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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
77/181

31 呼び出されたのはいいのですが

 ベイルフォウスの訪問を、じっと我が城に座したまま、二、三日も待つ必要はなかった。魔王城へ来て欲しい、という要望の記された親友からの手紙が、翌朝のうちには我が城に届いたからだ。


 そんな風に手紙で呼び出されたからといって、ベイルフォウスが〈大公会議〉の開催を知らせてきた、という訳ではない。それどころか魔王城に呼び出された大公は、俺のみのようだ。

 もっとも、ウィストベルは相変わらず保護者のように、魔王様にずっとついている。傍から見ると、まるで母と子のようにも見えるではないか。


「あ、ジャーイルおじ……お兄ちゃん!」

 いつものように執務室を訪ねた俺に、椅子から飛び降りて駆け寄ってくれる、ルーくん小魔王様。

 旧魔王城を含め、魔王様の執務室を初めて訪れたあの日以来、かつてこれほど歓迎されたことがあっただろうか?

 これで小魔王様が「おじ……」と言いかけたのでなければ、どれだけ素直に喜べたことか!


 新しい魔王城の執務室にもともとあった応接セットが、なぜだか途中から取り払われていたのだが、今は補佐のためにずっといるウィストベルのためか、魔王様の執務机と扉の間に垂直になるよう、それより二回りほど小さい書き物机と椅子が置かれている。

 その席について書類を見ていたらしいウィストベルも、立ち上がって俺の方に――いや、小魔王様に歩み寄ってきた。


「どうしたのじゃ、ジャーイル。報告書を届けるでなく、わざわざやって来るとは、何か大きな進展でもあったか?」

 ウィストベルは小魔王様の小さな両肩に、そっと手を添える。

 魔王様は嬉しそうに彼女を見上げたが、なんだろう……俺のことを警戒されているように感じたんだが、穿ち過ぎだろうか。


「ベイルフォウスに呼ばれて来たんだが、まだ来てませんか?」

「ベール? ベールもくるの?」

「そうですよ」

「やったぁ!」

 小魔王様は弾んだ声を上げる。自分より年上なあの見た目でも、弟は弟ということなのだろうか。


 それにしても、俺のことを呼び出しておいて、その城主には訪問を知らせないとか。ベイルフォウスは兄には手紙を書かなかったのだろうか?

 あ、もしかして、この年齢の魔王様だと字が読めないとか?

 ならばウィストベルに向けて報せがあったのかと思ったが、その表情から読み取るに、彼女も何も聞いていないようだった。


「魔王様はお仕事してたんですか?」

「うん、ウィストベルがよんでくれるから、紙に紋章をやき付ける役」

 そうか。記憶はなくとも一度定めた紋章は、身体――あるいは魂がかわらず覚えているのだろう。

 だったら、その外見がどうであれ、魔王様の紋章自体は有効と見なされるのか。今はまだ、その魔王位を否定的に叫ぶ者はいないのだから。


「よければベイルフォウスを待つ間、俺がその読み上げる役を代わりましょうか? ウィストベルだってずっと補佐してるんじゃ疲れるだろうし」

「ウィストベル、つかれてる?」

 魔王様が心配そうに彼女の手を撫でる。


「いいや、平気じゃ。とはいえ、確かに代わってもらえるのはありがたい。一度、配下の様子を見に行きたいのでな」

「ああ、ずっと領地に帰ってないもんな」

 いくら報告が届くとはいえ、ずっと領地を留守にしていては、心配事もあるだろう。


「いや。己が領地のことはどうでもよい。じゃがこの魔王城で、ルデルフォウスの影をつとめている者が、まだその役割を果たしておる。彼女の様子を一度、見に参りたいのじゃ」

 例の幻影魔術の使い手か。


 実は、魔王様の魔力が卑怯な手によって奪われたということ――ただし、奪われた量までは明かしておらず、たいしたことなく聞こえるよう、説明してある――と、その原因となった武器については広く明かされたが、その姿と中身が子供に戻っていることまでは、公表されていない。だから未だにウィストベルの配下によって、幻影魔術の代役が続けられているのだった。


「了解した。どうせすぐにベイルフォウスも来るだろうし、こちらは任せて行ってきてくれ」

 警戒されているかもだなんて、思い過ごしだったようだ。

 ウィストベルはしばし俺に魔王様の補佐を任せ、配下が魔王様ぶった幻影を演出している〈王の間〉へと向かったのだった。


 ベイルフォウスがやって来たのは、それからすぐのことだった。

「ベール!」

 魔王様、俺の時より嬉しそうに駆け寄るじゃないか……。

 まあ、実の兄弟だし、仕方ないけど。


「よう兄貴。いい子にしてたか?」

「うん!」

 一方のベイルフォウスも「お前にそんな顔ができるとは思わなかった」と思わず口にしたくなるような、慈悲深い優しい表情を浮かべて兄を抱き上げる。


 元々、自分の方が年長なのに、今やすっかり逆転しているという状況は、小魔王様の心境には影響しないのだろうか。

 万が一、俺が同じように子供になって、マーミルにあやされたりしたら、相当ショックだと思う。マーミルの方は喜ぶとしても。


「なんだ……ウィストベルはいないのか」

 最近よく意見を衝突させているくせに、いないとなると残念そうな声をあげる。

「せっかく祝杯をあげようと、いい酒を持ってきたのにな」

 そう言って、ベイルフォウスは透明度の高い液体の入った瓶を掲げた。

「祝杯?」

 今のこの状況で、何を祝うというのだろう。


「解決法が見つかった」

 なんだって!?

「じゃあ、魔王様から魔力を奪った相手が見つかったのか!?」

 まさかプート領ではなく、ベイルフォウス領で?

「それで、そいつはどこにいるんだ?」

「まあ、結論を急ぐなよ。説明するから」


 ベイルフォウスは執務室の端にある戸棚から、ピッカピカに磨かれた、金細工の施された硝子のグラスを四つ取り出す。

 磨いているのは、魔王城の家令だろうか。それとも、魔王様が……今の魔王様なら、そうであっても不思議じゃない気がする。

 ベイルフォウスはグラスを俺の前に置き、そのうち三つに並々と酒を注いだ。

 空の一つは今いないウィストベルの分とすると――


「魔王様にも酒を?」

「実年齢は大人だし、万一身体どおりだとしても、魔族の子供だ。心配いらねぇ」

 まあ、確かに。しかも匂いを嗅いでみたところで、ほとんど無臭に近い。そもそも弱い酒なのだろう。


「なあ、兄貴。飲むだろう?」

「うん、のむよ! 今日もおひるのときに、ウィストベルといっしょにのんだんだよ!」

 そう言って、一気に液体をあおった小魔王様は、豪快にもすぐに空のグラスを弟に差し出したのだ。

「おいし! もういっぱい、ちょうだい!」

「俺たちの飲む分も、残しておいてくれよ」

 ベイルフォウスは苦笑をし、魔王様の杯、八分目ほどの酒を注ぎ直した。


 俺は手元の書類にざっと目を通す。

 しばらくは、奪爵によって爵位を得た者に許可を与える内容の書類が続くようだった。その報告文だけで、不自然な奪爵がないかどうかを見破るのは、さすがに無理だ。

 紙面にあるのは双方の名前と領地、紋章管理官によって確認され、模写された紋章の写し。それだけなのだから。

 俺のところにはこのうち、自分の領地の分だけが返ってくるだけだが、さすがに全土の分となると、結構な量だ。魔王様も大変だなぁ。


「それで?」

 書類をチェックしながら、ベイルフォウスに先を促す。

「昨日、お前にウルムドガルムを借りたろ?」

 ベイルフォウスはエルダーガルム――シワシワ手首はなく、ちゃんと三本がつながったように修復されている――と、ウルムドガルムを並べて書類の向こうに置いた。


「検証に二、三日かかるんじゃなかったか?」

「いや、もう十分だ。答えは出た」

 どこがどうという訳ではないのだが、その声音がらしくなく聞こえて、ひっかかった。

 俺はベイルフォウスを見上げる。

 だが、親友はこちらを見ずに、自分の杯で机上の杯を叩き、その中身を飲み干した。それから自分の杯と兄の杯に、また次を注ぐ。


「兄貴、小さい身体でそんなに立て続けに飲んだら、小便近くなるぞ」

「ベイルフォウス! そんな言い方したらダメだよ!」

 小魔王様は、こんな姿と中身になった今でも、「兄」という感覚で「弟」に接しているらしい。


「もったいぶるなよ。強奪者が見つかったわけじゃないんだな?」

 俺は自分の杯を手に取った。

「ああ。別の方法を見つけた」

「……もしかして、別の強者から魔力を奪う方法か? だが、それは無理があるだろう」


 そうとも。

 魔王様は魔族の中で一番の強者であるが故に、魔王なのだ。たとえそこそこの実力者から魔力を奪っても、その時点で魔王様は〈無爵のごとき弱者〉からは外れ、それ以上の魔力をガルムシェルトから得ることはできなくなる。

 それでは以前より弱くなるだけで、意味が無い。


 まあ実際には、魔王様より強い相手というとウィストベルがいるのだが、さすがにベイルフォウスもそこまでは知るまい。

 それとも……知っていて、彼女の魔力を狙っているのか?

 だからさっき、ウィストベルがいないと知って、残念そうにしたとか?


 いやいやいや。まさかな、俺の考えすぎだろ。

「それとも別の方法というからには、ガルムシェルト以外に何か魔力を回復する方法でも見つけたのか?」

 けれど、重ねて尋ねた俺に、ベイルフォウスはなかなか答えを返さない。

 その次の言葉を待つ間、杯の酒で喉を潤した。


 口当たりのいい、甘い酒だ。

 これならマーミルも好きかもしれない。ベイルフォウスに銘柄を聞いて――

「なあ、ジャーイル」

「ん?」

 その時のベイルフォウスの声は、いつになく感傷的に響いて聞こえた。


「なぜ、俺がお前に同盟を言い出さなかったと思う?」

 急になんだ。話が飛びすぎる。まさか酔ってるのか?


「なぜって……俺が男だから?」

 つい昨日、ロムレイドとの同盟の話が出たときにも、「誰が男なんかと」とか言ってたしな。

 まあ、もっとも、本気でそれだけが理由だとは思っていない。それに俺の方からだって、同様に同盟を申し出てはいないのだし。


 それより……ちょっと待て。

 なんだろう、どうにも気分が悪い……。

 気分が悪い? いや、気持ちが悪い……。

 やばい、これは……覚えのある……。

 胃がムカムカして……頭がボウッと……。

 まさか、酔ってるのは――


「悪いな。こういう時のためだ」


 最後に見たのは、目に痛い赤い髪に覆われた、ベイルフォウスの背中だった。

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