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第14話「旗印の裏翳り」

「あのエルフの恋人さん」


 その女の声色、そこへ含まれている微妙な笑みの色にベオは顔をしかめつつその口へと含んでいた安酒、酸っぱいそのワインを喉へと押し流す。


「恋人でも何でもねぇよ……」

「手の早い事で、ベオ」


 この傭兵仲間のリーデイドの茶化し、常の休憩時間や酒の席なら別に腹も立たないが、戦いの後の疲労が激しい今の状態となっては苛立つだけの物でしかない。


「ただの魔力、霊力の急激消耗だったわ、彼女」

「少し休ませてやれば、あのエルフは大丈夫か……」


 野盗の者達がアジトとしていた洞窟内に貯蓄されていた物資、食糧を始めとしたそれらの中にちょっとした医療品があった事は、ベオにしても有り難い事であった。


「成り行き、だったのよベオ」

「ダキアが一日で落ちたとは……」


 ベオ達が所属する傭兵団、実質的には旧アルデシア王国の敗残の者達が集まり、エルフ達へ対する対抗勢力としてまとめあげられていた武装軍団の本拠地、それが。


「一日で落とされた、か……」

「だから、あたしは着の身着のままでこんな所まで、壊れかけたアンゼアで飛んできて」

「大変だったな、リーデイド」

「全くよ、もう」


 正直、何年かぶりに再び敗残の身となったリーデイドにしては、この野盗を率いていた男、例の「悪魔」へ色目を使い、衣食住を確保出来た事は。


「売ろうか、飢え死かを選ぶ選択肢すら無かったダイエット・プレッシャーの身としては」

「野生のアニマルには、言葉も身体も通じないからな」

「最上のお救いだったわよ、ベオ」

「しかしまあ、それは良かった事としても……」


 先程の質素な夕食の後、悪いニュースを目の前の女、ベオよりも五、六あたりは歳が上の彼女「リーデイド」から聞かされた時の衝撃、それが未だに冷めないせいか。


「ダキア、鋼の都市の陥落か……」


 ベオは再び同じ言葉、要塞化都市「ダキア」の名を繰り返し口へと出す。


「エルフ達が、デーモンを操っていたという目撃情報がありまっせ、旦那」

「耳が良いドワーフめ」


 洞窟内で野盗達が食堂にと使っていたやや広めの部屋、そこへドスドスと地べたを踏み鳴らしながら入ってきたドワーフに向かい、ベオはその口の端を微かに歪め、苦笑いをしてみせる。


「メシか、ドワーフ?」

「へい、素晴らしい御洞察で!!」

「ハイハイ……」


 このドワーフの調子の良さ、デーモン達との戦いによる疲労や機体損傷をどうにかしたいと考えていた時に、彼によって野盗達の隠れ家へ案内をされてからずっとこのような感じだ。


「ドワーフって言うのは、こんな種族だったかなあ?」

「違うと思うよ、人間のお姉ちゃん」

「そう、おチビちゃん?」


 ドワーフ、マルコポロに続き食堂へ入ってきた二組の子供、いや正確には。


「僕たちフォブリンがドワーフのお国で見た他の人はいつもしかめ面をしている、気がする」

「なるほどね……」


 その小人族「フォブリン」の少年が、疑問を口にしてその首を傾げていたリーデイドへ答えてみせた。


 ズズゥ……


「行儀が悪いよ、オリン」

「お腹すいたぁ……」


 無断でベオが残したシチューへ口をつけ始めたもう一人の子供、少女の方が口へ茹でたニンジンをくわえたままに少年の方へその可愛い唇を尖らす。


「すいません、ベオのお兄さん」

「いいんだよ、ヴァイ君」


 トッ……


 そう少年へ微笑みかけながら静かに席を立ったベオは、そのまま洞窟の天井、人間がその手を伸ばせば届く位に低いそれへ吊り下げられているランタンの明かりを調整した後、粗雑な作りの厨房へとその足を向け始める。


「何が食べたい、オリンちゃん?」

「アイスクリームゥ」

「あるかなぁ……?」


 少女のリクエストを嬉しそうに聞いたベオは、厨房のシチュー鍋等から三人分の追加の食事を用意しながら、部屋の片隅にある冷凍庫へとその視線を向けた。


「この人間の旦那さ、リーデイド」

「はい?」


 そのベオたちの様子を頬杖をつきながらぼんやりと見ていたリーデイド、ベオの知人の女はドワーフのその声に視線だけを向け、気の無い返事をする。


「なによ、マルコポロさん?」

「そっちの気があるか?」


 腰へと吊り下げられた革製の水筒へ一つ口をつけてから、ドワーフは何事かを考えている風のリーデイドへヒソヒソと声を向けた。


「ウチの団長も頭を痛ませていたわ」


 そう言いながら軽く肩を竦めたリーデイド、少し神経質そうに彼女は自分の胸ポケットへその手を入れつつ、少し酒が入ったドワーフの顔へその視線を注ぐ。


「ドワーフの王、技巧王から差し向けられた密偵なんですってね、あなた?」

「そんな事を、アッシが言ったか?」

「自分から姿をバラす密偵、スパイはそりゃいないけど」


 とぼけたようなドワーフの言葉に対し、胸のポケットからタバコを一本取り出しながら、リーデイドはその顔に薄く笑みが浮かばせている。


「同業者の匂いで判るでしょう、私達はね?」

「匂い、か……」


 その彼女の言葉、それを聞いたドワーフの男「マルコポロ」はもう一口、革袋の酒へその口を浸けた。


「お姉ちゃん、ここ禁煙……」

「火は付けないわよ、ボウヤ」


 くわえタバコをしたままのリーデイドはそう言いヴァイ少年へウィンクをしてみせながら、大きな盆へと食べ物を乗せ続けるベオへ向けて、その視線を揺るがせている。


「ここの元ボスを始めとしたデーモンの調査にエルフやオーク達の動向」


 呻くようにそう呟いたドワーフの短い舌が口の周りへと付いた酒滴、それを舐め拭く。


「それに、ベオ王子率いる人間達の動きかしら、スパイのドワーフさん?」

「違うね、王子様のそいつは……」


 盆へ全ての品物が収まりきれず、難儀をしていたベオが少年へ手助けを頼む声を耳へとしながら、人間の女とドワーフの密偵の視線が軽く交差をし、静かに緊張を産んだ。


「単なる飾りだ、あのベオさんは」

「ダキア、エルフ達に占領をされたあの要塞へ行ったことがおありなの?」

「インヤ、他の密偵仲間から聴いただ……」


 グゥ……


 このドワーフもどうやら腹を空かせているらしい、その彼の腹の音が聴こえた少女オリンもマルコポロ、彼の腹具合を気遣ってか、ベオを手伝いに椅子から飛び降り、厨房へと走る。


「そして、ベオ王子もそれをよく理解している」

「旗印としての役割を果たしているからね、彼は」

「なあ、人間の嬢ちゃん」


 ニィ……


「ドワーフが何故ここまでの技術、PMやら火薬に様々な技工機械」


 突如、不敵な笑みを浮かべてみせたマルコポロに、密偵リーデイドは軽く鼻白んだように見える。彼女の口のタバコが微かに揺らいだ。


「それを全て、何でサクセスが出来たか、解るかい?」

「フフ……」


 冷凍庫、ドワーフが他の種族の技術を流用し、創り得た保存機械から勝手にアイスクリームを取り出した少女をベオが優しく、甘い口調でたしなめている声が洞窟の空気を揺らしている中、リーデイドはその右手の指を軽く鳴らして見せる。


「とにかく、なりふり構わず他の土地に根付いた技術を掠め取った為……」

「エルフどころか、人間よりもアッシらの耳は短く」

「エルフの短剣耳は飾りでしょ……」

「そして背も低くて、いわゆるスマートゥな体格は持たないが」


 パッ、タゥ……


 まさしくそのエルフからの魔法技術、冷気の精霊を封霊クリスタル、物質的な物へと封じ込める魔術から設計をなし得た「冷凍庫」をオリンが何度も開いたり閉じたりをしているようだ。その音がリーデイド達の耳へと届いた。


「それを見くびる連中は扱いやすい」

「イメージ戦略にも長けているものね、ドワーフは」

「頑固、曲がった事を許せない」


 ツゥ……


 唇の端を歪めてみせたドワーフのその口の端から一滴の酒がこぼれ落ちた。少し彼は酔いが廻ってきたのかもしれない。


「アッシらは些細な噂のタネを蒔き、それを勝手に他の種族は信じてくれる」

「本当ではあるのよね、嘘では無い」

「嘘では無い、故に本当でっせ……」


 タァウ……


 ベオと少年が食事をテーブルへ置くと同時に、ドワーフはその手を強く天井のランタンへ伸ばし明かりを調整し直す。どうも中の油の質が悪いようだ。


「旨そうでございますなぁ、ベオの若旦那」

「俺が作ったのではないのだけどな」

「アイツが他の連中のように逃げ出さないでよかったでヤンス」


 リーダー、人間へと姿を扮していた悪魔アレスを倒されたこの野盗団のメンバーには、ベオ達を恐れて逃げ出した者もいるが頭を下げてここへ残った者もいる。他に行くあてもなかったのであろう。


「野盗とかも、食い詰めた戦争の罹災者が仕方なくになってしまうケースも多いから」

「それでも、野盗山賊は他の人々を脅かす、リーデイド」


 お盆の中にはベオの分の食べ物、野菜の塩漬けの入った器もある。少し先程のシチューとパンだけでは食べ足りなかった様子に見える。


「慈悲をかける必要は、基本的には無い」

「ン……」

「基本的、にはな」


 ベオのややしつこい口調のその言葉、それにはこの料理全般を作ってくれた、下働きとしてこの野盗達に加わっていた若い人間の少年、年若い彼の顔がベオの脳裏へと浮かんだ為もある。同情の心が言わせた言葉だ。


「オリン、何をしているんジャ?」

「アイスが溶けちゃう」


 テーブルの方へ一緒にやって来ず、厨房に隠れてアイスクリームを食べているフォブリン族、オリンの悲しそうな声がマルコポロ達へと向けられる。


「冷凍庫が寿命だったんだ、オリンちゃん」

「そりゃ、まあ……」

「所詮はスプリート、初期のエルフ達のPMから流用して作った道具だよ」


 漬け物をほおばりながら、こともなげに同僚の女へそう言い放つベオ。彼へ向けてその女リーデイド、そしてマルコポロ、異なる種族の密偵二人の、計四個の瞳が僅かに見開かれた。


「ベオ・アルデシア王子の旦那」

「何だ、ドワーフ?」


 その「アルデシア王子」という呼び掛けにも特にベオは気にした様子も、動揺した様子もない。


「いや、その……」

「ハッキリ言え、ドワーフ」


 別に世へ隠されている事柄、秘密ではないらしいが、初対面である遠い異国の自分がその事を知っている。ならば少しは表情に変化があってもよさそうなものだと、その太い指で頬を掻きながらマルコポロ、ドワーフの密偵は心の内でそう考えを巡らす。


「耳聡いンでヤンスね……」

「まぁな」

「冷凍庫の秘密、部外者に知らせたドワーフは罰金を取られるんでヤンスよ」

「そりゃ、PMが元はエルフ達のアイデアであれば、コイツもそうなるかな?」


 ジャ……


 ビスケットを口へ入れ、軽く目を瞑りながら咀嚼をしているベオをよそに、髭面からもその顔を歪ませていると解るマルコポロ。彼の視線が戸惑うようにリーデイドの方へと投げ付けられた。


「ベオの旦那……」


 そのドワーフの低い唸り声、それと同時に彼の髭面から放たれる、睨み付けるような双眸を顔へと受けている女密偵リーデイドの表情にも強い困惑の色が浮かばれている。


「PMの秘密、こいつはドワーフの国家機密、最重要の品物でヤンスけどね……」

「そりゃ、大変だ」

「今度は罰金で済む問題じゃあないんスな、若旦那」

「それは流石の俺も知らなかった」


 どこか投げやりに答えるベオのその瞳は、ドワーフの声を無視するかのように閉じられたままだ。


 タッ、トゥ……


 小刻み、イライラとタバコをその指でつまみ直しているリーデイドの表情から察するに、密偵である彼女も知らない事柄、情報なのであろう。


「別にいいじゃないか、ドワーフ」


 再び、何か落ち着きなくその席を立ったベオは厨房へと向かいながらマルコポロ、またはリーデイドの二人へ向けて静かな、落ち着いた声色をその口から放つ。


「PMをここまで発展させたのは、紛れもなくドワーフ達の力だろう?」

「そうではありますンがね……」

「エルフの今現在のPMとて、あんた達から逆輸入をした機体が元となっている」


 そのベオの声を受けても、ドワーフの顔には翳りがさしたままだ。フォブリンの少年も何か、若干に緊迫をしたこの場の空気を察しているのか、一言も喋らずに食事へと没頭をしている。


「お兄ちゃん、アイスおかわり欲しい……」

「ゴメン、もうないんだ」

「こんな美味しい物、今まで食べた事なかった」

「特別な機械が無いと作れないんだよ、アイスクリームは」


 ベオと少女オリンの和やかな会話、その二人の話を聞いていたテーブルの者達は彼らとは正反対に押し黙ったまま、各々何かを頭から振り払うかのように食事へ手を伸ばし始めた。


「元アルデシア王国の残党達をまとめ上げる救国の王子」


 そのドワーフの一人の呟き、それを押し黙ったままの人間の女密偵はキチンとその耳へと、聞き耳を立てているのか。


「しかし、実態は操り人形」


 そして、その上で彼女は聴こえない振りをしているのか、もしくはそれとも。


「いや、人形ですらなく」

「独り言、うるさいわよドワーフさん」

「フフン……」


 どうやら、この小さな違和感を感じさせる会話を聴いていなかった、聞かない事にしたらしい彼女へ向けて、軽く鼻を鳴らしてみせながらマルコポロ、ドワーフの密偵は。


「表の世界へは出れない感性と能力を持った元王子様、だったよなぁ?」

「能力の方は持っていない、が正解よ」

「あっしの言葉は酒の与太だよ、女の密偵」

「ならば、あたしのこのタバコは、禁制品の幻覚タバコかしらね?」


 チィ……


「お姉ちゃん、だから禁煙……」

「うるさいわねぇ……」


 着火魔法、火術の極初歩の魔法を使い、タバコへ火を付けてしまったリーデイド。彼女をたしなめるヴァイ少年の誠意ある声を無視してタバコから薄い煙が上がり始めた。


「救国のヒーロー、その資格がない王子様か……」


 未だに苛立ったままタバコを吸い始めたリーデイドの姿に苦く笑いながら、マルコポロは彼らドワーフの密偵団が掴み取った、裏の裏の「噂」を最後に口ずさむ。


「だが、何か肝心な物を周りの人間は見落としている、かな」


 よくエルフ等を初めとした他種族から生きた酒樽と呼ばれている、まさにそのままの体躯を自身へと持っている密偵の男は、少し強い酒、いつも水代わりに飲んでいるビールではないアルコールが飲みたくなってきながらも。


「彼、王子様に対するスパイの勘、アッシは少し磨いでおかないとな……」


 今までに彼マルコポロの耳へと入ってきた王子ベオの情報。人間勢力の旗印としての表の顔、そして操り人形である裏に、無能力者としての裏を重ねて。


「全く……」


 コフゥ……


 革の酒袋の底へ残っていた最後の一杯。軽めのビールがドワーフの喉をくすぐる。


「今日は朝から晩まで、背筋に汗が流れっぱなしだ」


 さらに彼ベオのその裏、一瞬とはいえ歴戦の密偵である自分を驚かせた機密を知っていた神聖アルデシア王国の王族、それの最後の生き残りの事を深く探りたいと思ったが故に。


「酒がなきゃ、メシしかねぇよな」


 シチューの中の具、紙のように薄い塩漬け肉を頬張りながら、ドワーフは今日だけはもう酒を自重する事に決めた。

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