんだけだよ。シンになるのにはむしろ好都合だったのかもしれんが、担当のこの人はそういう境遇に慣れ親しんでいるわけで、その人がここまで言うレベルって事か。危うきには近寄らないでおこう。俺だって触れられたくはないし。
そんな話を続けていると、エレベーター出口上部に設置してあるモニターにあと五分で到着する旨が表示された。初回だからそこまで気にならないが、何回も往復するとなると面倒だろうな。
到着したエレベーターの外はちょっとしたロビーのような光景が広がっていた。高層ビルの乗り換えフロアを想像していたので、ちょっとびっくりだ。
地下に行くというエレベーターもここから結構離れているらしく、ますば俺専任のアンドロイドを受領する事にした。というか、エレベーター脇の部屋に待機しているらしい。
「はじめまして、御主人様」
部屋で待っていたのはメイドさんだ。どうもシンが男性ならメイド型、女性なら執事型が基本になるらしく、容姿の細部を何度かランダム設定した以外は大きな変更もないままにしてある。奇をてらって執事にする必要性も感じない。
ただ、この初期設定に関しては拘るシンは多いらしい。それというのも、ここまで高性能なアンドロイドになると自分の容姿や体型などの初期設定がアイデンティティと扱われるため、後から変更するのに抵抗を覚えるのだとか。ストレスまで擬似的に再現しているというのだから驚きだ。とはいえ、俺はそんなに拘りはない。日常的に接する存在である以上、不快な特徴があるのは嫌だが、よほど意図して設定しない限りは普通にかわいいし。
問題があるとすれば、同一スペックのアンドロイド用に用意されたカタログのオプションがほとんど使えなかったという事だ。
軍用以上に高価な機体という事でカタログ上は凡そ考えつくオプションを乗せる事ができるスペックを有しているのに、肝心な……青少年が欲してやまない機能は付けられないとの事だった。この子はシン専用の端末として活用するのがメインだから、そういう事をしたければ別に購入しろという話なのだ。いくら高価とはいえ、シンの財力なら余裕という話ではあるのだが、一戦もしていない段階で出せる金額ではない。
仕方ないので、せめてもの抵抗として初期特性に可能な限りミニスカを履くというポリシーを追加させてもらった。現在の衣装をミニスカにしたわけではなく、それを好んで着用するように設定したのだ。つまり、目の前にいるのは裾を摘んで挨拶する優雅ポーズもとれないミニスカメイドなわけなのだが、一切反省する気はなかった。というか、本人はもちろん女性の十和田さんですら気にしてない様子だし。この程度は良くある事なのだろう。
「エレベーターで言ったように、シン用のエリアでアップデートされるまで、彼女は最低限の機能しか有していません。まだ自律して動くだけのマネキンですね」
そんな説明を受けるが、目の前のメイドはどう見ても人間そのものだ。日本で見たアンドロイドはもちろん、軍用や島で見たアンドロイドよりも遥かにそれらしく見える。
アンドロイド脅威論者の対策として、見分けがつくようにあえてデチューンしているという話もまんざら嘘ではないのかもしれない。ミニスカだって、これくらいなら普通とはいわないまでも見かけるし。
青少年の過ちに対してあまりに反応がないのでちょっと不安になりつつ確認してみたところ、世間のアンドロイド所持者はもっと露骨なのが多いので気にもしていなかったとの事。
「というか、生身の愛人作るより倫理的にはよっぽとマシじゃないでしょうか。というか、倫理的な問題なら軍用のほうがよほどひどいというか……」
日本という国の上層部に広がる闇を垣間見た気がした。
「あのですね、私はこんな立場なのでいわゆるお金もってる上流階級的な方と対面で話す機会もあるんですが、その手の人たちの中には本当に人道をどこかに置き忘れてきたような人もいるんです。というか、私の遺伝子的な父が正にその類でして……」
「あ、はい、なんか色々すいませんでした」
垣間見るどころか闇が噴き出してしまった。どこに地雷が転がってるか分からんな。
そんな、放っておいたらいつまでも上流階級の暗黒を噴出させそうな十和田さんをなだめつつ、俺はミニスカメイドを引き連れて逃げるように移動を開始した。当初の不安とかどこに行ってしまったのかという感じだが、これを狙ってやったのだとすれば彼女はかなりのやり手だろう。……全然そんな気はしないが。
「なんか、ノリで変な事に巻き込んで悪いな」
「???」
エレベーター内で二人きりになったところで、変な特徴をつけてしまったメイドさんに謝ったりしたが、本格的な初期設定前だからか良く分かってない様子だった。当たり前である。
「しかし本当に長いな、このエレベーター」
同伴者が話し易い十和田さんから起動直後のアンドロイドに変わったから体感的なものかと思っていたが、明らかに乗り換え前よりも時間がかかっている。普通の移動速度ならこのまま地球の地殻を貫通してしまうのではと不安になる長さだ。
「君の機能で現在位置が分かったりしないんだっけ?」
「機能はございますが、現在位置は不明です」
それもそうか。ここまでセキュリティに拘ってるような場所なら妨害くらいするだろう。
「海抜マイナス何メートルかとかも分からない?」
「エラー」
更に簡易な質問をしたら、本人に設定したものではないシステムメッセージが返ってきた。……こりゃ駄目だな。そういう場所なんだって諦めよう。
当のメイドは何が起きているのか理解していない表情で、変わらずこちらをジッと見つめていた。
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結局、それから体感時間で小一時間ほど移動したところでアナウンスが流れて、ようやく目的地に到着した。
エレベーターから降りた先は中継地点とは違って普通のビルにありそうな小型のホールだ。
ここからどこに行けばいいんだろうかと悩んでいたが、近くの壁にある案内版のような電子ボードを見てその疑問は氷解した。
「……ここがすでに俺のプライベートエリアなのか」
ここからシンのエリアが分かれているわけではなく、エレベーターホールの時点ですでに専用のエリアらしい。どういう仕組みかは知らないが、搭乗者によってエレベーターの行き先も決まっているという事か。
ボードでは簡易の間取りも確認できたが、ホール直結の通路の先には俺の生活空間が広がっているようだ。どうやったかは知らないが、一番手前の小部屋には俺の私物一式も搬入されているらしい。
『データの更新作業を開始します』
そんな感じでボードを見ながら唸っていたら、唐突にメイドが何かを受信し始めた。予め聞いていたから大丈夫だが、いきなりだったら結構ビビるだろう。
受信中は機能が最低限に抑えられるとの事だったが、幸い追従して移動する機能は有効らしいのでそのまま移動。
元々の俺の持ち物ではない備え付けの家具で構成されたリビングルームのような場所でソファに座らせる。それなりに高級なソファではあるが、あくまでそれなりだ。多分、十和田さんの執務室にあったもののほうが高級だろう。
リビングルームを見渡して思うのは、全体的に普通という印象だ。生活するには十分だろうが、聞かされていたシンの待遇を前提とするなら質素ともいえる。というか、多分地上に用意されてた邸宅のほうが豪華だな。それでも使われないという事はそれなりの理由があるんだろう。
「……というか、どうしよう」
次に何をすべきか分からない。
俺の予想ではメイドがアップデートされて指示が送られてくるのだと思ったのだが、データの受信は一向に終わる気配がない。最低限の受け答えはしてくれるので質問してみれば『1%のデータを受信完了しました』と気が遠くなるような回答だ。変わってない。
十和田さんの予想では説明のためにセルヴァが接触してくるかもという話だったが、その気配もない。
諦めて部屋の物色を始め、備え付けの冷蔵庫に色々入っているのが確認できたので、とりあえず餓死はないなとペットボトルのジュースに手をつける。これも地上で売っているものと同じものだ。
『1%のデータを受信完了しました』
再び問いかけてもパーセンテージすら変わらず途方に暮れるが、要はこれが終わるまで待機していろという事なのかもしれない。受信だけでなくアップデート処理が別にあるとすれば一日で終わる気はしないが、逆にいえばせいぜいそれくらいで終わるという事でもある。待てない時間ではない。
「……問題は、この後の予定に入ってる面談だよな」
数日前から組み込まれてた滝沢氏との面談がどこで行われるのか分からないままだ。それがなければ、このまま適当に散策するだけなんだが。
「直接来たから問題ねーよ」
唐突に、耳に入っていた言葉に凍りついた。
その言葉の内容が分からないという事ではなく、唐突に過ぎるタイミングも些細な事だ。それ以上に驚愕すべきは……。
「やあやあ、こんにちは。といっても、シンの同僚なんてどう対応していいか分かんねえけど」
「…………」
「あれ? 固まってる?」
気付いたら向かいのソファに同い年くらいの男が座っていた。大きく目を離したわけでもなく、何かの予兆があったわけでもない。本当に唐突に現れて当たり前のように喋り始めたのだ。
「え、えーと……」
「オレが面談依頼を入れてた滝沢コウだ。一応ここでの成績はトップだが、最先任ってわけでもないからそう気張らないでくれ」
顔は写真で見ていたから間違う事こそないが、そんな事を言われても困る。
大体、ここはプライベートなエリアのはずで、聞く限りではシンはお互いに不干渉に近いという話だったはずだ。まさか、何の予告もなしに現れるのが普通だとでもいうのか。
「失礼かなーとは思ったんだが、良く考えたらアンドロイドのアップデートで時間かかるよなーと思ってさ」
「じ、自由に行き来できるとか?」
「いや、オレの場合はある程度権限を無視できるけど、今回は事前に申請してたからだな。他の奴は明確に許可出さないと入って来れないよ」
「そ、そう……」
安心した。……いやいや、安心していいわけねーだろ。今現在進行形で対処すべきトラブルが目の前にいるのに。
「ちなみに、その子のアップデートは最大で二日かかる。オレの時は一週間近く放置されたから、技術の進歩ってやつだな。人間の技術もなかなか捨てたもんじゃないって事だ」
無遠慮に会話を続けているが、俺としてはどうしていいか分からない。突発的な対応力はそれなりにあると思っていたが、さすがにこれは……。
「アップデートが終わればここのシステムやスケジュールの組み方なんかも分かるから、基本的には何かするのはそれからでいい」
「いや、そんな事を言われても」
目の前のお前は無視していいのかって話だ。そんなわけないだろう。
「……それで、面談の要件は?」
完全には落ち着いていないものの、ようやくまともな言葉を絞り出した。
「ただの挨拶……なんだが、ご存知の通りシンって奴はそんな事はまずしない。多分、オレが初?」
「立場的なものを考慮するなら、それを無礼だとか言う気はないですが、事前連絡が欲しかった」
「そこはごめんなさいって事で。オレたちってば大体常識知らずなもんで」
普通、そのオレたちのカテゴリには俺も入ってしまうのではないだろうか。基本的に常識人のつもりなんだが。日々アップデートされて翌年には見る影もなくなる一般常識でもちゃんと単位はとってるぞ。
「まー、今回が異例って事だな。そもそも、あんたの枠を用意したのも俺だし、下手すりゃ他のシンは存在自体気付いてない」
「……ずっと気になっていたんですが、何か目的でも?」
こちらは突然入社試験をキャンセルされてこんなところに連れて来られたのだ。ある程度飲み込みはしたが、それでも納得できる事情があるなら確認したい。
未着任者の中で適性がトップだったとしても、それだけでいきなりあの展開は不自然だ。俺である必要がどこかにあるはずと思っている。
「もちろん理由はある。簡単に言うと新人育成かな」
「……良くは知りませんが、定期的に着任するもんじゃないんですか?」
「もうちょっと砕けた言葉遣いでいいよ」
それはむしろ俺が言う立場な気がしなくもない。一応でもここの家主は俺なんだが。
「なんせ、オレの目的は相方の育成だ。これから一緒にやっていくのに過度な距離感は不要だぜ」
「……ちょっと、何を言ってるのか」
「あんたはオレがマンツーマンで鍛える。基本的には放任だが、現在の地球圏トップが専任コーチだ」
「……なんのために?」
多少でも明確な目的が出てきたからか、それが突飛な話だったからか、俺の脳が冷えるのを感じた。
こうして口にするという事、これまでの言動からして伊達や酔狂ではないだろう。何かしらの目的があってそれをするはずだ。その確認が最優先。でないと怖くて動けない。
今まで自覚はなかったが、これはきっと俺の特徴だ。判断の困難な混乱時に何かのキッカケでわずかに冷静さを取り戻せると。
「なかなかいいね、その反応。……オレの目的はランク上げ……ランクって言っても分かんねえだろうけど、シンはその実力によって階級が分かれてるんだ」
「簡単には……聞いたが」
「オレは上を目指したいんだが、協力してくれそうな同胞はいない。なら一からって話だ」
良く分からないのは変わらないが、そのランク上げは一人では不可能……あるいは極めて困難な仕様があって、それを打開する術を俺……新人に求めた。だから、わざわざ自分で枠まで用意したと。聞いているようにシンが個人主義者ばかりという話が本当なら分からんでもない。
「正直、ご期待に応えられるかは自信ないんだが」
「そこはおいおい分かるさ。まずはやってみないと始まらない」
それはそうなんだが、巻き込まれる身としては簡単に受け入れていいものじゃないと思う。
大体、その前提では俺が個人主義者である可能性が考慮されていない。駄目元だったという事かもしれんが。
「とにかく、今時点を以てあんたはオレのパートナー候補だ。よろしくな、相棒!」
怪しい面接官に話を聞かされた当初、俺は無難に生き残る事を考えていた。島に来て、曲がりなりにも非日常を味わって、なんとかやっていけるかもと思ったりもした。
だから、ただ漫然とシンとして活動するつもりはなかった。やるなら、自分でできる範囲で全力は尽くそうと。簡単に言ってしまえば、やる気にはなっていたのだ。
しかし、それ以上に俺の現実は加速を始める。外圧が俺の決意を尽く上回っていく。
今更止まれない。戻る先はない。だからといって、ただ身を任せるにはあまりに不穏な世界だ。
暴走を始めた運命の中で、俺は絶妙な舵取りを求められていると自覚した。
未だ主人公の名前すら出ていないという恐怖。(*´∀`*)※一年ぶり二度目
メイドさんのほうは現時点で名付け設定が終わっていないので名無しです。
次の予定はガチャですが、書籍化の作業にも着手する関係から若干遅れる見込みです。(*´∀`*)
そろそろ情報も小出ししていけるような気もしますが、色々未定なのでいつも通りクラファンのアップデートかTwitterを確認しつつ五輪にプレッシャーを与え続けるのがいいかと。