表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
51/181

5 図書館まで嵐の渦中に

 ちょっと待って。情報量が多すぎて、理解が追いつかない。

 なぜ、図書館内がこんなに荒れているんだ?


 本はあちこち飛び散って、ちぎれたページが散乱し、数ある椅子の足は折れ、そうでなくとも倒れ、どっしりしているはずの読書机も、一階中央のものはすべてひっくり返っている。

 まるでこの屋内のここだけ、嵐が吹き荒れたように。


 なのになぜか、ミディリースがいない。あの、〈本・命〉といわんばかりの司書の姿が、どこにも見当たらないのだ。

 その代わりと言ってはなんだが、見も知らぬ小さな女の子が惨状の中、一人ポツンと床に座り込んで、鼻をグスグスすすり上げている。


「えっと……これは、一体どういう……」

 俺の呟きが聞こえたためか、少女――いいや、幼女といっていい年齢のその子供は、ビクリと肩を震わせ、俺を見た。

 その拍子に葵色の大きな瞳いっぱいにたまった涙が、ふっくらとした赤い頬にこぼれ落ち――ん? 葵色? 葵色の瞳?

 あれ? この子、この銀髪は……。

 銀髪に葵色の瞳の……。


「か……閣下っ……」

 幼女は立ち上がり、こちらに駆けてこようとしたようだった。けれど、ずり落ちた長いスカートに足をとられ、地面に突っ伏す。


「おい、大丈夫か、お嬢さん」

 ぼやっとしてないで受け止めてやればよかったと思いながら、立たせてやった。

 その瞬間、長いスカートがバッサリと彼女の足下に落ちる。見るからに腰回りのサイズが……というか、そもそも幼女の着る服ではない。


 これ、俺の領地で採用してる軍服だよな。子供用に仕立てたとかじゃなくて、大人用の……。

 上着だってほら、肩はずり落ちてほとんどあまってるし、袖なんて床スレスレじゃないか。


 待てよ……明らかに、サイズの合っていないこの軍服……単に我が軍のというだけじゃなくて、色形、細部まで見覚えがある。

 何より、銀髪に葵色の髪……そしてこの惨状……まさか……まさか本当に、あのウルムド……。


「お嬢さん。まさか、とは思うが、君は……君の名は……」

「ひっく……閣下……なんで、わたし、こんなことに……」

 転んだ拍子に打ったのか、おでこと鼻が、真っ赤になっていた。

 その額を撫でてやりながら恐る恐る、俺は心当たりのある名を口にする。

 そう――


「ジ……ジブ、ライール?」

「うええええん」


 その幼女は何度もコクコクと頷きながら、マーミルに比べるとかなり控えめながらも、号泣しだしてしまったのだ。


 うおおおい、どうなってる、これ!

 魔王様に続いて、ジブライールまで子供に……ってことは、やっぱりあのウルムド!

 だが、そんなことってあるか?

 そんな偶然、あっていいのか?

 でも、実際にこの状況じゃ他に考えようが……。


 はっ!

 そういえば小魔王様、えらく大人しいな!

 俺は簡単に持ち手を付けただけの、四角い木箱を床に下ろし、蓋を開けてみる。

 そこには、安らかに眠る少年の姿が――って!


「なに呑気に寝てるんですか! 大人しいと思ったら!」

 首根っこをひっ捕まえて持ち上げると、小魔王様は寝惚け眼をどうにかこうにか開いてみせた。


「ウィストベル、いい匂い……へへ……」

 なんて情けない……これがあの、魔王様だというのか……!

 クールな美青年はどこにいったんだ!

 俺は絶賛寝ぼけ中の小魔王様に呆れ、その体を床に下ろした。

 放り出さなかっただけ、褒めてもらいたい。


「とっとと目を覚まさないと、ほっぺたぶって目を覚まさせますよ」

「……お前、いたいけな子供相手に容赦ないな……せめてつねるくらいにしたらどうなんだ」

 小魔王様は覚醒したのか、若干引きぎみだ、とでも言わんばかりに強ばった表情で俺を凝視してきた。

「都合よく子供を主張しないでください。中身は魔王様なんだから」


 いや……ほんとにそうか?

 なぜって、このジブライールを見てみろ。

 中身が大人のままなら、こんなしくしく泣いてばっかりいないのじゃないだろうか。

 だが、小魔王様の方は声は幼いが、態度と話し方はやっぱり魔王様のままだしなぁ。

 とにかく今は、そんなことはどうでもいい。


「そんな悠長なことを言っていられない状況なのは、見ればわかるでしょう?」

「状況?」

 小魔王様は起きぬけで赤くなった目をこすりながら、周囲を見回した。

「なんだ、この有様は……」

 最後に小魔王様は自分より若干小さめの幼女、ジブライールで目をとめる。


「この子供の仕業か?」

「子供じゃありません。うちの副司令官のジブライールです。彼女も魔王様と同じく、子供になってしまったようで」

「ふぇ? ……魔王様?」

 小さな子供同士が見つめ合っている。

 本来なら微笑ましい絵面なんだろうが、なんだろう。ちっとも心が和まない。


「子供になった? まさか……ということは、つまりここにガルムシェルトがあるということか! どこだ!」

 あろうことか小魔王様は幼女に飛びかかり、その肩を掴んで乱暴にガクガクと揺らしだしたのだ。


「ふぇふぇふぇ」

「一体、どこにガルムシェルトがっ……あいてっ!」

 あ、しまった。つい、反射的にゲンコツを……ま、いいか。男の子だし。


「小さな女の子にそんな乱暴しない! ほら、ジブライールが怖がってるでしょうが!」

 俺は小魔王様から奪うように、「ふぇふぇ」いって目を白黒させている幼女を抱き上げる。


「ジャ……ジャーイル閣下……」

 こんなに小さいというのに、それでもジブライールは間近に迫った俺を相手に照れたように、ぷっくり膨らんだ頬を赤らめた。

 ……可愛いなぁ。いや、俺はロリコンじゃないけど。


 思えばうちに来た頃のマーミルも、この位だったっけ。最初は不安がって仕方ないから、毎日一緒に寝てやったんだよな。

 早いうちから寝ていたせいで、夜に出歩くこともなくなって、ついつい婚約者の家からも足が遠のき……。

 それがケンカの原因の一つともなり、彼女とも……。

 あー、言っておくが、俺はシスコンでもない。


「ジャーイル、お前……元に戻ったら覚えてろよ」

 小魔王様が若干潤んだ目で、頭を抑えながら見上げてくる。

 子供扱いも、ほどほどにしておこう。


「それで、何があった、ジブライール。ミディリースはどこだ?」

 今のジブライールの魔力量には覚えがある。そうだとも!

 普段のミディリースの魔力と、そっくり同じ量になっているのだ!

 ということは、だ。ガルムシェルトによって、ジブライールとミディリース、二人の魔力が入れ替わった、とみるべきではないか!


「えっと……たぶん、お部屋にいるんだと、おもいましゅ」

 噛んだ!

 それはともかく、お部屋?

 司書室のことだろうか?


「魔王様、ちょっとの間ジブライールのことを……」

 ふと見ると、小魔王様は床に散らばった本を、一人でせっせと片付けだしている。お行儀のいい子だ。後で殴った箇所を撫でてやることにしよう。

 俺は机を元に戻し、脚が無事だった椅子に、ジブライールを座らせる。


「二人でいい子にしててくださいね」

「任せろ、子供の世話は得意……って、私まで子供扱いはやめろ!」

 小魔王様、胸を張って叩いた後に、そんなこと言っても説得力ないですよ。


 図書館には普段から、その全体に隠蔽魔術が施されている。

 当然ミディリースの仕業だが、場所を知るものならたどり着ける程度の軽いものなので、見逃していたのだった。

 だって、どうせ図書館を目指す魔族なんて、ほとんどいないからね!

 騒ぎを聞きつけてやってくる者がいないのは、そのせいだろう。

 だが念のため、隠蔽魔術の内側に、侵入を阻む結界を張っておくことにした。


 広い図書館の一階部、入り口から最も離れた壁の片隅に、小さな小窓を備えたささやかな扉がある。そこが司書室への入り口だ。

 中にミディリースがいるのだろうが……それにしては、やけにシンとしている。

 とりあえず、ノックでもしてみるか。


「ミディリース、いないのか? 俺だ。ジャーイルだが……」

「閣下!」

 途端に中が騒がしくなり、何かを倒したような音がした直後、扉が大きく中に開いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ