闇の支配者-4
「お帰りなさい、思い出には浸れたかしら?」
昨夜のネグリジェとは違い出会った時の占い師の格好をしたローレンツ。
「まぁまぁ、かな」
あの後、手帳のお陰か頭痛も眩暈も収まり勤めていた会社や自宅へ足を運んだ。
名前を忘れてしまった今、家に入る気にもなれずその場を後にしてきたが自然と未練はなかった。
「…そう」
ニタリと笑みを浮かべていたローレンツだが僕の反応を見て訝しげな視線を向けてくる。
「…なにかあったみたいね?」
どかりと椅子に腰を下ろせばそう問い掛けてくる。
なにかといわれれば眩暈と頭痛で死んでしまいそうではあったが。
「異能力者に合ったわね」
そういえば、一緒にラーメンを食べた彼。
別に魔法じみたことは見ていないがこちらの事をよく知っていた。
なんなら僕よりも詳しいみたい。
ああ、そうだ。
手帳には魔法が掛かっているんだったかな?
「……奪ったりはしないわ。少し見せて貰ってもいいかしら」
僕は言われるがままに上着から手帳を取り出す。
「!!!!!」
遠目でもわかるように見せれば息を飲むローレンツ。
先程の椅子からは微塵も動いていないがそこから見てもわかるほどなにか凄い物なのだろうか?
「それは、闇の支配者…通称「死神」の"ルチーフェロ・バイブル( Llucifero bible)"。過去の全世界のアカシックレコードが秘められた伝説級の逸品よ。ルチーフェロとは堕天使の事なんだけど、神に反逆した堕天使が世界の記録を盗みだし本に隠したとされるわ。ただ、この目で拝むのも初めてよ…」
はぁ、と溜め息をつけば憂鬱そうな顔をした。
「おまけに貴方がその本を手にしている限り近くにいる者は身動きが取れないみたいね。完全に勝者だわ。降参よ」
通りでローレンツが大人しい訳だ。
そう付き合いが長いわけではないが如何せんちょっかい好きな彼女の事だ。
いつもならきっと既に飛び付いて来たに違いない。
動けない彼女をいじめるのもあれなので僕は手帳をしまった。
「……………要するに、アインは闇の支配者に合ったという訳ね」
彼がその闇の支配者なのかどうかは定かではないが共にラーメンをすすった仲だ。
「ラーメン…あんな庶民の食べ物を…?」
それはラーメンに失礼だ。
日本各地様々な味が親しまれご当地名物とまで言われるよもや国民的食べ物。
ましてや一人暮らしを始めた頃はどれだけカップラーメンとう救世主に胃袋を救われた事か、到底片手の指では数えきれない。
「おーけー。ラーメンを侮辱した事は謝るわ。でも、まさか噂通りあの地に居るとは思わなかったわね。万の神々を祀り上げる国柄は伊達じゃないわ。」
神妙な面持ちで視線を落とせば言葉を続けるローレンツ。
「聞きなさい。貴方が出会ったのは紛れもない本物よ。アタシなんかじゃ到底手を付けられない事柄も難なくクリアにしてしまうマジな奴。それを絶対失くしてはいけないわ。そして見せびらかしてはいけない。見られたら最後、きっとアインを追う魔術師はごまんといるでしょうね。」
ゆっくり瞳を閉じれば再び真っ直ぐとこちらを見た。
「行きなさい、まだ見ぬ新たな土地に。その目で無限に広がり幾重にも交差した世界を記録して行くのよ」
すくっと立ち上がれば麻布の袋を投げ渡される。
中々の重さに戸惑いながら受けとる。
「最初は慣れないでしょう。それにいろいろと旅支度をしといてやったわ。ついでに比較的平和そうな世界にも投げてあげる。感謝なさい」
疑問の声を投げかける前に辺りは白い光に包まれた。