後日談 幼馴染みの女子高生に押し倒されて押し切られた結果。
「……夜空ぁ。やっぱり『コレ』はないって……!」
「どうして? 維織ちゃん。とっても似合ってるのに……」
今、あたしが身に着けているのは、純潔の象徴。
純白で裾が長く、ところどころにレースのあしらわれた、その美しい衣装の名は――。
「ウェディングドレスとか……バツイチの三十路女が着るようなもんじゃないって……!」
場所は当然のごとく結婚式場。
そしてあたしの目の前には、誰よりもいとしい人……夜空の姿。
そう、あたしたちはこれから――。
「大丈夫だって維織ちゃん! この上なく似合ってるから!! まるで天使が舞い降りてきたみたいだから!!!」
「いや……だって……」
「だいたい、維織ちゃんまだ29歳じゃん!」
「もうすぐ30なんだから三十路でいいんだよお……!」
結婚式を挙げることになっているのだ。
桜の樹の下でのあの告白から4年が経った。
夜空はこの春、大学の卒業式も終え、それなりに名の知られた一流企業への就職が決まっている。
そんな折、夜空が突然言い出したのだ。
『維織ちゃんと結婚式を挙げたい』と……。
……当分、あの時の衝撃は忘れられないだろう。
『維織ちゃん! 結婚式を挙げよう!!』
『……は? 結婚式……?』
『そう、結婚式!』
『待て。待て待て夜空。あたしの頭がついていけてない……』
『ごめんね維織ちゃん。本当は私が立派な社会人になってから、とも思ってたんだけど……、もう、これ以上我慢できない。……今すぐ結婚しよう!』
『いやだから待てって! お前、さらに人の話を聞かなくなってきてないか?!』
『「お前」って言わない!』
『はい、すいません』
『大丈夫、もう式場は押さえといたから! 後はドレスを一緒に選ぼうね!!』
『いや、夜空、本当にちょっと待って……』
――結局、夜空が待ってくれるはずもなく。
いつの間にか結婚式を挙げることが既定路線になってしまった……。
そして、お互いの両親も。
『ま、あんたがいいならあたしはなんも言わないよ』
『……維織、今度こそ幸せになれよ』
ウチの両親は事前に夜空に説得されていたのか、そんなことを言うし。
『ごめんなさいね〜、維織ちゃん。うちのバカ娘をお願いね?』
『……その、なんというか、うちの娘が色々とすまん……。申し訳ないが、よろしく頼む……』
――と、夜空の両親からも言われてしまった。
……っていうか、当初はおじさんへのあいさつは気まずかったんだけど……、『お互い夜空に振り回されてるんだなぁ……』と感じてからは妙な共感まで生まれてしまった……!
……で、まあ、とんとん拍子に話は進み。
ついに本番を迎えてしまったわけだ……。
けど……!
「なんであたしがウェディングドレスで、夜空はタキシードなんだよ……!」
そう、夜空はタキシード……一般的には新郎の正装とされている衣装を着ていた。
セミロングの黒髪は後ろで束ね、全身をタキシードで固めたその姿は、まさに男装の麗人。
思わず見惚れそうに――。
……ってそうじゃない!
「こういうのは若いほうがウェディングドレスを着るべきだろ……!」
女同士の結婚式に決まった形はない。
けど、絶対にあたしが着るよりも夜空が着たほうが……!
でも、夜空は鮮やかな笑みを浮かべて。
「だいじょうぶ。お色直しで私もドレスを着ることになってるから」
「……あ、ああ、そうなのか」
「……もちろん、維織ちゃんにももっと可愛いドレスを用意してあるからね!!」
「え」
「お父さんに金づ……スポンサーになってもらったから! 維織ちゃんには最っ高のドレスを着せてあげられるよ!!」
「待て、今なんて言おうとした?」
「いいじゃん、そんな細かいこと。だって……」
「今日は『結婚式』なんだから」
……その、夜空の昏い瞳に、何も言えなくなる。
「……ずっと、ずっと妬ましかった。あの日、ウェディングドレスを着て笑っていた維織ちゃんの、隣に立っていたあの男が」
やっぱり、夜空はそんなことを思っていたのか。
……胸が、ツキン、と痛む。
「取られちゃった気がした。維織ちゃんは私のものなのに、って。……けど、それは自業自得。あの時、動くことができなかった私が悪いんだ」
けれど、夜空は。
「……だから! 今日、この日をもってその想いにケリをつける! 維織ちゃんの過去は今さら変えられないけど……、今日からは! 私だけの花嫁になってもらうから!!」
……あたしが思っていたよりもずっと、強くて。
「覚悟してね……維織」
その、力強い言葉に。
あたしは何も言えなかった……。
空気を切り替えるかのように、夜空は明るい声で言う。
「さーて、それじゃあそろそろ行こうか維織ちゃん! もうすぐ時間だよ!」
「……って、やっぱりこんな恰好じゃムリだって……! せめてもう少し地味なドレスに……」
「もうそんな時間はないよ維織ちゃん! 大丈夫、維織ちゃんは年を重ねるほどどんどん綺麗になってるから! ドレスの方が負けちゃいそうなくらいだよ!」
「夜空ぁ……」
そして、夜空はふっ、と微笑んで。
「はい、維織ちゃん」
左手を差し出してきた。
「……うん」
そして、あたしはその手を取り――。
2人で手を繋ぎ、ゆっくりと歩いていく。
さほど大きな式場ではない。
そして、お互いの両親と、限られた友人たちしか式には呼んでいない。
……けれど、不思議と満足感がある。
足並みを揃えて、中央を進む。
一段上がったところにある祭壇。
目の前に立つ牧師さんが、決まり文句を口にする。
「汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
夜空ははっきりとした声で答える。
そして、あたしにも同じ問いが投げかけられ――。
「……はい、誓います」
……以前も同じように誓ったが、その時の誓いはすでに破れてしまった。
けれど、今度は間違えない。
今、隣で微笑んでいる女の子――彼女こそが、あたしの運命の人なんだ。
「……では、誓いの口付けを」
その言葉とともに、あたしたちは向き合い。
そして、幾度となく重ねた夜空の唇が――。
……その後は指輪の交換。
お互い、アルバイト代を貯めて買ったものだから、たいして高級品というわけでもない、それ。
夜空が、砂糖細工を扱うかのようにそっとあたしの手を取り、指輪をはめる。
そして、あたしも……。
大きくなったなあ、と思う。
大学での4年間で、さらに成長したらしい夜空は、手付きもすっかり大人のものだった。
かつて、その幼い手を引いていた時のことを懐かしみつつ。
されど、そのしっかりした手に、頼もしさも覚えつつ。
成長はしても、たしかに夜空の手だとわかるそれに、あたしはそっと指輪をはめた。
……そして、指輪の交換が終わると。
「じゃあ……行こうか! 維織ちゃん!」
夜空はなんと――。
「ひゃっ!」
あたしを突然、抱え上げた……!
「ちょっ、待て、夜空。これって……!」
「お姫様抱っこだね! 1度やってみたかったんだ!」
「こんなの聞いてな――」
「それは言ってないからね! ああ、この日のために鍛えた甲斐があった……!」
「ちょ、下ろせ、恥ずかしいから!」
「いいじゃん、このぐらい! ……あの男だってこんなことはしてなかったし(ボソッ)」
ダメだ、夜空やっぱりあたしの元ダンナに対抗心燃やしちゃってる……!?
「じゃあ、お色直しに行こうか! 維織ちゃん!!」
「……はあ。もうどーにでもして……」
夜空はあたしを抱えたまま、自信を持った足取りで控え室へと向かったのだった……。
……畜生、悪友たちのニヤニヤした目付きが恨めしい……!
……でも、正直ちょっと嬉しかったりも、した。
その後は披露宴。
少人数だから、そこまで派手なことはしなかったけど。
でも、ケーキ入刀やらなんやらを一通りすませて、今は歓談の時間……?
「やー、今日の維織は輝いてるね!」
「ね〜。見違えちゃった〜」
「……いちおう礼を言っておくべきなのか?」
……といっても、あたしが呼んだのは智美と美樹、この悪友二人組だけ。
「本当にな。先を越されるのみならず、2回目まで見せられるとは……」
智美にしみじみとした感じで言われる。
「……お前、本当にはっきり言うよな」
……そう、先回の結婚式の際にもこいつらは呼んでいるのだ。
「けどさぁ〜、維織、……前よりもドレス姿が輝いてない?」
「あ、それ分かる。なんか、『私、幸せです!』オーラが段違いというか……」
「……何を言ってるんだお前らは」
けれど、この腐れ縁どもはニヤニヤと。
「あん? 自分よりも7つ下の女の子に幸せにされちゃいましたってか? 羨ましいぞコノヤロー!」
「本当にねぇ……。幸せの青い鳥はすぐ隣にいた、って感じだね」
「お前らぁ……!」
いや、わかる、これはこいつらなりの祝福なんだろう。
離婚だなんだと、ずいぶん心配をかけたはずだから。
……けど、だな。
「お姫様抱っこされてる維織、まさに『乙女』って感じだったもんなー! 私、維織のあんな顔初めて見たよ」
「いや〜、男前で可愛いお嫁さんをもらえてよかったねぇ〜」
「……ああ、うん」
めっちゃ恥ずかしい……!
あたしはこの後しばらく、この2人にからかわれ続けるのだった……。
一方、夜空のほうはといえば。
「結婚おめでとう、夜空ちゃん」
「……おめでとう、才川」
「ありがとうございます! 須崎先輩に、荻野先輩も!」
『世話になった先輩』とやらにあいさつをしているところだった。
ただ……。
「本当に綺麗になって……夜空ちゃん、ドレスが似合ってるねえ」
「……(ジーッ)」
「……どうしたの? 沙月ちゃん」
「……なんでも、ない」
「あの……お二人とも?」
……なんか微妙に修羅場っぽい空気になってるのは気のせいだろうか。
「……私達も、いつか、きっと……」
「……何か言った? 沙月ちゃん」
「なんでも、ない……」
「あはははは……」
夜空がなんか困ったように笑っている。
どうも、あの先輩たちとやらは複雑な関係のようだ。
とりあえず助け舟でも出してやろうか……。そう思って夜空のほうに向かう。
……夜空のドレス姿が褒められてムカッとしたとか、そういうのではない、断じて。
「夜空」
そう、声をかけると。
「なあに? 維織ちゃん」
夜空が振り返る。
その笑顔は、まるで名前とは正反対に、太陽のごとく輝いていて――。
そうして、あたしたちの結婚式は終わり、家へと帰ってきた。
……とはいえ、当面はあまり変化がない。
将来的にはともかく、夜空は当分、実家住まいのままの予定だし、あたしがそっちに行って同居するわけでもない。
……泊まりの頻度は間違いなく増えるだろうけど。
……と、いうわけで本日も、あたしの部屋で夜空と2人きり。
「いやー、お疲れお疲れ!」
「うん。無事に終わってよかった……」
本当に、夜空は大変だっただろう。
式場の手配から衣装の選定から、スポンサー……自分の両親との資金交渉まで。
……だから、つい言ってしまったんだ。
「夜空……、ご褒美、あげようか?」
それを聞いた夜空は、目をまたたかせ。
……たかと思うと、野獣のような目付きに変わり。
「……私は嬉しいよ維織ちゃん!」
「お、おう。なんだ、どうしたいきなり」
「だって……この記念すべき初夜に! ついに維織ちゃんの方からお誘いをかけてくれるなんて!!」
「……はい?」
何を言って……、でもあたしのセリフ、そうとも取れるな?!
「待て、落ち着け夜空」
「苦節5年……。ここまで、長かった……!」
ダメだ聞いちゃいない!
こうなったらもうどうしようもない……。
あたしは覚悟を決めた。
「夜空……来て……」
そして、夜空は――。
……たぶん、あたしたちの関係はずっとこうなんだろうなぁ。
***
「うぇへへへへへ……」
いけない、あれから一晩経ったというのに、喜びのあまりまだ気持ち悪い笑みが抑えられない。
なにせ、昨日は念願の結婚式を迎えたのだから!
「維織ちゃんのドレス姿……綺麗だったなぁ……」
2着とも悩みに悩んで選び抜いた甲斐があった……!
そして夜も。
「維織ちゃんの方からおねだりしてくれるなんて……!」
そう、この5年というもの、常に私が襲うばかりだったのに……!
そして、そんな昨夜の維織ちゃんは……。
「可愛かったなあ……」
とにかく、可愛かった。そして、艶っぽかった……!
本人はどうも年齢を気にしているみたいだけど、そんなの関係ない!
むしろ年齢を重ねるごとにどんどん色っぽくなっていって……私も我慢するのが大変なのだ!
それでいて、生来の可愛さはそのままって……反則じゃない?
そんな人が、私だけのお嫁さんになってくれたのだから、もう、もう……!
「言うことないなぁ……」
幸せにすぎて。
結婚式を終えた今となっては、維織ちゃんの昔の男にあんなにこだわっていたのが馬鹿みたいだ。
このまま、維織ちゃんと一緒に年を重ねていきたい。
きっと、維織ちゃんは四十路になっても五十路になっても超絶に色っぽいはずだから……!!
「……ん、うんん、ふわぁ〜」
……私がそんなことを考えているうちに、維織ちゃんが目を覚ましたようだ。
「……おはよ、夜空」
「おはよう、維織ちゃん」
「……そうか、昨日あのまま……。……っ!!」
一瞬の間の後、慌てて自分の裸体を隠そうとするさまが微笑ましい。
今まで幾度となく身体を重ねてきたというのに、未だに失われないその初々しさ。
それが、たまらなくいとおしくなって。
……ちゅ。
私はその額に、口付けを落とした。
「〜〜〜!! な、ば、いきなりはやめろって!」
それだけで途端に真っ赤になってしまう、この可愛らしい人と。
「ごめんね、維織ちゃんが可愛すぎて……」
私は一生を共に歩んでいきたい――。
読者の皆様、ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
タイトルからどんな内容か丸分かりな出オチ短編としてスタートした本作ですが、皆様からの「続きが読みたい!」との声にお応えして、どうにかこうにかここまで書き進めることができました。深く御礼申し上げます。
維織と夜空、2人はきっとこれからも幸せに暮らすことでしょう……。
ちなみに、エピローグにて登場した『須崎先輩と荻野先輩』は、以前書いた短編のキャラクターです。
下にリンクがありますので、ご興味のある方はぜひ。
また、新連載も開始しています!
異世界転生百合コメディです!
こちらもリンクが張ってありますので、お読みいただけると嬉しく思います!
最後に、更新が遅延に次ぐ遅延を重ねたこと、深くお詫び申し上げます……。
3ヶ月も更新を滞らせておきながら、それでもお待ちくださった読者の皆様には感謝してもしきれません!
それでは、これにて失礼いたします。