裏路地の占い師-3
溢れでる自信に強気の眼差し。
ニヤリと笑えばその場に立ち上がり僕の手を取る。
「そうと決まれば身支度よ。こんなへんぴな所、私には不似合いだし」
路地裏に失礼な物言いをため息混じりに呟けば水晶玉を地面に叩きつけた。
耳を貫くようなガラスの割れる音。
ビクリと身体を震わすのもつかの間、そのガラスの破片が紫の光を帯びる。
「な、なにこれ…」
思わず身体を引こうとするも魔術師に捕まれたまま動けない。
「あなたは今日から"刻の観測者"よ」
意外と力強い彼女は、それを裏付けるようにこう口にした。
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遥か昔、生命という概念も生まれるまだ昔。
世界は黒いなにかでしかなかった。
宇宙なんて概念が生まれたのもつい最近。
それはもっともっと、計り知れない程大昔。
世界に満ちた黒いなにかはある時意思を持つようになった。
黒いなにか、黒いなか、ああこれは"黒"と言おう。
認知できるそれは黒という色を認識した。
ふと身動ぎをすれば風が起こり、擦れるそれから雷がおきた。
雷はなにかに当たり、そこに炎を産み出した。
あまりの炎お暑さに黒いなにかは涙を流し水が生まれた。
分厚い本の1ページ。
紫色の皮表紙に金の箔押しで美しい模様が描かれた本だ。
明らかに日本産ではない見た目と裏腹に内容は読みやすい日本語。
いや、意味は正直わからない。
読めなくはないが正しいのかもしれない。
ふむ、とその謎の違和感に首をかしげつつ改めて辺りを見回す。
古めかしい怪しげな背表紙がずらりと並ぶ本棚。
鈍く光を反射しているのは金の天秤と置時計。
オイルランプがゆらりと揺れればぬるりと光も呼応する。
腰かけている椅子は黒塗りのゴシック調の彫刻が施され赤い布が張られている。
これがいわゆるアンティークとでも言うのだろう。
そのセットなのか同じ質感のテーブルも見事な彫刻だ。
ふと、壁に目を向ければ赤いカーテンに木の窓。
そこから見えるのは無機質に天にそびえる無数のビル。
飛行機のためにゆっくり点灯する赤い光が、僕自身が先程と変わらない現実にいるのだと証明してくれる。
あの後、紫の光に包まれ、気がつけばこの不思議な部屋にいた。
魔術師はそれを確認すれば疲れたからシャワーを浴びるといい出ていってしまった。
仕方なく椅子に腰かければテーブルもに置いてあったこの重厚な本のページをめくっていたというわけだ。
いま思えば初めて他人の家に入った気がする。
そして初めての女性の部屋。
明らかに現代女性ではないしテレビでみるようなイマドキといったものではないがとても統一感のとれた個性ある部屋だと思う。
この時点で占い師、というのはほぼ確定といっても過言ではない程、僕は彼女の言う事を信じてた。