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君の瞳で歩んだ僕の恋模様  作者: ガンバッ
5/8

母の気持ち

無駄な手間を含んで降りた最寄駅。

歩くこと15分そこらで、僕はすでに家の前についていた。


本来ならば、もっと早くに帰ってこれていたはずなのだが、生憎と災厄の彼女が降りて行った駅こそが、僕が本来降りるべき駅だった。

しかし、あの場でついて降りることは更なる被害を生みかねない。

故に一度次の駅で乗り換えて、態々往復してから降りた。


実際には、降りると言うことを忘れて、見入ってしまっていて、動く概念を何処かに忘れてきていただけで、ほとんど自業自得だったりする。



「あら、お帰りなさい。帰ってきたらただいまくらい言ったらどうなの。優希」

玄関先での考え事を振り切り、自宅へと入る。


そこにリビングの扉が開かれて、不意に僕の下を名前を呼ぶ声が聞こえた。


「ああ。うん。ただいま。母さん」


髪は短く揃えられ、外出していたのかほんのりと化粧の跡が見える。ナチュラルメイクで薄く施された化粧の割に、シワなどはほとんどなく。

これで30も後半とは誰も思わないだろう容姿で、いつもと変わらない困ったような優しい表情で出迎えてくれる。

僕の実の母だ。


靴を脱ぐまでの間、リビングの扉を開けたまま待ってくれていた母さんの横を通って、ソファでくつろぐ。


扉を閉め、戻ってきた母さんは何気ない会話を始めた。



「学校はどうだったの?今日は入学式だったでしょ?それにクラスも変わったりしたんじゃない?」


日頃から、道草なんてやらない僕は毎日のように帰ってくると、母さんからこう行った質問を度々受ける。


帰りが早い今日とて例外ではない。


もしかしたら、僕が帰ってくる時間を見越して、午前中で外出の予定を早めた可能性まである。

どうにも、僕の母は過保護で仕方ない。


「別に普通だった。母さんも何処かでかけてたんじゃないの?」


ああ。学校なんて、いつも何も変わらない。特別な行事でもなんでも、僕には影響を及ぼさない。


自分の話をするくらいなら、母の話を聞いてい方が、幾分もマシだ。



ソファの隣に腰掛けて、紅茶を一度含むと。そうねぇ。と言う言葉を皮切りに、母さんは自分の話しを始めた。



「……でね。それで帰ってきたの。……あ。もうこんな時間じゃない!お父さん帰ってきちゃうわ。ごめんね優希。ちょっとお母さん。夕ご飯の買い物行かなくちゃ。たぶん、14時くらいには帰ってくると思うけど、優希はお昼どうする?」


話を聞き始めてからしばらく、今日の朝からどうやら、母さんは友達と食事に行っていたらしい。

そんな全貌を把握した頃、母さんは徐に時計へと視線を伸ばすと、慌てた様子で立ち上がり、買い物の準備を始めた。


その時、僕の昼食の心配をしてくれるあたり、やはりいつもの母らしいと思った。


どうやら、自分だけ美味しいものを食べてきた罪悪感もあるらしい。



「いや、別にいらな……」

母さんからの質問に対して、僕は別にそこまで減っていないお腹をさすり、うなづくと、要らない意思を伝えようと口を開く。

だが、そんな僕の答えを前もって知っていたように、僕の言葉を遮り、食い気味に口を挟んだ。



「要らないはいけません!もう。いつも優希は小食すぎ。もう少し男の子なんだから、食べなくちゃ」



この手の会話もよくしている。特に休日の土日は母さんがいなければ食べないこともよくある。

それを見越したかのように、いつもならば、昼になると電話がかかってくるのだが、今日は最悪な事に目の前に本人がいる。食べたと言う嘘は通用しないだろう。


「じゃあ、はい。これで、ご飯を食べてきなさい。わかった?」


僕の母さんは過保護と共に強引な性格も併せ持つ。否定を許さないような力強い言葉で僕の右手を掴むと財布から出した2枚のお札を握らせた。



「こんなに要らないんだけど」

最初は千円札が2枚か。と感覚だけで思ったのだが、手元を見ると諭吉が二人こちらを覗いているのが目に入る。


明らかに昼ごはんのお金にしてはオーバーすぎる。


どこの高級レストランで飯を食えと言うのか。




「いいえ、必要よ。それは進学祝いも含んでるの。高校三年生はなにかとお金を使うのよ?

本当は20000円じゃあ足りないと思うけど、とりあえずの20000円ね。足りなくなったら定期的に言ってちょうだい。その都度出してあげるから。遠慮はなしだからね」


早口に述べられる言葉にどうにも捲し立てられているように感じる。

返事をせず、固まっていると更に言葉は続き。

母さんの表情に薄っすらと影が指した。



「それと、そのお金は貴方のために使いなさい。わかってる?そのお金は優希のためのお金。他の誰でもない。家族のでも兄弟のものでもないの。それは、優希自身が使うと決めたものに遠慮なく使いなさい。でないと今日から一切貴方のお世話はしませんからね」



プンスカプンスカ。と半ば昔にしたやり取りを思い出したのか怒りを膨張させると、またもや。はっ。と意識を戻して、じゃあねと唐突に出て行ってしまった。


だが、


「僕のために……か」


賑やかな母さんが出て行った後の、静かなリビングに木霊する。


母さん。

お金は有難い。

でも、僕のために使っていいお金なんてあるわけがない。




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