閑話 女子高生とアドバイザー。
今回は『閑話』ということで普段とは少し毛色が違いますが、楽しんでいただければ幸いです。
駅前の喫茶店。
その1席で、私は人待ちをしていた。
今日は休日……土曜日ということで、ほとんどの場合、維織ちゃんと過ごす時間を優先しているけれども、「あの人」ばかりはないがしろにすることはできない。
なにせ、私の “大先輩” だ。
しばらくスマホをいじりながら時間をつぶしていると。
「ごめーん、お待たせ、夜空ちゃん!」
1人の女性が私の目の前の席に座った。
ショートカットを茶髪に染め、優しげな顔立ちに穏やかな笑みを浮かべているこの人物こそ……。
「大丈夫ですよ。……お久し振りです、須崎先輩」
私がもっとも尊敬する先輩……須崎ひかりさんだ。
須崎先輩とは、私が高校に入ったばかりの頃にちょっとした偶然から親しくなった。先輩には不思議と頼りたくなる雰囲気があって、当時はよく相談に乗ってもらっていた。
そして、須崎先輩が大学生になった今でも……。
「いやー、ご機嫌だねえ、夜空ちゃん」
「ふふ、分かりますか?」
「わかるわかる、幸せ乙女って感じがするよお」
「こうなったのも先輩のアドバイスのお陰です」
「いやいや、わたしはたいしたことしてないよー。夜空ちゃんの行動力のたまものだね!」
こうしてたまに会って、色々と相談事をしていたりする。
とはいえ今日は相談ではなく、須崎先輩への報告だ。
「……いえ。須崎先輩がいなければ、私は立ち上がれなかったかもしれません。こうしてチャンスを掴めたのは先輩に背中を押してもらったからなんですよ」
そう、この人がいなければ私は――。
きっと、維織ちゃんのことを諦めていただろう。
「そんなに感謝されると照れるなー」
先輩の笑顔からは、心底、私のことを祝ってくれているのが伝わってくる。
「……今日はお呼び立てしてすみません、どうしても直接お伝えしたかったので」
「いいよいいよ、カワイイ後輩のためだ! ……それに、わたしにとっても都合はいいし」
「? 何か言いましたか、先輩?」
「いやなんでもないよ、こっちの話」
先輩はたまによく分からないことがあるけれど、私にとっては間違いなく恩人だ。
高校1年生の時、維織ちゃんの結婚が決まった。
それを聞き、泣き暮らしていた……、というのは大袈裟にしても、それに近い状態ではあった私を心配し、声をかけてくれた先輩。
先輩は私の気持ちに寄り添い、立ち直るまで支えてくれた。
それどころか、維織ちゃんへの想いをどうしても捨てきれなかった私を後押しするようなことまでしてくれて。
結果――。まあ、ああいうことになったわけだ。
本当に、先輩には感謝してもしきれない。
「……実際のところ、まだ押し切れてはいないんですが」
そう、上手く行っている……とは思うんだけど、まだ維織ちゃんからは決定的な一言を引き出せてはいない。
けれど先輩は。
「だいじょーぶ、そこまで許してるってことは、もう少しだよ! あとは、最後の踏ん切りをつかせるだけ!」
なんてことを言う。
まあ実際、あそこまでしておいて突き放されていない、ということは、脈アリ……どころか、もうすぐ押し切れそうな気はするんだけど。
でもやっぱり不安にもなる。
そんな時、先輩に相談すると、途端に不安が減少するから、つい色々と話してしまう。
「……そうですね、もう、あと少しな気はするんですが。このままでいいのかなって」
言うと、先輩は腕組みをして目を閉じる。
「……うーん、たしかに他にもいろいろやりようはあると思うんだけどねえ。でも夜空ちゃんの場合、まっすぐ押し切るのが1番向いてるかも」
「そう、でしょうか……」
「うん、わたしはわりと搦め手とかも使うんだけど。こればっかりは向き不向きがあるからねー。……それに、そこまで行ってるなら、もう小細工も必要ないんじゃない?」
「……分かりました、とりあえずこのままの方向で」
「がんばって! またなにかあったら遠慮なく相談してねー」
「はい、ありがとうございます」
……うん。
帰ったら、とりあえず維織ちゃん押し倒そうか。
私の話が終わったので、そのまま雑談タイムへ移ることにする。
「……そういえば先輩、その後、彼女さんとはどうですか?」
先輩の近況といえば、気になるのはやはりそのこと。
「沙月ちゃん? 沙月ちゃんはねえ……変わらず最っ高にカワイイよ! あ、ねえ写真見る? 写真!」
沙月ちゃん……荻野沙月さんは、同じく私の先輩であり――。
須崎先輩と同居中の恋人でもある。
……そう、須崎先輩は、そちらの意味でも私の “先輩” なのだ。
「……相変わらずですね、荻野先輩のことになると興奮する癖」
「いや、だって沙月ちゃんはカワイイんだよ!」
普段はおっとりした雰囲気ながら頼りになる先輩なんだけど……。
見ての通り、重度の恋人バカでもある。
ほら見て見て、と差し出されたスマホには、
「あ。……猫カフェですか、これ?」
「そう! 猫とたわむれる沙月ちゃん! どう? 最高にカワイイでしょ!」
くだんの先輩が猫を撫でているところが写っていた。
「まあ、確かに可愛いですね」
そう、荻野先輩はかなりの美人だ。
それこそ、『絶世の美女』と言っても違和感がない程度には。
それゆえ……。
「ね! カワイイ×カワイイってめっちゃカワイイでしょ!! 猫ちゃんもカワイイけど、この沙月ちゃんの顔がもう……! わたしと2人きりの時とはまた違ったやわらかい表情がまた魅力的でただでさえ美人なのにカワイイってほんと反則っていうかこれお金取れるレベルなんじゃないかなもちろん誰にも売る気はないけど――」
「はいはいはいはい、荻野先輩が可愛いのは分かりましたから、少し落ち着いて」
……そう、こういうところがたまにキズなのだ。
さらに……。
「カワイイでしょ? ……でもたとえ夜空ちゃんでも、沙月ちゃんに手を出すようなら…………」
「安心してください、私は維織ちゃんひとすじです」
……かなり独占欲が強いのだ。
実を言うと、私もあまり荻野先輩と会ったことがない。なにせ須崎先輩が嫌がるので……。
お互いライバルに成り得ないのは理解しているはずなんだけれども。
まあこれだけ綺麗な恋人だったら、誰かに取られるんじゃないかと不安になるのも理解できる、私もそういうところあるし……。
けれど、人の惚気ばかり聞いていると、やっぱり……。
「……先輩。私からもいいですか?」
「いいよー、どうぞ」
「この前、維織ちゃんが酔っ払って帰ってきたことがありまして。普段よりかなり子供っぽくなってるのが可愛くて……」
「あー、わかるなあ……。沙月ちゃんも酔うと甘えん坊になったりしてねえ」
「いつもならやらないようなことも……」
「うんうん、それもわかる。そうさせたいがためについ飲ませすぎちゃったりしてねー」
「……ただその後、すぐに寝ちゃいまして。けど、寝顔がこれまた――」
……等々。
私達は存分に、それぞれの恋人について語り合ったのだった。
***
「ただいま、維織ちゃん!」
維織ちゃんの部屋。
やはりここに来ないと始まらない! ……色々と。
「おう、お帰り。……っていうか最近、夜空はあたしの部屋を自分の家だとでも思ってるのか?」
ジト目でツッコミを入れてきたのはもちろん、私の愛しの恋人(予定)の維織ちゃん。
「違うよ、維織ちゃん」
「ほー、なにが違うってんだ?」
「……維織ちゃんの部屋が私のものなんじゃなくて……、私が、維織ちゃんのもの、なんだよ?」
私がそう言うと、維織ちゃんはぐっと言葉に詰まる。
……効いたかな? 先輩直伝、渾身の上目遣い!
「ふふ、やっぱり維織ちゃんは可愛いな」
「な、なんだよ、からかうなって」
維織ちゃんはいつもそう言うけれど。
切れ長の瞳を始めとした美人系の顔立ちに、スラッとしたモデル体型といった容姿はもちろんのこと。
いざとなるととても恰好いいところや。
そのくせ私の言動でいちいち動揺したりすること。
そしてアレをする時の真っ赤な頬や潤んだ瞳が……。
………………。
いかん、スイッチ入った。
「……ねえ、維織ちゃん?」
じりじりとにじり寄る。
「……な、なんだ、夜空」
すると、微妙に逃げ腰になる維織ちゃん。
こういうとこもまた可愛いんだよなぁ……。
それでいて、本気で逃げたりはしない。
こんな姿を見せられたら……!
「……いただきます」
「いや、ちょ、待て、『いただきます』はあきらかにおかし――」
うるさい口はいつものように塞いで。
私は……私達は、すっかり日課となった行為を始めるのだった。
―――――――――――――――――――――――
おまけ ある恋人たちの夜
アパートの一室にて。
「どうしたのー? 沙月ちゃん、そんなにむくれちゃって」
「…………ひかり、今日、会ってたのって」
「ああ、知ってるでしょ、夜空ちゃんだよ」
「……」
「ふふ、ヤキモチ、焼いちゃった?」
「…………」
「ごめんってば。夜空ちゃんはただの友達、だよ?」
「………………」
「……えいっ!」
「! ……ひかり、何を」
「沙月ちゃん、たしかこのへんが弱かったよね?」
「……ひゃっ! そ、そこは駄目!」
「えー? ……じゃあこっちは?」
「だめ、そこもだめぇ……」
「……ふふ、う・そ・つ・き♪」
「……………………」
「あとは……このあたりがいいのかな?」
「ひかりぃ……」
「だーいじょうぶだよ沙月ちゃん、たっぷりかわいがってあげるから……。ね?」
……まだ夜は長い。
今回登場した『須崎先輩』ですが、実は以前書いた短編(https://ncode.syosetu.com/n5050fh/)の登場人物になります。
須崎先輩の活躍(?)をご覧になりたい方は下のリンクからどうぞ!(躊躇ない宣伝)
リンク先も当然のごとく百合です!
以前からクロスオーバーってやってみたかったんですよ……。
あちらの短編を知らない人でも問題なくお読みいただけるよう気をつけましたが、もし不自然に感じられた方がいらっしゃいましたら申し訳ございません。
でも……やってみたかったんだ……!
……ということもあって、今回は主役2人のいちゃが少なめだったかも。
次回はがっつりいちゃいちゃさせる予定ですので、またよろしくお願いします!