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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
96/181

50 判明したのは竜の名前と……?

 ううん……黒竜より、ずっとはやい!!


 思わずそう唸ってしまいたくなるくらい、ほんと速かった!

 なにがって、ベイルフォウスは剣と槍の交換に続いて、騎竜の交換も提案してくれたのだ。


 竜というのは夜目がきかない。それでも魔族の命令には粛々と従うほかはなく、夜に飛べと言われれば、暗闇を往く恐怖に耐えて闇雲に飛ぶ。だからこそ、放っておいても目的地にたどり着くこともある昼と違い、夜の乗り手は気を抜けない。うっかり目をそらしてしまったが最後、障害物にぶつかって墜落しかねないし、目指すのとは全く別の場所にたどり着いて、他の領主にけんかを売るような事態に陥る可能性だってないとはいえないからだ。


 それも、一般的な速度で飛ぶ竜ですら眼下の景色はぐんぐん変わっていくものなのに、このベイルフォウスに借りた竜ときたら、この俺でも目が回りそうなほど速いのだ! つまり、俺が今まで乗った竜の中で、一番速い!

 それもそのはず――

 

「俺の竜は、リンクだ」

 どこかで見たことのある竜だなと思って見上げていると、ベイルフォウスが口にしたのは、聞き覚えのある名前だった。だが、どこで?

 疑問顔の俺に、ベイルフォウスはそれが魔王大祭の競竜で優勝した竜だと教えてくれたのだった。

 競竜の優勝竜! それで納得した。

 聞き覚えも、見た覚えもあるはずだ。デイセントローズの城で、俺がその雄姿を迎えた竜ではないか。


 だが、待てよ?

 あの優勝者――リンクの乗り手はメイヴェル……あの、筋肉ムキムキ、女子大好きメイヴェルさんだったよな。

 あれ? なら、なんでベイルフォウスがその竜の所有者になってるんだろう?

 竜も城や武器と同様、持ち主が亡くなった後は、その次の所有者に属するはず。

 なら、元々メイヴェルが住んでいた侯爵城を継いだ者が、その所有者となるはずでは?


 もっとも、あの竜は特別だから、メイヴェルが侯爵城から大公城に移る折、連れていったとすると、それはそれでロムレイドのものになっているはず……。

 その疑問をぶつけると、「今はそれどころじゃないだろ?」とごまかされた。

 きっと、やましいことがあるに違いない。


 とにかく、そんなやり取りがあった末、俺はリンクを借り受け、一人その背にあった。

 そう。ヨルドルもダァルリースも一緒ではないのだ。それというのもベイルフォウスがこう請け負ったからにほかならない。

「強奪者を連れていては、却って足手まといだろう。ここからならば、お前の城より魔王城の方が遙かに近い。だから俺に任せろ。お前が城に帰り着くまでに、俺が代わりに強奪者を吐かせてみせる。どんな手を使ってでも」と。

 リンクの速さを体感した今となっては「助かった」と、そう素直に思うことができる。

 だってこんな速い竜の上では、たとえダァルリースが手伝ってくれたとしても、尋問なんてできる訳もないからね!

 だってこんなに気が逸っていては、冷静に情報を聞き出すだなんて、できそうにないからね!


 冷静に考えれば、そりゃあ事情の解明は他に任せて、俺自身はとにかく帰城を急ぐのが賢明だよね。

 けれど俺はそのとき未だ混乱の最中にあり、即答できずにいた。

 するとどうだ! ベイルフォウスが全く似合わない殊勝な態度で「それとも俺のことなんて、もう信頼できないか?」とか言うのだから気持ち悪かった。

 そりゃあね! あんなことをされてすぐだからね! 信頼はできないかもしれないね!


 とにかく、その態度にほだされた訳ではないが、俺はヨルドルとミディリース母娘をベイルフォウスに任せ、借りた魔槍をかつぎ、借りた竜に乗って、こうして家路を急いでいるのだが――


 もう一回言う! リンクが速い! 超速い!


 だって、ほら見て! あっという間に俺の領地に!

 それどころか朝日を背に、青と白の対比も美しい我が城が、もう目前に迫ってきているではないか!

 移動中、報告のためと魔王城に連絡を取ってみたが、やはりファイヴォルガルムは無事であるらしい。

 ガルムシェルトに四本目があるのだろうか? との問いかけに対するウィストベルの見解は否――

 ちなみに、あんなに強気に請け負ってくれたベイルフォウスくんからの連絡はまだない。

 まあ、長距離を飛ぶリンクの加速度があいつの予想を超えていたのだろう、と、この一度限りは甘くみてやることにしよう。


 とにかく、まずは現場を確認することだ。

 さすがにセルクだって、もう落ち着いていることだろう。


 竜を着陸地に下ろすと、よく心得たもので竜番が出迎えてくれる。

 ベイルフォウスに預かった竜だから、と、大事に扱ってくれるよう申しつけ、居住棟に急いだ。


 報告のあったとおり、居住棟にはジブライールの強力な結界が張られている。

 それをレイブレイズで一閃して消滅させ――言っておくが、魔術でできないわけではない――棟内に足を踏み入れた、その途端。

「お兄さま!」

 マーミルに抱きつかれた。

 だが、その妹を腹から引き離し、しゃがんで目線を合わせると、一気にまくし立てる。


「なんだってエンディオンがさらわれるんだ! 相手は誰なんだ! そもそも、無事なのか!? エンディオンは無事なんだろうな!?」

「お、お兄さま、ちょっと落ち着いて! 痛いってば!」

「あ、ああ……すまん」

 俺が肩から手を放すと、妹はため息を一つつく。その僅かな間がまたもどかしい!


「とにかく、先にウォクナン公爵に会ってあげて」

「今はリスなんてどうでも」

「ウォクナン公爵は、心当たりがあるようなのよ!」

 えっ!?

「心当たりって……誘拐犯の!?」

「そう! だから、まずはウォクナン公爵に……」

「もちろん会おう! リスはどこにいる!?」


 問題のその小ウォクナンは、居住棟の一室にいた。それも、サンドリミンが結界を張った部屋の中に。

 ジブライールの結界の中だというのに、さらに医療班長の結界?

「おお、これは閣下! お待ちしておりました!」

 扉の前にいたサンドリミンが、心底ホッとしたような表情を浮かべる。

「こうまでして、ウォクナンを守る必要が?」

 むしろエンディオンの代わりにリスがさらわれてもよかったくらいなのだが!?

 そうなっても別に俺は探しにもいかないのだが!?


「いえ、この結界は、ウォクナン公爵閣下を守るというよりは――」

 サンドリミンがそう言いながら、結界を解く。

 理由は、それ以上の説明を待つまでもなく、すぐに知れた。

「むっ! 貴様が首魁か! とう!」

 なんと、俺が部屋に入るや否や、そんな少年の声とともに、目前にゴリラの小さな足の裏が迫ってきたのだ。それを、反射的にはたき落とす。


「ふべしっ!」

 受け身を取る間もなかったようで、小さな体が床にたたきつけられた。

 だが……なぜだろう、全く罪悪感が沸かない!

 だってそうだろう? いきなり蹴りかかってくるとかウォクナンめ! 一体どういう了見だ?


 マーミルやセルクの報告通り、確かにウォクナンは「小さく」なっていた。子供の姿になっているのだ。小魔王様や小ジブライールのように。

 もっとも子供といっても今までの例の中では年齢は高めだ。ここに越してきた頃のマーミルくらいだろうか?

 しかも、やはり魔力はごくごく弱い。この部屋にいるのがリスで、小さくなったと聞いてのことでなければ、ただのデヴィル族の子供魔族がいるだけかと思うほど。


 この状態はやはりガルムシェルトがもたらしたものと、同じではなかろうか。

 ということは、まだほかにもガルマロスが造った『弱者のための武器』があるというのだろうか?

 それとも、本当に『慈悲深き魔族によって人間たちのために』造られたガルムシェルト以外の武器が、実在するということなのだろうか。

 あるいは――


「おい、ウォクナン! 今のバカな態度には目をつぶってやるから、とっとと心当たりを吐け!」

 俺はリスの胸ぐらを掴み、持ち上げた。短い足が、プランプランと宙に浮く。

 だがその途端、小リスは今度は俺の腰を狙って、振り子のように蹴りを繰り出してきたのだ。こんな台詞とともに。

「黙れ、このショタコンめが!」


 俺はリスから手を離した。とはいえ、ただストンと床に落としただけじゃない。それだと着地できてしまうではないか!

 短い足が届くその前に、俺はウォクナンを壁に向かって投げつけてやったのだ。

 ベイルフォウスが筋肉だるまをそうした気持ちが、今はよくわかる気がした。


 しかし、全くダメージなく起きあがった筋肉だるまとは違って、打ち所でも悪かったのか、ウォクナンは「うぎゃ」と一声鳴くや気を失ったようだ。

 いっそ、ずっとそのまま気を失っているがいい。なにせ、いつもは顔だけしか可愛くなかったリスだが、今日はなんと! ちっちゃくなって、全身可愛いのだから!!

 おまけに言うと、声も可愛かった!

 けれど口を開けばろくでもない台詞ばかり吐くのなら、いっそ眠っているがいいのだ!

「サンドリミン、別に看てやる必要はないぞ」

「はい、そうですね」

 さんざん迷惑を被ったのだろう、サンドリミンの声は疲れ果てていた。


 俺は視線を一応の警戒のためウォクナンに向けたまま、詰問するつもりで妹に問いかける。

「……マーミル、これはどういうことだ。ウォクナンの奴、記憶を失ってるじゃないか!」

 さすがに記憶があるうえで、俺に蹴りを入れてくるとは思えない。一度なら冗談ですませられるかもしれないが、二度ともなれば。

 つまり外見年齢に引きずられて、ウォクナンは記憶を失っているのだろう。そう考えるのが妥当だった。

 魔力を失い、子供になり、記憶を失う。これはもう、ガルムシェルトの仕業と、そう断言してもいいのじゃないだろうか。


「マーミル、どうなんだ?」

「旦那様、マーミル様は『お兄さまが帰ってらっしゃったのならもう安心ね!』と、休息をとりに自室に戻られました」

「えっ!?」

 まさかの返答に、俺は思わずセルクを振り返った。


 筆頭侍従は少し申し訳なさそうに続ける。

「ウォクナン閣下の来襲以降、マーミル様はお休みになられておりませんので……」

 そりゃあ眠いだろうね! なにせマーミルは育ち盛りのお子さまだしね!

 だが、エンディオンがいなくなったんだぞ!? なのに、寝に戻った!?


「あの、マーミル様がご存じのことは、もちろん私も把握しておりますので……」

 ……まあ、うるさくなくてかえっていいか。くどくど説明されてもあれだし。

「では、君からの簡潔な報告を聞くことにしよう」

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