ちょいと真面目な心理ゲーム
客観的とはどういう事なのか。そして客観的な ものの見方とは正しいのか。
そんな疑問から生まれたのがこの作品です。
さて、私は昨日、車を運転中に、ある言葉を思い浮かべました。その言葉とは、一体なんでしょう?
この事について、極力客観的に考察してしてみて下さい。
少しずつ、ヒントを提示して行きますが、結構トラップがあるので気を付けてくださいね。
1.その言葉は「お」で始まります。
これでは情報が少な過ぎますね。では、次に行ってみましょう。
2.「お」の次は「しょく」と続きます。
さて、どうでしょう。もう判りましたか?ここで判った人は
エスパーかも知れない。
3.「おしょく」の後には「じ」と続きます。
此処までで、あなたはどんな言葉を想像したでしょう?
4.言葉全体を表しますと、「おしょくじけん」です。
これで分かったかな?
5.漢字で表すと「汚職事件」です。
ここであなたは、’私が昨日、車を運転中に思い浮かべました言葉は
「汚職事件」である’と思いましたか?実は、まだ先があるのです。
6.もうひとつ、ほぼ同時に浮かんで来たのが「お食事券」です。
さて、ここまで情報を提示すると、殆どの人は、’私が昨日、
車を運転中に思い浮かべた言葉は「汚職事件」と「お食事券」
である’と判断したと思います。そんなあなた!まだまだ甘い。
7.実は、この言葉を思いついたのは昨日ではなく一昨日です。
「え、そんなのズルい。」と思った人は、私の提示した命題を
思い出してください。
それは’言葉を予想して当てる’事ではなく、’極力客観的に
考察する’事だった筈です。ですから、別に正解など有りは
しないのです。
意地悪だなぁ、と思われるのも嫌なので、一応事実関係を纏めますと、
’私は一昨日の夜、車を運転中に「汚職事件」と「お食事券」という
二つの言葉をほぼ同時に思い浮かべました’という事になります。
このゲームを終えた所で、皆さんに質問があります。あなたはこのゲームをしている間、客観的であろうと努めたと思いますが、本当に客観的でしたか?どこかに主観が入っていませんでしたか?
そもそも、人は物事を判断したり考えたりする時に、本当に客観的で有り得るのでしょうか?これは私自身も自問せずにはいられません。
今回は比較的に簡単な事例を取り上げました。私たちは日頃、現実に接する情報に様々な感想や感情、意見を抱いています。しかし、与えられている情報は私たちが自覚する以上に限られています。
比喩的な表現になりますが、ある人は2.の段階で、慎重な人でも6.辺りの段階で結論を下しているのではないでしょうか?
実のところ、「真実は神のみぞ知る」なのかも知れません。
そう考えると、「真実はいつも一つ!」と言い切れちゃうコナン君はいろんな意味ですごい(ディスってるんじゃないですからね、念のため)。決め台詞としては、格好良くて好きですよ。