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第6話 女子高生とデートした件。後編



 ――喫茶店に向かうまでの間、沈黙が続いた。

 あたしは振り返らなかったから、夜空がどんな表情をしていたかは知る由もない。

 ……けれど、握りっぱなしの夜空の手は、初めのひやりとした感触がウソのように熱っぽさを増していて。

 それだけで、夜空がどう感じているかわかるような、そんな気がした。




 大通りから1本入った裏手に、その店はあった。

 存在感の薄いたたずまいで、そこに店があると知らなければ気づかずに前を通り過ぎてしまいそうなほどだ。

 実際、店内は休日にも関わらずガラガラのようで、この店大丈夫なのか……? と、余計な心配をしてしまう。

 そして、店に入ろうかという瞬間、どちらからともなく手を離した。

 ……どことなく名残惜しさを覚えながら。

 きっと、夜空のほうもそう感じていたんじゃないだろうか。


 

 店内に入り、テーブル席の向かい同士に座る。

 そして、コーヒーを2人分、注文した。


「…………」

「…………」


 ……注文を済ませたとたん、沈黙が舞い戻ってきた。

 決して気まずいわけじゃない、むしろいつまでだってひたっていたいような空気。

 それは、甘いようで、苦いようで。

 ふわふわしているような、重いような。

 とにかくつかみどころのない雰囲気だった。



 結局、コーヒーが運ばれてくるまで、その沈黙は続いた。

 あたしはミルクと砂糖たっぷり、夜空はそのままブラックで。

 ……夜空は、あたしがコーヒーをかき混ぜるところをじっと見ている。

 別に楽しいもんでもないだろうに……。



 お互いに熟知した好み。

 けれどあたしは、ふと口を開いた。

「……そういや夜空って、気づいたらブラックで飲むようになってたよな」

 当時はなんだか負けたような気がしたものだ。

 ……どれだけ頑張ってもあたしは飲めなくてあきらめたんだけど。


「……ああ、そのこと?」

 カップ片手に、どこか物憂げな雰囲気の夜空は、どこぞの雑誌モデルのようで。

 ……正直、少し見惚れてしまった……。



「……苦いのが良かったんだよ。正直、最初は全く美味しいとは思わなかったんだけど、苦いコーヒーが色んなものを押し流してくれるような気がしたんだ……。もちろん、今は好きだから飲んでるんだけどね?」

 あたしの言葉のどこが琴線に触れたのか、夜空は語り続ける。


「そう、ちょうど高1の夏頃からだったかな。背伸びして、早く大人になりたい、っていうのもあったんだけど。……けど、それ以上に、あの時の私は、自分にはこれがふさわしい、と思った」


 胸が、ツキン、と痛んだ。

 夜空の言う「高1の夏」というのは……。



 あたしが結婚した時期と合致する。




 夜空の気持ちを知った今だからこそわかる、あの時の夜空は、きっと……。


「……私自身の甘さとか。思うようにならないこととか。そういうのを全部、コーヒーの苦さが押し包んでくれるような気がしたんだ。……自分でも何言ってるんだって感じだけど、きっとあの頃の私にはこの苦みが必要だった」



 ……なにを言えばいいのかわからない。

 けど絶対になにかを言わなくちゃならない、あたしはその想いだけで口を開く。


「……なあ、夜空。そのことについては――」「謝ったりしないで維織ちゃん」


 矢のような鋭い一言に、あたしは再び口を閉ざす。


「……謝られても仕方がないことだから」


 ……また、胸がツキンと疼いた。




「……いい? 維織ちゃん。過去は変えられないの」


 夜空の瞳が輝きを増し、あたしを射抜く。


「私たちは、過去を背負って生きていくしかない」


 その光は灼けるほどにまぶしくて。


「けど、いつまでも過去に縛られているべきでもない」


 それでいてどこか暖かくて。


「未来は変えられる……なんて、陳腐な言い方だけど。……私の未来は私が切り拓く。誰にも文句を言わせはしないし、誰の助けも必要としない。……ただ、私の隣には維織ちゃんがいてほしい。……本当に、ただそれだけなの」



 ……あたしは。

 夜空の放つ熱を受け止めることしかできなかった……。






 ……結局のところ、その後は到底、映画の感想を語り合うような空気でもなく。

 かといって、他に話すことも見当たらず。

 あたしと夜空は、ただ黙って時間を共有していた……。




 喫茶店を出ると、すでに日は傾きはじめていた。

 あたしたちは駅に向かって歩きだす。

 ……再び手をつないで。


 先ほどから、2人して黙りこくっている。

 けれど、やはりその沈黙は不快ではなくて。

 ……あたしの勘違いでなければ、夜空もそう感じている気がした。



 歩きながら考える。

 ここ数ヶ月で、夜空がなにを思っているのか、だいぶわかってきたような気がする。

 あたしが思っていた以上に、夜空はいろいろ考えているんだ。

 今日のこともそうだ、あたしは今まで夜空のことを知らなさすぎたのかもしれない……。


 ふぅ、とため息をひとつ、ついた。



 ……と、ここでしばらくぶりに夜空が口を開く。

「ねえ、維織ちゃん」

「……なんだ?」

「……今、私たちって夫婦っぽくない?」

「な、なななな……! い、いきなりなにを!!」

 なんてことを言い出すんだこの子は……!


「前に何かで読んだんだけどさ。……お互い黙っていても気まずくならなくて、むしろ心地いい……って感じる2人はさ、夫婦の適性が最高らしいよ?」

「…………」

 なにを言ってもやぶ蛇になりそうなので口を閉ざす。

「私はもちろんそうだし。……維織ちゃんも実はそうなんでしょ? だからそんなに動揺した」

「……………………」

 ……ここは黙秘をつらぬくほかなさそうだ。



「〜〜〜♪」

 あたしが黙ったままでも夜空はご機嫌なようで、鼻歌まじりに歩いている。

 そしてあたしは考える。

 夫婦ってなんだろう、と。


 短いながらも自分で結婚生活を送っていたからわかる。

 本来、赤の他人だった同士が一緒に暮らすのは大変だ。

 だから、あたしみたいに失敗するやつも出てくる。


 ……そして、あたしは再婚したいかって問われたら、間違いなく「No!」だ。

 


 けど、いつまでもそのままではいけないのかもしれない。

 いつまでも足踏みしていたのでは、どこにも行けはしない。

 そして、いつかはきっと……。


 そろそろ真剣に考えるべき時なのだろうか。

 そう、夜空との関係について……。




 ……考えごとをしているうちに、いつの間にか家の近所にまでたどり着いていた。

 これにて夜空とのデートは終了、ということになる……今日のところは。


 夜空のことだから、きっとまたデートには行きたがるだろう……そう考えて、自分が無意識に微笑んでいることに気づいた。なんだかんだ言って、あたしも夜空とのデートが楽しかったらしい。



 そして、あたしの家の前。

 どことなく名残惜しくなって、夜空のほうを見つめ。

 それに気づいた夜空と視線を絡ませる。


 ……夜空の瞳はその名のごとく、漆黒の宇宙のようで。

 いつの間にか星がまたたきはじめた空、それよりも美しい瞳に、自然と目が奪われた。


 ……そして、問いかける。

「夜空……今夜は」

 夜空はわずかに目を動かし、言う。

「今日は……家に帰るから」

「そうか……」

 

 そして、するりと手がほどかれ。

 左手が失った熱を求めるかのように夜空の手を追いかけそうになり、慌てて自制する。


 そして、夜空はことさらに明るい声で。

「……じゃあね! またデートしよう!」

 それだけ言うと、向かいにある自宅へさっさと入っていってしまう。



「……はぁ」

 夜空が姿を消すと、なぜだか置いていかれたような気分になって。

 あたしはそのまましばらく立ちつくしていた……。




***




「……よし!」

 玄関の扉を閉めたところで、つい声が出た。

 今の私に出来ることを精一杯やったはず……!



 そもそも、維織ちゃんが何故、私を受け入れてくれないのか。

 それについて色々と考えてはいた。

 

 女同士だから。

 年齢差があるから。

 幼馴染みとそういう関係になるのは抵抗がある。……etc


 理由は様々あるだろう、けれど結局のところ。

 『離婚』が原因として1番大きいのかもしれない、と思った。



 今でも認めがたいが、維織ちゃんはかつて人妻であった。

 どうしてあんな男と結婚したのか、私の知りえない事情があったのかもしれないが、それはともかくとして。

 維織ちゃんは、誰かと深い関係になるのを恐れているのではないか。

 ……と、思うのだ。



 維織ちゃんの結婚生活は、相手の男の浮気によって破綻した。

 維織ちゃんはあれでピュアなところがある、その裏切りは相当に応えたことだろう。

 ……実家に戻ってきた当初も、強がってはいたけど、落ち込んでいるのは手に取るように分かった。

 そして、そこに付け込んで押し倒……、いやまあそれも置いといて。


 ともかく、維織ちゃんは離婚の心傷から、私を受け入れることを拒んでいるのではないかと思うのだ。

 ……思わずあの男を呪いそうになったが、今そんなことをしても事態は好転しない。


 私は自分の力で未来を掴み取る! そう、維織ちゃんを振り向かせるのだ……!

 そのためにも今日はあれこれ頑張ってみたわけだ。

 実際、どれだけ効果があったかは分からない、けど、きっと……!



「……待っててね、維織ちゃん。私が幸せにしてあげるから……!」








家に帰るまでがデートです。

……ということで、維織と夜空のデート回、いかがでしたでしょうか。

私個人としてはかなりいい感じに書けたと思っているのですが……。

もしご意見等ございましたら、最新話下部にある感想フォームからお伝えいただけると嬉しいです。

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