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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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37 とある一家の家庭事情

「ジャーイル。主はよく知っておるはずじゃ。この色の名を」

 ウィストベルが手をふり、その色は消える。

 ああ、確かに俺は、その珍しい髪色の名を知っている。だからこそ、しばし言葉を失った。


「主が言わぬなら、私が言おう。その男は、緩やかにうねった花葉色の髪をした魔族であったのじゃと」

 ウィストベルが俺に言い聞かすよう、ハッキリその色の名を口にする。


「花葉色の髪をした、事実の隠蔽に特化した特殊魔術の使い手――この意味が、主にわからぬはずはなかろう」

 ウィストベルが誤解のしようもない言葉を突きつけてくる。

「私と主のみは、その正体を推測できように」

と、ウィストベルが言ったのは、つまりそういうことだってのか。

「我らが知るその特殊魔術であれば、領境の移動も、魔術の暴走も……全てを『隠蔽』できる。ごまかせるのじゃ。そうではないか?」

 確かにそうだ。だが――


「それに、我らの知る花葉色の髪をしたその男が、強者のはずはない。そうだというのなら、それは無爵たるその者が、魔王陛下より魔力を奪ったからなのじゃ」

「でも、そんなまさか――」

 確かに、花葉色のその男を俺たちの予想できる相手と限定すれば、彼は強者ではない。けれど。


「その髪色の男が、現在において彼一人しか存在しないとも限らないじゃないか――」

「なればこそ、ここに主の配下を呼び出す必要がある」

 彼女の言う俺の配下が、誰を指すのかは改めて聞かずともわかった。


「ちょっと待て。二人だけで話をすすめるな」

 ベイルフォウスが少し苛立った様子で、俺とウィストベルに割って入る。

「なぜ、ジャーイルの配下を呼び出す必要がある。今回の件に、そいつがどう関わってる」

 その質問はもっともだ。ベイルフォウスには、話題にあがっている人物の見当もついているだろう。


「確かに、主らに不親切な話運びであった」

 ウィストベルはベイルフォウスとプートの不審な表情に、視線を巡らせる。

「その強奪者と同じ髪色、かつ、同じ特殊魔術を持つと思われる者が、ジャーイルの配下におるのじゃ。故に今、その者を呼び出すように言うておる」

「つまり、強奪者はジャーイルの配下と疑われるのだな!」

 プートの牙がこちらに向けられる。

 相手を思い浮かべているだろうベイルフォウスと違って、彼がそう誤解するのも無理はなかった。

「違う、それはあり得ない!」

 そうだとも。花葉色の髪をした、俺の配下である彼女――ミディリースは、今回の強奪者のことは、むしろ何一つ知らないに違いない。


「じゃが、全くの無関係とも言い切れぬであろう」

 ウィストベルの追及は、容赦がなかった。

「だが――」


 ミディリースの父、つまりダァルリースの夫・ヨルドルは、妻の父である伯爵の城に勤める無爵の下僕だったそうだ。

 自身の妻ダァルリースと、その母であり伯爵夫人であるロリーリースがボッサフォルトによって拐かされ、それを取り戻しにいった主君かつ義父たる伯爵が返り討ちにあって帰らなかった後、行方知れずとなった、と聞いている。


 ダァルリースは俺の元で男爵となった後、夫の行方を捜したようだが、未だ見つかっていない。

 少なくとも、俺の領地にその身柄はないはずだ。

 元アリネーゼ領、現ロムレイド領への捜索も、かつて父の伯爵城に勤めていた者たちに、手紙で夫の行方を問うただけで終えていたはずだった。

 所属を異にする大公の領地への捜索には大公同士の話し合いが必要であるためか、彼女はそこでひとまず夫の行方を追うのを諦めていたようだ。


 だが、そもそもの話、隠蔽魔術は母方の血統隠術なんじゃなかったのか?

 ……あれ? いや……おや?

 そういえば、あらためて本人に確かめた記憶もないような……。


「主は召喚魔術を使えたはずじゃな?」

「使えるが……」

 なぜ、急に召喚魔術なんて……。何を召喚しろというのだろう。

 まさか、ウィストベル。


「手紙なりで呼びつけ、やって来るのを呑気に待つ暇はない。この部屋でなくともよい。彼女を召喚するのじゃ」

 おいおい、女王様。まさかのミディリースを召喚しろ、だって?

 魔術に造詣の深いウィストベルのことだ。召喚魔術のなんたるかを知らずに、言っているのではないだろう。


「無茶を言わないでくれ。召喚魔術は物や、せいぜい魔獣までが対象だ。同族相手に発動させるものではない」

 それが、召喚魔術を知る者の、当然の認識だ。なのに、ウィストベルは何を言うのだろう。


「ベイルフォウス。主も召還魔術を使えたはずじゃな?」

「ああ、使えるが、覚えたてだ」

 俺が応と言わないので、ウィストベルはしびれを切らせたらしい。


「まさか、渋るジャーイルの代わりに、俺に関係者と目されるそいつを呼び出せっていうんじゃないだろうな」

「そういうことじゃ」

「ちょっと待ってくれ」

「ならハッキリ言うが、無理だ。今でもヴェストリプスがやっとという状況だし、同族相手……しかも寝てない女が相手では、成功する訳がない」


 よし、よく断った!

 やったところで失敗するのは確実だとしても、ここでウィストベルについたら、今度こそ許さないところだったぞ!


 なぜって、召喚魔術というのは、そんな簡単なものではないのだ。

 確かに、必要な魔力量はわずかだし、術式自体は割と簡単だ。だが、それをちゃんと描けたからと言って、絶対に成功するというものでもない。

 それというのも、召喚魔術の成功には、厄介な限定条件の成立が必要なのだ。そのせいで、ある意味、覚えるのがちょっと面倒な転移魔術より、さらに面倒臭い。

 まず前提として、召喚対象のことをよく知っていなければいけない。その姿、形、色、匂い、手触りに至るまで。その対象物に対する知識が深ければ深いほど、成功率は跳ね上がる。


 それに召喚しようと思うその時、その対象がどこにあるのか――またはいるのか、確実に知り、その風景を正確に思い描くことができなければならない。

 しかも召喚者は必ず召喚対象を我がものと所持するか、力で支配している必要がある。


 つまり知識が乏しければ、いたずらに魔力だけ消耗し、結果、失敗する可能性が高い――それが召喚魔術だ。逆に言うと、条件さえ整えれば失敗はしないということだが、成功したところで、その召喚対象は自分より格段に劣るのである。

 わざわざ召喚魔術を覚える者がほとんどいないのは、魔族は他者の力――それも弱者の――を借りることを厭ううえ、そういう面倒と無益さもあってのことだった。


 だいたい、召喚魔術で呼び出された〝もの〟は、呼び出した者の意思に強制的に従わねばならないんだぞ。

 つまり俺がミディリースを召喚し、それがもし成功したとしよう。召喚されている間、彼女は自分の意思に反することであっても召喚者たる俺の命令には背けず、最悪、命さえ差し出さねばならないのだ。


 かつて大公位争奪戦でコルテシムスに召喚された岩狼獣が絶望に支配され、恐れながらも、俺に立ち向かわざるを得なかったように。

 もっとも、魔獣以外の生物を召喚したことなどないのだから、これは推測に過ぎないが。

 ちなみに付け加えると、俺は今まで一度も召喚を失敗したことがない。

 だからといって、うんと頷けるはずはなかった。


「ウィストベル。焦る気持ちはわかるが、その無茶には同意できない」

「ならばどうする」

 やっぱり手紙で呼び出して……しかないが、ここでそう言うと怒るんだろうな。

 うーん……どうしよう。


「ねえ、今のはなしって、ミディリースのことだよね?」

 緊張感を破る子供の小声が、耳をくすぐった。

「そうです。よくわかりましたね」

 まあ、「花葉色の髪」でわかったんだろうけども。


「なら、ボク、おはなしできるよ?」

「ああ、うん、そうですね。仲良くなりましたもんね。ミディリースもルーくん相手だと、逃げないですもんね」

「ちがうよ! そうじゃなくて!」

 小魔王様は俺の耳を引っ張ってきた。

「ミディリースと、いま! おはなしできるんだよ!」

 なんだと!?


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