因縁
だか、あれだけ言われて昼食を抜く行為は躊躇われた。
僕を思って、親身になってくれていることくらいわかっている。
それでも、変わらない物が僕にもあったと言うだけのこと。
「はぁ。まあ、せっかくだし。昼食くらいは外で食べてきてもいいか」
でも、あれだけ真剣に言われると、少しくらいは譲歩してもいいと思えた。
ため息混じりに、自分へ言い聞かせながらバックから財布だけを取り出すと、誰もいない自宅に向かって行ってきます。と小さく呟き、玄関を後にした。
空は帰ってくる前と変わらず、曇りを知らない快晴。
時間が時間だけに、あまり外には人がいない。
そんな晴れた空の日の元。
少年は学生服を纏い。
考え事をしながらも、空を眺めて道の端を歩いていた。
んー。出たはいいけど。どこで食べようか。
あまり、人と接したくはないし。
母さんが向かったスーパーの近くも、何となく出くわした時を考えると恥ずかしい。
「なぁ。いいじゃん。俺らってお似合いだと思うんだけど?」
「はいはい。そう思うならそう思ってなよ。私はこれからご飯食べに行くから。またね」
何処で食べようか。と悩んで歩く僕の向かい側から男女の声が聞こえた。
少し路地を進み曲がった先で何やら、仲のよろしくないカップルを見つけてしまった。
自慢ではないが、僕はこの辺りの道はほとんど知り尽くしている。
だが、今日に限ってはあまり通り慣れない道の角を右折した。
普段しないことをするもんじゃない。
ご飯処を探していたから仕方なかったのもあるが、どうにも雲行き怪しいカップルと対面してしまった。
話し声だけで、女の子側の機嫌が悪いのがよくわかる。
「えっ?飯行くの?じゃあ、俺おごってあげるから一緒に行こ」
「嫌だよ。今日は一人で食べたい気分なの」
二人は依然噛み合わない会話をしている。
僕はあまり関わらないように下を向いて、横を通り過ぎた。
頭隠して尻隠さずと言うことわざがある。
僕は目を合わせないように歩いたつもりなのだが、不意に男女の女の子側から声をかけられた。
「あれ?もしかして、神川くん?あ、絶対そうだ!神川くんだ」
ん?何処かでまた聞いたことある声。
それよりも、僕の名前を知っている?
中学の頃の同級生?いや、あの人たちは僕を見つけても話しかけてくることはないだろう。お互いに線引きをして生活していた。
ならば、誰だ。この辺りで僕を知っている者は、本当に限られる。
僕は声をかけた相手がどんな人物か気になり、振り返った。
「……」
あぁ。本当に今日は厄日だ。
どうして立て続けにこの女に会わなくてはならない。
「あぁ?誰だよこいつ。由香の知り合いか?って、その制服。由香と同高の奴か」
同高とは何だ?
まず、知り合いではない。
「……」
「おい。無視してんじゃねぇぞ?」
何も返事をしない僕に対し、シカトされたと感じたのだろう。彼は苛立ちを隠すことなくもなく。制服の襟を掴んで、メンチを切り始めた。
「ちょっと!やめてよ。神川くんは話すのが苦手なだけだから!」
絡まれる僕の間に彼女は、襟元に伸びる彼の手を力強く弾き。仲裁にはいった。
「はぁ?話すのが苦手って。何処のガキだよ」
彼は腕を弾かれたことよりも、彼女が僕の為に仲裁に入ったことへどうやら嫉妬しているらしい。
眉間のシワを更に深くする。
「もういいよ。神川くんいこっ?私の知り合いが迷惑かけたし。お昼ご飯ご馳走させて」
なんだ。この状況は。
由香と言われる彼女は明らかな僕に向ける彼の敵対心を無視し、強引に僕の腕を掴んで歩き出した。
どうにも良く分からない状態だが、無言に付き従う。
昼食は一緒に食べたくはないが、このまま因縁を付けられて、喧嘩になるよりは幾分もマシだ。
だが、当然目の前にいた彼もそれを許すわけがない。
遠目に見ていたが、多分彼は由香と言うこの女の子に少なからず好意を寄せている。
それがいきなり現れたぽっと出に奪われそうになっていれば、まあ。苛立つのも無理はないだろう。
「由香。飯は一人で買うんじゃなかったのかよ」
歩き去ろうとしている僕らに対し、彼は動かない。僕らの後ろ姿に向かって、紡がれた。
彼女も一応はと返事を返す。
「櫂くんが迷惑かけるからでしょ。神川くんは何もしてないじゃん。だから、今日はもうほっといて。……神川くん行こっ」
「くそっ。わかった。そんなに怒ってるなら、今日はもう諦めるわ。けどな。そこの神川って奴。お前はゆるさねぇ。顔は覚えたからな」
その一言を最後に彼はやんちゃに手をポケットに仕舞いながら、消えていった。
残る僕は良く分からない由香と言う女の子に腕を掴まれ、引っ張られながらも母が買い物にと向かったスーパーの方へとイライラと物凄い力で引っ張られていく。
堪らず、手を振りほどこうと腕を反対の方へ引いてみたのだが、彼女は有り得ないくらいの怪力で弾く力を力でもって無力化された。
化け物か。この女。
はぁ。誰か知らないが、もう勘弁してくれ。
「じゃあ。今日は私の行きつけのお店に連れていってあげる!」
冷めた瞳で彼女の後ろ姿を眺めては、心の中で呪っていると、くるりと由香は振り返り、深呼吸を一度挟む。
すると、一瞬でイライラとした表情や仕草はかき消され、帰り際にあった笑顔の多い雰囲気へと戻っていた。
それと同時に僕は悟った。
ああ、これは流れないなぁ。
……終わった。と。