表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/11

第5話 女子高生とデートした件。中編



 そして、約束の時間。

 あたしはあの後、ひと眠りしてから駅前までやって来ていた。

 わが街の駅はさほど立派でもないけど、休日ということもあってちらほら待ち合わせっぽい人の姿も見える。

 まあこのぐらいの人数なら、お互い見つけられないってこともないだろう。


 ……しかし、ちょっと早く着きすぎただろうか。

 あたしとしたことが、いてもたってもいられないというか、家にいると落ち着かなくて……。

 ふだんは全然ファッションにも興味がないんだけど、興味がないなりに身だしなみにも気をつかったり。

 そういやどこに行くかは聞いてなかったな……とデートプランに思いをはせたり。

 出る直前には、忘れ物がないか何度も何度も確認してしまった……。


 ……っていうか、あたし女子高生とのデートで緊張してるのか?

 いやいやいや、ないないない! ないったらない!



 なぜかわけもなく恥ずかしくなりながら、ふと見るとカップルが一組、手をつないで歩き出している。

 ……あたしたちもはたからはあんな風に見えるのかな……って、だから違う! あたしと夜空は女同士だしせいぜい年の離れた友達にしか見えないはず、けどそれは残念……じゃない! なに考えてんだあたし!

 自分でもよくわからないまま悶々としていると、……ついにその瞬間がやってきた。




「お待たせ! ……維織ちゃん」

 

 秋の風とともに現れた彼女は、よく知っている顔のはずなのに、なぜか目を離せなくなった……。


 白いブラウスの上に薄茶色のカーディガンを羽織り、下は紺のフレアスカート。

 ふだんはしていないメイクは、ほんの軽くだけだけど、大人っぽい魅力を引き出していて。

 それでいてあたしを見つけた瞬間、顔中に子供のような笑みを浮かべたのは……。



 もちろんのこと、夜空だった。



「……維織ちゃん?」

「……お、おう、遅かったな」

 なぜか動揺してしまう。

「もう、遅刻なんてしてないよ。維織ちゃんが早すぎるんじゃない?」

「そ……そうかも、な」

 ええい、いつも通り夜空と会話してるだけなのにどうしてこんな……!


 そんなあたしを見た夜空は、くすり、と笑って。

「ねえ、維織ちゃん。……何か、言うことは?」

 言うと、あたしの前で、くるりと一回転してみせた。


 ……まさか……まさかこれは、アレ(・・)を求められているのか……!?

「ええと……そのー……なんだ……」

 いかん、言葉がぜんぜん出てこん。

 ちょっとほめてやれば、きっと夜空は満足する、そのはずなのに!

 言葉に詰まるあたしを、夜空は穏やかな笑みで見つめている。



 ……なんかこれ恥ずかしいな。

 思えば実家に戻ってきてからの数ヶ月、夜空にはみっともないところばかり見せている気がする。

 年上の威厳なんてもう欠片も残っていなくて。

 それでも、夜空には自分のいいところを見せたいと思うのは……はたして姉貴分としてカッコつけたい、ただそれだけなんだろうか……?


「えーっと、まあ……、いいと、思うぞ」

 結局ひねり出したのは、なんの面白みもない一言。

 それでも、夜空は。

「……うん。ありがとう」

 花がほころぶように可憐に微笑んだ。




 わずかな間、微妙な沈黙があたしたちの間に流れていた。

 決して居心地の悪いもんじゃない、けれどとにかく雰囲気がむずがゆい!

 こんなところで2人して立ち尽くしていても仕方がないし、照れ隠しをかねて言う。


「ほら、さっさと行くぞ! ……どこ行くかは決めてあるのか?」

「まあ一応……。ざっくりと、だけど。……映画、見に行かない?」

「映画? まあ別にいいけど……」

「よし。じゃあ決まり、ね?」

 言うと、夜空はさっさと改札に向けて歩き出す。

 そのさまはまるで、楽しみなことを待ちきれない子供のようで。

 ああ……こういうところは変わってないんだな……と妙に感慨深く思いつつ後を追った。




 電車で2駅、映画館まではすぐだ。

 ホームに降り立ち、またもさっさと歩き出す夜空は、今にも鼻歌を歌いだしそうなくらいにはご機嫌だ。

 これじゃ、デートというより付き添いの保護者みたいだな……と思いつつ夜空に付いていく。

 そう考えると、とたんに肩の力が抜けた。

 夜空を連れて出かけたことなど、昔からいくらでもあって。

 『デート』という言葉に振り回されすぎていたのかなぁ、と思う。

 ……もしやそれも夜空の作戦だったのか?

 


 そんなことを考えているうちに、いつの間にか映画館に着いて。

 夜空とあたしは、見るべき映画を物色していく。

「……あ、これ」

 夜空が目を留めたのは、『左遷刑事』という、テレビドラマが原作の刑事モノ。

「これ、維織ちゃんとよく見てたよね」

「……だったな」

 我ながらシブい趣味だと思うが、中学生のころからよく見ていたのだ……。


「まあ、あの時はまだ小学生だったから、よく分かってなかったけど」

 夜空はあたしに付き合って見てただけだからな……。


「……他のがよくないか?」

「んー……。でも維織ちゃんの好きそうなのあんまり無さそうだし」

「夜空の好きなのでいいんだぞ、いちおうご褒美なんだから」

 言うと、夜空はまた、うれしそうに笑って。

「……どれでもいいよ? だって私は……維織ちゃんと一緒に映画が見たいだけなんだから」

 そんなことを言うのだ。


「……いやいやいや」

「……維織ちゃん、照れてる? 照れてるの?」

 そのニヤニヤ顔に押されるようにして。

「ああもういいから早く行くぞ! これでいいんだな!」

 あたしは夜空から顔をそむけて立ち上がった。




 封切りからしばらく経つこともあって、劇場内はそこまでの混雑ではなかった。

 しかし、やはりざわめきのようなものは聞こえてくる。

 ……そんな中、あたしと夜空は黙ったまま、並んで座っていた。

 別に気まずいわけではない。夜空は相変わらず上機嫌だし、あたしもこれで沈黙は苦にしないほうだ。

 ……しかし、こんな時はなにか話すべきなのだろうか。あるいは、なにも話さなくていいのか。そんなことを考えてしまう。

 昔、夜空と一緒に出かけた時はどんなだったっけ……。


 このむずがゆいような空気に耐えかね、ちらりと夜空のほうを見ると、即座に笑顔を向けられてしまい、慌てて顔をそらす。

 あたし、やっぱり変だ。

 なんでこんなに心臓が高鳴るのか。

 わかりきったことのようでいて、わかってはいけない気もする……。

 

 ……そんなあたしを助けるかのように、ようやく劇場内の照明が落ち、スクリーンが近日公開予定の映画の宣伝を映し出す。

 それでなんだか救われた気分になって、ふう、と息を吐いた。




 映画に集中しはじめてしまえば、どうということもない。

 大傑作とは言わないまでもそこそこの出来で、あたしはスクリーン上の物語に引きこまれてゆく。



「……っ!」

 しかし、そんな時間も長くは続かなかった。

 肘置きに乗せていた左手に、ひやりとした感触。

 思わず出そうになった声をこらえ、見ると……。

 夜空が、あたしに手を重ねてきていた。

 夜空はなんでもない顔で映画に見入っているが、どう見ても確信犯だろこれ……!


 あたしよりもわずかに小さい手。

 もう大人になったとばかり思っていた夜空の、わずかに残された幼さを実感してしまう。

 

 でも、なんであたしはこんなにドキマギしているんだ……?

 手をつなぐなんて、それこそ夜空が産まれた直後から数えきれないほどしてきたことだ。

 もしや、これが噂の吊り橋効果ってやつか……!?

 混乱のあまりそんなことを考えてしまう。

 


 いかんいかん、今日は映画を見に来ているんだ。

 集中しないと……。

 そう思って鑑賞する態勢に戻る。

 映画の内容に集中しながらも、意識の半分は常に左手に注がれていた……。




 スクリーンが白色に戻り、劇場内の照明もついて、観客が続々と席を立ち始める。

 そんな中、あたしはいまだに座っていた。

 けっこういい出来だった映画の余韻にひたりたかったのが1つ。

 そしてもう1つは、左手の――。


「……維織ちゃん?」

「……なんだ、夜空」

 意地の悪そうな笑みを浮かべた夜空は言う。

「顔、赤いよ?」

 ……ボッ! と本当に顔から火が出るような思いだった。

 意識していなかっただけに、指摘されると余計に恥ずかしい……!

 なおも夜空は続ける。


「どうしちゃったの? 維織ちゃん。……ああ、もしかして暖房が効き過ぎだった?」

「あ、ああ、うん、ちょっとばかり暑かったかもな!」

 動揺するあたしを見て、夜空はニヤニヤ笑っている。

 やっぱりわかっててやってるだろ……!


「ああもう! いいから行くぞ!」

 夜空のニヤニヤから逃れるため、あたしは勢いよく立ち上がって歩き出した。

 ……なんか今日はこんなことばっかりしてる気がする。




 行きとは逆に、あたしが夜空を引っ張るような形で映画館を出る。

 そのまま外へ歩き出そうとしたところでふと、次にどこへ向かうのか知らないことに気づいた。

 夜空のほうを振り返る。

「なあ、夜空、次はどこへ……」

 聞こうとした瞬間、違和感を覚えた。


 夜空はさきほどのニヤニヤに喜色を混ぜ合わせ、ちょっと妙な、それでいて幸福感があふれてきそうな笑顔をしている。

「維織ちゃん、気付いてないの?」

「? なにか変なことでもあったか?」

 言うと、夜空は笑みを深め、目線を下へと落とす。

 そこには……。


「………………あ」

 あたしの左手が――がっちりと夜空の手を握ったまま(・・・・・・・・・・)のあたしの左手があったのだ……。



「あ、いや、これはな?」

 手をつないでいる――。ただそれだけのことなのに、なぜかあせりが湧いてくる。夜空のどことなく満足気な、幸せそうな顔を見ていると、あせりがさらに増す。

 いったいなぜなのか……夜空と手をつなぐなんて、昔から何度もやってきたことにすぎないのに。



「ふふ、でも嬉しいな」

 夜空はとまどうあたしを前に、そんなことを言う。

「……なにがだよ」

 その問いに、夜空は笑みの中にわずかな寂しさをにじませる。

「……維織ちゃん、昔はよく私の手を握ってくれてたのに、最近は全然だったから」

「それは……」

 まったくもってその通りだった。


 夜空が大きくなるにつれて、手をつなぐ機会はあきらかに減っていって。

 夜空が中学生になるころにはほとんどしなくなっていた。

 あたしはそれを当たり前だと思っていた。子供の手を引くのは必要なことだ、けど成長したならばそうする理由もないし、なにより夜空のほうが嫌がるようになるかもしれないと思って……。


「維織ちゃんの手、あったかくて、大きくて。私は維織ちゃんと手を繋ぐのが好きだったから……」

 けれど、そうじゃなかった。

 そんなのはただの思い込みに過ぎない。

 よく聞くような『当たり前』にとらわれて、あたしはこの子の想いを見失っていたのかもしれない……。



 それに、なにより。

 あたしは夜空がこんな顔をしているのは見たくないのだ。



 空いている右手で、自分の髪をグシャグシャと掻きむしる。

「……ああ〜、もう! めんどくさいなぁ!」

 言うと、夜空の手をギュッ、と強く握り直して。

「ほら、手なんかこれからいくらでもつなげばいいだろ! ……どこに行くかって聞いてんだ!」

 言いながら、さらに顔が赤くなっているのを感じる。


「……じゃあ、喫茶店でも行こうか。映画の感想を語り合いに、ね」

 けれど、夜空は今度はからかうこともなく、そして……。


「…………維織ちゃん、ありがと」

 ギリギリ聞き取れるぐらいの小声で、そんなことを言ったのだった……。



 そうして、あたしは夜空に指示されるまま歩き出した。




 夜空の手の熱に惑う自分の心を棚上げにしたまま……。





***





 前を行く維織ちゃんの後ろ姿を見つめる。

 耳が真っ赤、照れているのは丸分かりだ。


 ……けど、やっぱり維織ちゃんは優しい。

 私のお願いを際限なく聞いてくれて。

 その優しさに溺れてしまいそうで、時々怖くなる。

 でも、その優しさを私は独り占めにしたい。

 そんな考え方が間違っているのは分かってる、けど自分でも自分の気持ちが制御できないのだ。

 

 ……願わくば、どうか、どうか。

 今、この時だけでも、維織ちゃんの心を占めるのは私でありたい。








前後編にすると言ったな、あれはウソだ。

……はい、申し訳ありません。

思った以上にキャラ達が動き出したため、この「女子高生とデートした件。」は後編に続きます。

次で……次でデートは終わるはず……!


そして今回の話、今までとだいぶ毛色が違うものになったと思いますが、皆様はどうお感じになったでしょうか。

少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。

ご意見等ございましたら、最新話下にある感想フォームから送っていただけると嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ