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オロチ綺譚

再来綺譚

作者: かなこ

シリーズ物です。上部「オロチ綺譚」より1作目「巡礼綺譚」からお読み戴けるとよりわかりやすいかと思います。

「目標まで150時間」

「座標軸異常なし。圧縮コンプレッサー、レンジ波共にオールグリーン」

 クルー達の確認する声に、宇宙貿易船オロチの船長である南は深く息を吐き出してキャプテンシートに寄りかかった。最近は慌ただしい航海が続いている。そろそろ落ち着いた商売がしたい。

 そんな思いを抱えてやっとスイリスタルまで1週間足らずの距離まで戻って来られた。

 全宇宙の海賊を敵に回したりヨナガ星や新世206号のクーデターに巻き込まれたりしたが、少しだけイザヨイ星で羽を休める事ができたのでよしとしよう。

 しかし今回スイリスタルを訪れるのは、そのイザヨイ星の為だ。

 スイリスタル太陽系は宇宙屈指の裕福な星系だ。精密機器に希少価値が最高レベルのレアメタル、それに万能薬を持つ彼らには、よほどの事がない限り何かを高く売りつける事はできない。

 だから今回は買い付けに来たのだ。

 先だって海賊を壊滅させる事に協力した礼に貿易フリーパスをもらっていたので、今回はそれをフル活用してスイリスタルの高性能製品を買い入れる。それをよそで金に買え、イザヨイ星へ高性能のフェイクフィルタを運び込む。

 金にならない商売だがそれはもう仕方ないと南は諦めていた。そもそも金が目的ならこんなしみったれた商売の仕方はしない。

「どうぞ、船長」

 宵待が差し出したカップを、南は目礼して受け取った。この宵待はオボロヅキ星の生き残りの有翼人種で、今は同胞を探すためにこの船に乗っている。この年まで海賊に狩られ続け逃げ続けた苦労人だ。

「どうぞ菊池、とクラゲ」

「わ、ありがとう。ちょうどカフェオレが飲みたいと思ってたところなんだ」

「きゅう!」

 宵待はにこにこと笑う菊池に笑みを返し、クラゲにもカフェオレを手渡した。菊池はこの船のコック、クラゲはそのペットだ。菊池の持つESP能力をクラゲが増幅し制御するこのペアは、オロチの大きな戦力となっている。

「どうぞ、ドクター」

「おおきに」

 宇宙船オロチの船医である笹鳴もにこりと笑ってカップを受け取った。笹鳴は優秀な医者でありながら狙撃手としても有能な男である。

「菊池ほど上手く淹れられてないかもしれないけど」

「謙遜すな。……美味いで」

 一口飲んでからカップを掲げる笹鳴に笑顔で返し、宵待はパイロット席へ向かう。

「どうぞ、柊、北斗。コーヒーだよ」

「サンキュ」

「どうも」

 オロチのエース2人は揃ってカップを口へ運んだ。主操船担当で元軍人の北斗はミルク、メイン攻撃を担当する元UNIONの柊は砂糖1つ。その好みも、宵待が覚えて久しい。

「スイリスタルかぁ……どんなところなんだ?」

「そっか、あんた初めてだっけな」

 柊が宵待を見上げて笑った。

「治安の安定した平和な星系だよ。ただし物価はべらぼうに高い」

「そうなのか?」

「ああ。そのぶん何でも揃ってる。物質的な意味でも精神的な意味でもな」

 オートパイロットでヒマなので、柊はシートを回転させた。

「国民は様々な法律で国に守られてる。育児、疾患、仕事、教育、老後……ありとあらゆる『生活』に関わる法律はもちろん、無料で利用できる施設も多い」

「無料って……タダって事?」

 宵待にはにわかに信じられなかった。この世のあらゆるものはすべて代価を払って手に入れるものだと思っていたから。

「そう。エアポートの使用料や貿易権なんかのいわゆる『余所者』が使うモンは目玉が飛び出るほど高いが、国民が使用する教育施設、医療設備、福祉施設なんかは基本的に無料だ。だから貿易フリーパスチケットなんか持ってる奴は、この宇宙でもかなり限られてる」

「へぇ……」

 宵待は素直に驚いた。

「おまけに奨学制度も万全で、実は俺、ウンカイ星へは推薦で奨学金制度を利用したんだ」

「どんなイカサマ使ったの?」

 揶揄するように口を挟んだ北斗を、柊はギロリと睨んだ。

「実力に決まってんだろ。ウンカイ星立士官学校のエースだったんだぜ」

「ふーん。あんまりたいした事ないんだね、ウンカイ星立士官学校って」

 ばちっと火花が散り、宵待は慌てて間に入った。

「さ、さすが柊だよ。それだけ整っている惑星ならさぞ推薦基準も厳しかったんだろう?」

 柊はふんと鼻を鳴らしてシートにふんぞり返った。

「……枠1名に対して13,000名が申請したって話だ」

「いちまんさんぜんめい!?」

 今度口を挟んだのは菊池だった。危うくカフェオレを吹きかけて、慌てて口を拭っている。

 柊は自慢げに笑った。

「まぁな。自慢じゃねぇけどウンカイ星立士官学校の推薦枠を最年少で突破したんだぜ、俺」

「すごい!」

 菊池と宵待の声が重なった。

「成績落とせねぇからしんどかったけど、まぁ主席で卒業したしな」

「柊ってすごかったんだな……!」

 菊池の感嘆の視線を気分好さそうに受け止め、柊はカップの中身を飲み干した。

「まぁそんな訳でスイリスタルは裕福なんだよ。自分達が裕福なもんだから近隣の惑星にだって寛大だ。UNIONはもちろん中央管理局だって一目置いてる」

「でも柊達が助けた時には、UNIONは知らんフリしてたんだろう?」

 柊は苦笑いした。

「それだけ海賊ハスターは始末に負えねぇ存在だったって事だ。なんせ数が多かった。スイリスタル太陽系すべてを包囲できるだけの戦艦を用意できたんだからな。半径50万キロをぶっとばすタンホイザー砲じゃなかったらとても片付けられる数じゃsなかった」

「太陽系すべてを包囲……」

「それだけやない」

 知らぬ間に宵待に近づいていた笹鳴が正面モニタを眺めながら目を細めた。

「連中は戦力面で5大海賊中トップやった。ハスターが通った後は塵も残らへんて言われとったんやで。操船技術やって北斗と張っとった」

「まさか」

 宵待は笑おうとして失敗した。北斗クラスの技術を持つ海賊集団など想像もしたくない。

「少なくとも最初に俺達とやり合うた時はそうやったんや。な? 北斗」

 顔を覗き込まれた北斗は、面倒そうに帽子のつばを上げた。

「かもね。でもスイリスタルの時はかなり腕が落ちてたよ。俺1人で5,000隻くらいは落とせたから」

 宵待は今度こそ半笑いになった。5,000隻『くらい』とは何事だ。そもそもその時のオロチはまだ旧式の輸送船だったはずだ。そんな船で海賊5,000隻を撃墜するなんて貿易船のパイロットの腕ではない。

 北斗は絶対に敵に回すまい。宵待は心に誓った。

「せやな。ハスターになんぞあったんやろか」

「どーでもいいっスよ」

「どうでもいい事はないだろう」

 低い声を発したのは船長の南だった。

「ホタルを襲ったのはハスターの残党だ。俺達を目の敵にして、何か画策しているかもしれん」

 全員が眉をしかめた。

「全員それなりの覚悟をしておいてくれ。ところで菊池、貨物部の連結準備はどうなってる?」

「とっくに50コンテナまで連結可能の設定にしてあるよ」

「高価なスイリスタルの商品を50コンテナも仕入れられるとは思えんがな」

 南は苦笑して、元新世206号の王より預かったペンダントを小さく握りしめた。



「ランディング完了。オールオフ」

 宵待の声に、全員がスイッチを切った。

「ふわぁー、やっとヒムロ星に着いた!」

 菊池がシートで大きくのびをした時には、柊はとっくに立ち上がっていた。

「朱己、買い出しいくだろ?」

「行くけど……」

 菊池が南を見上げると、苦笑が返ってきた。

「大丈夫だ菊池。売買申請はしてあるが許可が下りるのは早くて明日だろうからな。今日は俺達が留守番をするから、好きなだけ食材を買って来い」

 菊池はぴょこんとシートから立ち上がった。

「うん、じゃあ買い物行って来るな。何か食べたいものある?」

「肉! 唐揚げ!」

「和食」

 柊と北斗のそれぞれの言葉に、菊池ははいはいとうなずいてクラゲを抱きかかえた。

「あ、菊池。俺も荷物持ちするよ」

「ありがとう宵待」

 ほな俺達はメンテやな、と笹鳴が呟いた時、北斗が面倒そうに「ちょっと」と呟いた。

「どうした北斗?」

「通信入ってる。繋ぐよ」

 北斗がスイッチを弾くと、モニタに軍服を身にまとった銀髪の男が映し出された。

『ようこそ! オロチ!』

 満面の笑みで人懐っこく笑う顔には宵待以外の全員に見覚えがあった。ヒムロ星の通信管長だった。

『お待ちしておりました。どうぞ降りてきてください。機体は我々が責任を持って整備致します』

 柊が「あー……」と呟いたきり黙り込んだ。通信管長と言えば軍部の上官に数えられる。一介の貿易船に気安く、しかも特別通信回路を使って声をかける立場ではない。

 南は咳払いをして表情を整え、マイクのスイッチを入れた。

「こちら自由貿易船オロチ、船長の南ゆうなぎ。通信管長直々のご挨拶ありがたく思います」

『やだな、他人行儀な。来星のご連絡を戴いてからずっと、みんな首を長くしてお待ちしてましたよ』

「みんな……?」

 笹鳴が呟くと、通信官長ははいと返答していっそう明るい笑みを作った。

『我がヒムロ、ひいてはスイリスタルをお救いくださった救世主のご来訪ですから、皇帝を始めヒムロを上げて歓迎致します!』

 オロチのブリッジは水を打ったように静まり返った。



「よく来たな、南。そしてオロチクルー達」

 緋色のマントを翻して現れたヒムロ星の皇帝ビャクヤに、南は目眩を感じた。

 通常、皇帝と呼ばれる存在はそう簡単に人前に姿を現さない。国民の前ですらそうだ。それなのに輸送船クラスの貿易船クルーを王宮に招いただけに飽き足らず、ビャクヤは皇帝のプライベートスペースに案内させた。

「……やりすぎじゃないのか?」

「何がだ?」

 ビャクヤは豪華なソファに優雅に腰掛けた。

「まずは座れ。真っ先にこのヒムロに来た事を嬉しく思うぜ」

 通常の航路を使えば普通にヒムロ星に着く。南はそれすら言う気になれないほど脱力して座り込んだ。それに他のクルー達が倣って腰掛ける。

 この王宮へ来る間も大変な騒ぎだった。本当に惑星をあげての歓迎を受けたからだ。

 オロチを降りたらまず美女達に花束を渡され、呆然としている間に豪華な移動車に乗せられ、ヒムロ王都のメインストリートをパレード並みのにぎわいでゆっくりと進み、王宮へたどり着けば軍部の騎士達がずらりと並んだ花道を歩かされ、そうしてやっと通されたのがこのプライベートスペースだ。北斗などは呆れを通り越して不機嫌になっている。

 居心地悪そうにふかふかのソファで身じろぎするクルー達を無視してビャクヤがぱちんと指を鳴らすと、待ってましたというタイミングで美しい女性がやってきて香り高いお茶をテーブルに並べ始めた。そのなりゆきに笹鳴はさっきから半笑いのまま表情が固まっている。なんだかわからないが状況が普段とかけ離れすぎて笑えて仕方ないのだ。

 そんなオロチクルーの心情などまるで忖度せずにビャクヤは尊大な笑みを浮かべた。

「噂は色々聞いてるぜ。相変わらず派手な立ち回りをしているようだな」

 派手という言葉に南はちょっと嬉しそうに笑った。

「派手かな?」

「派手だろう。オボロヅキ人1人の為に宇宙すべての海賊を向こうに回しての大逃走、ヨナガ星のクーデターに力を貸し、と思えば一切の痕跡を消し、現れたと思えば禁制品目まがいの品をUNIONへ引き渡し、最近では惑星1つを破壊したと言うんだからな」

 すらすらと並べられて南は眉間に手を当てた。派手というよりろくな航海ではない。

「いや……まぁ、語弊がない事もないが、そう言われるとミもフタもないな……」

 肩を落とす南に目を細めた後、ビャクヤは宵待に視線を定めた。

「そしててめぇが噂のオボロヅキ人だな?」

 宵待は深々と頭を下げた。

「宵待おうぎです」

「話は軍事司令官のレイカから聞いている。このスイリスタルにいる限り誰にも手出しさせねぇから安心しな」

 宵待はもう1度深く頭を垂れた。あの時、彼らスイリスタルの手助けがなければ自分は命の恩人達を見殺しにするところだった。感謝してもしきれない。自分の命がある事よりもオロチのメンバーを救ってくれた事が嬉しかった。

 次にビャクヤは菊池のひざにちょこんと抱かれているクラゲへ視線を向けた。

「他にもクルーが増えたようだな」

 菊池は嬉しそうにうなずいてクラゲの触手を持ってひらひらと振った。

「クラゲと言います。俺の相棒です」

「てめぇの? そいつもタンホイザー砲を中和するってのか?」

「そうではなくて。俺の能力を増大させるというか、ブースターになれるんです」

 ほう、とビャクヤは小さくうなった。近距離からタンホイザー砲を2本同時に打ち込まれながらもシールドしつつ分解してみせた菊池の能力を更にパワーアップさせる事ができるとなると、オロチはほとんど要塞だ。

「なかなかいいモン拾ったじゃねぇのよ」

 菊池とクラゲは嬉しそうに笑った。

「まぁここまで来る間に大冒険をしたてめぇらに俺からのプレゼントだ。豪華な食事に最高の部屋を用意してやったぜ。ゆっくり休んで行きな」

 南はげんなりした顔を上げた。これ以上の慣れない歓待は心臓に悪い。

「そんなところに金を使うくらいなら、ちょっと頼みがあるんだが」

 ビャクヤは長い足を組み替えた。

「ほう? 聞いてやろうじゃねぇの」

「今回は……いや今回も貿易目的で来たんだ。だから、その、お前、皇帝だったらちょっと精密機器を俺達に安く売ってくれるように口を利いてくれないか?」

 ビャクヤは眉間にしわを寄せた。

「……てめぇ、この俺を業者の口利きに使おうってのか?」

「あ、いや、無理ならいいんだ。貿易パスももらってるし、それだけでも充分ありがたく思ってるから」

 ビャクヤは大きくため息を吐いた。

 南ゆうなぎとはこういう男だった。謙虚な上に無欲に近い。太陽系を救った事を恩に着せてどんな要求をしてもおかしくないのに、よりによって皇帝相手に貿易品の値引きを頼むとは。

「……何が欲しいんだ?」

 呆れながらビャクヤが尋ねると、南はぱっと顔を明るくした。

「できるのか?」

「できるに決まってんだろ。俺を誰だと思ってんだ? ヒムロの皇帝だぞ」

 ヒムロ星の精密機器企業はその9割が国営だ。精密機器を製造・販売すれば政府からの援助金がどっさり出るからなのだが、だからこそ皇帝の声がかかればほとんど通らない要求はない。

 南は嬉しそうに笑った。

「メイドインヒムロ星だったら何でもいいんだ。通信機でも計算機でもオモチャでも」

「おいおい、何だその無差別ぶりは」

「金になれば何でもええねん」

 笹鳴が苦笑しながら割って入った。

「で、ついでに腕のいいエンジニアも紹介してくれはるとありがたいわ」

 一瞬眼光を鋭くした後、ビャクヤは深々とソファに身を沈め直した。

「何だか目的がありそうだな」

「あるんやけど、言えへんねん。商道徳に反するさかい」

「何が商道徳だ。どうせまた誰かに何か頼まれたんだろうが」

 全員がいっせいにビャクヤから視線をそらせた。オロチのクルーは嘘がつけない。ついでに演技もできなければ腹黒い計算もできない。

 ビャクヤはやれやれとため息を吐いた。

「すべての願いを叶えてやる。しかも破格の値段でな。ただし」

 ビャクヤはにやりと笑って上半身を乗り出し、クルー達を見つめた。

「そのご大層な商道徳とやら、破ってもらうぜ。理由を話しな」

 南はぽりぽりとこめかみをかいた。



 北斗はほっと息をついた。

 あの必要以上にきらびやかな宮殿で落ち着かない豪華な料理を食べるなどごめん被りたい。こうやってオロチの面子と共に菊池の作った料理を食べるのが1番リラックスできる。今日のシチューはしみじみ美味しい。

「それにしてもびっくりしたねぇ。あんな歓迎を受けるだなんて」

「ああ。俺の考えてもいなかった」

 南はガーリックバターがたっぷり塗られたフランスパンをかじって苦笑した。もともと南は華美な場所が得意ではない。クルー達も同じだった。

「あ、でも皇帝が用意した部屋っていうのはちょっと見てみたかったな」

「そうだね、すごく豪華そうな感じだったし」

 宵待は笑って菊池に話を合わせたが、豪華なホテルのふかふかなベッドとオロチの簡素な自分のベッドでは、やはり後者がいい。ここが自宅だ。

「冗談じゃねぇよ。どうせひらひらできんきらの部屋だぜ? そんなところで寝れるかよ」

「同感」

 珍しく北斗が柊に賛同した。

「せやけどよかったやんな。ほんまに精密機器を破格の値段で売ってくれはるようやし、エンジニアも紹介してくれはったし」

「ああ。小型とはいえエンジンシステムをあの値段であの数を確保してくれるだなんてな」

 シチューをきれいに平らげて南も息をついた。

「荷物の受け渡しは10日後だし、その間にセイラン星へ行って他の商品を探そう」

「そうだね。ヒムロ星みたいなものすごい歓迎はないといいね」

 平和に笑う菊池に他のクルー達はしばし真剣な表情を見せた。実直なウスイ皇帝の事だからそれはないと思うが、同様の歓待を受けるくらいなら正直逃げ出したい。

「でもさ、船長、元手は大丈夫なの? スイリスタルそれぞれの商品をいっぺんに手に入れるなんて」

「スイリスタルの最新鋭機であるオロチの今までの航海データと引き換えに燃料と食料はヒムロ星が持ってくれるって話だからな。空港使用料だけ残して、あとはスッカラカンになるまでかき集めるさ」

 南は空になった湯のみをテーブルへ戻した。



「ようこそオロチ。待っていたよ」

 セイラン星のノドカ参謀長官にわざわざ出迎えられて恐縮したオロチのメンバーだったが、さすがにヒムロ星のような華美な歓待はなく、南は胸を撫で下ろした。

「わざわざのお出迎え、恐縮です」

「君達にしてもらった事に比べたらこの程度」

 ノドカは笑顔でマントを翻した。

「どうぞこちらへ。ウスイ皇帝がお待ちです」

 やはり皇帝と面会しなければならないのか。南は密かにため息を吐いた。

 通された部屋に威厳に満ちたウスイ皇帝と軍事司令官のセイメイが入って来ると、南を先頭にオロチクルー達は立ち上がって一礼した。

「お久しぶりです。先だっては救助をありがとうございました」

「礼には及ばない。まだ我々の借りの方が大きいのだからな」

 ウスイは片手で座るように勧め、オロチクルー達はそれに従った。

「ビャクヤから話は聞いている。何でも金が要るそうだな」

 率直な要望に南は額に手を当てた。セイラン星に通達していたとは。

「はぁ、まぁ、貿易船なので商売しない事には飯も食えませんから」

「それ以外の要求もあると聞いている。ビャクヤはおそらくセイランにはプログラマの紹介を要求するはずだと言っていたが」

 あの男どこまでしゃべとんねん、という笹鳴の声がクルー達の耳にだけ届いた。

「ええ、まぁ、その、実はちょっと開発して戴きたいものがありまして」

「オロチの機能に何か不備でも?」

「船は完璧です。それ以外の、実はちょっと困っている友人達がいまして……」

 歯切れ悪く話す南に、ウスイは小さくうなずいた。

「わかった。理由は聞かない。おそらく宇宙のどこかに以前の我々のように窮地に陥っている君達の友人がいるのだろう。全面的に協力しよう。それで、何を開発すればいいんだ?」

「ありがとうございます。造って欲しいのはフェイクフィルタシステムです。光、熱、音、その他諸々の視覚的機器的なレーダーから完全に姿を隠せるものが欲しい。惑星1つ丸ごとじゃなくていいんだ。せいぜい半径50キロ程度でいい」

 ウスイは考え込んだ。セイラン星のステルス技術なら船1つを隠す事など造作もないが、半径50キロとなると短期間での作成は難しい。

「時間が要る。どれくらいの猶予があるんだ?」

「できるだけ急いで、としか言えないな」

 エルフの集落がいつまで隠れていられるかは、今はほとんど運任せだ。

「現在使用しているフィルタシステムの設計図がある。これを元に何とかして欲しい」

「ひな形があるのか」

 口を挟んだのは軍事司令官のセイメイだった。南が差し出した設計図を手にして小さく「ほう」と呟く。

「エンテン製だな」

「そうだ。今はそれで何とか凌いでいるが、プロトタイプなので完璧じゃない」

「面白そうだ」

 セイメイがにやりと笑うと、ノドカが肩をすくめた。

「この男は今でこそ軍事司令官などやっているけど、実は技術畑出身なんだよ」

 技術を極めつつ軍事司令官になるなどどれだけの能力を秘めているのか。南は少し呆れた。

「ヒムロ星の承諾を得てオロチの航海データも渡せる。謝礼は正直あまり出せないんだが、頼めないだろうか」

「任せて欲しいね。オロチの改善点はないかい?」

 設計図に視線を落としたままのセイメイに南が問題ないと言おうとする前に、北斗が口を開いた。

「タンホイザー砲のエネルギーチャージに時間がかかりすぎ。ミサイルのくせに発射にかかる負荷が大きすぎるよ」

「ああ、それなら俺も言いたい事がある。エネルギーが莫大すぎてステルスのフォロー範囲を超えちまう。新世206号の時はそれで相手に位置を特定されたしな」

「それに発射時に機体に衝撃がありすぎ。エンジン全開にして撃ったのにかなり後退したからね。エアスキッドをもっと強化できないの?」

 北斗と柊の容赦ない要求に南が青ざめたが、セイメイはそれを笑い飛ばした。

「いいね、そういう反応がなければ面白くない。早速データから改善策を検討しよう」

 セイメイはやっと設計図から目を離した。

「ヒムロと協力して更にオロチに磨きをかけよう。他には?」

 セイメイが視線を向けると、クルー全員の視線が南に注がれた。

「……実は、もう1つ大事な頼みがある」

 南はそっと豪華なペンダントを取り出すとテーブルに置いた。

「新世206号の国王から預かって来たものだ。ST-3と言ったらわかるだろうか」

 ウスイ、セイメイ、ノドカの視線がテーブルに集中した。

「まさか……あのダイヤモンドより硬いという鉱石かい?」

「新世206号消失と共にすべて破壊されたと聞いたが……」

「実物を見るのは初めてだよ」

 南は小さくうなずいた。

「新世206号に埋まっていたとされるST-3はすべてタンホイザー砲で蒸発したと思われる。これが唯一残ったものだ。武器などではなく、人の役に立つ方向で使って欲しいと言われてな」

 不純物がなければ通常の鉱石は透明になっていくものだ。しかしこの漆黒の石はその常識を覆している。

「新世206号の国王と約束した。これの平和的開発を頼めるだろうか」

 目線で断ってからウスイはST-3を手にした。その堅さ故にカッティングは施されていないが、それでも美しく研磨されている。

 ウスイはST-3を握りしめた。

「セイランのプライドにかけても武器になどはしない」

「ありがとう」

 南は深々と頭を下げた。



 その晩もせっかくの皇帝からの夕食の誘いを断り、オロチに帰って来たクルー達はやっぱり菊池の料理をせっせと口に運んでいた。

「……天ぷらうどん最高」

 ずるずると麺をすすって北斗はほっと息をついた。衣に汁がしみ込んでとろとろになった天ぷらも最高に美味しい。

「北斗、おかわりあるからな」

 菊池は追加用の天ぷらの山をテーブルの中央に置いた。ついでに替え玉用の麺やスープもワゴンに乗せている。

 箸が上手く使えないながらもそれなりに一生懸命食べていた宵待が、ふと顔を上げた。

「セイラン星とも交渉が上手く行ってよかったな、船長」

「ああ」

 南は天ぷらうどんに生卵を割り入れながらうなずいた。

「プログラマの件もST-3の件も承諾してくれたし、オロチの強化に加えて薬も分けてもらえそうだからな」

 ヒムロ星の精密機器は技術先進レベルによって売れない惑星もあるが、セイラン星の万能薬はどの惑星でも高く売れる。

「貿易フリーパスチケットってすごいんだね」

「そりゃそうだよ」

 どんぶりに天ぷらを追加しながら柊が笑う。

「普通はスイリスタルと貿易しようと思ったってまず許可が下りない。物質的に恵まれてるからよほどのものじゃないと欲しがってくれないし、スイリスタルにとって利益のない相手には何も売ってくれないしな」

「パスがあると売買ができる?」

「ん、まぁそうなんだけど」

 柊が南を見ると、かき揚げを飲み込んだ後に続けてくれた。

「宵待、スイリスタルはすでに特定の大きな貿易業者と契約して、たいていのものは手に入る物資調達形態を取っているんだ。欲しいものはそこへ発注するわけだな。そうすると届く。契約しているのは大きな貿易会社だから、商品がなくて届けられないなんて事態はまずない。輸出の場合は、契約している貿易会社に輸送料や保険金を支払うだけで、商品を買い取らせているわけじゃない。だから商品の売り上げは全額スイリスタルそれぞれの惑星のものなんだ」

「ええと……」

 宵待はちょっと考え込んでから顔を上げた。

「つまり、欲しいものができたら届けてもらって、その支払いは商品を届けてくれた貿易船ではなく、商品を売ってくれた惑星に支払われる。輸出の時も商品を売った惑星なり企業なりにお金を支払ってもらって、貿易船には交通費と保険料しか支払わないって事?」

 南は笑顔でうなずいた。

「だが貿易フリーパスは違う。これは貿易船側がいつでも欲しい時に買わせてもらえて、売れるパスなんだ」

「つまり買い取りになるからその後は好きな価格を設定して売る事ができる?」

「そういう事や」

 どんぶりに七味を追加しながら笹鳴も会話に加わった。

「スイリスタルほどの品質やと売ろうと思うたらなんぼでも高う売れるやろ。希少品のやから流通量が少ないし、10倍20倍で売りさばいたかて売れるもんは売れる。そういう悪質な価格の変動をおさえる為に、基本スイリスタルでは受注発注を自分とこの惑星でやっとんねん」

「じゃあ、その貿易フリーパスをくれたって事は、船長はものすごく信頼されてるって事?」

「そうなるかなぁ」

 南はおひたしを頬張りながら視線を空中に飛ばした。



 セイラン星で万能薬調達とオロチ改善策を考える間、南達は惑星ウンカイを目指した。

 かなり防衛機能を向上させた通信衛星をいくつか通過し、ほぼ丸1日かけてたどり着いたところには、先だっての戦争で破壊された防衛静止衛星『風林火山』に代わって『不動如山』、『かまいたち』に代わって『空蝉』という新たな防衛静止衛星ができていた。

「すごい衛星。まるでワープステーションみたい」

 菊池が感嘆してモニタを眺めた。

「『風林火山』と『かまいたち』の消滅で500人近く亡くなってるんだ。ウンカイ星も半端な衛星は造れねぇだろ」

 柊がぽつりとつぶやいた言葉に菊池は黙り込んだ。柊は消滅した『風林火山』の職員達と顔を合わせている。彼らの最期の頼みでツキミ参謀とソウズ提督を脱出させたのだ。柊にとっては2つに衛星が墓碑に見えているのかもしれない。

 それらの衛星を通過する時に柊が短い通信コールを送ると、彼らからも返答があった。

「……知らないコールだけど、何て送ったの?」

 北斗が視線も向けずに柊へ問うと「先人達の鎮魂を祈念する」と低い声が返って来た。

「俺がまだウンカイ星の士官学校へ行っていた時に学んだ旧式のサバイバルコールだ」

「で、返事は?」

「我らが英雄への祈りに感謝」

「ふぅん」

 普段なら勝手に通信など飛ばせば睨みつけてくる北斗も、今回は黙っていた。どれだけいがみ合っていてもこの2人は根底がよく似ている。


「ようこそオロチ」

 エアポートまで出迎えてくれたのはソウズ提督だった。

 だがヒムロ星のような華々しさもセイラン星のような仰々しさもない。ソウズはパイロット用の戦闘服だった。

「あれ、ソウズさん訓練を抜け出して来たんスか?」

「お前と一緒にするんじゃないぜよ」

 ソウズはヘルメットを指先に引っ掛けて笑った。

「リンドウが来ると言うたんじゃが、余計に緊張させるんじゃないかと思って俺が来たんじゃ」

「感謝っス」

 柊は心からそう告げた。

「つもり話もあるじゃろ。まぁ乗りんしゃい」

 ソウズがあごをしゃくって指し示したのは普通の移動車で、クルー達は心から安堵した。

 しかし連れて行かれたのはやはり王宮だった。そこで並んでいたアキサメ皇帝とリンドウ軍事司令官の姿に、やぱりクルー達は恐縮してしまう。

「よく来てくれたね」

 アキサメはにこやかだったが、リンドウは軍人らしく口を結んだまま目礼だけを寄越した。

「恐縮です。皇帝にご拝謁戴けるとは」

「他人行儀な事を。まぁ座って」

 そう言いながらアキサメ自身も腰掛けたので、クルー達もそれに倣った。

「で? ヒムロ星にはエンジニア、セイラン星にはプログラマ、我がウンカイには何を要求する気なのかな?」

 南は絶句しかけて何とか体裁を取り繕った。スイリスタルの3惑星は南が思っているよりずっと連携が強いらしい。これだけ筒抜けでは確かに過去の海賊達はスイリスタルを攻める事に難儀しただろう。

「あ、いや。無理ならいいんだ。できない事はできないだろうし」

「それは話を聞いてから決めるよ」

 アキサメは楽しそうに、しかし婉然と微笑んだ。

 役者が違う。南はさっさと諦めてため息を吐いた。

「レアメタル産出星であるウンカイ星なら他の金属にも詳しいだろう? なら腐食や損傷の少ない金属を少し分けて欲しい」

「それは商売とは別件だね」

 見切られている。南は半笑いになった。

「ビャクヤは無理矢理聞き出したそうだし、ウスイはあえて何も聞かずに承諾したそうだね。さぁ俺はどうしようかな」

 楽しんではるなぁという笹鳴の乾いた声が、アキサメに届く前に床に落ちて砕けた。

「まぁいいや。せめて何に使うのかは訊いてもいいだろう?」

「フェイクフィルタの制作を他の2惑星に頼んだ。大事な友人達にとってどうしても必要なものなんだ」

 ふぅん、とアキサメは目を細めた。

「ヨナガ星や新世206号が必要としているとは思えないね……俺の知らない友人か」

 アキサメは苦笑して長い足を組み替えた。

「いいよ、わかった。他ならぬオロチの頼みとあれば、ウンカイの矜持にかけてでも最高の素材をプレゼントしよう」

「心から感謝する。ありがとう」

 南が深々と頭を下げたので、他のクルー達もそれに倣った。

「そんなかしこまらないでいいよ。君達がそれを使って悪事を働くとは思えないしね」

 その時にちょうど届けられたコーヒーに口をつけ、アキサメはいたずらっぽく笑った。

「で? 俺にもレアメタルの値下げ交渉をするつもりかい?」

 さすがに南は首を横に振った。

「ただでさえ希少で有限のものをまけろとは言わない。ただちょっと大目に分けてさえくれたらありがたいんだが」

 小さいのでいいんだ、と続ける南にアキサメはくすくすと笑い出した。

「やれやれ。君達は本当に欲がないね。ビャクヤやウスイの話を総合すると、君達はそれをよそで売却し、その元手を我々スイリスタルへ依頼しているフェイクフィルタとやらの代金にするつもりなんだろう?」

 南は「あはは」と乾いた笑い声を発した。まるっきり図星だ。

 アキサメだけではなくリンドウまで呆れたような表情を作った。

「まったく……こっちは何を要求されても飲むしかない義理があると言うのに、謙虚な事だね」

「そんな義理なんか忘れてくれ」

 南は笑った。

「確かに俺達はあんた達の窮地にちょっとだけ手を差し伸べたかもしれない。しかしタンホイザー砲を作ったのはヒムロ星だし、満身創痍になっても海賊を追いつめたのはあんた達ウンカイ星だ。最後のとどめを刺したのはセイラン星の覚悟だったし、俺達のした事なんか用心棒程度だろう?」

 アキサメは背後に立っているリンドウへ視線を向けた。

「……と、オロチの船長は申しておられるが、お前はどう思う? リンドウ軍事司令官」

「オロチがいなければ今頃スイリスタルはない」

「俺もリンドウに同意見だ」

 柔らかく微笑むアキサメに、南は困ったようにこめかみをかいた。

「南、俺達は何もかもを失うところだったんだ。友人も家族も故郷も命も。宇宙で孤立した俺達にとって、あの時のオロチの小さな白い機体はたった一条の希望の光だった。それがどれだけ俺達にとってかけがえのない事実だったか、きっと君達にはわからないよ」

 アキサメの視線は穏やかだったが、強い感情が込められていた。

「ウンカイが宇宙に誇るレアメタル、オロチに積めるだけ持って行くといい」

 アキサメは王気をまとって言い放った。




 結局オロチはスイリスタルの3惑星からそれぞれ最高の人材と素材の提供を約束してもらい、且つ最高級エンジンと万能薬100万人分、それにレアメタル1,000トンを譲り受ける事に成功し、コンテナ50個が満杯になった。

 柊はこれに加えてココアエアナッツも100袋ほど自室に買い込んだ後、ウンカイ星立士官学校へOBとして訪れ大歓迎を受けた。調子にのって戦闘機の模擬訓練でエンジンを焦げ付かせてしまったが、教官は逆に「お前達のススが詰まるようなエンジンではまだまだ遠く及ばんぞ」と柊を褒め、何だかいたたまれない気持ちになって柊は早々に母校を後にしてしまった。

「俺、ウンカイ星立士官学校では毎日のように叱られてたから、あんな風に言われるとどうしていいんだかわかんなくなるんだよ」

 と、後日柊は語る。


 オロチの改造に10日ほど必要だと言われてしまったので、その間はクルー達は再びセイラン星にとどまった。

 セイラン星は緑と水の惑星で自然環境もかなり地球に近い。普段なら1人は必ず宇宙船で留守番をするが、ほとんど初めて全員で街へ出かける事ができて特に菊池がご満悦だった。宵待をあちこちに引っ張り回し「これが学校だよ。一定の年齢になった子供はここで勉強する義務が発生するんだ」「これが美術館。美術品を集めて鑑賞できる施設だよ」「ここが病院。具合が悪くなった人はここへ来て医者に見てもらうんだ」と説明して回っていた。宵待には何もかも初めて見るものばかりで、2人は異様に盛り上がった。

 そんな穏やかな日常はすぐに過ぎ去り、オロチはそれぞれの惑星に挨拶をして、再び宇宙へ飛び立った。

 今回仕入れたものを元手に金を作り、イザヨイ星を救うのだ。

「朱己、何だか機嫌がいいな」

「うはは。しぐれわかる? 実はアキサメ皇帝に園芸キッドをもらったんだ。クラゲと一緒に大事に育てるから、これでいつでも摘みたての野菜が食べられるよ」

「お前は皇帝と何を話してるんだ……」

 南は額に手を当てたが、菊池とクラゲのガッツポーズにやがて苦笑した。

「北斗、ローレライ方面へ向かってくれ」

「了解」

 オロチの美しい白い機体は、静かに進路を変更した。

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