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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
54/181

8 女の子の部屋に入るって、ドキドキします……か?

「なぜ、予がお前の部屋などで寝泊まりせねばならん!」

「なぜって、そりゃあ小……」

 しまった。

「おっほん……魔王様が、あれもダメ、これもダメと我が侭言ったあげく、エンディオンにまで自分のことを言っちゃダメだとかいうからですよ」


 魔王様が小魔王様になった経緯を、ザックリと二人に説明し――ホントに要点だけザックリだったので、魔王様とウィストベルがその時どこにいたかとか、どんな姿だったかとかは、説明していない――さて、これからどうするかといった話に及んだ時のことだ。


 滞在中のあれやこれやなんかは、エンディオンに任せておけば万事うまく手配してくれるというのに、これ以上、他の者に内情を明かしてはダメだ、と、小魔王様が拒否したのだ。

 俺の一番信頼する相手を信頼してくれないのだから、別室を用意しろと言われても、そうすることもできない。

 なぜって、エンディオンは事実上、この城の全てを管理・把握しているからだ。

 それで仕方なく、俺の部屋で過ごしてもらおうと言った途端、この我が侭だ。


「隠蔽魔術を施してもらったんだから、どこにいても心配ないだろうが」

 かつて魔王城全体を覆っていたミディリースの隠蔽魔術の効力を知る小魔王様は、彼女の能力に絶対の信頼を置いているらしい。

「そういう問題じゃないんですよ。何もないはずの部屋に俺が頻繁に出入りしたら、おかしいでしょう? だいたい、ご飯はどうするんです? 台所に入り込んで、コソコソ食べるんですか? 着替えは? 大公会議が終わるまで、ずっとそのままですか? なら、お風呂も入らないでいいですね?」

「くっ!」


「閣下、このお方は魔王陛下ですよ」

 もちろん忘れてないよ、ジブライール!

 しかし彼女が慌ててそう言ってきたのも、わかるではないか。


 小魔王様は俺の猛勢に、頬を赤く染めてぷるぷる震えているのだから。……待て。涙目になってないか?

 なにこの罪悪感。本物の子供をいじめてるみたいな罪悪感。

 男の子だろ、魔王様! いくら体に精神が引きずられてるからって、泣くんじゃありません!

 しかし、ここで魔法の一言を言えば、きっと――


「全部エンディオンに任せれば解決するのに!」


「……」

 なんだと!? なぜ、黙ってさらにうつむくんだ、魔王様!

 さらさら黒髪の頭部しか見えないぞ、魔王様!

 意地を張らずにたった一言、「エンディオンに任せる」と言ってさえくれれば!

 っていうか、俺の部屋で寝泊まりするのが嫌って、まずもってどういうことだ!?


「あのぅ……」

 ミディリースが恐る恐る、といった様子で手をあげた。

「どうした、ミディリース」

「魔王様、狭くてもよかったら……司書室に泊ったらどうでしょう?」

「え?」

 魔王様が期待に目を輝かせて顔をあげる。


「図書館、外れとはいっても本棟だし、普段からあんまり……ほとんど誰もこないし、隠蔽魔術も軽くかけてある……し、私も毎日、魔王様と会えて隠蔽魔術の様子を見られるし、すぐかけ直せるし……狭いけど、泊まれる設備ある……ですよ?」

「妙案ではないか!」

 小魔王様め、なんて俺のしつけ心を刺激するんだ!

 なにせ小魔王様は、小さな手を読書机にたたきつけ、勢いよく椅子の上に立ち上がったのだから。まあ、下に降りたら背が低すぎて、格好がつかないのはわかるんだけども。

 いや、椅子に立てば格好がつくというものでもない。


「言っておきますが、ミディリースと一緒にじゃないですよ」

「あ、当たり前っ」

「誰もそんなことは思ってもいない!」

 ミディリースと魔王様の慌てっぷりが面白い。

 でも一応、元の魔王様は女好きだし、あのベイルフォウスの兄だし、断っておかないとな。


「と、とにかく、私はその、司書室とやらで世話になろう!」

 魔王様、動揺して素が出てますよ。「予」って言わなくていいんですか。

「えっと、じゃあ……そっちいきます? あんまり図書館に結界長々張っても……誰も気付かないかも知れないけど、気付かれたら変に思われるかもしれないし」

「確かにそうだな」

 っていうか、他の誰もが気付かなくても、エンディオンなら気付いているに違いない。


 ところで、正直に言おう。

 俺も司書室に入るのは始めてだった。

 もちろん、設計図とかは見てるし、完成時に点検はした。その広さも設備も、把握している。

 けれどミディリースが詰めるようになってから、実際に入室するのは始めてだったのだ。


 白いレースのカーテン、応接机を飾る花瓶、造花で飾られた丸鏡、こじんまりとしたチェストを彩る花柄の食器類、しっかり磨かれた簡易の炊事場、二脚ある長椅子の背もたれには、色違いの手編みのカバー、出窓に座る男女一組の布人形。

 ただの小部屋だったのが、今や立派に『女の子の部屋』だ。

 個人の私物が入るだけで、ガラッと雰囲気が変わるものだなぁ。

 しかも、想像と違って片付いている。

 唯一、机の上にうずたかく積み上げられた本の山が、ミディリースらしいといえばらしいが。

 ああ、さっき出てくるときに派手な音がしたのは、ゴミ箱を蹴飛ばしたせいだったのか。

 散らばった中身を、ミディリースが真っ赤な顔をしながら慌てて拾い集めていた。


「えっと……とりあえず、お茶、入れます?」

「ああ、頼む。魔王様、そんな女の子の部屋をジロジロ見て、失礼ですよ」

 長椅子に腰掛けた小魔王様が、キョロキョロしている。外見や中身とともに、経験値も低くなっているのだろうか。

「いや……泊るといった割に、寝台が……ああ、奥に寝室があるのか」

 小魔王様は両開きの扉を見て、一人納得したように頷いた。


「そこは収納庫です」

「……え?」

 くるん、と勢いよく振り返ると、ぷるん、と頬が跳ねる。どうにもこの小魔王様と、いつもの魔王様が結びつかなくて困る。


「じゃ、じゃあ……あの小さな扉の向こう……」

「そこは水場……トイレと、シャワー室があります」

「なら、一体どこで休むのだ?」

「寝台はほら、魔王様が今座っている長椅子ですよ」

「……」


 小魔王様は長椅子から飛び降り――座ると足が足りてない――長椅子をじっと見つめた。

「生まれてこの方、こんな狭い場所で寝泊まりしたことは……ない」

 そうか。魔王様の父上って公爵だったんだもんな。当然、居室があるような広い部屋で暮らした経験しかないんだろう。

 まあそういう俺も、子爵城で生まれ育ったんで、似たようなものだけど。


「大丈夫、背もたれを倒して広くなりますから」

「あ、あの……さすがにこの寝台では……例えば、客間のものを持ち込むとか」

 ジブライールは首からつり上げてしまった負い目からか、随分小魔王様に気をつかっているようだ。

「エンディオンに相談できないからな~。無理だろうなぁ」


 言っておくが、別に意地悪じゃない。ホントにうちの城の全ては、人員も物品も何もかも、我が優秀な家令が管理・把握しているのだから。

 俺なんて、ただ偉そうに座っているだけだ。

 だから、さあ、小魔王様! エンディオンには言ってもいいと、許可するがいい、小魔王様!


「問題ない。背もたれの分もあるなら、問題ない。今の私は小さいし……」

 もしかして、寝相が悪いのか?


 そうこうしている間に、ミディリースが綺麗な色の青茶を出してくれた。

 しかし応接机の上は、本で埋まって場所がない。

 俺はそれらを一旦、書き物机の上に移動した。

「ジブライールとミディリースも座ってくれ」


 姿勢を正して立つジブライールと、様子をうかがっていたミディリースを長椅子に腰掛けさせた時だった。

 コンコンと、司書室の扉がノックされたのだ。


「あ……すみません、ちょっと……」

 ミディリースが慌てて立ち上がり、扉に向かう。

 それから、扉に備えられた小窓にそっと手を掛けた。


 ちなみに小窓は中に木の戸、外に網の戸と二重になっており、どちらも内側――つまりミディリースからしか開けることができない。

 幅は分厚い本がやっと通るほどしかなく、網の戸は黒で目は細かく、そもそも設置位置がミディリースの腹の辺りに合わせてあって低いから、よほど故意に覗こうとしなければ中は見通せないはずだった。

 ミディリースは、その木の戸だけを上に押し上げる。


「は……はい……。なんで、しょう……」

 ちゃんと誰かが来ても、普段からこうして対応しているんだな。最初に比べると、随分な進歩じゃないか。

 まあ、そうするために造った小窓なんだけれども。

「エンディオンです。ミディリース、旦那様はこちらにおいででは?」

「あ……」

 ミディリースが判断を仰ぐように振り返ってきた。

 俺は小窓に近寄る。


「どうした、なにか問題でも?」

 もしかしてまた、ウィストベルから追加の報せが入ったとか。

「いえ、屋敷内に問題はございません。ですが何か、お役に立てることなどございましたら、と、伺った次第でございます」

「ほら!」

 俺は小魔王様を見やった。

 だが、この小さい魔王様は強情そのもので、この期に及んでもまだ、首を左右にふってきたのだ。

 いいだろう。ならば!


「エンディオン、すぐ執務室に行くから、手紙を書く用意をしておいてくれないか? 〈大公会議〉を招集する。そのつもりで」

 こういっておけば、エンディオンは手紙の用意ばかりでなく、その後の会議で必要な一切の手配をしてくれることだろう。なんたってエンディオンだからな!

「かしこまりました、旦那様」

 その返答があって少しして、小魔王様が発言した。

「行ったようだな」

 ミディリースがこくこく頷いている。

 正直、俺は隣の部屋の気配まで読めないから、敏感な相手には感心する。


「大公会議の開催は、二日後あたりでいいですかね。何も起こってないうちから、明日すぐ、というのも怪しまれそうだし」

「そうだな」

「ならそんなわけで、俺は他の大公への召集状を急ぎ仕上げてくるので、ミディリース、魔王様に隠蔽魔術をかけておいてくれ」


「な……お前、私をここに置いていくつもりかっ!」

「ちょっとの間だけですよ?」

「お前のいない間に隠蔽魔術なんて施して、何かあったら……」

 何があるっていうんだ。はっ! もしや!


「俺がいないと心細いっていうのなら、帰ってくるまでミディリースたちとただおしゃべりだけして待ってても――」

「誰が心細いかっ! 私を……予を、誰だと思ってるのだ!」

「それでこそ魔王様です。えらいですねー」

 頭を撫でたら、また手ではじかれた。難しい年頃だ。


「ジブライール、ちょっと」

「は、はい。なんでしょう」

 俺はジブライールを呼び寄せる。

「俺が戻るまでの少しの間、二人を頼んでいいかな?」

 ああは言ったものの、俺がいない間に問題が起こっては困る。それで少しの間だけ、彼女に二人を見守ってもらうよう、お願いしたのだ。

 魔王様に聞こえるように言うとまた怒るだろうから、こっそりと。

「もちろんです、閣下。私にお任せ下さい!」

 ジブライールが断るはずはなかった。


 そんな感じで、俺は司書室を後にしたのだった。

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