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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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36 強奪者の正体を推測しましょう!

「なら、その男が魔王様の魔力を奪った相手とは限らないんじゃないか?」

 世界を八つに分割して治める魔王や大公といえど、全ての配下の動向を把握している訳では、もちろんない。だが、それにしたって無爵を含めた全ての領民による領地の移動は、双方で記録されている。支配者たる魔王や大公がその情報を求めてわからぬはずはない。


 そもそもが、無爵の領地移動には制限があり、所属する主や軍団長をはじめ、いくつもの許可が必要だ。魔王大祭中ならともかく、今では自由気ままに領地を離れることなどできるはずがないのだから。


「こうは考えられないか? この件に関わっている魔族は二人いる。一人は無爵のごとき弱者で、魔王様の魔力を奪った強奪者。そして、もう一人は最初から百式を使えるほどの強者」

 プートが出会った男が、元は無爵で魔王様の魔力を奪った男と同一というのなら、そいつは魔王領とプート領を行き来したということになる。その情報を、プートが求めて得られぬはずはないのだから。


 武器を持って領地を移動し、情報の橋渡しをしているのは全て人間。それなら彼らと手を組んでいる魔族は、自らの領地から移動する必要がない。

 もっともその場合、人間と協力するという考えに至った魔族が、最低二人はいるという事実を受け入れなければならないが。

 だが、プートは自信をもってこう断言した。


「いいや! 我が森で対峙した、その男こそが、魔王陛下の魔力を奪った男に間違いない!」

「その判断理由は? そいつがプートの領地で魔力を暴走させた形跡でもあったのか?」

 そんな訳がないのは知りつつ、あえてそう尋ねる。


「いいや。ベイルフォウスの実験結果を聞くまでもなく、そなたの配下の例を聞いておったゆえ、我も魔力暴走の事実を探ってはおった。だが、そのような噂すら、どこからも聞こえてこなんだのだ」

「なら、なにを根拠に」

「その男はこの! ファイヴォルガルムを手に持っておったのだぞ!」

 プートのごついゴリラ手が、机上の〈真円を四つに分ける十字と鏃〉を叩く。

 えー! 嘘でしょ、プートさん……それだけが判断理由じゃないよね?

 武器なんて誰でも持てるのわかってるよね?


「それにその者は我と対峙し、すかさず四層百式二陣を同時に三枚、発動したのだ! 並みの魔力では、とうていかないはすまい!」

 確かに。百式は一陣でも魔王や大公、それに近しい実力者でなくば発動できない強大な魔術だ。それも、二陣を同時に三枚といえば、並大抵のことではない。

 例えば大公の中でも、デイセントローズでは力不足だろう。


「しかし、先のメイヴェルやロムレイドのように、世には大公にふさわしい実力を持っていながら、長らく公爵あたりに留まっている者もいるだろう。そういう者が関わった可能性は?」

「我が自領の高位魔族を把握しておらぬと?」

 確かに。大公になりたての俺と違って、プートの大公歴は長いもんな。


「ならば、下位の者では? デイセントローズの例もある。あいつは君の領民であった頃には無爵でありながら、いきなり大公になっただろう」

「あるいは男爵位にありながら、奪爵の目的でもなく、大公を打ち倒してその地位に就いた、お前みたいな奴とか?」

 ベイルフォウスが意味ありげに俺を見てきた。


「そんな奴は、めったにいないと思うがな」

「なにより! そなたはこの我が、誰よりも長年見続けてきたルデルフォウス陛下の魔力を見紛うと思うのか!」

 えー……さすがにそれは乱暴なんじゃ……。だってプート、魔力を視る目なんてもってないじゃん。


「もうよい! 我はそなたらと話し合うために参ったのではない。陛下への報告に参ったに過ぎぬのだ。配下には奴の行方を追わせておる。いずれにせよ、そ奴を捕まえてみればハッキリするであろう!」

 とうとうプートの脳筋が、我慢の限界に達したようだった。


 だが実のところ、魔族としてはその〝勘〟的なものが、こういう場合、一番頼りになる気はする。

 俺はこの眼があるため気配に疎いが、逆に魔力を視られない魔族にこそ、相手の強さを図る別の指標が必要だろうから。

 本人の言葉通り、長らく大公一位にあったプートの判断は、信用に足るといっていいのかもしれない。


「では陛下、ご報告は以上ゆえ、このプートは引き続き領地にて捜索にあたりもうす。次こそは奴を捉え、陛下の御前に引き立てて参りましょう」

「待つのじゃ、プート」

 強い口調で暇を告げて退室しようとした金獅子を、腕まで引いて留めたのは、意外にもウィストベルだった。


「主の気持ちは分かる。このようなところで不確かな情報をもとに推測ばかりしておっても、事態は解決せぬのじゃから」

「わかっておるならば、引き留めぬがよい!」

 金獅子がウィストベルの細腕を弾く。


「じゃが、私にはその正体の見当がついておる。それを聞いてから領地に戻っても、遅くはなかろう」

「なんだと!?」

「なんだって!?」

 俺とプートの声が重なる。

「ウィストベル、どういうこと?」

 眼を見開いたベイルフォウスは言うに及ばず、魔王様でさえ、彼女の真意を測りかねているようだった。


 ウィストベルは嗜虐的な笑みを浮かべ、俺たちを見回す。

「魔王陛下の魔力が奪われたその時、奪った者の姿は見えず、その後、その者が魔王領で魔力を暴走さえた形跡もなかった」

「ああ」

 視線を向けられたベイルフォウスが、応じながらも何を今更、というような表情を浮かべる。


「それにジャーイル。主の配下のいくらかの城で、姿の見えぬ者によるウルムド盗難の事実があるのであったな。それに、人間の集団が逃走する途中、姿を消したことがあったと」

「そうだ」

 ティムレ伯! 名前は出してませんし、大公間でその他大勢の例と一緒に報告しただけで、約束通り公にはしてませんからね!


「そして今回、プートの前に現れた魔族の男が使ったという、特殊魔術。その〝消える能力〟が、全ての鍵だとは思わぬか? プートが断じたように、転移魔術ではないとするなら、主らはそれをなんとみる?」

 なにこの高圧的な授業感。今一瞬、鞭を手に指導する女教師が脳裏に――あいたっ。


「幻影魔術じゃないか?」

 魔王様に叩かれた後頭部をさすりながら答える。

 事実とは別の光景を信じさせる能力といえば、俺の知る能力の中では、後はそれしか考えられない。今だってそれは見事な使い手が、この魔王城で魔王様のために働いているのだから。


「幻影魔術とて、転移と同様、技に過ぎぬ! ならば目の前で発動されて、我がそうとわからぬはずがない。それを打ち破れるかどうかは別の問題としてな」

 金獅子が、憤慨したように反論した。

 確かにプートほどの者なら、目の前で展開された魔術の本質を見誤るなんてことは、そうないのかもしれない。

 だが、幻術でもないとすると……。


「そいつは人間といたんだったな。なら、魔道具を使ったという可能性もあるんじゃないか」

 ベイルフォウスが俺と同じ考えを口にする。

 そうだとも。魔族の魔力をあらかた奪ってしまうような、魔鏡ボダスのようなものまであるくらいだ。何かすっぽりと、一帯を見えないようにする道具もあるのではなかろうか。

 なにせほら、術式も見えなかったそうだし。

 だが、ウィストベルは肯定を与えず、笑みを浮かべる。それはこの上なく嗜虐的な笑みだった。


「正直にいうと、魔力の暴走の事実がなく、今日まで陛下の魔力を奪った者が現れぬという現状では、人間がその魔力を奪い、暴走の事実もないと見える間に消滅してしまった可能性も考えておった」

 ベイルフォウスの言った魔道具云々は、彼女の中では問題外らしい。

「だが、今ここでそれを否定できることを、私は嬉しく思う。強奪者が魔族で、自らのその特殊魔術を使ったのであれば、その男は魔王陛下の魔力を奪った事実を隠しおおせるのじゃから」

 女王様が、唇を濡らすように上唇を舐めたのが、淫靡に響いた。

 ああ、やばい。まだ酒が残ってるのか?


「その強奪者の素性は公には知れぬとも、ジャーイル。私と主のみは、その正体を推測できように」

 え? 俺?

 ウィストベルはともかく、俺?

「まだわからぬか、ジャーイル」

「……全く」

 まだっていうか、言っている意味が全くわからないんだけども。


「プートが対峙した男の、その外見こそが重要なのじゃ。先ほどベイルフォウスが言ったであろう。その男は一目で魔族とわかる髪色をしていたと」

「ああ、そういえばそんなことを言っていたな。それが?」

 髪の色が重要?


「もったいぶるのはよせ! 結局、推論でしかないのなら、聞くにも値せぬぞ!」

 プートが、がなる。彼にしてはよく我慢したほうだと思う。

「ならば、申すがよい、プートよ。その男がどのような髪色であったのかを」


 反撃のように促されたプートは、怪訝な表情を浮かべながらこう言った。

「ハッサクの皮のような色だ」

 ハッサク?

「ハッサクって食べるあのハッサク? 果物の?」

「そうだ」

「つまり……黄みの強い色って事か?」

「はっきり見せてやろう。先ほど私が確かめた色を、もう一度」


 俺がいつまでも怪訝そうにしていることに苛立ちを覚えたのか、ウィストベルがそう言い、魔術で一つの色を空中に練り上げた。

「プート。この色で間違いないな?」

「そうだ。だが、それがなんだというのだ」

 すんなり与えられぬ答えに、プートの苛立ちはさらに募ったようだ。


 けれど俺は――

 その魔術を見た瞬間、ウィストベルの言いたいことを察しないわけにはいかなかった。なぜなら彼女が再現したその色は、俺の身近でよく見かける人物の髪色と同じ色だったのだから。


 その色を、〈花葉色(はなばいろ)〉という。

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