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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
91/181

45 たった一人の生存者、その正体は……

 ああ、俺の考えが甘かった。

 ミディリースが男の姿を目にしたところで、自分の父かどうかわかるまい、だって?

 そんなわけないだろう!

 相手の髪の色は花葉色――ミディリースと同じ、全く同じ色なのだ。


 それに、プートと対峙するように現れたその男の容貌――

 娘は父親に似る……その俗説を証明するかのような、その容貌。

 瞳や肌の色こそ違うものの、目、鼻、口、耳……一つ一つの形は、ミディリースにそっくりだったのだ。


 もちろん、強奪者はミディリースと違って、幼い外見をしているわけではない。どこからどうみても、見間違えようのない成人男性だ。しかも、ちょっとむさい。

 それでも、ダァルリースが名を呼ばなくとも、血のつながりを確信できるほど、ミディリースと似ている。

 俺は痩身の男を想像していたのだが、意外にも中肉中背の、しっかりした体格の男だった。背はそこそこ高そうなのだが、軽く曲げられた膝と、猫背のせいでそうは見えない。


 プートやモラーシア夫人が表現したとおり、一見したところでは、これだけの事態を引き起こしたとは思いがたい、見るからに気弱そうな様子をした男だった。

 そんな雰囲気もまた、ミディリースに少し似ている。


 だが、当然ながら、油断はできない。

 俺はレイブレイズを引き抜く。

 男もまたその右手に、がっちりと抜き身の剣を握っていた。

 柄にほど近い刃の根元に、通常のガルマロスの紋章が刻まれた魔剣だ。


「ようやく姿を見せたか! 卑怯者が!」

 プートが唸る。けれどその男――ヨルドルは、吠える獅子など眼中に入らぬと言いたげに、自身の名を呟いた相手だけを一途に見つめていた。


「ダァル」

 名を呟き、あまつさえ手を伸ばし――だがその手が、彼女に届くことはなかった。

「ふんっ!」

 今度はプートの豪腕が、唸ったのである。

 ヨルドルはとっさに飛び退り、空気を裂く音だけが鈍く響く。いい反応だった。


「そう何度も逃がすか!」

 ベイルフォウスが百式を展開したと見るや、ヨルドルの足下に蜘蛛が湧く。

 百を数えるその口から一斉に鋼鉄の糸が紡ぎ出され、蛇のように伸びて男の足に絡みついた。


「くっ!」

 払おうとすればするほど、足を締め上げる糸。遠くからでも、それが肉に食い込むのが見て取れた。

 そこへ俺が、百式を展開して頑強な岩柱で男を四方から囲む。

 その内側へ、怜悧な棘を生やし、男の全身を串刺しにしようかとした瞬間――


「うわああああああ!」

 ヨルドルは、喉が潰れそうな叫び声をあげた。

 その途端、足下から砂嵐がせり上がり、触れるものを砕いていく。

 ベイルフォウスの蜘蛛の糸が、俺の作った岩牢が、粉々に砕かれる。

 その砂嵐が全身を隠す前にチラリと見えた男の額には、ブチ切れるのでは無いかと思うほどの血管が浮き出ていた。


「俺から離れるな!」

 母娘に言い、レイブレイズを一閃、その斬撃派で砂嵐を払う。

 だが、視界が晴れたその先に、ヨルドルの姿はなかった。

 いいや、見渡す限りのどこにも!


「ミディリース!?」

 俺は背後にいるはずの母娘を振り返ったが、この目に映ったのは母の方だけだ。

「閣下! 解かれた!」

 だが、声だけは聞こえたのだ。ちゃんと、彼女がいるはずの場所から。

「なに……」

「私の隠蔽魔術、解かれた!」

 悲鳴のような通告だった。


「解かれた!?」

 この短時間で!?

 つまり、〈竜の生まれし窖城〉の大地にかかった隠蔽魔術が解けたので、ミディリースとヨルドルが自身にかけていた隠蔽魔術が再び有効になったということか。


「姿が見えないからといって!」

 ベイルフォウスが嗜虐的な笑みを浮かべて左手を差し伸べ、力一杯空を掴む。

 その途端――


「ぐあぁ!」

 痛々しい叫び声が聞こえたかと思うと、音源から鮮血が飛び散った。いいや、視界に現れたのは鮮血だけではない。足の先もだ。

 汚れた革の靴を履いた、左足首から先――それだけが、微かに煌めく糸の残骸をまとわせ、現れたのである。

 さっき砕かれずに残った蜘蛛の糸を、その創造主が操り、最後の力を振り絞らせたのだった。


「そこか!」

 ベイルフォウスが足の残った辺りをめがけて飛びかかる。大きく横に薙いだヴェストリプスは、しかしヨルドルの作り出した防御盾に阻まれ、またも弾けた。

 我も続けとレイブレイズを振るうべく、いったん、結界を解き、再び母娘だけを守ろうと術式を展開する。


「閣下! この先、我らを守る結界は不要です!」

 ダァルリースが叫んだ。

「自分たちの身は、自分たちで守れます! それに……!」

 強い決意が表れた視線とかち合う。

 ああ、確かに――そのために、二人はここにいるのだ!

 俺は術式を解除した。


 その間にも、ベイルフォウスが前方の大地を得意の業火で舐めつくす。

 だが――


 炎はヨルドルを火だるまにはせず、むしろ撫でたそこからまっすぐ上空に火柱を立ち上がらせたのだ。

「なにっ!?」

 どうやら、ベイルフォウスの企みではないらしい。

 驚きの声を上げたのは、ヨルドルではなく、炎を発した彼の方だったのだから。

 さらにその火柱の根元から触手のようなうねりが生じ、ベイルフォウスめがけて一斉に襲いかかる。


「ちっ!」

 ヴェストリプスが反らせ損ねた一本が、その左腕をかすめた。

 自身を傷つけたそいつの横っ面を蹴り、跳躍して俺の隣に降り立つや、自身の頭を指さしたベイルフォウス曰く。


「相手は魔術の造詣が深い。油断するな」

「ああ、そのようだな」

 触手のかすめた場所から、うっすら血が滲んでいる。

「砂嵐が炎で変化した。小細工が得意らしい」

 どうやらここにきてやっと、ベイルフォウスは相手への認識を改めたらしい。


 俺は咄嗟に雨あられを降らせて火を消し止める。

 その上で面倒のないよう、大地を凍り付かせた。


 退いたベイルフォウスの代わりに、氷点下の中、プートが突撃する。

 隠蔽魔術で姿が消えた今でも、ヨルドルが完全に離れてからとはいえ、氷を踏みしめた跡は残るのだ。

 それを正確に、現れたとほぼ同時に追えるのは、身体能力の高い獅子ならではだろう。


「だが、所詮魔力は借り物だ。ミディリース!」

「は、はい!」

 俺以外に呼ばれるとは思ってなかったのだろう。ベイルフォウスの呼びかけに司書が飛び上がったらしいのを、姿は見えずとも音と足下に立った氷で知った。


「その特殊魔術、かけるのと解くのとどっちが早い?」

「あ、えと……前は解く方だったけど、今はかける方……」

「なら、かけろ! ヴェストリプスの穂先に!」

「えっ!?」

 声をあげたのは、ミディリースではない。俺だ。


「ヴェストリプスを消して、なんの意味が……」

「いいから、やれ! やらなきゃお前自身を背負うぞ!」

「は、はい!」

 ミディリースは、訳のわからない脅しに負けたようだった。


「かかったら言え。足されるのは知れても、終わったかどうかわからん」

 ほんとに何言ってるか、こっちこそ全くわからない!

 ヴェストリプスの能力に関係が? まあそうなんだろうけど!


「おい、ベイルフォウス」

「ジャーイル、終わるまで相手を近づけるな!」

 説明するよりやった方が早いってか。

 確かにその通りだが!


 しかし、見えない相手を近づけるなと言われても、結界は張れないし……。

 相変わらずプートが駆け回っているが、空中を移動されでもしているのか、足跡を見失ったようだ。

 そもそも、ヨルドルがプートとまともにぶつかるかどうか……。

 モラーシア夫人には大公位奪爵を口にしたらしいが、それが本心でないのは火を見るより明らかだ。

 その一方で、己の古き妻には執着があるようだった。


 よし、ならば気温を下げてみるか!

 一面に降り注ぐ細氷は、その中で動く者の存在を、隠してはおくまい。


 全体にはそうしておいて、さらに俺は自分たちの周囲を囲むよう、野太い大蛇を結界代わりと出現させる。

 相手が仕掛けを得意とするなら、こちらだって罠代わりの造型魔術だ。

 俺たちを守るようにとぐろ巻く大蛇の巨躯は、高さ十メートルに及ぶ。

 敵がこれを突破するには、身体を突き破ってくるか、空いた上空から攻めてくるしかない。

 いずれからやってくるにせよ、攻撃の方向が限られ知れるなら、対処もしやすいというものだ。


「魔王陛下の力を得て、なお恐れ隠れるか! 所詮、弱者はどうあっても弱者よな!」

 プートが再び地面を揺らす。

「きゃ!」

 ぐらついたミディリースを、ベイルフォウスが抱きとめ、抱き上げたようだった。


「まだか」

「で、できました!」

 できた? しかし、相変わらずヴェストリプスの姿は見えているが……。

「よし、よくやった!」

「ひ、ひぃぃ……」


 ベイルフォウス……感謝を表すには言葉だけでいいと思うんだ。そんな、どこだか知らないが口づけたりしたら、きっとミディリースはもう真っ赤っかどころじゃないと思うんだ……。

 君からすると、そんなのキスの数にも入らないと思うんだけど、引きこもりのミディリースには刺激が強すぎると思うんだ……。


 ――などと、和んでいる場合ではなかった。

 まさにその時、上空で風を切るような音がしたのだ。

「閣下、真上!」

 ミディリースの緊迫した声が、耳朶を叩く。

 だが、その警告を受けるまでも無く、降り注ぐ細氷と、なにより彼女の声を上回る大音声が大蛇の身体にはね返り、鼓膜を破る勢いで響いて自身の存在を主張したのだった。


「きさまぁぁぁぁ! うちの娘に何しやがるっ!!」

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