第35話「魔王の怒りを買う者」
昆虫のような頭部をした者が、彼女の実の母である悪魔。
「何のようだ、クロト?」
幼い容姿をした魔王少女の前で、かしこまっている光景が映る。
「何のようだと聞いている?」
「つれないお言葉ですな、母上」
「つれないも何も」
オーク達を懐柔するどころか「ミイラ取りがミイラ」になった実の娘を、暖かく迎えてやる義理は魔王ヴィーナスにはない。
「使命は、忘れたのか!?」
「忘れてはおりませぬ!!」
怒声、その声により悪魔城塞「パンテオン」の外壁から異形の魔物が誕生する。
「オークどもを手懐け、我々悪魔達の尖兵とするということは!!」
「ならば、なぜなにもしない!?」
「オークどもは使いでのある種族です!!」
そういって、昆虫の姿をしたクロト祭司は、自らの何分の一の大きさしかない少女の前で、その頭をぬかるんだ地面へと擦り付けた。
「これを、母上!!」
クロトが差し出した物、それは裏撫鮑花と呼ばれている防御兵器である。
「裏撫鮑花、ガルミーシュにしてデメテルの祭器であるな……」
「これを差し出すゆえ、なにとぞオーク達にはご容赦を!!」
「オーク達に手を出すなと言うのか、主は!?」
ポフゥ!!
ヴィーナスの執務室の壁がまたしてもくずれ、そこから膿み爛れた流動体が流れ落ちた。
「オークに尻の毛を舐められたか、クロトめ!!」
そう言いながら、ヴィーナスは何事かをその小さく可憐な唇から漏れ絞らせる。
「主のような者は、こうしてくれるわ!!」
「は、母上!!」
その呪がクロトの身体を捉えた時、その昆虫じみた体躯が紫色に染まり。
「お、お許しを!!」
「ならぬ!!」
そのまま、半透明のゼリー状にとかわる。
「おやおや、これはこれは……」
遠目から実とその様子を見ていたベアリーチェ、エルフの王女が。
「スライム化してしまったよ、怖い怖い……」
「主もあまり勝手をやっていると、こうなるぞよ」
「怖い怖い……」
同じ言葉を、何度も連呼する。
「ところで、ヴィーナス」
「なんじゃ?」
「その裏撫鮑花とやら、私にくれないか?」
「この防御魔性兵器を、お前のアンズワースに?」
「煮え湯を呑まされたからね、そいつには」
「なるほど……」
たしか、ヴィーナスにもその裏撫鮑花により、アンズワースが撤退を余儀なくされたということは聞いていた。
「いいだろう」
一つ息を吐いてから、ヴィーナスはその細身には合わぬ、床に引きずるしかない漆黒の衣をその地面へと無造作に投げつける。
「お主のアンズワースをここへ持ってくればよいであろう」
「ラッキィ……!!」
「これで、お主に死角が無くなったかな?」
「アルテミスの弓が使えれば、こんな苦労はしなくてすむんだけどね」
「魔性武器には相性がある」
「ちぇ」
一度ならず二度三度とベアリーチェは最強の魔性武器「アルテミスの弓」を試してみたのだが、その威力の反動に機体がついていかず、反動でアンズワースが破損してしまったのだ。




