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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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29 さあ、楽しい実験の始まりです!

 岩肌の中央に親友が手を触れると、一枚岩と見えた面に扉のような線が現われ、内側の岩が消滅する。結界があって見えないが、どうやら内部は空洞になっているようだ。

 よかった。雨に濡れずに済む用件らしい。

「入るぞ」

 ベイルフォウスが結界に開けた穴に、続いて中に入る。


「おわっ!」

 その途端、襲ってきた岩の塊。

 防御を張るのが遅れていたら、人の顔ほどもある岩に腹パンされて、雨の中に飛ばされるところだったんだけど!


「おい、ベイルフォウス!」


 言えよ!

 なんか飛んでくるから気を付けろよ、くらい一言、言ってくれよ!

 文句を言おうと思ったが、その空洞中央の魔力源に、俺はたちまち意識を奪われた。


 立方体の内部中央に、鎖と魔術によって、四肢の自由を奪われ――ただし、右は手首より先がない――、磔にされた人間の姿があった。

 そこが魔力の根源――つまりその人間は、客観的にみて強大と認めてもいい力を、その身に宿していたのだ。


 脱力した四肢の様子から、また、口から泡を吹き、白目をむいたその様子からみても、意識はないようだ。

 頭髪はあらかた抜け落ちてあちこちに散らばり、頬はこけ、身体はげっそりと痩せ衰え、骨と皮が張り付いているだけに見える。その皮もあちこちささくれてめくれ、肌の色はほとんど紫と言っていいようなどす黒さを呈していた。手首をきつく縛る鎖からは血が滴り、股は濡れて……ちょっと臭う。


 口元で新しい気泡が生まれていなければ、または魔力がその全身から立ち上っているのが見えなければ、死んでいるのかと勘違いするほどの憔悴ぶりだった。

 そんな宿り主の意思など関係ないといいたげに、魔力は暴走を続けている。

 その縦横無尽に荒れ狂う魔術により、周囲を囲む内壁が削られ、それが屋内に嵐と渦巻いているのだ。


 俺たちの気配を察したのか、目が覚めたらしい男は恐ろしい勢いで顔を上げる。

「イギギギギ! イヒッイヒィッ!」

 意識を取り戻した男は天井に向かい、苦痛と快楽がない交ぜになった奇声を発する。

 歯の抜けた口から涎を垂らし、色を取り戻した黒眼を、ぐるぐるとあちこちに彷徨わせ、なんとか鎖から自由になろうとでもいうように、新しい血が流れるのも厭わず手足をばたつかせる。


「こいつ、最初はこんな姿じゃなかったんだぜ」

 ベイルフォウスが、淡々と言った。

「筋肉質で、髪も歯も、しっかり生えていた」

 ああ、うん。そうだろうね。あちこちに残骸が飛び散ってるもんね。

「魔族で試した時には、いくら無爵でもこうはならなかった。確かに最初は力を暴走させたが、姿は変わらなかったし、早くて半日、遅くとも二日後には、どいつもなんとか暴走を抑えられるようになっていたからな」

 ああ、そんなこと言ってたよな。無爵でもそんな早く慣れるのかとちょっと驚いたもんだ。


「だが、人間で試したところ、半時も経たずにこの有様だ」

 同じ無爵のごとき弱者と言っても、やはり人間と魔族とでは根本的に違う、ということらしい。

「この状態でも、死なないのか」

 人間も存外、丈夫ということなのだろうか。

「そんな訳は無い。生かしてあるんだ。自動回復の魔術をかけて、な。それでもこのザマだ」

 あっ、そう……生かしてあるってそういう意味なんだ。死なないようにしてあるのか。


「これを見てもまだ、人間が兄貴の力を奪ったのだと、そう言えるか? 仮にそうだとして、そいつが正気を保ったままいられると思うか? そしてその状態の人間を、人間が騒ぎも起こさず匿っていられると思うか? まして、生き延びられると?」

「いいや……」

 確かに……こうなった人間を、人間たちがなんとかできるとは思えない。もしかすると、魔王様の魔力を奪った者はすでにもう……。見つからないのは、そのせいか?

 だが、人間で試したのがたったの一例では……ん?


「おい、ベイルフォウス、あれ……」

 直撃すると肌が削れそうな岩が吹き荒れる中、目をこらしてみると、部屋の隅に丸いものが転がっているではないか。それも、そのものは魔力を纏っている。まさか……。

「ああ、元々の魔力の持ち主だ」

 えぇ……。この中に、非力になって子供化してる公爵を置いてきたっていうのか。ほんとに容赦ないな。

 だが、弱々しいとはいえ、魔力がその身を覆っているのだから、まだ生きているには違いはない。

 俺はその小さな丸いものに、歩み寄った。


 ベイルフォウスのことだから、てっきりデヴィル族をその標的に選んだのだと思ったのだが、その丸いものはデーモン族だった。

 子供ではあるが、魔力量はごく少ないのに、ジブライールがミディリースに魔力を奪われた時や、今の魔王様ほどは幼くない。それこそマーミルほどと見えるから、公爵までいったにしては遅咲きだったのだろう。


 性別は男性で、頭が……あれ? なんか、見覚えのある髪型だな……。

 左右の毛だけを伸ばして、今は後ろでひとくくりにし、他を剃ったこの変な髪型……子供に似合わぬ筋肉質な体つき……意識を失っていてもなお、「脳筋で間違いありません!」という主張を醸し出すこの雰囲気……。


「ちょっと待て、ベイルフォウス! これ、お前のところの副司令官じゃないか?」

「ああ。むさ苦しい筋肉バカの片割れだ」

 えええぇ……。

「最後には殺すつもりなのに、副司令官を実験台にしたのか」

 俺、ドン引き。

「いや、最初の五組の時には兄貴のことも秘密だったからそうしたが、今はある程度、情報公開された後だ。殺すまでは考えてない。それよりこの場合、お前が元の強さを知っている相手を実験の対象に選ばないと、意味がないからな」

 えっと……どういう意味だろう。


「それに、心配するな。そいつは死にかけてるとかじゃない。肉体を酷使しすぎて、ただ疲れて寝ているだけだ。筋肉を鍛えるとか言って、拳だけで岩を砕いて回ってたせいでな。言っとくが、ここに残ったのも俺の命令じゃないぜ」

「いやいやいや。いくら魔族といえ、子供なのにそんな馬鹿な……」


 否定しかけたその時、明らかないびきを耳にし、俺は黙った。

 そういえば確かに……身体も痣ばかりで致命傷どころか、切り傷さえほとんどない。

 え、どういうこと? この嵐の中じゃ、避けるか防御を張るかしなきゃ、無事ではいられないよな?

 それともなに。筋肉バカは、肉体の造りも普通より頑丈だってこと?

 ああしかし、プートを基準に考えると、その可能性を否定できないではないか!


「おい、起きろ!」

 ベイルフォウスは歩み寄ってくると、相手は少年の姿だというのに、その背中を容赦なく蹴り飛ばした。

 まるでボールのように、その丸い身体が壁に打ち付けられ、ほんとにボールのように、跳ね返ってくる。それでもかすり傷が、わずかに増えただけのようだ。

 ……どうなってるんだろう、あの身体。


「ん? ……あ、ベイルフォウス閣下! おはようございます!」

 一旦、壁まで吹き飛ばされたというのに、何事もないかのように立ち上がり、白い歯を煌めかせて笑う少年の姿に、成長後の脳筋の姿が重なって見えた。

「あ、しまった! 鍛錬の途中だったのに、寝てしまった! 筋肉を鍛えねば!!」

 突然、空気の束をめがけて走り出しかけた少年の、一つにまとめた長い髪を、ベイルフォウスが掴む。


「あれ、なぜだ、前に進まん!」

 えええ……髪の毛、掴まれてるからなんだけど!

「おい、ラーゴ」

「ああ、ベイルフォウス閣下が握っていたからか!」

 名前を呼ばれてやっと、筋肉は振り返り、自分が前に進めない理由を理解したようだった。


「なあ、ベイルフォウス」

「なんだ?」

「このラーゴだけど、もしかして彼も魔王様と同じで、まだ大人の時の記憶が残っているのか?」

「いいや?」

 えー。子供の時からこれなの? 子供とか大人って言うより、もうただの筋肉としか言い表しようがないんだけど……。


 俺のガッカリに気付いてか気付かずか、ベイルフォウスはラーゴの頭をがっしり掴む。

「一、いいと言うまで動くな。二、話を聞け。わかったか?」

「はいっ」

 彼を見ていると、うちの副司令官、ウォクナンでもよかったと思えるから不思議だ。

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