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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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22 僕もベイルフォウスくんも、予想外のことにキョトンです

「私はたった今、この〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉の城内で、魔王陛下に会ってきた」

 ウィストベルの口を突いて出た言葉に、俺とベイルフォウスは緊張を走らせる。それはそうだろう。


「どういう意味なのでしょう。確かにあなたがこの数日、ずっと魔王城にいらっしゃっているのは聞き及んでいます。しかし今の発言は、まるで魔王陛下がこの城にいらっしゃる、と言っているように聞こえましたが」

 ラマは本気でウィストベルの発言の意味を捉えかね、悩んでいるようだった。

 いいや、ラマだけじゃない。俺と、それからベイルフォウスこそ、他の誰よりも。

 ウィストベルは一体何を言い出すつもりだ。


「まさか一刻も離れがたくて、〈大公会議〉に連れてきてしまった、とかいう惚気じゃないでしょうね」

 サーリスヴォルフが茶化すように言う。だが、ウィストベルはにこりとも返さない。


「言葉通りの意味じゃ。魔王陛下は今、このジャーイルの居城〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉に滞在中なのじゃ」

「おい、ウィストベル!」

 ベイルフォウスが殺気立ち、椅子からも立ち上がる。

 無理もない。そもそも、魔王様の事件を秘すと言い出したのは、ウィストベルだ。だというのに今の発言は、それまでの全てを覆しかねない。


「どういうつもりだ」

 ベイルフォウスの発した怒気で、部屋全体が揺れたようだった。

 それは、さっきまでのプートとの小競り合いが、芝居であったかと思うほどの。


「ベイルフォウス。主の怒りはもっともじゃ。じゃが、これから私のなすことは、主にも止めさせぬ。陛下の弟である、主にもな」

 一方、ウィストベルも引く気は全くないようだ。


「どういうことなのかサッパリなんだけど、ちゃんとみんなにわかるように説明してくれないかしら?」

 サーリスヴォルフの要求は、事情を知らぬ全員の要望だったろう。


「ジャーイル。ここに陛下を連れてきてはもらえぬか?」

「本気なのか?」

 ウィストベルは静かに頷く。その目には、覚悟のきらめきがあった。

 俺はベイルフォウスを見る。

「いいだろう。止める手段がないのなら、兄貴のことは俺が連れてくる」

 心中はどうあれ、ここまで言われては隠しきれないと、ベイルフォウスも諦めたようだ。恋人と弟が応というのだから、俺が否という理由もあるまい。


「わかった。だが、俺がお連れする。あそこから出ていただくためには、一つ、手続きが必要なんだ」

 ミディリースの隠蔽魔術がかけられていることは、俺と魔王様とミディリースの他には、ただ、ジブライールが知っているだけ。

 相手が親友といえど、おいそれと他人の特殊魔術を明かすわけにもいかない。


 一応は全員の同意を得て、俺は図書館に向かい、ジブライールをねぎらい、ミディリースとルーくんを連れて出た。

「ねえ、どこにいくの?」

「ベイルフォウスがいるところですよ」

 そう答えると、ルーくんは「わあい!」と嬉しそうな声をあげたが、実はその笑顔は俺には見えていない。


 このとき俺たち一行の姿を傍から見た者は、俺の左手が不自然な動きをしていることに気付いただろう。

 なぜって、図書館を出て以降、ルーくんの姿はまるでそこにはいないかのように、視界から綺麗さっぱり消え失せてしまったからだ。

 疑問だった魔力の影さえ、姿同様、全く見えなかった。

 これほど完璧な魔術なら、寝首をかくことも本当にできそうじゃないか。まあ、普通の魔族なら、そんな手を取るはずもないのだが。


 図書館を出る前に、念のためと手をつないでおいたおかげで、戸惑いはしても見失ったと焦らずにすんでいる。

 あと、ルーくんが、手を乱暴にぶんぶん振るタイプじゃなくて、ほんとによかった。


 ただ大人しく手をぎゅっと握り返してくるルーくんの手をひき、大公たちの揃う会議場への道を戻る。

 施術者たるミディリースには、隠蔽していても、ちゃんとその姿は見えているようだ。俺と挟み込むように並んだルーくんに顔を向けながら、「よかったですね」と答えているのだから。


「広いお城だねぇ! お兄ちゃん、強いんだね!」

 狭い司書室=弱いから、広い城=強いに認識を改めてくれたらしい。


 会議場がある廊下にさしかかる手前で、ミディリースに隠蔽魔術を解いてもらう。

 まともに隠蔽魔術を施す――というか、今回は解いたのだが――ミディリース自身を見たのは確か二度目だが、やはりなんの痕跡も掴めなかった。俺のこの目と同様、その発動には術式など必要ないのだろう。ただいきなり、ルーくんの姿と魔力が現れたのだから。

 急に現れたり消えたりするところ見せられると、そんな能力だと知っていても、驚き、感心するよりほかない。


「ミディリースはいっしょに行かないの?」

「ええ、私は行きません」

「えー」

 ルーくんのテンションが一気に下がる。小魔王様ってば、そんなにミディリースが気に入ったのか。

 だが、弟がいるとわかっていたためか、じゃあ自分も行くのはイヤだというような駄々はこねなかった。


「閣下、じゃあ、これ」

「ああ、ありがとう」

 ミディリースから例の雑誌と地図を受け取る。


 その後、一人で図書館に戻らねばならないミディリースは、「ああ、あうう……」とかいう謎の奇声を発しながら、左右の壁に交互に張り付く、という変な動きとともに去って行った。

 あれで隠れてるつもりなのだろうか……いっそ自分に隠蔽魔術をかければいいのに。


 彼女のことはともかくとして、ルーくん小魔王様と、会議場の扉の前に立った時だ。

 小さくても、他人の気配や魔力に敏感なのは変わらないのだろう。強力な大公たちが揃っている場所とあって、無爵の者たちが感じることもある畏れを、今のルーくんも感じたのかも知れない。

「ここ……なんか、怖い……」

 不安そうにそう呟いて、俺の手を強くぎゅっと握りしめてきたのだから。


 うーん……だっこして入ったら、後でベイルフォウスに怒られるかな?

 少し気にしながら抱き上げてみると、やはり心細いのか、魔王様は俺の胸元にぎゅっとしがみついてくる。

「大丈夫、俺がいるし、中にはベイルフォウスもいますからね」

「うん……」


 本当に、なんというか……うちに来た頃のマーミルのようではないか。俺のよく知る魔王様とは、全然、全く、ちっとも、これっぽっちも、結びつかない!

 まさか途中で別人と入れ替わったという可能性はないだろうか?

 ……待てよ。つまりマーミルも、最初は可愛かったのに今はああなっているというわけで……。そうか、じゃあやっぱり魔王様か。


 ところがどうだろう。

 まるで別人のように大人しく、よい子で引っ込み思案っぽかったルーくんが……。

 中に入って円卓に座る大公の顔ぶれを見た途端――


 俺の胸を蹴って!


 俺の腕から飛び降り!


「ウィストベル!」と叫ぶや、


 女王様のところへ!


 一目散に駆けていったのだ!


 そのまま飛び込むように、彼女の膝に抱きつく。

 俺は心の中で叫んだ。


 おい、ルーくん!


 この仕打ちはないんじゃないか!?

 それに子供の姿だからもちろん意味合いは違うのだが、膝に抱きつかれたりすると二人に初めて会った時のことを思い出して、微妙な気持ちになるではないか。


「兄貴……わかるのか、彼女が誰か?」

 ウィストベルのむき出しの右足に抱きついた兄を、ベイルフォウスが驚いた表情で見ている。

 それはそうだろう。魔王様は弟のことも一目でわからず、「母の兄か」と尋ねたのだから。


「さっき会った!」

 魔王様は弟を振り返り、嬉しそうに答えた。

 ああ、そういえば、ウィストベルは会議場に来る前に図書館へ寄って、この状態の魔王様に会ったと言ってたっけ。それにしたって、なにこの懐きよう!


 ……ちょっと待てよ。

 〝母の兄〟って伯父さんだよな?

 それがどうして「お兄ちゃん」なんだよ!

 やっぱり納得いかない。


「あのー、ちょっとよろしいでしょうか」

 ラマが戸惑いの表情を浮かべ、ゆるゆると手を挙げる。

 もっとも、他の大公たちにしたところで、突然現れた子供を油断ならない目つきで観察している。ここまできても、ただ眠たそうなロムレイドを除いて。


「ジャーイル、魔王様を連れてくると言っていましたよね? ベイルフォウス、この子供のことを『兄貴』って呼びましたよね? 間違いありませんか?」

 俺とベイルフォウスは視線を合わせる。

「ああ、間違いない」

「それでは、この子供……いえ、この方は……」

 気持ち悪いほど大きく見開かれたラマの瞳が自分を捉えるのを見て、ルーくん小魔王様は若干ひきぎみだ。


「つまり、ガルムシェルトによって魔力を奪われたのは、ベイルフォウスではなく……」

「そう。魔王陛下なのじゃ」

 ウィストベルが強い口調で、そう発表した。

 デイセントローズがガタリ、と音を立てて中腰になる。動いた者は、それだけだった。


 一瞬の静寂のあと、気の抜けた声が響く。

「な、なんだって~」

「なんですって!!」

 ロムレイドのわざとらしい言動もどうかと思うが、それに大声でかぶせたラマの本気すぎる反応もうざい。


 ともあれ、こうなっては隠す意味がない。

 ウィストベルによって、今度こそ居並ぶ大公たちに真相――今度は、事が起きたのは浴室でのことだとまで明かされた――、事件の経緯が語られる。外見だけでなく、中身も子供に戻ったことについては、うちに来てからの事情と共に俺が捕捉した。


 その間、ルーくん魔王様は彼女の膝に座って、大人しく話を聞いていた。

 美人を前に緊張して黙りこくっているのか、それとも話の内容が難しすぎて入ってこないのか。大人たちの顔を時々見回しながらも、記憶はないだろうに、質問の一つすらしようとはしなかったのだ。


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