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続・魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔武具騒乱編
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3 災厄のガルムシェルト、なんて格好付けて言ってみる

「魔王奪位!?」

 俺とベイルフォウスの声が重なる。

 ウィストベルの雰囲気が、一気に冷え冷えとするものに変わった。

 ベイルフォウスはどうだかしらないが、久々に俺はヒュンとなっている。


「いいや、奪位の挑戦は受けておらぬ。そうなっておれば、むしろ問題は解決していたであろう」

 ウィストベルから尋常ならざる殺気がほとばしる。

 ……うん、聞かないけど、多分ウィストベルが相手を殺ってただろうってことなんだろうな……聞かないけど。


「けどそれでなぜ、若返るんだ? 逆にそっちが不思議なんだけど」

「まず、ファイヴォルガルムという武器は――」

「そんなことより、兄貴の状態の説明をしてくれ!」


 初めて見る、ベイルフォウスの心細げな表情だった。吐き出すような声すら、切羽詰まっている。

 最愛の兄の身に不可解なことが起きている、それも、弱体化を伴う要件、とあって、さすがに平静ではいられないのだろう。


「そのために、ファイヴォルガルムの説明が必要なのじゃ」

 ウィストベルの声にも苛立ちが大きくなる。

 二人の間に一瞬、不穏な空気が流れかけた。


「ベイルフォウス。ウィストベルの言うとおりだ。今回のことは私の落ち度以外のなにものでもない。お前が怒るのも無理はないが、こらえてくれ」

 敬愛する兄の言葉がきいたのか、ベイルフォウスは大きなため息を一つつくと、空いた長椅子に乱暴に座る。

 ウィストベルの座る椅子と、魔王様を挟んで扇形になるよう配置されたその椅子に、俺も腰掛けた。っていうか、もうちょっと足閉じろよ、ベイルフォウス。俺が狭いじゃん!


「ファイヴォルガルムは男爵位につけるような有爵者が持ったところで、ただの他愛のない武器止まりじゃ。それこそ、切れ味が同種の他に比べて格段いいわけでなし、魔族に特に効力があるわけでもなし、魔武具と思われることもないであろう」

 ウィストベルが淡々と語る。


 実際、彼女の言葉通り、ガルムシェルトを認知するわずかな魔族たちも、それを普通の武器だと信じている。俺やベイルフォウスがそうであったように。


「これは、〝無爵のごとき弱者〟が持ったときにだけ、その能力を発揮させるのじゃ。弱者からの攻撃が強者を傷つけたその時、両者の差の分だけ、強者から魔力を奪い取って弱者に受け渡す。そして、魔力を奪われた者は、残った魔力にふさわしい姿……つまり、かつて自分がその魔力であった頃の姿に戻るのじゃ」

「んんん?」

 俺は懐から万年筆を取り出す。大公になって丸二年が経った頃に、図らずも手に入れることとなった一品だ。


「お前、変な持ち方するな」

 ベイルフォウスの突っ込みは無視し、ファイヴォルガルムの絵の横にペンを走らせた。ざっくりと、人の形を二つ並べて描き、その片方に『1』、もう片方に『100』と――


「バランスが気持ち悪い……なんで片足だけ細長いんだよ」

 さっきからいちいちうるさいぞ、ベイルフォウス!!

 あくまで平静を保ちながら、俺は今描いた絵を、ぐしゃぐしゃと塗りつぶした。


 別にベイルフォウスの突っ込みに傷ついた訳じゃない。単にこの絵では表現しきれないし、魔術を使う方が手っ取り早いと思っただけだ。

 あと、そもそも万年筆の持ち方がおかしいのは、筒の絵を隠すためであって、いつもこんな持ち方をしてるわけでもない。

 ともかく、万年筆を懐にしまい、改めて造形魔術で頭上に一つの星を点灯させた黄色い色の小さなヒトガタを、その横に二つの星を点灯させた、少し大きなヒトガタを造り出す。


「つまり、こういうことか? この子供は三歳の頃は『1』の魔力、五歳の頃は『2』の魔力を持っていた。彼は長じて『4』の魔力を持つに至った」

 小さな二つのヒトガタの横に、四つの星を点灯させた、同じ色の大きなヒトガタを造形した。

「そこへ、『2』の魔力を持つ魔族がやってきて――」


 二つの星を点灯させた青い色で作ったヒトガタを造り、その手に剣を握らせ、大きい黄色のヒトガタに向かって切りつけさせた。

 青いヒトガタは姿はそのままに頭上の星を四つに点灯させ、腕を切り落とした黄のヒトガタの星を四つから二つに減らし、二つの星を点灯させた五歳の姿――減力した魔力とまさに同量であったその頃の姿まで縮ませる。


「『2』の魔力を持った『青』にガルムシェルトで攻撃された『黄』は、『1』であった三歳ではなく、『2』であった五歳の頃の姿となるわけだ」

 うん、やっぱり視覚的にした方がわかりやすい気がする。

「そういうことじゃ。ガルムシェルトの能力は弱者による強者の魔力の奪取。若返りはむしろ、奪われた者の側が適応してのこと――副作用的な効果と思われる」

 なるほど――


「待ってくれ。だったら兄貴は、まさか無爵の奴に攻撃されて、怪我をしたっていうのか」

「その通りだ」

 そう言って小魔王様は小さな手のひらを、俺とベイルフォウスに向けてきた。

 親指と人差し指の間に、かすかな裂傷が認められる。ファイヴォルガルムを受けようと、とっさに手を出し、傷ついたのだろう。


「今の話だと、襲ってきた相手はもともとは、この、ちびっ子魔王様と同じくらいの魔力量しか持っていなかったってことだよな。それが今では、かつての魔王様と同じ魔力の強さになっている、と。ずいぶん反則的な状況だな。俺でもその相手に勝てないじゃないか」

「その通りだ」

 普段なら絶対に俺の言い回しについてツッコミを入れてくるだろうに、今日は本当にとことん気力が無いのか、小魔王様は大人しく頷く。


「兄貴ともあろう者が、無爵を相手に遅れをとったってのか」

「返す言葉もない」

 弟が兄を責めるように言うのを、俺はこの兄弟と出会って初めて耳にした。

 ベイルフォウスにとって、兄の強さはそれだけ揺るぎないものだったのだろう。

「魔王ともあろう者が」と言わず、「兄貴ともあろう者が」と表現したところに、その心根を感じる。


 確かに、魔王様の強さは七大大公の誰と比べても飛び抜けている。だがそれでも、さらにそれを圧倒的に上回るウィストベルの強さを常々思い知らされている俺としては、魔王様の魔力における絶対的優位を、ベイルフォウスほど妄信することはできなかった。


 だいたい、ちょっとしたかすり傷だよ? 別にザックリやられたってわけじゃなし。そのくらい、誰でももらうだろう。


「魔王陛下ばかりを責められはせぬ。一緒にいた私も、同様にその気配を感知できなかったのじゃ。陛下が攻撃される、その時までな」

 魔王様もウィストベルも、攻撃を感知できなかった?


「二人が襲撃者に気づかなかったということは、相手に殺気がなかったということなんだろうか?」

 鈍い俺ですら、殺気が込められていれば寝ていてすら即座に覚醒し、対応できる自信がある。

「これだけのことをしておいて、か」

「目的が殺害ではなく、魔力を奪う、というだけなら、殺気がなくてもおかしくはないんじゃないかな」


 しかしそうだとしても、さっきの説明では、襲撃者はあくまで弱者。それがこんな大それたことをしでかすのに、緊張すらしないとは考えがたい。その気配を二人共に察知できなかっただなんて、そんなことがあるだろうか。

 無爵であっても、肝だけは据わっているということだろうか。あくまで平静を保ったまま、攻撃できる者がいるとしたら――


 ……いや、待てよ。

 無爵のごとき弱者――というなら、当てはまる存在が魔族以外にもいる。人間だ。

 剛胆な人間が、淡々とファイヴォルガルムを放ったとしたら?


 うーーん。それもやっぱり不自然だな。魔王様とウィストベルだぞ。いくらなんでも、二人ともに異質な気配を直前まで察知できないとは考えにくい。

 それに人間では、魔王様がいる場所まで、無事に侵入できるはずがない。その線はないだろう。


 しかし、誰だったにせよ――


「素性はともかく、相手がまさに魔王様の魔力を奪ったというのなら、見つけるのは簡単だったはずだ」

 そうとも。

 仮に周囲に何人もいて、攻撃される直前まで相手を認識できなかったとして、ウィストベルがその目で見れば、犯人など一目瞭然だろうに。


「陛下に傷を負わせたファイヴォルガルムは、すぐに投擲者の元に返ったと思われる。そしてその武器を手にしたその時、その者は魔力の簒奪者となったのじゃろう。同時に、陛下もこの姿に変じたのじゃ。だがその時、周囲には誰もおらなんだ。少なくとも、視認できる範囲にはの」

「そうはいうが、見逃しただけじゃないのか」

「それはない。見通しのよい場所におったのじゃ」

「一体どこにいたんだ」

「それは……!」


「陛下専用の露天風呂じゃ。敷地は広いが、隠れるところなど、どこにもない」


 小魔王様の焦りなど何一つ気にした風もなく、ウィストベルはきっぱりと言ってのける。

 ああ、なんか……うん。

 そりゃあ魔王様だって、ちょっとくらい油断しても仕方ないよね。

 さすがになんだか、同情心が沸いた。


 しかしちょっと待てよ。ってことは……ってことは、だ。そいつはつまり、魔王様だけじゃなく、ウィストベルの全裸もバッチリ目撃したと……。


「じゃあ、見えないほど遠くから狙われたってことか? こいつは投擲武器だよな?」

 全く動じないね、ベイルフォウス!

「わからぬ」

「わからねぇ、だと? 武器が持ち主の元に返ったってんなら、せめてその軌道を追えただろうが」

「見えればもちろん、追った。実際に、魔術を放ってそのものを捉えようとすらしたのじゃ」

「見えないってのは投擲速度が速すぎて……という意味で?」

 俺の質問に、ウィストベルは首を左右に振って応える。


「いいや。比喩などではなく、武器そのものの姿、それ自体が見えなかったのじゃ。まるで此の世に存在せぬ、とでもいうように」

 その苦々しい思いが、顰めた眉から察せられた。


「ファイヴォルガルムが見えたのは、陛下がイヤな気配に気づいてとっさに出した手に、それが触れた一瞬のみ。そして私の魔術でも、そのものを捕捉することはできなかった」

「つまり、ファイヴォルガルムそのものが、全く消えて見えなかったと……透明になっていた、とでも?」

「そうとしか思いようがない」


 それそのものの姿形を消す能力……。

「それもファイヴォルガルムの特殊能力なんですか?」

「いいや、聞いたことがない」

 この武器に関して多少覚えのあるらしいウィストベルが、首を左右に振る。

 武器の能力ではないということは、消えたのは投擲者の特殊能力、あるいは特別な呪詛なんかの存在が考えられるわけか。


「とどのつまり、見失ったんだな。魔王と大公が揃って」

 戸惑いが勝つとはいえ、落ち着いて聞いていられる俺とは違い、ベイルフォウスの心中は荒れ狂ってでもいるらしい。

 それが事実だとはいえ、二人に突きつけた言葉には全く容赦がなかった。そればかりか真っ赤な全身から実際に炎が立ち上るのが見えるかのような苛烈さを含んでいる。


 だが、ウィストベルが見えなかったのなら、俺も見えるはずがない。その魔術が通じなかったのなら、誰の魔術も通じるはずなどないではないか。

 もっとも、その武器の姿が捉えられなかったというのは、単にウィストベルの魔術の展開速度が、ファイヴォルガルムの飛翔速度に追いつけなかっただけ、という可能性もある。


 それにしたって、なんか二人とも、怖いんだけど。

 大事な魔王様のことだからっていうのはわかるんだけど、さっきからウィストベルもベイルフォウスも、まるで自分たちがケンカしているみたいな雰囲気をかもしだしてるんだけど。

 席を外したい気分になってくるんだけど。

 っていうか、役に立ちそうにない俺は、帰っていいだろうか。

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