第2話 幼馴染みの女子高生に泣かれた件。
「あ〜〜〜……、あっつ」
季節は初夏。
あたしは相変わらず自室でダラけていた。
まだ夏本番でもないというのに、暑い。
考えごとの気が散りそうだ……。
考えているのは、……やっぱり夜空のこと。
やっぱマズかったよなぁ、あれは……。
未成年に手を……っていうか、あたしの方が襲われたんだけども、でもいちおう大人として、あそこはあくまでも突っぱねるべきだったんじゃなかろうか。
なんというか、ぶっちゃけ夜空のご両親に顔向けができない……。昔っからすごく良くしてもらってたのに、恩を仇で返すことに……。
夜空が納得しているのはいいんだけどねぇ……。
だいたい、年の差だけなら問題ないかもしれない、けどあたしと夜空は女同士だ。
最近マシになってきたとはいえ、まだ風当たりは強いだろう。
あたしみたいなのならともかく、夜空にはあまり辛い思いをしてほしくない……。
けど、あたし自身はあまり違和感がないようで。
我ながら驚いた。
まあ、その……1度は男と結婚していたわけだけど、夜空とのあれも……別に、イヤじゃなかった。
あたしは、バイセクシュアル? というやつなんだろーか。
でも、相手が夜空だったから、だとも思う。
今まで同性の友人にそんな気起こしたことないわけだし。
子供の時からずっと一緒で。
いい面も悪い面もおたがいに知っていて。
ケンカはしても、決して疎遠にはならなかった。
どんな友人より身近な存在。
そう、それにとてもキレイで…………。
カーッ、と顔が熱くなる。
「違う違うそうじゃないそういうことじゃないんだ!」
首をブンブン振りながら、意味不明なひとりごとをつぶやく。
そうあたしにとって夜空は妹のようなもの、だからそんな目で見たことなんてないしこれからもない、やましいことなんてなにもないんだ!
あたしが自分でも訳がわからぬまま、悶絶していると。
ガチャリ、と玄関の開く音がした。
そして……。
「維織ちゃん!」
「お、お? おう、いや」
動揺のあまり変な声を漏らしてしまう。
……そう、夜空が部屋に飛びこんできたのだった。
今日の夜空は学校帰りそのままの制服姿。
夜空の大人びた美貌とはややギャップがある。
けれど、それが不思議な魅力をもたらしてもいて。
なにより――。
……ああ、あたし女子高生と――。
つい意識してしまう。
やっぱりよくないよな、こういうの。
今日はきっぱりと断っておかないと……。
「……お帰り、夜空。早かったじゃん?」
あたしの言葉に。
夜空はひまわりのような笑みを浮かべて言った。
「……うん! ただいま!」
……かわいすぎだろチクショー!
……ってそうじゃないそうじゃない、落ち着けあたし。
あたしと夜空はただの幼馴染み、いいね?
「私、部活とかやってないから」
あいさつを終えて、いつもの無表情……に近い微笑みになった夜空。
少しホッとしたような、残念なような……。
「そりゃ知ってるけど。勉強もせんとこんなとこ来てていいのか受験生?」
そう、夜空はあたしと違って頭がいい。
その気になれば一流大学だって狙えるはず……。
「ああ、私、もう推薦がほぼ確定してるから。……維織ちゃんと違って優等生だし?」
「なんだとこんにゃろ!」
……まあ事実なんだけど。
「……まあ、大学に行くとも決めてないけどね」
「……は?」
なんだそれ。
「別に、特に勉強したいことがあるわけでもないし。それなら働きに出るのもありかなって」
「おいおい、お前……」
「人を『お前』呼ばわりしない」
ビシリ、と注意される。
「はい、すいません」
いやでも、大学は行っておいたほうがいいんじゃ……。
まあ高卒のあたしが言えることでもないけど。
「それに、その方が維織ちゃんを養えるのが早くなるし?」
……はい?
「……言ったでしょ、専業主婦にしてあげる、って」
いや確かに聞いたけども!
「でも大学卒の方がいい会社に就職できると思うし。結果的に維織ちゃんに楽させてあげられるかなー、って今、悩んでるとこ」
そ、それってつまり……?
「……夜空の将来設計ってあたしが基準なのか?」
聞くと、夜空は、はぁー、とため息をついて。
「……当たり前でしょ、そんなこと」
……おいおいおいおい。
想像より夜空が重い……!
戸惑うあたしに構わず、夜空は続ける。
「それで? 維織ちゃんはどっちがいい?」
「ど、ど、どっちがいいって……。あたしが決めていいことじゃないだろ。おじさんたちはなんて言ってるんだ?」
問うと、夜空は、きょとん、とした顔をした。
「え……? 聞いてないけど。……多分、大学には行っておけって言われるんじゃないかな。でもそんなの維織ちゃんに比べればどうでもいいことだし」
「いやどうでもよくないから! 親を泣かせるようなマネするなよ! あたしが言えた義理じゃないけど!」
ヤバい……あたしは夜空の想いの深さを見誤っていたかもしんない……。
「大丈夫だよ、お母さんは割と放任主義だし。お父さんに反対されたらどんな手を使ってでも説得するし」
なんか夜空の目がちょっと怖い。
……おじさん、いったいなにをされるんだろ……。
「…………いくらなんでも、年下の女の子に食わせてもらおうとは思ってねーよ。とりあえず、大学は行っとけ? な?」
あたしは顔をしかめながらもこう言った。
とりあえずこれで収まるだろ。
……おじさんがちょっと心配だったのもあるけど。
「本当? ならいいけど、気が変わったら言ってね? 就職先探すから」
「……いや、気が変わることはねーよ」
いつから夜空はこんなになっちまったんだろ……。
子供の時は引っ込み思案でおとなしかったんだけどな……。すっかりたくましくなっちまって。
あたしは、夜空の成長に感慨を覚え、同時になぜか恐ろしさも感じていた……。
あたしが在りし日の無邪気な夜空を思い起こしていると。
「維織ちゃん……」
夜空が低い声でささやきながら、あたしのほうににじりよってきた。
その目は危険な艶やかさをたたえ、今にも呑みこまれてしまいそうな……。
「ど、どうした夜空」
なんかこの雰囲気、またマズい気がする……!
警戒を始めたあたしを前に、夜空は、
「…………維織ちゃん、好き」
と言いながら唇を……!
「……って、ちょおーっと待ったー!」
あたしは両手を夜空の顔に押しつけた。
危ないところだった……!
「もう、なんで止めるの?」
「いやそもそも急すぎるんだよ! さっきまでは全然そんな雰囲気なかったじゃん!」
そう、ついさっきまで普通に話してたのになんでいきなり……!
「え? だって私はいつでも維織ちゃんとキスしたいと思ってるし」
「へ?」
「大体、今日もそのために急いで帰ってきたんだし」
「……はい?」
予想外の返答にあたしの頭はフリーズ。
ちょ、待って、今まで気づかなかったけど夜空って超肉食系……?
「……じゃあ、急に、じゃなければいいのかな?」
ちろり、と唇をなめる夜空の舌はとても妖艶で。
あたしは思わず頷――。
「……ってそうじゃなーーーい!!」
あ、あっぶねー、また流されそうだった……!
「何よ、急に大声出して」
相変わらず表情は薄いけど、どことなく不機嫌そうな夜空にあたしは言い放つ。
「あのさ………………こういう関係はやめにしない?」
「…………………………」
うおお、夜空の沈黙が怖すぎる……!
表情はさらに固まり、目は冷酷な処刑人のよう。
いやけど、こんなことはあれっきりにしておかないと……。
けれど。
「説明」
女王様……じゃない、夜空の威圧感たっぷりの一言に。
「……はい」
あたしはたちまちヘタレるのだった……。
「いやあのね、あたしたち女同士じゃんか」
「…………」
「それに年の差だってあるし」
「…………」
「それになにより、夜空とこんな関係になるのはおじさんたちに申し訳が立たないというか……」
「…………言い訳はそれで終わり?」
「……はい」
すると、夜空はまるで判決を言い渡すかのように、こう言った。
「まず1つ、愛に性別は関係ない。2つ、年の差といってもたった7歳しか違わない、その程度のカップルはざらにいる。そして3つ、お父さんやお母さんがなんて言おうと、私は維織ちゃんを諦める気はない。……分かった?」
「いやでも」
なおも抗弁しようとするあたし。
それに対して夜空は……。
「……それとも維織ちゃん、私のこと嫌いになっちゃった……?」
不安げに、上目遣いでそんなことを言い出した……!
「い、いやそんなことないって」
「でも維織ちゃん、私が鬱陶しくなったんでしょ……?」
なおも迫ってくる夜空。
「だから違うって!」
「いい、分かってる……。重いよね、こんな女……」
しょげかえった夜空。
……か、かわいい……!
って落ち着けあたし!
けど、夜空はとどめとばかり……。
「ごめん……ごめんね維織ちゃん……」
目の端からツーっと。
一粒の涙を、こぼした。
それを見たあたしは――。
「まーったく、しょうがねえなあ、夜空は」
グイッ、と夜空を抱き寄せて。
あたしの肩口にその顔をうずめてやった。
「そんなことであたしが夜空を嫌いになるわけないだろー?」
夜空のくぐもった声が聞こえる。
「……確かにこないだ、押し倒されたときは驚いたけどよ、まあその、なんだ、イヤじゃあなかった。……夜空が相手だったからな」
夜空が泣きやむよう祈りながら、続ける。
「でも正直、不安でもあった。……今まで通りの幼馴染みでいられなくなるんじゃないか、ってな」
夜空はじっと、あたしの言葉に耳を傾けているようだ。
「けど、それも違った。どうなってもあたしと夜空が幼馴染みだってことは変わらない。……さすがにまるっきりそのまま、ってわけにもいかないだろうけどさ」
そう、あたしは。
「夜空のことが好きだってのは変わんねーよ。……あくまで幼馴染みとしてだけどな」
…………。
うぁーっ! こっ恥ずかしいこと語っちまったよ!
夜空に泣いてほしくないあまりに……!
どうもあたしは、昔から夜空の泣き顔には弱いんだよなぁ……。
そんなことを考えながら。
あたしは右手で夜空を抱きながら、左手でその頭をなで続けていた……。
それからしばらく。
そろそろ大丈夫かな、って思ったとき、夜空が顔を上げた。
「維織ちゃん……」
「ん〜? どうしムグッ!」
夜空と目が合った瞬間。
あたしの唇を夜空の唇が……!
……ってかなんかこれデジャブ!
「ん……。ふむ……ん」
おいおいおいおい!
な、なんかこれ柔らかいものがあたしの口の中――!
それはあたしの口内をなでまわし、蹂躙していく。
いや決して初めての感触でもないんだけど!
でも夜空にされていると思うとやっぱり……。
体中の血が、顔に集まっていくような気がした。
ようやく口が離れて。
はぁ、とどちらからともなく息をつく。
「よ、よぞら……」
「ふふ、ありがとう維織ちゃん。おかげで目が覚めたよ。……維織ちゃんは私が好きだけど、まだ、ただの幼馴染みでいたいと思ってるんだね? 大丈夫、これからじっくり私のことを『恋人として好き』って言えるようにしてあげるから」
夜空、あのときと同じ野獣の目をしてる……!
「いや、ちが、そういうことじゃ」
あたしは必死の抵抗を試みたけど。
「大丈夫、大丈夫、この前だって気持ちよかったでしょ? 全部、私に任せておいてくれれば……」
「いや、だからそれはダメ……あーっ!」
結局、流されてしまうのだった……。
……やっぱりなにか間違えたかもしれない。
夕食時になって、夜空はやっとあたしを解放してくれた……。
「じゃあ維織ちゃん、また明日ね?」
そんな嬉しそうなささやきを残して。
残されたあたしは。
「あ〜〜〜〜〜〜…………。失敗した」
うなることしかできなかった……。
***
「……ふふふ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
維織ちゃん家からの帰り道。
……といっても、お向かいさんだからすぐなんだけど。
ともかく、今日の維織ちゃんも可愛かった!
……って、おっといけない、つい興奮してしまった。
とりあえず今日は一歩前進だ、あんなことしてしまったから嫌われるかも……、という不安を払拭できた。
まあまだ、『幼馴染みとして好き』止まりなのは残念だけど。
でもその辺は、これからじっくりと教えていけばいい。
やはり、維織ちゃんは私を見捨てたりしない。……はずだ。
そこに付け込んで……、もとい、それを信じてやってみよう。
やっぱり流されやすいみたいだし……? これからの行動しだいではきっと押し切れるはず!
そして、私は上機嫌なまま自室へ向かうのだった。
……とりあえず、今日の維織ちゃんの様子をじっくり反芻しないと。
よろしければ感想等お願いします。
反響しだいでは、続く……かも?




