第6話「二人の王子」
「やはり、人間とエルフとの境界線、切断山脈を俺は越えていたか」
軟着陸をしたディンハイドのPMに続き、ベオの金色の機体も静かにエルフの中継基地へ舞い降りる。
「エルフの国へようこそ、少年」
スプリート改から身体を押し出しながら、エルフの王子は芝居がかった仕草でその細い両腕を広げてみせた。
「もとは俺達の国だよ、この辺りは」
木々に囲まれたキャンプを照らすように静かに上る朝日、その光に照らされるベオの顔色は悪い。さすがに疲れているようだ。
「お前達エルフが奪い取ったのだろうに」
「父上の御意思だからな」
そのディンハイドの言葉にベオがその金髪に手を突っ込みながら、不審げにエルフの若王子の顔をジロジロと見やる。
「お前はエルフ共の王族か?」
「共、は止めてもらいたいな……」
ディンハイドは近くに降り立った部下のPMの轟音にその長い耳を心持ちか伏せるようにしながら、苦く笑う。
「部下の目もある」
「フン……」
その言葉を鼻で笑うベオに向かって、キャンプの者と思わしき美しいエルフの兵士がしかめ面をしながら近寄ってくる、彼の細い手には飲み物が握られている。
「偉大なるハイ・エルフ王が第一子、王子ディンハイドであるよ」
「なるほど」
飲み物を手渡してくれたエルフへ何とも言えない視線を向けながら、ベオがボソリとその唇から言葉を発した。
「ベアリーチェ、という女を知っているか? エルフ共の王子」
「私の妹だな」
警戒しながら飲み物を飲むベオへ対して、ニヤニヤと笑みを浮かべながらディンハイドはその手で明るくなってきた天へ向かって手をかざす。
「許してやる、再びのエルフ共、という言葉はな」
「お前の妹に伝えておけ」
ベオをからかうディンハイドの顔を見ずに、亡国の人間の王子が冷たく言い放った。
「親父とお袋、そして兄弟達の敵は討つとな」
「ホウ……」
自分の専用機へ寄りかかったまま、エルフの王子は腕を組みながら軽く息を吐き出す。
「もしかして、お前は……」
「アルデシア神聖王国の元王子、ベオ・アルデシア」
「そうだったか」
頷くディンハイドの手にも先程の女が飲み物を持ってくる。自分の主君よりも先に人間であるベオに飲み物を手渡したのは、よほどベオの顔色が悪かったのだろう。
「まあ……」
甘い栄養剤を兼ねた飲料を旨そうに飲みながら、ディンハイドがその細い首をひねった。
「あやつは私の目から見ても、やり過ぎるきらいがあるからな」
「その女の趣味嗜好など、俺にはどうでもいい」
ベオが深いため息をついて、やや暗い目で自分の足元を睨みつける。朝日に照らされた林の地面には、蟻が忙しく歩き回っている。
「そのベアリーチェと言うエルフの女、そしてお前がその兄であるというだけが問題だ」
「私が憎いか?」
そう言うディンハイドの耳へ部下が何事かを耳打ちする。その言葉に頷きながら、エルフ王子はぼんやりとベオの顔を覗きこむ。
「親父とお袋はギロチンにかけられ、姉貴と弟はその女のPMと相まって戦った時に、卑劣な手で機体もろともなぶり殺しにされた」
「問題自体はあるなぁ、戦時とはいえ」
他人事のように言うディンハイドへエルフの医師と思わしき女が駆け寄ってくる。
「作戦後の体調チェックを」
人間であるベオの顔をちらりと睨みながら、その医師が小声でディンハイドへ話しかける。その医師へエルフの王子が軽く顎を引くように軽く頷く。
「だがな、エルフの王族」
天へ昇り始めた朝日がベオの憔悴した顔を乱雑に照らした。太陽の陰がベオの頬をさらに痩けさせる。
「お前をここで殺したら、俺はその女を仕留める事が出来なくなる」
「そりゃあ、そうだな」
ディンハイドは飲み干した栄養ドリンクの瓶を地面へ投げ捨てると、ベオの元へ駆けた。
「私の部下達の剣がお前に飛ぶ、それに……」
前のめりへ地面へ倒れこむベオをディンハイドはその細い両手で支える。人間の体重に華奢なエルフの身体が軽く揺れる。
「今のお前に出来る事ではない」
「言ってくれるぜ……」
自分を支えているエルフの王子の端正な顔を見上げながら、ベオの唇の端が軽く歪んだ。
「徹夜、続いていたな?」
「確実に一日以上は寝ていないな」
顔をしかめながら、ベオの口からかすれた声が出る。
「身体もクタクタだな……」
「今、楽にしてやるよ、人間」
「その言葉を良い方に捉えたいぞ……?」
「そっちの方だよ」
医師がベオの革鎧を分解し、服を強引にハサミで切り裂く。外傷がないかのチェックであろう。
「今の私達にお前を殺すメリットはないさ」
ディンハイドが軽く癒しの魔術をベオに対してかけてやる、応急処置だ。
「せっかく持ち出せたPM、デーモンキラーのパイロットだ」
「お前達エルフの都合か」
「他に下等なお前達人間を殺さない理由があるか?」
「支配者としてこの世に生まれたエルフにとっては、そうだな……」
そういったきり、ベオの意識は深い闇の底へ落ちていった。
「支配者、そうだな」
エルフの救護兵達がベオの身体を担架へ乗せるのを手伝いながら、ディンハイドはブツブツと呟いている。
「父上達、古代の老いぼれたエルフ達の凝り固まる。意識は絶対に変わらない」
「王子」
「解っておるよ、アーメイヤ」
ベオの初期手当てを行った医師が、鋭い目で主君筋の王子を睨み付けた。
「偉大なる者への不敬な発言はお控えを、王子」
「ああ」
ニヤリと笑い返すディンハイドの顔を不機嫌そうに睨みながら、女医師は地面へ向かいペッと唾を吐く。
「高貴にして傲慢なるエルフも、脳細胞を筋組織で武装したオーク、そして人間以下の生きた酒樽である猪豚ドワーフ共も」
全くと言っていいほど、上官へ敬意を払わない腹心の態度に苦笑いをしながら、王子は日の光によって明るくなった林を見渡す。
「こびりついた意識というものはとにもかくにも、変わる気配が無い」
首をコキコキとならしながら、ディンハイドは軽くあくびをする。
「ゆえな結局の所に、ついぞ悪魔には勝てなかったのだよ」
仮眠を取ろうと天幕へ向かう前に、ディンハイドはベオの機体、黄金のPMに近づき、その不可思議な素材で出来た装甲を軽くなでた。
「偶然とは言え、デーモンキラーを持ち出したのが」
エルフの王子は眠気と共に空腹も覚えはじめた。軽く腹が鳴る。
「何も力がなく、ゆえに意識を容易に変える事が出来る人間の王子、そう人間共の代表各」
再び大きなあくびをするディンハイド。
「その偶然と言う名の事から、父上達が何かを学びとってくれれば良いのだがなぁ……」
「王子」
「睨むなよ、アーメイヤ」
鋭い視線を向けながらも、体調のチェックを行うように示唆する部下に対して、ディンハイドはブラブラと手を振って答えてやった。