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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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48 耳障りな大声の正体

 めちゃくちゃビックリした!

 なに、今の耳障りな大声!

 いや、声よりむしろ、足に伝わるこの小刻みな振動が――


 魔王城との通信のため、ベイルフォウスには指輪、プートにはネックレスを渡したが、その用途で俺が渡されたのはピアスだ。

 もっとも今、震えているのはそれではない。そっちはちゃんと両耳についており、ぴくりともしていないからだ。

 っていうか、こんなに震えるなら、耳から外しておこうかな!

 いくら後で穴は医療班に塞いでもらう予定とは言え、耳たぶが千切れたりしたら嫌だもんね!!

 魔王様、もうちょっと考えた方がよかったんじゃないだろうか……。


 それはともかく、今、足に振動を伝えているのは、魔王様がミディリースに渡した、蒼銀に鈍色の宝石がはめ込まれた腕輪――

 ミディリースを呼びつけるときに、エンディオンに渡してきてくれと密かに頼んでおき、その片割れをコッソリ――とはいえ、さすがに黙認してくれてるだけだと思うけど――確保しておいたのだが、そいつがズボンのポケットに入っている。その腕輪が、震えていた。

 こんな夜中に通信してくると言うことは――


『旦那様、こちらの声は届いておりますでしょうか!?』

 通信具は呼びかけられた最初だけ震えるらしく、一旦つながった後はピクリともしない。

 そこから聞こえてくる声は、エンディオンというより……。


「セルクか?」

『ああ、よかった! 旦那様!』

 なんかミディリースの時にはそこまで思わなかったんだが、いつも直で聞いてる声と違う気がする。しかも割れてるっていうか……ちょっと聞きづらい。

 それに、随分切羽詰まったような声音に聞こえる。

 布越しだからだろうか?


「セルク、少しだけ待ってくれ。ダァルリース。ズボンのポケットに腕輪が入ってるから、出して俺の左手につけてくれないか?」

「えっ、あ、はい」

 娘を抱きかかえて不自由なので、母に頼むことにした。


「では、その……失礼致します」

 ダァルリースは緊張気味に腕輪を取り出し、俺の左手にくぐらせる。

 よし、これで少しは聞きやすくなればいいが。

「どうした、何かあったのか?」

 そもそも、こんな夜中の通信だ。何かなければ連絡はあるまい。


『ウォクナン公爵が奪爵されました!』

 ……は?

 ……え?


 ――ウォクナンが……ウォクナンが、奪爵された!?

 え、あのリスが!?  いや……声が割れているせいで、違う言葉を聞き間違えたのかもしれない。

「今、ウォクナンが奪爵されたって言った?」

『はい、そうです!』

 そうらしい!


 正直、かなり驚いている。

 ウザくてしかも普段はふざけた奴だけど、あれでも公爵としては相当強いのは間違いない。それに小ずるく、かつ他人の悪意には抜け目ないので、油断することはまずないだろう。

 そのウォクナンが奪爵された?

 ということは、かなりの強敵が現れたということか!

 ……いや、あいつのことだ。好みの美人が相手だったら、ウッカリ油断しそうだ。ま、なんにせよ、ジブライールじゃなくてよかった。


 ……違うからな! そういう意味じゃ無いんだからな!

 ジブライールじゃなくて、というのは、そうじゃなくて……好意以外のれっきとした理由からなんだからな!

 それというのも……。


「おい、ジャーイル! 配下の報告なら、移動しながらでも聞けるだろう。とっとと魔王城に帰るぞ」

「そうだな」

 確かに、ベイルフォウスの言うとおりだ。通信だけなら移動しながらでもできる。

 今はとにかく、ヨルドルとミディリースを、魔王様の元へ送り届けることが先決。

「じゃあ、ベイルフォウス。ミディリースを頼む」

「ああ」


 俺はベイルフォウスにミディリースを預け、ヨルドルに歩み寄る。彼はその手から大鉈を抜く時に呻きはしたが、目覚めることはなかった。

 抜いた大鉈をダァルリースに返し、ぐったりと気を失ったヨルドルの身体を担ぎ上げ、ベイルフォウスを追って、竜を駐めた荒れ地向こうに向かって歩き出す。

 途中、プートが召集をかけたのだろう、一旦、前地外に離れていた彼の配下たちが、主の元に向かうのとすれ違った。


『違いますよ、セルクさん!』

 続いて通信機から聞こえたのは、よく知った女性の声――アレスディアか。

 彼女は焦りを前面に含ませた筆頭侍従と違って、冷静さを失ってはいないようだ。それでも声が固く聞こえるのは、やはり道具を通している影響なのだろうか?

 なんにせよ、獅子から離れた後でよかった。鼻息ふんふんかけられても困るからね!


『ウォクナン副司令官閣下は、奪爵されたのではなく』

『そうだった! 奪爵ではないんです!! でも、とにかく一大事なんです! もうどうすればよいのやら!』

 セルクがまくし立てる。

『とにかく、旦那様のご指示をと』

『セルク、ちょっと気を落ち着けて!』

『がふっ』


 ん? 今のはマーミルの声?

 セルク……今、マーミルに何された。「がふっ」ってなんだ、「がふっ」って!

 筆頭侍従になってからというもの、冷静な印象で上書きされつつあったのに、今、自分で台無しにしてるぞ。

 子供にまで諫められるなんて。っていうか、なぜマーミルがこんな時間に起きている?


「セルク、何があったのかはわからないが、落ち着いて報告してくれ。エンディオンがいないあの非常時を、なんとか乗り切った自分を信じるんだ! 今だって、彼に信頼されてその腕輪を預けられているんだろ?」

『旦那様こそ、落ち着いて聞いて下さい!』

 はい? どういうこと?

 別にリスが奪爵されたからって、何ほどのこともないんだけど。

 マーミルも無事なようだし?


『ウォクナン公爵は、奪爵されたのではないんですが、今現在、大公城に居座っています!』

『ですから、ウォクナン副司令官閣下のことなど、どうでもいいでしょう! そんなことより』

 苛立ったようなアレスディアの声が、かすかに聞こえる。

『どうでもよくない! 彼が全ての元凶なのだから!』


 まさか……〝ウォクナンは奪爵されたのではない〟かつ〝城に居座っている〟しかも〝全ての元凶〟、ときたら……。

「ウォクナンが俺に奪爵を宣言して、大公城に居座っているということか!」

『違います!』

 違うのかよ……。

「エンディオンはどうしたんだ? そこにいないのか?」

 セルクには悪いが、話が進まない。せめて家令に代わってもらおう。

 そもそも、腕輪はエンディオンに渡してあったのだ。もっとも、我が家令は現在通いでの勤務だから、夜になるといなくなってしまうのだが。

 それでも、今日は泊まり込んでくれているはず。


「プートの城が占拠された」……それを聞いて自身の城の警戒を怠るほど、俺は呑気ではない。腕輪を持っていることを幸いと、それなりの指示を出していたのだ。

 だというのに……。

『そうなんです! そのエンディオンが、行方不明なんです!』

 ……。

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。

 それでも、足が止まる。

 今、筆頭侍従は何と言った?


「エンディオンが、ゆくえ、ふめい……?」

「ゆくえふめい」って、どういう意味だっけ?

「ゆくえふめい」って、まさか、どこにも居ないって意味じゃなかったよね?

「ゆくえふめい」って、エンディオンが我が城のどこにも居ないって意味じゃないよね!?

「ゆくえふめい」って……!


「ま、まさか、家令を辞めて実家に……帰っ……」

 背筋に震えが走る。言うまでもなく、恐怖のためだ。

『お兄さま!』

 今度は妹の、慌てた声が響いた。

 そうか! 妹がこんな時間まで起きているのは、わが家令がいないからなのか!

「マーミル! エンディオンがいなくなったって、どういうことだ!」

 俺の声は、誰より慌てていたかもしれない。


『さらわれたの! たぶん!』

「は!? さらわれた? 多分? さらわれたって!?」

 ではつまり、俺に愛想を尽かせた出て行った、とかではない?

「多分ってどういうことだ!」


『ウォクナン公爵がちっちゃくなったの! でも、その奪った相手は見えなくて、エンディオンがさらわれたの!』

 んんん?

 言ってることがわからない!

「なんだって?」

『だから!』

 妹は、いらついたように声を荒げる。


『ウォクナン公爵ったら、アレスディアに夜這いをかけようとしたのよ! でも、逆に誰かに襲われたみたいなの! その途端、小さくなって…… でも、その相手は見えなくて……ジブライール公爵が、それは魔力を奪われたせいだって! その見えない相手に、エンディオンがさらわれたのよ!』

 つまりウォクナンは今夜もアレスディアにつきまとうために、我が城にいたということなんだな!


 おかしいと思ったんだよ。

 俺が我が城の警護を頼んだのは、事情を知るジブライールであって、あのリスではないというのに!

 それにしても、アレスディアに夜這いだと?

 俺の妹に、そんな下品な言葉を使わせる事態に陥らせるだなんて、あのリス! いよいよ出禁にする必要があるんじゃないか?


 いいや、リスのことなど今はどうでもいい!

 見えない相手、小さくなったウォクナン。それをこれまでの流れを知るジブライールが、魔力を相手に奪われたせいだと断言した?

 しかも、そいつにエンディオンがさらわれたって!?

 見えない相手……ヨルドルやミディリースの他にもまだ、隠蔽魔術を使えるものがいたっていうのか!?

 それとも、ヨルドルが透明化した人間が、他にも多数いた?


 透明化した人間が、他にもいる可能性については考えなかったことじゃない。だからこそ、俺は自身が不在の間の警戒を、ジブライールに頼んだのだ。

 しかし、俺の城に人間が入り込んだとして、エンディオンがさらわれる、などという事態に陥るなど、予想の及ぶ範囲ではあるまい!

 一体誰が、うちの大事なエンディオンを!?

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