Prologue「人類は敗北したらしい」
新作です。(*´∀`*)
西暦2098年。世界はもう少しで二十二世紀を迎える。
暦上は時代の節目と呼ぶべき大イベントではあるが、世紀を跨いだからといって人々の営みは変わらない。せいぜいが世間話やニュースの話題となるくらいで、西暦の数字だって三桁目が繰り上がるだけだ。
何も変わらないのはこういった節目に限った事ではない。人類の歴史、日本の歴史を紐解いてみても、二十一世紀、特にその後半は時代の流れが停滞していたと言っていいだろう。
二十一世紀終盤になっても変わらぬ日常、変わらぬ社会、変わらぬ習慣。そして変わらぬ世界。
文明の発展は進んでいても、根本的な生活は変わらないまま。便利になってもなり過ぎる事はない。
全ての病気を根絶する事はできていないし、不老不死も実現していない。
アンドロイドが誕生しても、それに全てを任せて人間が何もせずに生きられる社会も訪れていない。
石油の代替として発見されたエネルギーは世界を豊かにしたが、日々増加を続けるエネルギー消費量を賄い切れる程でもない。
漫画は未だに白黒で、紙の雑誌が消えたりもしていない。
車も地を走るままで、自由に空を飛ぶ乗り物は規制対象である。
宇宙開発だって始まったばかりだ。探査や資源採取は活発になってきたものの、火星どころか、月だって人が住めるような環境じゃない。
もちろんタイムマシンも発明されていないし、歴史には明かされていない謎も多いままだ。
ここ、日本の夏も湿気が多いままで、何度目か分からない今年の最高気温の中を歩くだけで不快指数は急上昇する。
一週間前に購入したスーツやシャツは店員の話によれば昨年よりも格段に通気性、揮発性が向上したという事だったが、普段スーツを着用しない者に違いは分からない。別にエアコンが内蔵されるわけでもないのだ。街を行く営業職のサラリーマンは上着を着たまま涼しい顔で歩いているが、俺には彼らが超人に見える。とても、数ヶ月後に彼らの仲間入りできる気がしない。
俺はこの世に生を受けて二十年も経っていないが、百年程度昔の事ならはっきりと情報が残っている時代である。それらの情報と比べてみて、今の生活が未来的かと聞かれると疑問だ。……いや、はっきり否と答えられる。
間違いなく進歩はしている。だが、革新的と言えるかというとそうでもない。ある日突然、二十一世紀が始まった頃にタイムスリップしたとしても、きっと多少不便なだけで何事もなく生活できるはずだ。逆に、過去からこの時代に来たらがっかりする事だろう。実際、冷凍みかんはがっかりしていた。
かつて人類が期待し、夢見た未来は訪れていない。ただ、少しばかり便利に、そしてとても窮屈になっただけである。
『思うに、表面的な倫理感と安易な規制の結果がこの有様じゃないかな』
かつて、クラスで一番頭の良かった冷凍みかんはそう言った。それだけを原因とするのはさすがに暴論だが、原因の一つと考えるには妥当だなと当時の俺も納得した。
文明の進歩には争いや競争が必要だ。犠牲のない世界に急激な進歩はありえない。
規制によって戦争は縮小し、やがてなくなった。紛争と名を変えた争いだって、昨今の規模は小さいものばかりだ。
絶対勝てる戦いだとしても、戦争というだけで世論が邪魔をする。どこかの超大国だって、軍人が一人死んだだけで大騒ぎだ。人の価値が高騰し過ぎて、採算を合わせようがない。
もはや戦争の起こる社会構造は終焉を迎えたのだ。ある意味では平和な世の中になったとも言える。
戦争を肯定するわけじゃない。平和は素晴らしいことだと思う。しかし、みんなが平等に権利を主張し、お手々繋いでゴールする世の中では進歩のしようがないのも事実である。そんな"みんな平等"なルールを決めたところで、得をするのは声が大きい奴と、ルールの隙間を抜けるのが上手い奴、そしてルールを決める側の存在だけ。結果、訪れるのはみんなが平等に平均値になるのではなく、平等に順位が下がった世界だ。同率最下位である。
国民が何でも言える社会は方針の複雑化を産み、統制が困難となった。ただし、弱肉強食の概念はそのままだ。強い者は強いまま、弱い者は弱いまま。決して変わる事のない鉄壁の体制が作られた。
争いのなくなった世界に下克上はありえない。それを許す世界ではないし、何より勝ち目がない。強盗、誘拐、テロといった犯罪でさえ、高度な対抗手段が確立された昨今では成立しないと言われているほどだ。成立するとしても、それは同じ土俵に立つ者同士だけである。
表面上はそう見えないようになっていても、強者が弱者を搾取する構造には変わらない。そんな体制は人々の牙を抜き、従順な家畜を作り上げた。
そしてこの構造には強者と弱者、この二つだけで真ん中はいない。そこに例外はなく、世界には搾取する国とされる国しか存在しない。日本という国だって強者のうちの一つだと言われている。
国として強者でも、その中には同じく力の強弱が存在する。
分かり易くいえば金持ちは金持ちのまま、貧乏人はずっと貧乏人。一種の経済的支配者とそれ以外は明確に区別され、その立場が変わる事はない。
それは、はるか昔に存在した奴隷とはまた違う。人権……人としての権利は確かに保有している。少なくとも、ここ日本ではそうだ。
安全に、大きな病気もなく長生きで、飢える事もなく、多様な娯楽もある。強者の中の弱者はそんな立場だ。ディストピア染みた社会構造を気にしなければ人生を謳歌できる。
比較対象である強者……富裕層は目の届かない世界にいて、直接関わる事はない。社会構造を気にしなければ、大した不満も生まれないだろう。窮屈ではあるが、俺自身も別にこのままで構わないと思っている。
争いをやめ、緩やかに歩みを止めかけたそんな世界。それが二十二世紀を間近に控えた現在における人類の在り方である。
だが、どうやらこの世界観も古いものだったようだ。
「正確な時期は不明だが、凡そ五十年ほど前の事だ。人類は地球外生命体と接触した」
面接会場として指定された建物。その一室で、面接官として紹介された男が俺の自己紹介すら促さずに突然そんな事を言い出した。
中肉中背の中年サラリーマン。ファッション以外で見かける事のない眼鏡くらいしか特徴のない面接官は一見真面目そうで、冗談を言うようなタイプには見えない。
何言ってるんだ、こいつ。口には出さないが、俺の目はそう言っていただろう。そんな俺を見ても男は態度を変えずに話を続ける。
「その地球外生命体が求めたのは友好的接触でも対等な関係性の構築でもなく、地球の国家全てに対する隷属だった」
そんな事実は報道されていないし、規制をかけられていたにしてもまったくの痕跡なしというのは厳しい。何せ国家全てだ。特定の国だけならともかく、世界中の全ての国がそこまでの情報規制をかける事はできない。世界中どこだろうが、情報をやり取りする方法はある。情報が僅かでも漏洩すれば、噂程度は広がるだろう。数年程度なら誤魔化す方法もあるかもしれない。しかし、初接触が半世紀前の話じゃ無理があり過ぎる。加えて、半世紀前ともなれば情報セキュリティーの技術も未発達だ。秘匿すべき情報はあっという間に拡散するはずだ。
これは、この会社特有の面接方法なのだろうか。反応を見て採点するとか。それを前提に今の社会構造を作り出すにはどうしたらいいでしょう、とか? 無理なんじゃない?
「当然、地球国家群は戦った。全てが手に手を取るような共闘はできなかったが、利害関係を上手く調整する事で、少なくとも戦わずして敗北、なんて事態は避けられた。そうして、地球はその地球外生命体と戦争状態に入る」
戦争になったのなら、さすがに情報が何も残らないというのは有り得ないだろう。負けたんならその宇宙人に隷属していないとおかしいし、勝っても何かしら利益を得ているはずだ。
国という規模で利益や損失があって何も情報がないのは無茶だな。創作にしても設定をもう少し煮詰めたほうがいい。
面接に使う題材だから適当に作った即興の物語という事なら話は分かる。ここでどう反応を示させばいいか。ありえないと言えばいいのか、先の展開を求めるのか、情報の詳細を確認するか。……自己紹介すらしてないが。
「すいません、質問よろしいでしょうか」
「構わないよ」
反応があった。どうやら俺を無視して自分語りをしているわけではないらしい。ならば、これはやはり架空のシチュエーションを利用した面接なのだろう。
「その地球外生命体は宇宙人でしょうか?」
その質問に面接官の目が丸くなった。意外な反応だったのだろう。話の内容を聞く限り、重要そうな部分ではないのだから。
「はは、面白い着眼点だ。狙ってやったかもしれないが、なかなかその質問は出てこない」
よし、どうやら上手くいったらしい。これで少しは印象に残ったはずだ。就職を勝ち取る為にはこういう印象操作も大事なのだ。
「回答としてはノーだ。彼らは宇宙人ではない」
「人型ではないから宇宙人とは呼ばないとか。それとも異世界人ですか? 未来人って線もありますね」
「違う違う、そんなレベルじゃない。そうだな……言ってみれば"宇宙外"知性体かな」
創作に乗った俺の話が面白かったのか、男は少し楽しそうに設定を語り始めた。
地球や太陽系どころか、宇宙飛び出しちゃったよ。なんともスケールのでかい話だ。接触したのは確かに地球外生命体だが、実際はもっと範囲が広いというわけだ。設定を覆したわけじゃないが、広過ぎるわ。
「我々では彼らに直接干渉する事ができない。だが、向こうはこちらに一方的に干渉できる。やろうと思えば太陽系位なら瞬時に消滅できるんじゃないかな。そういう連中さ」
「それは勝ち目がありませんね。戦争どころじゃない」
人類は未だ宇宙に展開可能な軍すら保有していないのだ。大気圏外に停泊する宇宙船に攻撃する事くらいならできるだろうが、さすがに相手が強大過ぎる。神話に登場する神様だってもう少し規模は小さいだろう。
「そうだな。……実際、我々人類は敗北した。彼らに隷属する事になったんだ。そしてそれは今も変わらない」
めでたしめでたし。……なるほど、人類は敗北したのか。それは知らなかった。
というところで、さすがに話にも区切りがついただろうと本来の目的である面接について切り出してみる。
「あの……失礼かもしれませんが、この面接はどういった意図があるのでしょうか? 差し支えなければご教示頂きたいのですが」
「そんなものはないよ」
「は?」
今度はこちらが間抜け顔を晒す番だった。
……意図がないってどういう事だ? 意味が分からない。
「実はこの話はただの説明で、この場も君の志望している企業の面接じゃない」
「え……ええと、それはつまりこれは面接前の軽い面談のようなものと……」
「いや、まったく関係ない。今日予定していた君の面接はキャンセルされた。というか、試験自体行われない」
何言ってるんだ、こいつ。昨今、そんな事はそうそう有り得ないはずだ。
この国の法律が改正されて以降、労働条件の虚偽や曖昧な表現を盾に取った半強制的な労働は厳しく取り締まられた。それは就職の際に行われる試験にも範囲が及び、明確な合格基準を提示した上での採用試験、不採用の場合はその理由の明確化が義務付けられている。そんな理由で不採用にするならそもそも募集するんじゃねえって案件の場合はペナルティさえあるのだ。集団面接なんてもはや存在しない。就職面接はお互いに吟味を重ね、条件に折り合いがついた上で行われる最終テストである。一度受領した試験をキャンセルなんて、企業側にできるわけがない。事前の告知がなかった以上、訴える事さえ可能だ。
面接を受ける個人側からなら有り得ない話ではない。ペナルティがあるといってもそれは個人の範疇で、その影響範囲は家族や親戚、母校くらいのものだろう。些細とは言い難い上に人生を投げ捨てるようなものだが、それが個人による判断である以上、絶対にないとはいえない。
対して企業側からキャンセルするというのはあまりに非現実的だ。その影響は個人の比ではない。そんなリスクを新入社員一人のために冒すとは思えない。
「意味が分からないのですが」
「そりゃそうだ。たかが一社員の就職とはいえ一方的にキャンセルなんて、今のご時世、相当な事情がなければ許されない。君の経歴に問題があったわけでもないしね」
俺の声には理不尽に対する怒りが少々含まれていただろう。しかし、面接官……男の反応は変わらない。どうやら冗談というわけでもないらしい。
もしもこの男の言う事が本当だとするなら、俺だけが泣き寝入りすればいいというわけでもない。学校の事務局に試験結果は通知されるし、黙っていては組織としての信用は失墜する。だから、会社を潰してもいいとか、今後新卒社員は一切取りませんとかでもない限りそんな事はありえないのだ。
これが社員数人の零細企業なら分からないでもないが、そんなところの募集は新卒には用意されないし、そもそも俺が受けるはずだった企業は学校とのパイプも強い大企業である。さすがに面接一つで潰れはしないだろうが、確実に致命的な悪影響を及ぼすはずだ。
「そこで、最初の話に繋がるわけだ」
「宇宙人……いや宇宙外知性体……ですか?」
こいつがその宇宙外知性体で、俺に隷属でもしろって事か?
「先程までの話が、まさか本当だとでも?」
「本当なのさ。一般人の知らない、裏の歴史というやつだな。今現在、地球上に存在している国家二百八ヶ国はその宇宙外知性体セルヴァに隷属している状態だ」
「国ってそんなにありましたっけ?」
小さい国の名前なんて覚えてないが、国共連加盟国でも百五十に届かないはずだし、未加盟含めた数にしても多い。また、お隣さんが分裂でもしたのだろうか。
「この数はセルヴァによって正式に国の単位として認められた数だ。簡単に言うと、現在内部分裂している国がいくつかある」
「隷属対象……奴隷を分割して管理しやすいようにしてるって事ですかね?」
人口の多い国は管理し辛い。巨大な単位を管理するには、グループ分けしたほうが効率的だ。
「あはは、人間的な考えならそうなるが違うね。これは地球側から国として登録申請を提出された数だ。セルヴァ側はどっちでもいいんだけど、いくつかの国は利益配分で揉めてね。結果分裂した」
「奴隷に利益?」
「隷属しろとは言われたが、強制労働させられるわけでも皆殺しにされるわけでもない。奴らは利益を餌として提供し、隷属した存在同士を争わせている。そこで、利益を増やしたい国は分割して申請した。実は全体に配分されるパイは同じなんだが、その利益を国に還元する場合、国が小さいほうが指導者としてはお得だろ? 国家元首になりたい輩が多かったという理由もあるがね」
なるほど、個人的な利益が目的か。……まあ、やりそうな国の想像はつく。あくまで前提ありき……その宇宙外生命体や利益とやらが実在するとして、だが。
「我が日本は一つのままだから安心していい。あとは、逆にくっついた連合国も存在する。その結果がこの二百八って数だ。ちなみに、結構頻繁に増減もしてる」
「数は分かりましたけど、争うって手段はなんですか? 戦争じゃないですよね?」
「代表を選出しての戦闘だ」
「……は?」
国が争っているのに個人でケリつけるのか? 大昔の一騎打ちか。
「詳しくは分からないんだが、セルヴァの連中はその試合で賭けをしているらしい。娯楽みたいなものだな。そのファイトマネーとして、さっき言った利益が提供されるわけだ」
「ローマの拳闘士のようなものって事ですか?」
「ああ、そうだね。近いかもしれない」
さすがにこの流れだと察しはつくぞ。
「ちょっと待って下さい。……それはつまり、俺に戦えって事ですか?」
「その通り、大正解。国からのお達しだから、面接取り消しした企業にもペナルティはありません」
当たって欲しくない予想だった。
え、さすがに冗談だよな? 何を好き好んでそんな時代錯誤な職業に就かにゃならんのだ。
「というわけで、これが君の為に用意された登録書になる。君はこの前新しく増えた登録枠に選出されました。おめでとう」
しかし、男は国家の正式な書類である文書を差し出して来た。俺の名前がばっちりと記載されたその書類はさすがに冗談じゃ済まされない。偽造すれば犯罪確実だ。下手な証書の偽造よりも罪が重い。
……まさか、マジなの? え、ここまでの話含めて?
「……拒否権は?」
「あるよ」
え、あるんだ。国からの命令だから強制的に決まると思ってたんだけど。この書類は赤紙ってわけでもないのか?
「強制的に決める国も多いけど、日本の場合は選択権付きだ。ただし、拒否した場合は相応のペナルティもある」
「監禁して強制労働とか、牢屋行きとかですか?」
「まさか。ウチは大事な国民をそんな風に扱う国じゃないよ。そういう国もあるけどね」
あるのかよ。いや、いくらでもありそうだけど。
「別に他に候補がいないわけでもないから、断るなら次の候補に話が行くだけさ。その場合、君が現在とれる選択肢としては主に二択、記憶弄って帰ってもらうか専用の労働施設に移住してもらうかだね。受諾する場合も含めれば三択だ」
「き、記憶……」
「ああ、記憶消去処理はセルヴァ謹製の技術だから害はないと思っていい。あとは……担当の私が左遷されるから、嫌がらせで就職し辛くしちゃうかもね」
「……脅しですか?」
「やだなあ、ジョークだよ」
ジョークに聞こえないんだよ。何でそこだけ真顔なんだよ。
この様子じゃ、国家の息がかかった企業は全滅と考えたほうが無難だ。少なくとも、今日受けようとしてた企業はアウトだろう。
くそ、なんで就職面接に来ただけでこんな窮地に立たされてるんだよ。今からでもいいから冗談だと言ってくれ。
「その労働施設に行く場合、そこから出る事は?」
「敷地からは基本的に出られない。手紙は出せるしネットも繋がるけど、内容は検閲される」
「ほとんど刑務所じゃないですか」
「失礼な。最低限の生活保障はされるし、ちゃんと人間的な生活は送れるよ。いくつか行動に制限付くだけさ。ただ、半隔離状態に置かれるだけ。ご同類同士だったら結婚する事もできる。何なら外から連れて来て斡旋してもいい」
やばい。俺、もう詰んでないか?
記憶操作されるのは百歩譲ってアリだとしても、超貴重な新卒カードを潰し、公務員や国家の息がかかった企業への就職が困難になるとしたら、あとはもう中小企業の中から探すか或いはバイトくらいしか……。少なくとも安定した職は厳しい。技能職だったら望みはあるかもしれないが、そういった職業は専門学校で鍛えぬかれたエリートだ。逆にハードルが上がる。とてもじゃないが俺には難しい。
「……受けた場合の待遇についていくつか聞いても?」
「どうぞ。答えられる範囲だけどね」
「任期の概念は?」
「意外に思うかもしれないけど、最低一年。成績が一定以上で、希望するならいくらでも」
あれ、そうなんだ。意外に短いのか?
「その任期中、最低限で何回戦えばいいんですかね?」
「最低ランクだと二週間に一度は戦わないといけないから、二十回ちょっとかな」
最低ランクとか新しい単語が出てきたけど、後回しだな。
「どういった戦いになるんですか?」
「それはあまり詳しくないんだよな。……最低ランクなら、基本一対一での殺し合いとは聞いてるけど、ここまでは落ちてこない情報なんだよね」
「その……戦闘って事はやっぱり、勝ち続けないと死ぬって事ですよね?」
「いや、基本的に死なない。絶対じゃないけど、日本にいて事故で死ぬ確率よりは低いらしい」
「は?」
「我々の埒外にいるような存在が用意したシステムだからね。詳しい仕組みは知らないが、これまでの死亡者はゼロだ。日本はね」
凄い治療技術でもあるんだろうか。だけど、殺し合いと言っている以上、トドメを刺すのは当然なはずで……何か未知の技術で生き返らせたりしてるのか。
「任期の後は元の生活に?」
「戻れない。基本的には先ほど言った労働施設での生活になる」
「それは、ただ戦いを強制させる事がなくなるだけってだけの話では?」
「そうとも言う。野放しになんてできないから当然なんだけど、今の君に言っても仕方ないね」
こっちは一生監獄生活を送るかどうかの瀬戸際なんだが。大枠では絶望的なペナルティの上に記憶消去するか、専用施設で隔離生活かしか提示されていないのだ。
「労働施設とか隔離とか言ってるから誤解してると思うけど、あそこは極めて快適な環境だよ。国が提供できるギリギリの楽園とでもいうべきか。立場上推奨はできないが、ここで断ってあそこで生活するのでも、今よりは遥かにいい環境さ」
「ただいくつかの制限が付くだけだと?」
「そう。もちろん、その中での待遇には差があるけどね。便宜上登録者の事を戦士と呼ぶけど、その戦士とただの労働者とでは天と地ほどにも違う。なんでも提供できるとはいえ、貨幣経済は日本そのままだからね。稼げる立場はそれだけで強い」
金持ってる奴が強いのは、通常の社会なら当たり前だが……。
「金でモノは買える社会だと?」
「日本で現行生産しているものならまず手に入る。中古品やアンティークの類はまた別だけど、通販で買えるなら普通に注文すればいい」
「物価は?」
「基本的に日本の価格が反映される。あー、割り引きやセールは期待しないほうがいいかもしれない。ただ、そんな事気にならない報酬が手に入るだろうけど」
いくら日本を基準にしてても施設内で完結している以上、市場の競争原理は働かないと。まあ、当然ではあるが。
少なくとも独自通貨が発行されてて、商品価格は十倍とかそんな事はなさそうだ。
「……戦士とやらになった場合、その報酬の詳細は?」
さぞかし高待遇なんだろうな、という視線で投げてみる。
「成果によるから安定はしていないけど、それを差し引いてもかなり高いと思っていいね。ああ、君が就職しようとした企業で新卒社員が貰う平均年収くらいなら、前金で渡してもいいよ」
「……それはつまり、それ以上に稼げると」
「比較にならない。日本の場合は報酬の30%は国に還元されるけど、一回勝つだけでも笑えるくらいの金額が手に入る。生活費も家賃ゼロ、光熱費ゼロ、食費ゼロ、それ以外でも毎月百万円以内なら経費として処理できる」
国に還元されるのは税金みたいなもんか。
生活費は気にしなくて良い環境ではあると……それだけなら軍隊でもそうだろうが、毎月百万円使っていいっていうのは破格の高待遇だ。
それに加えて莫大な収入もあると。……このまま就職しても稼げないような額が。
「断って隔離された場合は?」
「どんな仕事をするかにもよるけど、無職だろうが最低限生活レベルは落ちないはずだね。断る理由になるからむしろ生活レベルは下げるべきかもしれないけど、そうも言ってられない事情もあるんだ。君だって、不幸な人ばかりのところで王様気取りたくはないだろう? 受け皿になる以上は、最低限以上に優遇せざるを得ない」
逃げ道ができるのは好ましくないが、なんらかの事情で塞がれていない。それを隠してもいないと。
……記憶処理されるよりはそっちのほうがマシなのかも。
「尤も、そういった優遇も戦士諸君が稼いでくれる利益からすれば端金だから問題はない。福利厚生のようなものさ」
そんな生活基盤を維持しても端金と言えるほどの利益が出てる。となれば、当たり前だが利益を出している構造が存在しているというわけだ。
……日本の経済が反映されている以上、流通しているのは日本円だろう。その日本円は国から支払われてるはずだが……その裏があるな。
「ひょっとして戦士とやらの報酬は国からではなく、例のセルヴァから提供される何かによって成り立っているという事ですか?」
「その通り。察しがいいね。別に国が払うわけでもない上に、まさしく超常の技術や物資が手に入るわけだ。たとえ30%だろうがボロ儲け。残りの70%を手にする側はもっとウハウハ」
そういう事か……。国の懐はまったく傷まない。その上、文字通りの存在だというのなら、そこから提供される利益は果てしないだろう。そりゃ国を割ってでも独占したい連中はいるはずだ。
ここ十数年で表に出てきた高度医療技術、アンドロイド技術、情報セキュリティ技術。かつて冷凍みかんがこれらの技術をテクノロジーの歴史から考えて有り得ないと言っていたが、あれらがその利益の一端だとするならば納得できる。言われてみれば、複数の分野で同時にブレイクスルーが発生するのは不自然に過ぎる。
……考えれば考えれるほど納得できてしまう。
「……美味い話にしか聞こえないんですけど」
「実際美味いからね。私だって、適性があるなら挑戦する。連中にとってその利益はチリ紙程度の価値しかないだろうけど、我々にとってはまさしく黄金だ。価値観が違うって事だな。それが超常の存在に隷属してるって事なんだよ」
それほどスケールの違う相手って事か。俺たちにとって角砂糖一つでも、蟻にとってはごちそうなような……いや、それ以上の、比較にすらならないスケールの違いだ。
相手はただ観察しているだけ。敵性存在としては相手にもされていない。
「最後に……なんで俺なんですか?」
「単純に適性だね。それと、親類縁者が少なくて理由さえ付ければいなくなっても影響が少ない。これで借金があればパーフェクトだった」
借金なんかねーよ。今日び、学生に金を貸す業者などいない。それこそ闇金みたいな実際にいるのかも分からん存在だけだ。
「君は日本全国で三十六位の適性がある」
「それは……高いのか低いのか分からないんですが」
「高いさ。人口は一億を割ったけど、それでもその内の三十六位だ。条件が一致してて、現在すでに参加中の者を除けばトップだよ。じゃなきゃ、こんな強引に勧誘はしない」
強引な自覚はあるって事か。そして、それを国も黙認……いや、推奨していると。
「……状況は分かりました。返事はいつまでにすれば」
「今。……と、言いたいところだけど、明日まで待つよ。だけど、この建物からは出さない。上のフロアに宿泊専用の個室があるから、一晩ゆっくり考えてみる事だね」
「はあ……」
拒否権は一応あるにしても、逆らえるような相手じゃないよな。
……どうしてこんな事になってしまったんだ。
各種事項が詳しく書かれた資料をもらい、部屋を出るとホテルマンのような男が案内役として現れた。俺の代わりにお前が戦えよ、と思うようなマッチョマンなので決して逆らったりはしない。
案内されるまま建物の中を移動し、目的地まで数分。同じ建物のホテルのスイートルームのような部屋に押し込められる。中にトイレも風呂もあり、冷蔵庫の中の物は飲み食い自由。ルームサービスも好きなだけ利用していいらしい。ただ、ドアは完全にロックされて出られない。携帯機器も取り上げられている状態だ。窓も開かねえよ、くそ。
「はあ……なんなんだ、まったく」
ベッドにダイブしてそのまま寝てしまいたかったが、ここはもらった資料を読むべきだろう。
もうすでにこれが冗談の類ではない事は確信している。あるとすればこれまで提示されたものの正当性が意味をなさない拉致監禁の類だが、自分の価値を考えるとそれもないだろう。例の適性とやらを除けば、極一般的な学生に過ぎないのだから。
かと言って宇宙外知性体がなんとやらというのも信じがたいのだが、資料を読まない理由にはならない。文字通り、自分の運命を決める話だ。今日受けるはずだった面接よりも重要度は高いだろう。
資料は紙媒体だが、そんなにブ厚くはない。せいぜいパンフレット程度だ。この資料を作ったのは件の宇宙外生命体ではなく、日本らしい。あくまで日本国主観の情報であると明記されている。
この話を受諾した後に俺が放り込まれるという場所の位置は非公開。ただ、戦士一人一人に個室が用意され、生活空間は快適らしい。それ以外にも、自宅が一軒付くという。生活拠点が二つって事か。
他の戦士との交流も基本的になし。個別の方法を使えば会えない事もないらしいが、面会拒絶も可能。ただし、月一の報告として所属国の派遣員と面談があり、これは強制らしい。つまり、それ以外は誰とも会わずに過ごす事も可能というわけだ。職場の面倒なお付き合いは気にしなくていいと。
利用は任意だが、訓練場や専任の訓練官も国が用意。試合のない日にそこへ行って訓練を受ける事もできる。俺のような戦闘経験、スポーツも碌にした事がないような奴でも鍛えられますよって事だ。強制でないのはありがたいが……戦うなら必須なんだろうな。
戦闘のファイトマネーは日本円でなく、独自の通貨のような物で支払われるらしい。先程言っていた国への還元30%もこれだ。
結構なレートで日本円をはじめ世界の各種通貨へ替える事もできるが、施設内ならそのままでも使用可能。この通貨を使い、装備や生活用品、嗜好品を購入可能。肉体改造も可能らしい。サイボーグにでもなれというのか。
購入できるものの中に武装はあるが、初期の段階では政府が用意してくれるらしい。現在日本で入手可能な最新鋭の物を用意してくるとの事。意外にも強力なバックアップだ。国によって体制は異なり、武器もなしに放り込まれる国もあるという事だから、これはありがたい。
相手の文明や経済状況に依存するが、銃が効く相手なら楽勝というケースも普通にあるらしい。そういう相手だけなら楽なんだろうが、そうもいかないんだろうな。
……慣れる為にもやはり軍事訓練は必須か。
ファイトマネーは試合に参加するだけで発生し、勝利した場合は別途ボーナスが支給。試合は二週間に最低一度行う必要があるが、基本的に任意。やりたければ何度でも試合可能で、登録しておけば自動的にマッチングしてくれるそうだ。
戦闘する相手は……俺は外国の登録選手と思っていたのだが、ほとんどの場合は地球外生物との事。地球と同じように文明を持ち、セルヴァに隷属した宇宙人と戦う事になる。マッチング次第では地球人が相手になるかもしれないが、その可能性は極小。
つまり、俺は異星人と遭遇して戦う羽目になるという事だな。物騒な話だ。……ここは、同じ人間同士で殺し合う事にならなかったと喜ぶべきなのか?
そしてあの面接官が言っていたランクだ。
一定数の勝利を収め、昇格戦という戦いに勝利すれば上のランクに昇格する。ランクが上がればファイトマネーや購入できる物品、環境などがグレードアップするという。
当然、ランクが上がればマッチングされる相手も強くなるので、無理に上げる事は国としても推奨しないらしい。
と、資料にあるランクについての情報は名前から簡単に想像がつく程度のものしかないのだが、その中に一つ目を疑うような情報が含まれていた。
同一の文明圏……この場合は地球なのだが、この地球カテゴリの中で最高ランクの選手が日本人だった。しかも、年下の十七歳。宇宙人相手に戦う学生である。……いや、高校に通っているわけではないんだろうが。
やっぱり、指先一つで相手を破裂させたりできるのだろうか。ランク自体はそれより上もあるようだし最強という程でもないだろうが、同じ国の人がこんなに頑張っているのは少し嬉しくもある。もしも会う事になったら敬語で接した方がいいんだろうな。年下でもセンパイだし。
最後に、依頼を拒否した場合に連れて行かれるという場所だ。というか、どうも依頼を承諾した場合でも同じ場所に拠点を持つ事になるらしい。どうも島らしいが、場所は非公開。多分太平洋だろう。
紹介用の写真は、刑務所のような監禁施設ではなくリゾート地である。必要最低限の生活というのは日本国民としての最低限であり、生きていくだけで精一杯とかそういう事ではないようだ。
日本本土に比べたら雇用は少ないが、労働すれば十分な給金も支払われる。島内の流通の利用や通販は許可されているので、本土と関係性を持てない以外はむしろいい場所だろう。ただ出られないだけで、快適に過ごす事はできそうである。
ドロップアウト、引退した者もここで生活する事になり、訓練所が設置されているのもここらしい。任期終えて引退しても島流しかよ、とも思ったが、任期満了の場合は特定の処置さえ受ければ帰国も許可されるそうだ。
……どんな処置かは分からないが、記憶消去じゃないだろうな。
「行ってみますか?」
翌日、面接官に会って島の話をしてみたら、そんな言葉が飛び出して来た。
拒否して記憶消去する場合、島に移住する場合、戦士になる場合、どの選択でも事前に島を見学する事は可能らしい。
「すぐに着任しないとマズイとかないんですか?」
「ありません。日本の規定だと最低任期は着任後一年以内になりますが、一日二日で何が変わるというわけでもないですし、それなら気持ちよく仕事して頂いたほうがいいでしょう。不安材料抱えたままでは勝率に影響しかねませんし」
ローマの拳闘士のような奴隷戦士になる事を想像していたが、どちらかというとこれはスポーツ選手のような扱いなのだろうか。モチベーションが勝率に影響すると考えているのなら、ここまで確認した高待遇にも納得できる。
「やってる事はスポーツではなく、ルール無用の殺し合いですけどね。……いや、ルールはあるのかな」
この面接官はいちいち余計な事を言う。
というわけで、外の見えないヘリに押し込まれて島へと向かう。スピード感が分からないので本土からどれくらい離れているのかも想像つかない。探るつもりもないが。
おそらくだが、目的地の島は相当高度な技術で隠蔽されている筈だ。島全体にステルスがかけられてるという事だって有り得る。
「正直なところを言うとですね、私は羨ましいんですよ」
閉鎖されたヘリの中で暇を持て余していると、面接官が自分語りを始めた。別段こいつの事に興味はないんだが、逃げ場もないし他にする事もないので大人しく耳を傾ける。
「職業柄、戦士になった人とも時々面談をするんですが、その度に思うのは、何故私に適性が足りないのかです」
「やる気を出す為に、どんな部分が羨ましいかを聞いてもいいですかね」
「あなたは、この世界が閉塞していると感じた事はありませんか?」
「そりゃ……まあ」
そんなのしょっちゅうだ。世界の支配構造は変わらない。どうやっても一定以上の成功は得られない。特権階級の基盤は頑丈過ぎて夢なんて見れない。日本はまだマシなほうで、国によっては本当に生きているだけという層も多い。そこに一発逆転の目はなく、頑張っても多少マシになるという程度だ。
想像できる可能性として、この構造を作り上げたのはセルヴァの技術という事も考えた。実際、世界の壁を強固にしたのは間違いないだろう。しかし、それがなくとも人類は停滞していた筈だ。セルヴァとの接触前。この男の話を信じるなら半世紀前の段階でその兆候は見られる。
……この世界は閉塞している。歩む事、改革する事を止めた人間はどん詰まりだ。
「これはそこに現れたチャンスです。戦士になれば、そのチャンスが得られる。あなたはそのチャンスを捕まえられる位置にいる」
「それ程の成功があるって事ですか?」
「もちろん保証なんてありません。けど、我々におこぼれをくれる存在はまさしく宇宙の理の外にいる者です。その塵程度でも力があれば、この星を支配する事も可能でしょう」
そんな欲求はないけど。……力か。
「その力を手に入れるのはあなた方戦士です。そんな存在の機嫌を損ねる気はありませんから、国も盛大にバックアップします。恩を売っておけば、見返りも大きいですからね。言ってみれば、一人で国の価値に等しい存在になるという事です。報酬の分配率に関しても、それを気にしているところが大きい」
それは、セルヴァにとってみればミジンコから蟻程度にはランクが上がるという程度の事なのだろう。しかし、当の本人にしてみれば文字通り世界の変わるような違いだ。
しかし、いざ自分がそうなると言われてもピンとこない。
「想像が付きません」
「それは仕方ないですね。ただ、セルヴァ謹製の技術を使い、戦士として成長した存在はまさしく超人です。男なら巨大な腕力を手に入れたいと思った事はありませんか?」
「それは……」
ないとは言えない。実際にやる事はなくても、サイボーグ手術を受けてみたいと思った事のある男子は多いだろう。
そして、目の前に提示されているのは国家レベル、下手すれば宇宙レベルの力だ。特に取り柄があるわけでもない俺の目の前にそれが転がっている。手が届くかもしれない。そんなチャンスだ。
「アメリカン・ドリームなんて言葉は聞かなくなって久しいですが、世界のどこにもない夢があるんですよ」
「平穏無事に暮らしたいというのであれば、不要な夢では?」
「それを含めての適性値です。もちろん例外はあるでしょうが、高適性値を持った者は基本的に野心家の傾向があります。表面上はそう見えなくても、自然と分かるようになるそうですよ。前任者の体験談です」
あなたはどうでしょうか? という目を見つめられた。
……どうだろうか。考えた事もないけど……そうでないと即座に否定もできない。
「実はですね、これから行く島は引退した選手の受け口でもあるんです」
「それはパンフレットに書いてましたけど」
「島には、戦士には引退後に使用できるよう個別に屋敷が用意されているんですが……この屋敷が使われた事はこれまでありません。すべて空き家のままです」
それは用意されるという二つの拠点の一つの事だろう。戦士に個別で用意されるおそらくセルヴァ製のものと、日本が島に用意した家の内、後者の事だ。それが使われていない。
「……まさか」
「引退者はいない、という事ですよ。日本以外は知りませんが、戦士になった者はずっと続けているという事です」
離職率0%ですか。それだけ聞けば、すさまじいホワイト企業っぷりだな。
「つまり、あなたの先輩がたは全員、程度の差こそあれ、選ばれた時点で夢を掴んでるという事ですね。ね、羨ましい話でしょ?」
それが本当なら、理想の職場どころではない。まさしくドリームだ。
「もちろんデメリットもあります。辛い仕事である事はもちろん、人間やめるようなものですからこれまでのような生活は難しいでしょう。絶対に無理とは言いませんが、国も簡単には許可は出さないはずです。必然的に教師や政治家や芸能人など、制限される職もある」
「それでも、それを帳消しにして上回るメリットがあると」
「その通り。分かってきたじゃないですか」
ここまで聞けば分かるさ。
人間止めたいですか? 答えはノーだ。しかし、それ以上の見返りがあるなら考慮はする。
男性機能を失うとか四肢が一本なくなるとかの喪失ではなく、超人化なら完全にデメリットというわけでもない。むしろ、メリットの部分のほうが大きいだろう。
「だからこそ、政府としては人間関係の軽い人が望ましい。適性もその他条件もほとんど満たしているあなたはどうしても手に入れたい逸材なのですよ」
だからこその、この強引な勧誘か。
昨日の夜、色々考えてみた。この話のメリット、デメリット、信頼性、嘘であれば目的は? その中で思い当たった一つの問題がある。
この人は言わなかったが、記憶消去されて世間に戻されても安全の保証はない。日本政府が手を出さないとしても外国はどうなんだと。
パンフレットに日本代表としての扱いは詳しく書いてあったが、外国の情報はほとんどない。
政府がそこまでやるとは思えないが、強引に拉致し同盟を結んだ国に売り渡すという線だってあり得る。国内でそんな無法は許されないだろうが、海外に行って失踪なんて珍しくもない。
……おそらく選択肢はない。いや、考えれば考えるほどYES以外の回答は危険なのだ。
この男は多分それが判断できるギリギリのラインで情報提供してくれている。親切というわけではないだろう。ただの保身かもしれないが、それでも俺に齎されるメリットに違いはない。
「この話、請けます」
「……まだ島に着いてもいませんが?」
「見学はします。だけど、俺に逃げ場はなさそうだ。契約する際にはもっと詳細な情報は頂けるんですよね」
「それはもちろん。……そうですね、契約を取り交わすのはまだ先ですが、決断して頂けたのは話が早くていい」
「こんなやり方じゃ、ゴネる奴らも多かったでしょうに」
「いえ、こんな強引な方法は初です。特別ですよ」
嬉しくない特別だ。
「ああ、日本の物が経費で支給可能って話でしたが、漫画とかもOKですか? 紙媒体でしか発行されてない雑誌で続きが気になってるのがあるんですよね」
「……最初に心配するのはそんな事ですか。図太いのも適性なんでしょうかね」
ちなみに普通に売ってるらしい。
そういえば、今日は四月一日……。(*´∀`*)