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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
72/181

26 犬さんの次は猫さんです

「お帰りなさいませ、旦那様」

「ああ、ただいま」

 なんとすがすがしい気分だろう!


 そうだとも。全土に情報が公開された、ということは、もちろんエンディオンにもようやく自分の口から事情を話せたということだ。公開された以上の、あれやこれやも!


 俺の懺悔じみた説明を聞いた家令は、「それは大変でございましたね」と、秘密にされた恨み言など一つも口にする事なく、逆に今までのことをねぎらってさえくれたのだ!

 しかも知らなかったよ、的な、ちょっと驚いた、みたいな小芝居を交えながら! 本当は気付いてたに違いないのに!

 おかげで俺は、やっと晴れ晴れとした気持ちでエンディオンに向き合えるようになっていた。


 ちなみに妹からも、「魔王様がいらっしゃっただなんて知らなかった! ご挨拶させてくれれば良かったのに!」というような文句を言われたが、無視だ。

 反対に、ドレンディオには礼を言われた。「ルデルフォウス陛下がいらっしゃることを、秘密にしておいてくださってありがとうございます!」と、手を握ってぶんぶん振られた。

 その背景を知る身としては、同情を禁じ得ないではないか。


「フェオレス公爵がいらっしゃっておいでです」

「早いな。執務室か?」

「はい」

 エンディオンはそうするのが当然のように、外套を受け取ってくれる。


「ありがとう」

 俺はエンディオンに感謝の笑みを向けた。

 それが彼の仕事だからって、世話をしてくれるのが当たり前だと驕ってはいけないのだ。エンディオンには、常に感謝を伝えようではないか。


 さて、そんな完璧な我が家令と泣く泣く別れ、執務室に向かうと――


「お帰りなさいませ、閣下」

 フェオレスが、こちらもまるで気の利いた家令か筆頭侍従のように、出迎えてくれる。


「今ちょうど、ティムレ伯のところに行ってきたんだ。こんなに早く来てくれるなら、俺がそっちに寄ればよかったな」

「いえ、まさか」

 フェオレスは、今日も胸を手に当て、優雅に腰を折る。


「それで、どうだった?」

 窓を背に執務椅子に腰掛け、問う。

 フェオレスには領内での不穏な動きについて、調査をお願いしてあったからだ。

 成果なく、彼がやって来るとは思わない。


 ティムレ伯の城に泥棒が入ったという事実を、俺が知ったのが一昨日の夜。

 城主であるティムレ伯本人でさえ、自身の城にウルムドガルムがあったなど知らなかったというのに、侵入者たちがそれを正確に狙ってきたというのなら、彼らはどこからその情報を手に入れたのか。情報収集をした上でというなら、その痕跡がどこかに残っていてもおかしくないではないか。


 ティムレ伯に頼んでも良かったが、それでは彼女の軍団だけに範囲が限られる。

 軍団は四人の副司令官に収束されるもので、ティムレ伯の軍団を掌握するのは、フェオレスだ。

 それでより広い範囲をあたってもらえるよう、彼に調査をお願いしておいたのだった。


「ヴァルタルナ王国――そのような国が実在したかどうかは存じませんが、人間たちは閣下の領内に存在したと、信じているようです。その線でたどったところ、ウルムドの噂を嗅ぎ回っている一団があったことを突き止めました」

 さすがはフェオレス。エロいことばっかり考えてるリスでは、きっとこうはいかないに違いない。


「それは魔族か、それとも人間か」

 フェオレスは〝人間たちは〟と言い、〝一団〟と言った。だから、あえて俺はそう聞いた。

「お察しの通り、人間でございました」

 まあ、そうだよね。おそらくティムレ伯の城に押し入った盗人たちと同一なのだろう。


「一団が突き止めたウルムドガルムの経路には、もちろんティムレの城も含まれていたようですが」

「ティムレ伯の城〝も〟?」

「広域を調べてみたところ、ティムレの伯爵城近隣の、他の城や屋敷の武器庫からも、ウルムドの盗難があったようなのです」

 え……ちょっと待って。


「つまりティムレ伯の城以外にも、複数の人間が魔族の城に侵入し、目当てのものを盗み、無事脱出した……その例があるということか?」

「誠に遺憾ながら……」

「そんな報告は誰からも、どこからも挙がってないが……」

 俺がそういうと、フェオレスは自分が悪いわけでもないのに、申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「誰も気付いていなかったようです。私もティムレから盗まれたという時の様子を直接聞いておりましたので、もしや他にも姿を消して侵入された城があろうかと疑い、記録簿や管理帳、つたない記憶とやらを当たらせたところ、発覚いたしました」

 えー。

 フェオレスが改めて調べてくれて、やっと発覚するって……。

 リスではきっとこうは……以下略。


 そりゃあ、今回集めた中にウルムドはなかったよ? でもせっかくのいい機会だったんだから、爵位もちのうち一人くらい、武器の総点検をしたのがいてもよさそうなものじゃないか!

 ティムレ伯のところでもそうだったけど、本当に魔族ってなんでこう、武器に興味がないんだよ!

 ……ケルヴィスを大事にしよう。


 しかし、盗まれた事実に対しては、たるんでいるせいだ、とは一概に責めきれない。

 ティムレ伯の城や魔王城でもそうだったように、おそらく人間たちは姿を消して侵入したのだろうから。

 もっとも、魔王様の魔力を奪った者の方は、まだ人間の関与は一切発覚していない。だが、こうなるとさすがに無関係とも思えないじゃないか。


 しかし、相手を人間とした場合、魔王様の魔力の暴走をどうやって抑えたのか、という疑問は残る。魔族ですら容易ではないだろうに。

 そうはいえ、ここまで用意周到ならば、奪った魔力が暴走するともわかった上なのだろうし、あらかじめ隔離部屋のようなものを造っておいた、とかだろうか。

 意外にも、その技術が彼らにはあるのかもしれない。

 実際、今回の侵入事件をみてみろ。


 その技はまるで、ミディリースの隠蔽魔術のように……。

 そうとも。彼女の魔術を思い出してみるがいい。俺のちょっと目立たないだけとかいう隠密体質とは、明らかにレベルが違う。

 ミディリースの魔力の少なさを見ても、その能力の発動に、強大な魔力など必要ないことは言うまでもない。

 そして、相手はあの魔鏡ボダスを造った人間たちだ。普通の魔族ならば姿を消して相手を襲うなど考えつきもしないが、弱者たる人間たちならば、妙案とばかりに熱意を抱いて、どうにか透明になる効果をもった魔道具の開発にいそしみ、結果、造り上げていたところで不思議じゃない。

 もっとも、ミディリースの隠蔽魔術は血統隠術だ。その効果を目にした今、彼女の能力ほど完璧なものを、人間が造れるとまでは思わないが。


「しかし、こうなると人間が関わっているのは確定か。ちょっと厄介だな……」

 魔族ならばいい。どんなに力ない無爵であろうと、領地の移動――それが大公の領地を異にするものであれば、調査は容易い。

 だが、人間が相手では、そうはいかない。


 そもそも魔族(われわれ)は、領内に点在する人間の存在やその動向に注意など、一欠片も払っていない。どこになんという国があって、どんな人種がどのくらい住んでいるのか、全く興味も無いし知りもしない。  なんなら、大多数は〝国〟というものが存在することも知らないだろう。

 人間そのものに価値を認める魔族が、ほとんど存在しないのだから。稀に研究者はいるかもしれないが、おそらく変人に分類される者たちだろう。

 人間がどれだけ多人数で大公間の領地を渡ったとしても、魔族がそれをいちいち気にしたり、まして、記録することなどあり得ない。だから、たいてい調べようがないのだ。

 ところが――


「幸いにも、そうと疑われる十名ほどの一団を、領境で目撃した者がおりました」

 こんな風に、人間を偶然に目撃し、覚えていた者がいたのだった。

「そうと疑われる、というのはどうしてまた?」

 盗みに入られたどこかの城から出てきたところを見た、というのでもなければ、魔族が人間の素性を言い当てられるとは思えないのだが。


「その者は人間が自身の領地を横切ったのを見るや、からかってやろうとちょっかいを出したのだそうです」

 ちょかい……。

「魔族の子供なら楽しむような、炎のつぶてを一団に浴びせたのだとか」

 あ、うん……。

「ですが一団の中に魔力を持ったものがいたらしく、その炎は防がれ、結果、一団は馬を疾走させ、まんまと逃走されたらしいのです」

 へぇ。自身の領地といっているからには爵位持ちだろうに、それを防いだとするなら、人間の魔術師も大したものだ。もっとも、魔族の子供が喜ぶようなものなら、ほとんど攻撃力はなかったのだろうが。


「ところで閣下は、ティムレより侵入者の一人を仕留めた話をお聞きでは?」

「聞いたが、それほど詳しくは……」

 そういえば、人間だったとしか聞いていない。こんなことでは俺も、他の魔族が人間をちゃんと調査しないと責める訳にはいかないではないか。


「そいつが何か手がかりになるようなものを持っていたとか?」

「ええ。まずはこちらをご覧下さい」

 そう言って、フェオレスは一枚の紙を執務机の上に広げて置いた。

 そこには、人間かデーモンかというような男が、血を流して床に仰向けに倒れた姿が描かれていた。

 だが、顔がない。もっとも、問題はそこじゃない。


「これが、ティムレの仕留めた人間の様子です。腕に腕章があるのがおわかりでしょうか」

 フェオレスは、倒れた男の右腕を指し示す。

「この腕章に、〈ネズミを掴んだ鷹〉が描かれているのですが」

 あ、うん。確かに描かれてるね。ちっちゃく。顔はないのに、服や小物はこと細かに描かれている。

 誰が描いたんだろう? とっても上手だ。ティムレ伯とは考えられない。

 あの執事だろうか? それとも、どこかの城みたいに、絵が得意な侍女でもいるのかな。

 しかし、ネズミかぁ。


「この腕章と同じ物を、ウルムドを探っていた一団、それから領境で見られた一団、どちらもつけていたそうです」

 あらら。

「複数の者が共通して使用する図柄、か。確か人間たちは俺たち魔族とは違い、個々に紋章を持つのではなく、属する団体によって共通の図柄を掲げるのだったか」

「人間のことを、よくご存じで。閣下のおっしゃる通りだそうです」

 フェオレスが少し驚いたような表情を浮かべている。


「お恥ずかしながら、私は今回のことがあるまで、人間たちにそのような習性があることも存じませんでした」

「ああ、まあ、そうだろうな」

 だって、さすがのフェオレスでも、本は読まないもんね!

 まして人間の書いた物語なんて、俺やミディリースやウィストベルのような、よっぽどの物好きでもなければきっと読んでいないもんね!

 それでも、そんな些細になことに気がついたのは、さすがはフェオレスといったところだろう。

 リスでは……以下略。


「ですが、申し訳ございません。わかったのはそこまでで、その図柄がどこのどんな集団によって掲げられているものかまでは、人間たちに確かめたところで判明いたしませんでした」

 人間たちに聞いたのか。フェオレスがかな。それとも他の者が……どちらにせよ、平和的な確認の仕方を取ったとは思えない。

 しかし、それでも簡単に発覚しなかったということは、少なくとも国のような大きく公的な単位を表す図柄ではなかったのだろう。


「では、とにかく全て同じ人間たちか、その集団によるものだとして、領境で見かけた一団はどちらに逃げたって?」

 領境となると、その一団は俺の領地にはもういない、という可能性が高い。

 ちなみに我が領土は、ウィストベル領、サーリスヴォルフ領、デイセントローズ領、ロムレイド領、それから魔王領と、五つの領地に接している。

 前も言ったが、ベイルフォウス領は一番遠い。それを足繁くやってくるのだから、本当にご苦労なことだ。


「魔王領とウィストベル大公領、そのどちらにも向かえるような場所です。地図でいいますと」

 フェオレスは再び、懐から八つの領土のみが記された、簡単な地図を執務机の上に広げる。

「この辺りのようです」

 彼が指で指し示した辺りはウィストベル領だが、まっすぐ進めばすぐに魔王領に切り替わる、微妙な場所だった。さらにそのどちらをも越えれば――


「もし、あの本にあった記述と同じ情報をその一団が知っていて、それを信じて進んだとすると、向かったのはプート領か。そこで今度はうまく、あのファイヴォルガルムを手に入れられた、と」


 魔王様の魔力が奪われて、今日ですでに八日目だ。

 会議の後から現在までに、自領にある寺院からファイヴォルガルムが失われた形跡がある、という調査結果がプートよりもたらされていた。

 つまり、あのふざけた本の信憑性が、ちょっぴりあがったということだ。


「閣下。恐れながら、さすがにそれは我々の目線に寄りすぎではないかと」

「ん? 日といい、方向といい、辻褄も合うと思ったんだけど」

「先ほども申しあげたとおり、人間たちの移動には馬が利用されていたのです。彼らは我々のように、竜を扱えませんので」

 ああ、そういえばそうだった。馬での移動なら、俺の領土から数日でプート領にたどり着くのは無理だな。


「となると、ティムレ伯の元からウルムドガルムを盗もうとした一団と、プートの領地にいた一団は別である可能性が高い、ということか」

 ちなみに、プートからはただ手紙で結果だけが知らされただけ。ファイヴォルガルムがどのようにしてその寺院から失われたのかという詳細な事実までは、書かれていなかった。


「そう推測できると思います。そして、我らが思っている以上に、他にもいくつもの集団があるのやもしれません」

 そいつらはみんなつながっているのか、それとも全く別の集団なのか。まあ、その動きからして、前者の可能性が高いだろう。

 いずれにせよ、不確かな情報を基にした仮定の話ばかりでは、真実への道のりが遠すぎる。


 人間が大きく関わっていることが決定的となった今、その発刊日や内容からも、『君は知っているか!?』シリーズが無関係とはどうしても思えない。

 この間の〈大公会議〉で、それについてはその発行元を領地に含む領主が調べることに決まっていた。

 しかし、プートと違って未だ調査の報告がない。そこで俺は、その進展具合を自ら確かめにいくことにしたのだった。

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